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竜血琥珀と運命の姉弟  作者: ワタリヤ
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悩める騎士と雇われの剣士

12章 悩める騎士と雇われの剣士


 鉱山の支配層のヒエラルキーにおいて、見張り・見回りの騎士は最も下層の身分である。労働者よりは上の立場だが、彼らを働かせないと結局自分自身の評価に響いてくる。怠けている労働者がいればもちろん叱責するが、病気などで動けない者には手心を加えたり、かばったりもするのだ。自身の出世と栄達を願って……。

 しかし、ここにきて竜石が枯渇し、生かさず死なさず、時には騎士たちが労働をしてもノルマを達成できない期間が続いている。脱走する労働者が相次ぐ中、見張りの騎士たちも彼らを抑えるよう動くのだが、同時に脱走という選択が取れる彼らをうらやましく思っている。


「……」


 仏頂面をしている女騎士が、ふぅ、と溜息をつく。彼女の名前はルネ、という。騎士の家に生まれた彼女は令嬢ではなく、騎士という生き方を選んだ。自分の家に男子が生まれなかったという事情と、騎士へのあこがれが彼女の背を押したのだ。しかし、彼女は戦場でも王城でもなく、鉱山に配置された。女、というだけで侮られるし、いやらしい目で見られることもある。自分で選んだ道であったが、ルネの心情は暗かった。


「今月も脱走者多数、見張りの中に戻らない者有り、と……」


 彼女の実力、真面目な性格、周囲への気配りは労働者と同僚の騎士たちの信頼を勝ち取り、現場の実質的な管理者となっていた。そして、ルネはこの鉱山はもう、もたないと確信していた。しかし、それにどう対処したらよいのか。


「頑張るねぇ。騎士様」


「……何の用だ。ハウザー」


 報告書を睨んでいた視線が、ふらりと現れた剣士のほうに向けられる。ハウザーと呼ばれた男は、翡翠の鉱山の総督デカルテスの護衛の内の1人だ。


「いや、そろそろお別れになりそうだから、あんたには挨拶しときたくてね」


「……どういうことだ」


「騎士様ならわかってるだろ?この鉱山はもうダメだ。なにか切っ掛けがあれば労働者や下っ端の騎士たちが反乱を起こしかねない。俺はデカルテスに直接雇われてるから、反乱の場合は叩かれる側だ。それなら宝でもくすねておさらばしようって訳さ」


「……好きにするといい。この話は聞かなかったことにする」


「あんたもこんなとこ、出たほうがいいと思うぜ。もっとふさわしい場所があると思う」


 後半のハウザーの声に、少し真剣味を感じた。ふさわしい場所、か……。トリエントの王家に忠誠を誓った身であったが、その王家は途絶えてしまった。竜神教の教皇であるカルレオがその跡を継いだのだが、そのカルレオが王家の血を引くヘイル4世を陥れたのではないか、という噂も流れている。崩壊していく組織とはこういうものだろうな、とルネは自嘲した。


「……出るわけにはいかないな。ここにしか居場所がないものもいる」


「来たくて来た奴はいないと思うがな。人攫い同然の奴らもいる」


「……」


 返す言葉もない。竜石の枯渇に、総督であるデカルテスは安易な対策をとった。労働力を増やすために理由をつけて鉱山に連行するようになったのだ。橙黄の鉱山でも同様の対策がとられた。当然、食料や薬は足りなくなり、さらに効率は落ちた。事故も増えた。昨日、病気の妻の治療代を払うために来た労働者を看取ったばかりだ。同じような話はざらにある。


「……それじゃ、俺はこの辺で。……」


「……!」


 ハウザーの最後の呟きは小さかった。が、ルネにはこう聞こえたのだ。


 ―――「あんたに立ち上がる気があればな」


 それができれば、ここまで悩んでいないよ。

 結局は長いものに巻かれていく自分を、ルネは嫌悪していた。




 ミュウの村で一晩を過ごした『緋色の剣』のメンバーは再び翡翠の鉱山に向けて出発する。今度は場所を変えて偵察と採掘を行う計画だ。道すがら、シズヤの竜石の蘊蓄は続いている。竜石を使う修行をしているフリードでなくても、興味を惹かれる話ばかりだ。


「……もとから形を整えてある竜石は竜の厚意で作られたものじゃ。緋色の竜石のように竜の言葉ではなく、人の言葉で魔力を解放するように作ることもできる。その場合、その血を少しもらうがの」


「子守歌によって治療の奇跡が行えるのはそういう理由なのですね」


 ティアーナが緋色の竜石のペンダントをなぞる。


「うむ。しかも魔力を蓄える能力がべらぼうに高い。治療の奇跡を起こさないときは子守歌でも魔力が蓄えられていく特別製!本当に敵に渡らなくてよかったのう」


 聞けば聞くほどとんでもない逸品だ。父が命を賭してまで守った理由がわかる。ふと、ヴェルナントは思いつく。


「もしかして、この緋色の竜石は私たちの先祖の、ストーナー家の血が入っているのか?」


「はっきりしたことはわからんが、そうかもしれんな。……ベルが使っても上手く行かんのは本人の素養の問題、となるが」


「……」


 ティアーナ以外にも緋色の竜石の癒しの奇跡を起こせるほうがよい、と皆思っていたので、フリードやヴェルナントをはじめとして『緋色の剣』のメンバー全員で試してみたのだが、何も起こらなかった。ヴェルナントが試みたときにわずかに光ったくらいだ。もしかして女性の声に反応するのかと思い、ヴェルナントは裏声で子守歌を歌い、からかわれたのだった。その時を思い出して渋い顔になる。……話題を変えたい。


「そういえば、エミー。ラキとミミの様子はどうだった?騎士団の者たちや、ターミナの様子は?」


「あの子たちは元気でしたよ!農場で働きながらラキ君は訓練に混ぜてもらっているようです。自分で妹を守るんだって。ミミちゃんもラキ君を手伝ってます」


 あの2人の兄妹はターミナでストーナー家の従臣であるノウトとシルシッタに預けてあるが、元気でやっているようだ。


「我らが騎士団の人たちも町の治安維持にあたったり、周辺の哨戒に参加しています。町の様子ですが、合流時に報告した通りまだ特に目立った動きはありません。……ヴォルテイル卿はいまだにストーナー家の屋敷にいるそうです。こちらも動いた、という情報はありません」


「……ありがとう。……そうか」


 報告してくれたエミ―の前で表情はよくないものにしたくなかったが、少し声色に出てしまった。―――ヴォルテイル卿は我が屋敷で竜石について調べているのだろうか。落ち延びる前に父に誓った。この屋敷に必ず戻ると。真正面からでは勝てる相手ではないだろうが、ヴォルテイル卿との対決は避けて通れないだろう。やるべきことをやるだけだ。


「……なんでも一人でやろうとしちゃ、良くないですよ?」


「身の程はわかってるつもりだよ。ちゃんとみんなを頼る。エミ―もよろしく頼む」


「もちろんです!」


 彼女の兄であるカルスの行方は未だにわからないが、妹であるエミ―には身代わりにさせるようなことは絶対にしない、とヴェルナントは強く思った。

 

 一行は途中、鉱山の麓で見張りを交代しながら野宿。次の日の昼過ぎにシズヤが大雑把に示した地点に近い鉱山の入り口にたどり着いた。ここで竜石を採掘し、鉱山のなかの竜の骸の位置、向きを特定し、さらに効率よく竜石を採掘する、という計画だ。同時に鉱山内の偵察を行う。ここは鉱山として運営されている区画が近いので、バーネットが一人で行く。


「ここまでは鉱山の見張りに見つからなかったな。……出来すぎだ」


 バーネットは道中で鉱山の見回りの足跡を観察していた。結構な距離を移動したので、フリードたちと鉢合わせたときのように、鉱山の見張りと戦闘になるかと思われていたのだが。


「……考えすぎも良くないな。飯食ったら鉱山の中に行ってくる」


「バーネット、少しいいか」


 バーネットが干し肉を齧っていると、シズヤが袖の中から何かを出した。……以前採掘した翡翠色の竜石だ。しかし小さくなって簡単な加工がされている。昨晩のフリードとヴェルナントの見張りの時にシズヤがフリードを呼んでなにかしていた。とくにその間なにがあったわけではなかったので、呼び戻すことはしなかったのだが、こういうことだったのか。


「なんだ?」


「持って行け。わらわがこの竜石の場所を把握できるようになっておる。フリードの練習のためにいくつか作ったが、これが一番うまくできた」


「なるほど、便利だな。……もしこれの反応が無くなったら、一旦テンベルクに戻ってくれ」


「まだそういう運命ではないぞ、オヌシは」


 バーネット無しで鉱山を取り戻せるとは思えない。常にこの作戦は破綻の危険を孕んでいる。


「用心はしておく。これって何日働くんだ?」


「強い衝撃、火に直接当たる、でもない限り年単位で働くぞ。反応があるかないかを感知するだけじゃからな」


 その会話を聞いてヴェルナントにはある考えが浮かんだ。


「……シズヤ。もしかして魔力があれば声も届られるのか?」


「……不可能ではないな。ただ、現実的ではないのう。とにかく魔力の消耗が激しい。この一連のやり取りを竜石を通してやろうとしたら、以前採掘した竜石が10個はいるぞ」


「それは確かに現実的じゃないな。……いい考えだと思ったんだが。エミ―やマシアスとの拠点の移動の連絡が楽になるし」


 バーネットも考え込んでいる。


「……竜石の反応をシズヤが感知する、つまり一方通行だな。シズヤのほうから竜石に働きかけることはできるのか?例えば、竜石を光らせるとか」


「うーむ……。そもそもそういう使い方は想像もせんかったからのう。……魔力を送り込む方向は、そうか、2つ竜石を持っていれば……。……」


 シズヤはぶつぶつと呟いているが、漏れてくる言葉からどのような方法になるかは想像がついた。


「とりあえず、また竜石を掘らなばならんな!」


「……バーネットに持たせている竜石で方向を感知して、もう一つの竜石に魔力を送ってはたらきかけるのか?」


「……ベルよ、わらわの台詞を盗るでない」


 シズヤがヴェルナントを睨む。バーネットは苦笑している。


「加工で余った竜石はないか?もしかしたら役立つかもしれない。……そんじゃ、今度こそ偵察に行ってくる。」


 晩飯までには戻る、と付け加えてバーネットは鉱山に入っていった。




 ヴェルナントにとってはミュウについてもらって狩りに行くのも日常のことになっていた。相変わらず弓の腕は冴えない。剣で突きに行ったほうが捗るんじゃないかとミュウにこぼしたら、「そう思ってます」と返事をされてしまった。


「だって、あの踏み込み、蹴り足!狩りをする獣みたいでした!」


 ミュウを助けたときのことか。あのときはカーボル達をマシアスが引き付けていたからうまくいったのであって……。


「……獲物が他に気を取られている間に射れれば、なぁ」


「そういうところが、慣れ、ですね。とにかく待つこと。それでも、隙を見逃さないこと」


 とはいえ、ミュウだって失敗はする。ヴェルナントの前では強がっているだけだ。しかし、彼女の弓の冴えは実際には成長していた。


(見てくれる人がいると、がんばっちゃうよね)


 本日の晩飯の肉もミュウの獲物で賄うことになりそうだ、とヴェルナントは思った。




 狩りのあと、ヴェルナントはシズヤ、フリードと竜石をいじる相談をしに行ってしまった。晩御飯も一緒に準備すると思っていたミュウは少し残念そうにしていた。そして、それを見逃さなかったエミ―が声を掛ける。


「ミュウ、ヴェルナント様のこと、どう思ってるの?」


「!」


 集めていた枝を落としてしまった。ミュウはあわてて拾い集める。


「ご、ごめん。そんなに反応するとは思わなくって」


 エミ―も手伝う。


「それで、どうなの?ここのところ一緒に狩りに行ってるよね!」


 ニヤニヤしながら聞いてくる。


「助けてもらったし、い、いぃ人だと思いますけどぉ……。あたし庶民だし。そういう、エミーさんはどうなんですか」


「あたし?うーん、仕える主としてはいいのだけど、セイル、あたしの天馬の名前ね。あの子とそりがどうしても合わなくってね。やっぱり一緒になるなら天馬と仲良くできる人がいいなって」


「天馬って男の人と仲良くできるんですか?」


「無理やり乗ろうとしなければ大丈夫よ。子供のころのヴェルナント様はそれがわからなくって、セイルに随分嫌われちゃった。セイルもまだ根にもってるみたい」


 話題をなんとか逸らせないかと思うミュウであったが、


「ヴェルナント様なら庶民とか貴族とか気にしないでいいと思う!でもシスコンが抜けてないから、長期戦だね!」


 晩飯の準備の時間はこの話題が続きそうだ。




 暗い鉱山の中をバーネットは進む。足跡から鉱山として運営している区画が近くなっていそうだと見当がついた。鉱山の見張りがいないか確認しながら進む。やがて作業道具が放置された場所までたどり着く。足跡も新しい。より慎重になる。労働者に紛れ込むことを考え始めるが、ここでいきなり現れるのも不自然だ。一旦戻ろうか?


「あぁ、やってらんねぇえ……」


 少し遠くで男の声が聞こえる。労働者が戻ってきたのだろうか?バーネットは少し来た道を戻り、影に隠れるようにする。耳はすませたままだ。声は近づいてくる。……一人、か?


「なぁにが、ノルマだ。てめぇで掘れってんだ……」


 男はそう言いつつも道具を掴んで持ち場に戻るようだ。


「竜石と肉が交換とか、クソっ……。みんな、芋しか、食えねぇ、じゃねえか……」


 ツルハシで土を掘る音と、男の絞り出した呻きが聞こえる。


「……」


 バーネットは、男の他に気配がないことを改めて確認し、男が疲れて頭を垂れたところでシズヤからもらってきた竜石のかけらをふんわりと投げた。


「……!? 竜石のかけら? なんで……」


 男は目ざとく竜石に気が付き、腰の袋に素早く収める。


「! もう一つ、ある」


 男が竜石を拾おうと、バーネットのいる物陰に近づく。バーネットは男を引き込み、口を抑えた。


「!!?」


 バーネットより上背があったが、見た目より力がない。あまり食べられてはいないようだ。


「……手荒なことをしたのは謝る。大声を出さないでもらえるか?食い物と竜石を寄こすから」


 なるだけ声だけは穏やかにするように努めた。男は首を縦に振る。口を放し、その手でバーネットは残りの竜石のかけらと干し肉を見せた。それを見た男の表情を観察し、拘束していたもう片方の手も放す。携帯していた水筒を差し出し、干し肉も差し出す。男は目を潤ませ、そして食べだした。むさぼるようなわずかな食事の時間であったが、バーネットは見張りを怠らなかった。


「……はぁぁ、肉なんて久しぶりだぜ。あんた、何者だ?悪い奴じゃなさそうだが」


「今はまだ名乗れない。……レジスタンスとだけ言っておく。鉱山の情報が欲しい。」


 声を押さえて会話をはじめる。竜石と食料を差し出しただけあって、男は洗いざらい話してくれた。脱走者が増えていること、見張りの騎士が戻らないと騒ぎになったこと(俺たちが倒した奴らか、とバーネットは思った)、下っ端の騎士達が不満を溜めていること、鉱山の見張りが集まる詰所が近いこと、その詰所の実質のリーダーは女騎士であること。バーネットの関心はリーダーである女騎士に向いた。いわゆる中間管理職に当たる彼女の様子がわかれば、一気に鉱山を切り崩せるかもしれない……。


「……ありがとう。今日はこれだけしか手持ちは無いんだ。俺のことを秘密にできるなら、食い物は持ってきてやれるんだが」


「本当か?……次会ったときは名前を教えてくれよ。俺はダン」


「それじゃ、明日同じくらいの時間にまたここに来る。俺のほうから声はかけるから、怪しまれないように普段通りの行動をしてくれ」


「へへ……。わかったよ」


 バーネットはまた見張りの気配がないかを確認し、ダンと別れた。




「……ダン?わっり、兄貴、知らないっす」


 バーネットは晩飯にすこし遅れて戻ってきた。今日の偵察で手に入れた情報を『緋色の剣』のメンバーで共有する。リックとロックはダンについては知らないようだ。


「あ、でも女騎士が仕切ってる区画があるってのは聞いたことがあります。デカルテスがいる本部が近いから、脱走者も比較的少ないとも聞いてます」


「……もしその区画の女騎士をなんとか味方に付けられれば」


 ヴェルナントがバーネットのほうを見る。


「一気に翡翠の鉱山を攻略できるだろうな。……ダンのように竜石や食べ物で買収できる労働者はもっといるかもしれない。ある程度労働者を味方につけてからなら、女騎士や見張りの騎士たちもこちらになびくかも、な」


 そう簡単にはいかないだろうが、とバーネットは付け加える。ただ、正面から行くよりよほど勝算はあるし、バーネットの表情からある程度の手ごたえを感じる。


「明日もダンには食い物を持って行って情報と交換したい。シズヤ、ロック、リックは竜石の採掘。フリードはその見張り。ベルとエミ―は拠点の見張り。ティアとミュウはメシ、って感じでいいか?」


 全員、異論はなく頷いた。




「……妙だな」


 ハウザーとの会話から十数日。ルネは再び報告書を睨んでいた。枯渇したと思われていた竜石がちらほらと見つかるようになったのだ。欠片のような大きさのものばかりだが、教皇派は竜石を凝結させる技術を開発したそうなので、問題は無いだろう。ノルマを大きく割っていたここ数か月と比べて今月はかなりマシになりそうだ。

 しかし、どこで掘れたのだ、と竜石を見つけた労働者に訊いてみても、どうもはっきりとしない。見つけた周辺を掘り進めてもそれ以上に出てくることはないのだ。


「……あまり良い方法だとは思わないが」


 ルネは竜石を持ってきた、ダンという労働者の行動を追ってみることにした。彼は今日も自分の持ち場に竜石を掘りにいくはずだ。




「! ルネ様、どうしたんですか?こんなところで」


 ダンはここ数日、バーネットに食べ物、竜石と鉱山の様子を情報として交換していた。何人か口の堅い労働者も紹介し、情報をバーネットにもたらしている。ダンとしては極力怪しまれないように行動しているつもりだった。


「なに、詰所で報告書を処理しているばかりでは身体が鈍るし、運動も兼ねて様子見だ」


 ルネはそう言いつつもダンの様子を観察する。少し動揺していることを察した。最近、デカルテスの思い付きで竜石を見つけたものにだけ肉類を支給することになった。それでダンは見つけた竜石を隠して、小出しにして毎日肉を食べられるようにしているのかも、とルネは思い至ったが、


「その先は廃坑区画だ。わざわざ掘りに行っていたのか?」


 ダンの動揺の理由はそれだけではなさそうだったので、ルネはさらに近づいてみることにした。手は掛けないが、意識は腰の剣に置いておく。


「……誰かいるのか?」


「!」


 ダンは影のほうを見て、慌てている。誰かが出てきた。


「……まいったね、どーも」


 額にバンダナを巻いた、無精ひげの男が出てくる。武器は見えず、両手を肩の位置でこちらに広げて見せている。……敵意はないようだ。しかし、言葉とは裏腹にしくじった、という感じはしない。


「翡翠の鉱山、第2区画監督のルネ=テリングだ。そちらも名乗ってもらおうか」


「こりゃ、ご丁寧に。バーネット、だ」


「……バーネット、こんなところに何をしに来たんだ?志願者ならきちんと手続きをとってもらおうか」


「志願してほしいのはこちらのほうだ。俺たちのレジスタンスに参加しないか?」


 ……俺たちのレジスタンス、だと?


「!」


 ルネは首にかけた笛を吹こうとしたが―――、右手は掴まれ、口を抑えられた。不覚……。笛を掛けていた紐は出てきた狩人風の少女に切られてしまった。笛も奪われる。物陰から男女がさらに何人か出てくる。ダンはいつの間に内通をしていたのか。


「手荒な真似をしてすまない。大声を出さないなら、―――シズヤ、アレを出してくれ。この竜石は譲る」


 鉱山には似つかわしくない、黒髪の少女が袖から見事な翡翠の竜石を取り出す。拳大の竜石は久しく見なかったものだ。これがあれば今月のノルマは達成できる―――。ルネの管理者としての葛藤は、あっけなく終了した。




「鉱山を押さえれば、教皇派を止められると考え、『緋色の剣』を起ち上げた、と」


 ルネはバーネットたちからこれまでの経緯を説明される。


「まさか2週間前から偵察と労働者の懐柔を繰り返していたとは、な」


「見張りの騎士たちの士気も調査していた。大分不安も溜まっているし、デカルテスまで近いこの区画の管理者であるルネ殿を懐柔できればこの鉱山を制圧できると踏んだんだ」


「……私が誘いを断ればどうするつもりだ」


「また別の区画から入るさ。……それにあんたは断らない」


 バーネットはころころと竜石を取り出す。


「シズヤの見立てではこの区画で竜石はまだまだ掘れる。これだけあればこの区画の労働者や騎士たちの待遇は少しは良くなるだろう」


 ルネは揺れていた。一応は忠誠を誓った国に反旗を翻すことになる。だが、もはや忠誠を誓った相手は教皇派に陥れられた。……なんだ、迷うことはないじゃないか。


「だが、ルネ殿が参加してくれれば―――」


「労働者たちや、騎士たちをまとめてこの翡翠の鉱山を制圧できる。犠牲も少なくなる」


 バーネットの言葉を遮りながら、ルネは答えた。この瞬間、彼女は『緋色の剣』の一員になったのだ。その後、ダンも交えていつ決起するかの話し合いが行われた。


「5日後、か」


「その間に、デカルテスのいる本部区画とそこまでのルートの把握、竜石の採掘、労働者たちへの根回しを進めるぞ」


「いよいよって感じっすね」


 ……ハウザーよ。私はふさわしい場所をみつけたようだ。昂る仲間と己の心を得て、ルネは久しぶりに微笑んだ。

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