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竜血琥珀と運命の姉弟  作者: ワタリヤ
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黒き剣と闇色の影

11章 黒き剣と闇色の影


 ヴォルテイル卿は教皇カルレオの命令に従い、竜騎士レジーナと共にトリエント周辺の国々を攻略していった。最も、『黒の魔剣』を襲名してからのヴォルテイル卿にとっての初陣であった、トリエントの北方にある国、アウステーラの攻略戦で、城を一つ吹き飛ばしてからというもの、彼にとっての手ごたえのある闘い、というものは無くなっていた。

 ストーナー家領地にてレイオン=ストーナーとの決闘を終え、ストーナー家の屋敷を接収した後は、黒鱗隊の部隊長に指示だけを出し、レイオン卿の遺した竜石の資料に目を通すことが多くなった。


「ヴォルテイル様、飲み物を置いておきますね」


 何年も付き添っているレジーナは戦闘でも、戦闘以外でもなにかとヴォルテイルの世話をしている。彼が黒鱗隊の駆出しであった頃に保護した少女であったが、彼女自身の才能と、ヴォルテイルの指導により竜騎士として屈指の実力を持つまでになった。

 本来ならば指揮官としての待遇を与えられるべきだが、彼女は頑として受け取ろうとはしなかった。「傍にいて、あなたの強さを見ていたいのです」 何度も聞いた、断りの文句だ。ヴォルテイルもその話はしなくなった。


「……」


 少しぬるくなった紅茶を口にする。今までの人生でこんなに書物に目を通したことはあるまい、と彼は自嘲した。




 ヴォルテイルの目的は『不老』であった。決して、不老不死ではない。死の存在は闘いに身を置く者として、必要なものであると彼は考えている。死を乗り越えた感覚が、彼を闘いの虜にしているのだ。鍛え抜いた技と、身体を、精神は時間によってあっけなく手放されてしまうものだ。壮年と呼ばれる年齢に差し掛かる彼は、心技体の充実と共に、それを手放すことに口惜しさを強く感じていた。

 『不老』というものをはっきりと目的にできたのは、『黒の魔剣』を襲名し、魔剣を下賜された日だ。その日の夜は、新月であった。


「ヴォルテイル、でいいよな?……『不老』は夢ではない。竜の魔力ならば可能だ」


 夜更けに、頭の中で響く声。


「カルレオのじいさんをけしかけて、竜石を集めさせる。それとヘイルの血を引く者を贄にして俺を、蘇らせろ」


 夢か現か。ヴォルテイルは質問をした。


「……名前?……クウヤ、と名乗っておこう」


 クウヤは黒の魔剣の魔力が充実仕手いるときに現れるようで、アウステーラ城を吹き飛ばした後はしばらく現れなかった。ヴォルテイルのほうも扱い方を変え、黒の魔剣の魔力を使わないようになったので、次の新月の夜に、今度は実体をもって現れた。


「今夜は調子がいい。この体を慣らしに『散歩』をしてくる」


 そういって、適当な剣を掴み、身体の中に吸収してしまった。


「剣を扱えるなら、手合わせを願いたいものですな」


 黒い霧になって外へ出ていったクウヤからの返事はなかった。翌朝、血にまみれて変形した剣が元あった場所に置かれていた。乱暴なのか、几帳面なのかわからないが、手ごたえのない日常に飽きていたヴォルテイルはクウヤの存在を心のどこかで歓迎していた。




「……」


 紅茶を飲み終えて、資料をもとに戻す。有用な情報はほとんどテンベルクに運ばれてしまったようだ。とはいえ、残った資料とクウヤの話と合わせて、竜石の魔力を高め、うまくコントロールできれば人間の不老不死は達成できる、という結論に至った。レイオン卿が服毒に至った事情も理解した。竜石に贄としてささげられる人物はある意味で選ばれた人間なのだ。


「今夜も新月だな」


 レジーナに3人分の飲み物と、必要かどうかはわからないが食べ物も用意してもらうか。レジーナとクウヤも顔を合わせておいたほうがいいだろう。

 ヴォルテイルがそう考えたとき、黒の魔剣の入った鞘から黒い霧が漏れ出してきた。……もう来たのか。


「……いい夜だな。ヴォルテイル」


 クウヤが黒い霧を纏いながら現れた。先月の『散歩』のときより、調子がよくなさそうに見える。


「実はヴォルテイルの精神の高ぶりと俺の調子はつながっているみたいでな。先日の漏れが少し影響している」


 レイオン卿が服毒したことにどうしようもない怒りを感じたことか。


「だが、『緋色の竜石』とシズヤが動き出している。鉱山に来ているぞ」


 ……あの姉弟はうまく立ち回っているようだな。


「さすが、と言うべきか。わかるのですな」


「俺の身体と距離が近くなっているからな。強い魔力をもつ竜石が近づけば感知できる」


「……教皇殿は捕えようと躍起になっているようですが、どうします」


「カルレオの実力で捕えられるなら、それでも構わない」


 弟の方、ヴェルナントといったか、彼の成長を促す障害となれれば良いのだが……。私のほうから刺激を与えるべきだろうか。


「鉱山を掘り進める段取りを終えた時点でカルレオのじいさんの役割は終わっている。望みのモノを手にできるかはじいさん次第だ」


 少し教皇殿には同情しておこう。


「さて」


 クウヤが身体を慣らすように動かしている。


「今夜はあと数刻も居られないが、剣の扱い方でも教えてもらおうか。前はひどく曲げてしまったからな。『手合わせ』願おうか。『黒の魔剣』殿」


 意外な申し出にヴォルテイルの口角が持ち上がる。レジーナに剣を用意してもらわねば。


「ならば、外に出ましょうぞ」




 月のない星空の下で、剣士が2人、剣を構えている。ヴォルテイルからクウヤの事情を聞いたレジーナは、いまだにクウヤへの警戒を解こうとはしていない。クウヤのほうはそれを気にしていないようだった。


「……以前はどうのような使い方を?」


「とりあえず、あの夜は見つけた人間の集団を力任せに叩きつけた。力の調整ができずに身体の維持ができなくなってしまったよ。……一人逃がしたことは覚えている」


 運の悪い人間もいたものだ。あの剣は変形して使い物にならなくなったので廃棄するしかなかった。こびりついていた血と、それ以外の体組織の付き方から、即死だっただろうとすぐに分かった。

 ……それほどの太刀筋を私は捌けるだろうか……。剣士としての自負と好奇心が騒ぐ。


「では、私に対して同じように振るってみてください」


「……正気か?」


 ヴォルテイルの言葉に、クウヤは笑いながら答える。同時に、クウヤの掌からあの時渡した剣とそっくりな黒い刃が生えてきた。レジーナの心中は穏やかではないだろうな。


「死ななければ魔力で治療してやる。安心しろ」


 その言葉と、剣の撃ちあう音はほぼ同時であった。




 ―――初太刀は受けれた。しかし受け続けたら剣も腕もいかれてしまう!


 二撃目、三撃目を受け流し、剣を向ける隙を伺う。クウヤが少し下がった。……踏み込んでくるならば!


「!」


 火花と、金属音が散り響く。ヴォルテイルはクウヤの剣の先を自らの剣で制した。クウヤが剣を引いて構えてから、踏み込んで最高速に乗せる前に剣を差し出し止めたのだ。


「……ここまでにしとくか」


 クウヤは剣を落とした、というより手の形を維持できなくなっているようだ。


「俺の半身を傍に置いているから、常人より優れた身体能力を持つとはいえ、流石と言っておくか」


「先月の貴方でしたら、無事では済みませんでしたよ」


「……だろうな。しかし、身体の維持が続かないと不便だな。……身体を借りるか。捕虜、いたよな」


「よくご存じで」


 あの姉弟を逃がした日、黒鱗隊に捕らえられた騎士がいる。名前は……カルス、と言ったはずだ。


「レジーナ。案内をしてくれ」


「……かしこまりました」


 黒い霧を纏った二つの影が、ストーナー家の屋敷に入っていった。

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