プロローグ 四月 『三つの夢』
夜。その日は、たくさんの星が輝いていた。
静寂に包まれた、誰もいないような公園の中、一人の少年と、一人の少女が自動販売機の横のベンチに腰掛けていた。二人とも缶ジュースを飲んでいる。少年より先に缶ジュースを飲み干した少女は少年を見て、言った。
「今日は付き合ってくれてありがとね。あと、これもおごってくれてありがとう。助かったよ」
公園の照明は暗く、少女がどのような顔をしているのかわからない。
少女は立ち上がり、空き缶をゴミ箱に捨てた後、また戻ってきた。
「私、あなたにずっと言いたかったお願いがあるの」
少女は、すぅっと息を吸い、
「それは――」
次の瞬間、目の前が黒く染まった。そして、景色が変わる。
夜。雪が降っている。大きい広場のようだ。大きいモミの木が広場の真ん中にたたずんでいる。広場のいたるところに設置されたイルミネーションが、広場全体を照らしている。
モミの木の下。目の前に、少女が顔を伏せて立っていた。
「えと、あの…これ…」
少女は、この目線の主の胸あたりに四角い物を突き出してきた。
「――この前…確か誕生日だったよね」
少女は自分の首に巻いていたマフラーで顔を隠した。
「その…少し遅くなって、ごめん。渡す機会があまり…無かったから」
そして、少女は、声を振り絞って、言った。
「…あ、あと! もう一つ…もう一つ、話があって、その――」
次の瞬間、目の前が黒く染まった。また、景色が変わる。
場所は教室。ベランダ側の窓を覗くと茜色の空がとても鮮明に見える。
教室には、少年と少女の二人のほかには誰もいない。二人は向かい合って椅子に座っている。
二人とも、机に向かってシャープペンシルを動かしている。ふと、少女が口を開いた。
「ふぅ…やっと終わったぁ」
反射的に顔を上げた。
「――ってホント優しいわね。割といい男じゃない」
夕日による逆光で、顔が隠れて見えない。
「べ、別に、そーゆー意味じゃないから!」
彼女はそっぽを向いてしまった。
「それだからあんたは私に嫌われるのよ」
そして、立ち上がった。
「ねえ、『――』…その、私――」
ピピピピピ――カチッ。
「朝か。長い夢だったな」
今日は四月二十一日、土曜日だ。
「…あれ、どんな夢だったっけ? …まあいいか。んー!」
今の夢の内容は思い出そうと思っても、もう思い出せないと悟り、まず伸びをした。
現在――七時十分。
「さて、着替えて朝ごはんでも食べるかな」
ジュウウウウウ。
朝の台所に目玉焼きを焼く音が響く。ちなみに焼いているのは僕である。
「よし!」
いい感じに焼きあがった目玉焼きを、皿の上にのせる。同時にレタスも。
「いただきます」
ナイフとフォークは目玉焼きを作る前に出しておいたので、さっそく目玉焼きを食べた。
「ごちそうさまでした」
皿を洗い、歯磨きを済ませ、今日の気象情報を調べる。
今日の天気は、一日中快晴。
「よし、絶好のお出かけ日和だ」
さっそく、外に出かける支度をする。水筒、財布、スマートフォン、メモ帳などをかばんに詰め込み、家の窓の鍵がすべてかかっていることを確認する。自転車の鍵を持って、玄関で靴を履く。
「行ってきまーす」
と、言って外に出る。だが返事はない。
一人暮らしだから当然だ。
悲しい現実に肩をすくめながら、僕の家の表札を見た。
『倉ノ下』。僕の苗字だ。
「母さん…父さん…」
僕は、不幸にも交通事故で命を落とした両親のことを思い出していた。
「さて、行くか」
僕は自転車にまたがり、勢いよくペダルを踏みしめ、倉ノ下家を後にした。
この外への一歩が始まりだとも知らずに。