翡翠の鉱山
9章 翡翠の鉱山
『黒の魔剣』への対抗手段を得るため、教皇派の私軍である黒鱗隊の戦力の源泉である竜石を押さえるため、バーネットが立ち上げたレジスタンス『緋色の剣』。彼らはテンベルクから数日掛けて翡翠の鉱山にたどり着いた。トリエント国内には竜石を採掘している鉱山は翡翠の鉱山と、その隣、というには広大であるが、橙黄の鉱山と呼ばれている。
夜になるとそれぞれの山がぼんやりと明るくなった、と言われており、その色がそのまま鉱山の名前になっている。かつて、光るところを掘れば容易に竜石を手に入れることができたそうだ。しかし、年月を経てそのような場所は少なくなり、深く掘り進めるため、労働者を集めるようになった。
「御触れではよぉ、キチンと食える、休める、怪我も竜石で治すって話だったんだぜ」
青い鉢巻きをしているリックは元鉱山の労働者だ。今、リックとバーネット、そしてヴェルナントは鉱山の内部を偵察している。とは言っても、廃坑になっている部分なので、見回りの気配はしない。バーネットもリックのお喋りを止めるそぶりもない。
「それが竜石がほとんど出てこない。監督ども、とにかく深く掘れば出てくるはずだ!つって、危ねぇ掘り方をさせやがる。てめぇは掘らねぇしな。……何人も死んだ奴を見てきた」
リックの声が震える。
「それで、やってられねぇ!てカンジでロックと脱走したんだ。死にかけたけどな」
「そのときバーネットと?」
「ああ、気が付いたらアニキとシズヤが俺たちを介抱してた。シズヤは魔力が大分減ったってぼやいてたがな」
その時のシズヤの顔は簡単に想像がついた。くっくっと笑いを噛み殺す。
「待て」
短くバーネットが呟く。リックとヴェルナントは反射的に口を押さえ、それぞれの得物に手を掛けた。
「……」
バーネットが地面を見ている。……足跡だ。カーボルという脱走者の脱走ルートを通ってきたから、その足跡だろうか?
「……軍靴のほうが新しい。脱走後にもう一度監視には来たみたいだな」
「このルートは使えないってことですかね?」
「少人数ならごまかせる。俺が単独で動いて地図を書いておこう」
リックとヴェルナントが喋っている間も地図を書いていたようだ。少し申し訳ない気分になる。
「で、地図を書いている間にやってみてほしいことがあるんだが」
バーネットが振り返る。
「一旦拠点に戻ろう。説明はそこでする」
拠点に戻ると残りの『緋色の剣』のメンバーが夕飯を用意していた。狩人のミュウが捕ってきた獲物と、みんなで採集してきた木の実、持ち込んだ調味料で簡素な調理を行う。
「とくに、鉱山の見張りは見なかったぞ」
マシアスが肉を齧りながら報告する。彼とエミ―は明日の朝テンベルクに向けて出発する手筈だ。負傷していたエミ―の天馬はティアーナがシズヤと一緒に治していた。
「私のことは落としたのに」
ティアーナのそばでエミ―から食べ物を受け取る天馬をみてヴェルナントは呟く。男だから駄目なのか。確かあの天馬は母が父のところに嫁いだときに一緒にやってきたと聞いた。天馬が何年生きるものなのかはわからないが、結構な年齢ではないか、とヴェルナントは思った。
「なかなか彼の話も面白いものじゃ」
シズヤだ。飛竜と話せるのだから、天馬とも話せるか。
「ベル、結構やんちゃしていたそうじゃの!乗りこなす素質がないのに乗ろうとしてはあしらわれていた話、よかったぞ」
あの羽馬め……。
「みんな、そろそろいいか?」
バーネットがメンバー全員に尋ねた。やってみてほしいことは何だろう?
「鉱山の偵察は俺が一人で動いたほうが良さそうだ。見回りの新しい足跡があった。その間に、みんなには周囲の見回りと竜石の採掘をして欲しい」
「ここら辺は廃坑になってますけど、出てきますかね、竜石」
ロックの疑問はもっともだが、次のバーネットの台詞は予想はできる。
「シズヤなら、竜石の出てきそうな場所がわかるんじゃないか?以前、ベルとティア嬢を見つけたときは竜石の位置をたどっていたようだが」
「わかるがだいたいじゃ。緋色の竜石ならば昔、触ったことがあるから正確に辿れたがの」
「十分だ」
「一応フリードにせがまれて探してみたが、ある程度洞窟の中に入って、結構掘らねば出てこんぞ」
フリードのほうを見ると、少しばつが悪そうにしている。
「何があったんだ?」
「……端的に言えば弟子入りだ」
シズヤがにやにやしている。
「竜石の扱い方を教えてくれ~、と懇願されてのう。使い走りになる代わりに手ほどきをしてやることにしたのじゃ!ほれ、茶を持て」
フリードが杯に飲み物を注ぎ、シズヤに差し出す。ヴェルナント自身もティアーナのように癒しの奇跡を行使できるようになりたい、と考えたことはあったので、自分もシズヤの使い走りになるところを想像し、背筋が寒くなった。
「もし竜石が掘り出せたらテンベルクでいい武器を用意できるようになるし、鉱山を押さえたあとは教皇派と正面から戦うことになるから、いくらあっても困らない。掘れるようなら掘っていこう」
バーネットが呼びかける。
「見張りと食料の確保も引き続き続けてくれ。見つからないことを優先すること。危ないようならすぐに引き払って移動だ」
「私やエミ―がここにいない間に拠点が移動した場合は?」
マシアスが尋ねる。
「物資の交換場所をミュウの村にしておく。拠点と村までの間は徒歩だ。もし拠点と村の往復の間に拠点を移動するようなことがあったらミュウの村に戻って隠れていてくれ」
「あたしの村がなんか重要なところに!」
バーネットのマシアスへの返答にミュウの目が白黒している。
「そこまでしないと危ないですよね。了解です」
エミ―が運搬方法に同意する。ヴェルナントも理解できたが、なんとかならないものか、とも考えていた。
翌日。マシアスとエミ―はテンベルクへ向けて飛び立った。エミ―はそのまま天馬で飛んでいったが、マシアスはある程度徒歩で離れてから彼の飛竜であるフレンタスと合流する。「人も飛竜も一人になる時間が必要なのだ」とは彼の弁。
バーネットは弁当になりそうな食料を見繕って洞窟の奥に入っていった。残りの『緋色の剣』のメンバーはバーネットの描いた地図の範囲でシズヤに率いられて竜石を探すことになっている。掘る道具はテンベルクからある程度は持ち込んでいた。
「またツルハシを握ることになるなんてな」
「死にそうな場所でないだけ、当たりが着くだけ、マシだぜ」
ロックとリックがぼやいている。正直ツルハシやスコップ担ぐ2人は堂に入っている。シズヤは右手は例の珠を抱え、左手はティアーナの右手を握っていた。シズヤ本人は目を瞑りながら静かに歩いている。このほうが視える、そうだ。先頭は、昨日この道を歩いたから、という理由でヴェルナントが務めている。殿はフリードだ。ヴェルナントは前方は勿論、後ろのほうも見るようにはしていたが、その理由はぼんやり光るシズヤの抱えた珠の反応が気になるからであった。
「ティア、……ここで良かろう」
シズヤが歩みを止める。
「この壁を肘が入るくらい掘れば出てくるはずじゃ」
「腰に紐付けてぶら下がったまま掘るよりだいぶ楽だな」
「どれだけひどかったの、鉱山……」
ミュウがヴェルナントの感想を代弁した。
「さて、と。石が飛んでくるから離れていてくれ。フリード、ベル、見張りはいないか?」
「問題ない」
それぞれ確認して返事をする。掘り出せば石と鉄のぶつかり合う派手な音がなるかもしれない。確認後も通路の目視は怠らないようにした。
「……」
地面にスコップが刺さる音、ツルハシが石を弾く音が響く。ロックとリックは気を遣いながら掘っているのか思ったより大きな音はならなかった。神経を研ぎ澄まし、見張りがいないか凝視する。やがて作業の音が止んだ。
「久しく見ない大物だ。……タガネとハンマーを」
「竜石がぼんやり光っているから打ち出しは楽だぜ」
コンコンコン、コンコンコンとリズミカルにハンマーを叩く音が聞こえる。固唾を呑んで見守っているのか、集中しているのか、ヴェルナント含めて誰もしゃべろうとしない。……監視の身ではあるが、気になる。
「……採れたぞ」
ロックの手の中にあるのは、翡翠色にぼんやりと光る竜石だ。大きさは3本の指で包めるくらいだ。
「ま、こんなもんじゃろ」
シズヤの表情はまんざらでもなさそうだ。
「しかし、結構時間を食っちまったな。もう一か所掘れそうか?」
「……。この辺はもう無いぞ。もっと奥に行かねばなるまい」
「昨日、引き返した地点からここは近いから、やめておいたほうがいいかもしれない」
ヴェルナントの発言に同意し、この場は戻ることになった。シズヤはさっき採掘した竜石を見ながら考え事をしている。あの珠は抱えたままなので、フリードの背中に背負われて移動している。
「私は、このような、力、仕事、は」
フリードの息が切れている。
「踏ん張るのじゃ、フリード。この竜石の検分を終えたらそなたにこれを使って手ほどきをしてやる」
フリードの表情にやる気が戻ってきたように見える。拠点に戻ったら茶でも用意するか。
拠点に戻ったときは、まだ太陽は沈んでいなかった。食料を確保しに行く。今日はミュウに弓の扱いを見てもらうことにした。
「……うまくいかないな。射る前に逃げられてしまう」
ストーナー家の領地内で狩りをすることはあったが、弓の扱いに慣れることはできていなかった。
「慣れですねぇ。こればっかりは」
お手本のような技で仕留めた獲物を抱えながらミュウは呟く。
「なんというか、気配でバレてますね。仕留める気が漏れているのが傍で見てて解りますし。罠の設置は上手だと思うんですけど」
出発前にバーネットの仕込みもあってそれなりに罠で獲物を捕れるようにはなっていた。
「獲物を見つけても、平常心でいることからでしょうね」
「確かに獲物を見つけたときは興奮していたなぁ」
ミュウの言う通り、慣れが必要か。
獲物を拠点に持ち帰ったときにはバーネットが戻ってきていた。偵察の結果を訊いてみる。
「廃坑になっていない部分まで行ってみたが、なかなか距離がある。竜石を掘るのに都合はいいかもしれないが、シズヤの話から察するに、この辺はあまり竜石は出てこないと考えたほうがいいな。エミ―が明日、ミュウの村に来る手筈になっているから拠点を変えることだけは伝えておこう」
「それなんじゃがの、バーネット、地図を見せてくれ」
シズヤがバーネットに歩み寄ってくる。地図を広げ、丸を大きく2つ描く。そして2か所を指で示した。
「この辺とこの辺をを探索しに行きたい。そこで竜石を発掘できれば、効率よく掘れるようになるはずじゃ」
「……この丸はもしかして翡翠の鉱山と橙黄の鉱山か?」
うむ、とシズヤが頷く。
「竜石は竜の身体の組織、血液とか骨髄とかじゃな、それらをもとにできておる。2つの鉱山も、もともとは巨大な竜の骸だったのじゃ。今日採掘した竜石は左脚のあたりのものじゃったから、2か所ほど、できれば3か所、竜石を採掘して、身体のどの部位のものか検分できれば、身体の向きがわかる。そうすると効率よく強い魔力を秘めた竜石を採掘できるじゃろう」
「今とんでもないこと言ってなかったか?」
「? 何がじゃ」
不思議そうな表情をしているシズヤ。
「鉱山がもともと竜の骸だった、てところだよ」
バーネットが指摘する。竜石の名前の通り、竜が作り出す石だったので、竜の身体から作られるものだと唱える学者はいた。しかし、この鉱山がまるごと竜の骸だったとは!どれほど巨大な竜だったのだろう?
「ああ、そういうことか。まあ、主らには理解が追い付かないことは話さないように気を遣っとるからの。長い付き合いになれば、話せることも増えるじゃろうて」
「私はもっと、そういう話を訊きたいぞ。……師匠!」
いつの間にか近くに来ていたフリードの目は輝いていた。……師匠とまで来たか。今のフリードならシズヤが何も言わずとも身の回りを率先して世話を焼くだろう。事実、夕飯は甲斐甲斐しく世話をしていた。シズヤのほうが多少辟易していたくらいだ。
「こいつが女子であったらのう……」
夜の帳が辺りを包んでいく。雲もない、星の輝く夜空であった。月も見えにくい。明日は新月だろうか。




