四月 『第三土曜日』
僕は今、見慣れた町を自転車で駆けている。天気は快晴だ。きれいな桜並木が見れる…と思ったらもうすでにほとんど散っていた。悲しい。
今日は四月二一日、土曜日で学校が休みなので、今、こうして買い物をしに出掛けている。
「少し暑いな…」
僕はそうつぶやきながら、左手で僕の顔に当たる日光を防いだ。
まず、本屋へ行き、本を買ってから、昼食の材料を買いにスーパーマーケットに行き、家に帰る。昼食後は、少しゆっくりしてからバイトに行く。今日のスケジュールはこんな感じにしとこう。
さて、これから僕の今の暮らしについて説明しよう。僕は中学三年生だ。そして、両親は約二年前に交通事故で命を落としたので、現在一人暮らしをしている。もちろん両親が事故死したときは悲しすぎて立ち直るのに何週間も掛かった。しかも、祖父と祖母は、僕が産まれてくる前に、病気でこの世を去っていったそうだ。つまり、僕は天涯孤独、という状態なのだ。もう慣れたけど。ということで、バイトをして家の生計を立てている。でも本当はバイトをしてはいけないので、中学校の校長にバイトさせてください、とおねだりをして、毎日ちゃんと生活できている。校長には感謝している。結構大変だけどね。ちなみに、バイトは週四で通っている。部活には所属していないので、平日は夕方に通っているのだ。今日は十五時から二十一時まで働こうと思っている。
自転車で、商店街を駆け抜ける。と、なにやら手に袋を下げて車の助手席に座る少女が視界に入った。僕はその時、その少女がとても印象に残った。なぜかその少女の顔がはっきりと僕の目に焼き付いた。
そうして、色々考えているうちに、いつの間にか本屋に着いていた。
――『本屋さん』。これがこの本屋の名前である。うん。わかりやすくていいと思う。
「お、意外と人が少ないな」
駐車場を見渡すと、自転車が一台、車が三台と、休みの日にしては少ない方である。僕は静かな方が好きなので、ラッキーと思いながら、本屋へ足を踏み入れた。
店内は冷房が効いており、とても過ごしやすい環境である。駐車場でも確認したが、やはり客は五、六人と、少ない。
「あれ? あの人…」
客の中には、先ほど見かけた少女がいた。ライトノベルのコーナーにいた。
「……おっと見てる場合じゃなかった」
僕は買おうと思っている本を探し始めた。
「えっと…たしかこの辺に……お! あった、これだ」
そう口にして本棚から取り出した本は――『お菓子作りの基本と応用』。
和菓子や洋菓子など、多くのお菓子の作り方が掲載されている本だ。なぜこの本かというと、一年ほど前からお菓子作りを始めて、意外とできたので、もっとすごいものを作ってみたいな、と思っていたのだ。これからお菓子作りを始める人や僕みたいな理由の人にはもってこいの本だろう。
さっそくその本を買い、店を出ようとして、さっき見た少女のことを思い出した。探してみたが、もう店内にはいないようだった。
「ま、いっか」
僕はそう言って、外に出た。
「暑っ!」
完全に忘れてた。しかも冷房が効いていたところから来たので、余計に暑い。仕方ない。スーパーによったらすぐ家に帰ろう。
熱い日差しを我慢しながら、スーパーマーケットまで思いっきり飛ばした。
「おぉ……涼しい」
そう言いながら店内に足を踏み入れ、かごを手に取り、店内を見渡すと、『穫れたて!新鮮野菜コーナー』という場所を見つけたので、そこへ足を弾ませた。
二十分ほど見ながら一通り野菜をかごに納めてから、ふと、外が暑かったことを思い出した。
「アイスでも買ってくか」
『今日はお買い得! アイスクリームコーナー』に行く途中で、『今朝獲れたての魚』、『現在割引中!国産フルーツ』などのコーナーも見て回った。比較的、安い品物が多くて助かった。お菓子作りの材料になる物もかごに入れた。とりあえず、一週間分の食材をかごに入れてから、ようやく、アイスコーナーに向かった。意外と種類が豊富で、夢中になって見ていた。
「おー! これもおいしそうだ。どれにしようかなぁ」
チョコバー、カップアイス、シャーベットアイス、最中…めっちゃ迷うな。
アイスしか視界に入ってなくて、周りが全く把握できてなかった。そのせいで、隣にいた人とかごがぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい。周りが見えてませんでした」
頭を下げてすぐに謝った。すると、
「えと、あの、大丈夫ですから! 頭上げてください…私は平気ですから、ね?」
と、言われた。よかった。大丈夫ならそれでいい。…なんか聞いたことあるような声だったな。
僕はほっとして頭を上げた…と、同時に目を見開いた。目の前に立っていたのは、さっき、二回見かけた少女だったのだ。
背丈は僕と同じくらい。上半身は真っ白なブラウスの上にカーディガンを着ており、腰から下はスカートを穿いている。靴はスニーカーだ。優しい目で、根本から毛先まできれいに整った茶髪を腰まで伸ばしている。びっくりした。
一日に三回も見かけるなんて、こんな偶然そうそうあるものじゃないぞ。
「あの、どうかしましたか?」
彼女は不思議そうな顔をして、驚いて固まってる僕に声をかけた。僕は我に返り、もう一度謝った。
「あ、いえ、なんでもないです。ホントすいませんでした。気を付けます。では」
互いに浅い礼を交わし、僕はレジに向かった。
その後、僕のドジ体質が効果を発揮した。家まで飛ばして、買った食材などを冷蔵庫や冷凍庫に入れてるときに気付いたのだが、もう遅い。
「あっ! アイス買うの忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その時の絶望感は一生記憶の中に刻まれることになった。
「ごちそうさまでした」
アイスを買うのを忘れて約三十分間絶望感に浸されてから、少し気を取り直して、今、昼食を食べ終わったところだ。その後、皿を洗って歯磨きをした。
「さて、と」
どうしよう。暇だ。暑い。さすがにアイスだけを買うためにあそこまで行くのは酷だし………うーむ。とりあえず氷でも食べよう。
そう思って冷凍庫を開けると、保冷剤や冷凍食品が入ってるところの奥に箱が見えた。
「っっ!! コレはっ! まさか!」
引っ張り出してわかった。『アイスバー バニラ 八本入り』と書いてあった。
「最初からあったのかよ! くそっ! 僕はなんてマヌケなんだ!」
またしてもドジってしまった。
あの三十分を返して欲しい。全部自分のせいだけど。まあとりあえずあってよかった。これで買いに行かなくて済む。でも、昼食後だから今は食べないようにしよう。
結局暇なことに変わりはないので、また、何をするか考えていた。
よし、決めた。勉強しよう。
ゲームをしたり、友達と遊んだりすることが好きなリア充たちは、え? 何言ってんのコイツってなるかもしれないけど…仕方ないんだよ! 僕は友達なんて作らないし、ゲームも興味ないし、スポーツとかまともにできないから、することなさすぎて暇な時はいつも勉強してんだよ!おかげで定期テストの点数はいつも全教科九十九点か百点なんだよ! ふっ、どうだリアじゅ…すいません調子に乗りました。一言多かったです…すいません。
ってなわけで、二階の僕の部屋で、一生懸命、理科の予習と復習やった。ついでに数学の問題集とか使ってめっちゃ問題解きました。
いつのまにか二時間経過してた。ちょっと集中し過ぎたかな。昼食を食べ終わったのが一時だったので、今は三時だ。予定より少し遅くなってしまったけど、別にいいや。バイトに行く時間は自由なんだし。
さて、そろそろバイトに行こう。と、その前に、
「アイスバー食べてから行こ」
僕は上機嫌にそうつぶやいた。
一階に降りて、冷凍庫を開ける。先ほど見つけた箱からアイスバーを一本取り出し、すぐ食べた。
「やっぱこういう日に食べるとめっちゃ美味しく感じるなぁ」
アイスを堪能する。
その後やっとバイトに出掛けた。
そして、僕は明日、衝撃の事実を知ることになる。
家から自転車で五分。近くてマジ助かる。
僕はそんなことを思いながら、自転車から降りて、それを駐車場に停めた。バイトとして働いてる店に到着したのだ。中三なのに雇ってくれた店長さんにはいつも感謝している。
店の裏口の扉を開けて、
「こんにちはー」
と、いつもより大きめの声であいさつをした。当然、
「優君、こんにちは」「お、優君、今日は早いね」「くらのっち、今日も一緒に帰ろー!」
と、返事が返ってくる。
なんか最後だけ変なの返ってきたな。気にしない方がいいかな。うん、そうしよう。
扉を閉めながら中に入り、自分の服装セットが入ってるかごに手を伸ばそうとした。すると、ガシッ、と腕を掴まれた。何事だ? と思い、自分の腕を掴んだ主を見ると、
「くらのっちぃ…無視は酷いと思うなぁ……」
背中から黒くてもんもんしたオーラを発しながら、笑顔で怒ってくる女性がいた。
彼女の名前は堀北沙耶。高校二年生。髪型はいつもポニーテールだ。元気すぎる性格のせいでいつもうるさくて困ってる。でも、そのおかげで笑顔になる時もあるけどね。
「…」
無言で彼女から視線を逸らし、この店の専用服を着始める。
「え? ちょ、冷たくない!?」
「はぁ…」
「何!? 今の溜め息はっ!」
僕は早速、困ったという意味も込めて溜め息をついた。そんですぐ突っ込まれた。だから、人刺し指でちょんちょん、と作業場の方を指差した。
「あ…」
そこには、無言で真剣にケーキ作りをしている女性の姿があった。彼女をみた沙耶さんは、しまったとばかりに少し口を開けていた。
あ、マジで気付いてなかったんだ。この人、今まで何やってたんだ…?
「沙耶さん、静かにしてくださいよ」
「ごめん、くらのっち…」
「謝る人を間違えてます」
僕は彼女にそう言ってから、店長がいる所まで歩いて行った。
店長はレジにいたので、今の出来事を見てなかったようだ。
「お買い上げありがとうございました」
店長は二十四歳という若さで、この店――『主にケーキ その他諸々』——を経営している。本人曰く、「父さんの店を継いだ」とのこと。店の名前(とは言い難いが)には突っ込まないようにしている。
店長は僕より結構背が高い。あとかっこいい。
僕が来たとき、店長はちょうど会計を済ませた後だった。僕は店長に駆け寄り、質問した。
「店長、僕は今日何をすればよろしいでしょうか?」
「お、優君か。じゃあ今注文入ってるケーキ作り、香がやってるから手伝ってやってくれないかな。一人だと大変そうだったからね」
これ女子が聞いてたらキャーキャー言われるやつだよね。店長マジリスペクト。吉野さん、これ聞いてたらどんな反応するんだろ。
「キャー! 店長、そのセリフ私にも言ってくださいよ!」
あ、キャーキャーしてる人いたわ。静かにしてって言ったのに。
「「はは…」」
店長と僕は遠くから聞こえる沙耶さんの声を聞きながら、苦笑いをしていた。
「店長、承りました。吉野さんを手伝います」
僕はすぐに切り替えて店長にそう言った。
作業場に行こうと思い、体を作業場のあるほうへ向けたところで、店長に引き留められた。
「あ、優君ちょっと待って」
「なんですか?」
「今日は何時ごろに帰る予定?」
「えーと…二十一時頃です」
「了解。じゃ、今日も頑張ってね」
「はい、頑張ります」
僕は、作業場へ歩いて行った。
それを見た店長は、レジの方に向いて、新たに訪れた客を迎えた。
「いらっしゃいませ」
その客は、驚くべきことに、今日、優が三回見た少女だった。彼女の隣には、彼女の母親と思われる女性もいる。だが優は彼女に気付くことなく、その場を立ち去っていた。
作業場にて。
「吉野さん、手伝います」
「あ、優君、ありがとね。助かる」
彼女の名前は吉野香。二十四歳。今の店長の幼馴染で、今の店長に、うちで店員として働かないか、と誘われて働いてるらしい。
「僕は何をすればいいですか?」
「じゃあ、果物切ってくれる?ゴールデンキウイと、バナナと…あとイチゴも。あ、イチゴは切らなくていいよ」
「わかりました」
特殊な冷蔵方法(企業秘密)を使用した、大量の果物の中から、ゴールデンキウイとバナナ、イチゴをそれぞれ適当な数ほど取り出す。それらを専用のキッチンまで運び、果物ナイフを取り出す。ゴールデンキウイとバナナの皮を剥ぎ取り、イチゴはヘタを取り、それぞれ水で洗い、切り始める。
数分後、果物を切る作業が完了した。
思った。これバイトじゃなくて普通に店員じゃね? バイトって掃除とかレジとか、雑用係だと思うんだが…まあ、楽しいからいっか。
「吉野さん、終わりました」
「いいねいいね!じゃ、次は…」
僕は、彼女が言ったことを次々とこなして、ケーキ作りを順調に進めていった。
そして――
「「「できた!!」」」
途中から沙耶さんも手伝ってくれたので、始めてから一時間でケーキが完成した。
ケーキ作りを手伝ってる途中に、吉野さんに、これは何のケーキですかと聞いてみると、「バースデーケーキだよ」と返ってきた。
さっそく、作ったケーキを丁寧に移動させて冷やした。そのあと、ケーキが完成したことを店長に告げた。店長は早速、そのケーキを注文した客に連絡をした。その後、僕たちにこう言った。
「そうそう、さっきのことなんだけど、またバースデーケーキの注文が入ったよ。えーと、チョコケーキを一個だ。頑張れ!」
「了解です」「はーい!」「はい」
各々異なった返事をして、作業場に移動した。
このあとも順調にケーキ作りが進んだ。三人で分担すると早いものだ。途中で、ケーキを取りに来た客にケーキを渡し、たまに休憩を入れながら、三人で仕事に熱中していった。
一時間後――
「「「できた!!」」」
やはり出来たときの達成感はすごいものである。みんなで協力して作ったので、なおさらうれしい。そのうえ、自分が作ったものを他人が食べて、笑顔になってくれたらどんなにうれしいことか。これだからこの職業は楽しい。続けられる。あ、バイトか。
仕上がったケーキを冷やし、店長に報告した。注文した客に連絡すると、明日、取りに来るとのことだった。この後も、時間がたつのを早く感じながら、和菓子や洋菓子をたくさん作った。みんなで集まって(遅すぎるが)春の新作ケーキの案を出し合ったりしていた。ちなみに、今日、本屋で買ったあの本は、ここに持ってくるはずだったのだが、家に置いてきてしまった。気づいた時には、もう八時を過ぎていたため、明日持ってくることにした。
現在、時計の針は九時を指している。
「お疲れ様」
「お疲れさまでした」
「お疲れー!」
「お疲れ様ね」
店を閉め、みんなで外に出てから、解散した。
店長と吉野さんはそれぞれ別の車、沙耶さんと僕は自転車に乗って、店を後にした。
夜の九時なので、辺りを見渡すと、店や住宅地の明かりがぽつぽつと灯っている。そんな中、僕と沙耶さんは、自転車で同じ方向に、一緒に進んでいる。二人とも、店から家への方角が同じなのだ。でも、互いに言葉を交わしてはいなかった。
「…」
「…」
無言の時間が続き、もうすぐ僕の家に到着する、というところで、沙耶さんが口を開いた。
「突然だけど、くらのっちって好きな人とか、いる?」
「ホントに突然ですね」
実際、僕は今、驚いている。彼女は普段恋バナをするような人ではないからだ。
「いませんよ。そういう感情にはあまり関心がありませんし」
「へー…ホントにいないの? ほら、学校にいるんでしょ、美少女とか」
彼女はなにやら不敵な笑みを浮かべ、顔を近づけてきた。だから、僕の今の現状をぶつけてやった。
「今まで言ってませんでしたけど、僕、学校ではボッチなので、話す人は先生くらいですし、生徒の場合、 話し声はよく聞いてますけど、顔は見てません。クラスメイトは一人も覚えてません」
「うそっ! マジで? …あと胸張って言えることじゃないと思うよ…」
顔をしかめた彼女は、自転車を停めた。
「まだ聞きたいことたくさんあるけど…もう時間無いね」
「ですね。じゃあ、続きは明日にしましょう。では」
「また明日ー」
彼女は手を振りながら、自分の家に向かった。僕は家に着いたので、そのまま駐輪場に自転車を停め、帰宅した。
「ただいま」
さて、晩飯作るか。今日は晩飯食べてお風呂入ったらすぐ寝よう。
ピピピピピピピピピピ――カチッ。
「よく眠れたー!」
第三日曜日、七時ジャスト。朝起きて、先日の疲れが溜まっていないかなと心配していたが、めっちゃスッキリしてる。
今日も昨日とほとんど同じスケジュールでいこう、と思っていた。だがしかし…『それ』は、今日の午前、唐突に襲ってきて、僕の予定を狂わせることになる…。
さっさと朝食を済ませた僕は、昨日と同じように、本屋へ寄って、スーパーで買い物をした。そして…
「今日も昨日と同じくらい暑いな。アイスバー食べよっと」
冷凍庫から箱を取り出し、アイスバーを一本手に取ろうとしたとき、箱のある部分に目が留まった。今、僕の目は、驚愕で満ちあふれているだろう。
「え…? いや…え? ちょっと待て…うっ!!」
唐突の腹の痛みに悲鳴をあげてしまった。なぜかって?それは…
「まさか…このアイスバーが…賞味期限切れだったなんて…痛ててて…」
冷蔵庫の前で悶え苦しむ僕。そう、箱には、
賞味期限 三月一日(先月)と、記されていた。
変色したり変なものが付着したりしてなかったので、それは不幸中の幸いだろう。この痛みのせいで、まともに働くことができないので、今日のバイトは休まざるを得なかった。つまり、本を持っていくことも、沙耶さんと話すことさえできないのである。沙耶さんには次会った時に謝ろう。結局、この日は家でずっと大人しくしていた。午後の七時だったか八時だったかにお隣のお宅で、賑わってたようだった。
なにがあったのかな。ま、いっか。
こうして、僕の休日が終わった。
読んでいただき、誠に感謝しています。