81 風の女神
『前から何か来るみたいだけど、上から見えるかしら?』
草むらの中からエアルさんの問いかけ。
強風の吹きすさぶ草原の中、その下を何かが動く。
僕は見たままをエアルさんに伝える。
「前から……黒い煙?
多分、獣が三体」
『だよね。奥の二体が敵。前の一つが……敵味方不明。
追われていると仮定して、助けようと思うけど、どう?』
「援護します」
『よろ!』
草の中を走る二つの黒い影。
それに向かい、上から引き金を引く。
銃弾は、僅かに影の進む方向を変えた程度で全く手応えは無く。
『風水アビリティ。
それを取るんだ』
見かねたエアルさんからそう指示される。
言われたまま僕は仮想ウインドウでスキルを取得。
すると、視界の中今まで緑一色だった草原の中に走る影がくっきりと見え、索敵が効くように。
『ごめん。先に答えを言ってしまった。
デメリットも有るから、合わなければ後で削除して』
「ありがとうございます」
道具は与えた。
だから、使いこなせ。
そう言う事だろう。
鉄板から跳躍して、草むらへと飛び込む。
追う黒い影と、追われる存在を遮る様に。
『聖属性か、銀装備持ってる?』
「いえ」
『りょ!』
なるほど。
それがないと有効打は難しいと言うことか。
でも、撃てば当たるその標的は先程までと違いよく分かる。
その場所へ向け、金の銃弾を放つ。
飛び行く銃弾にも今までとは違う変化があった。
先を遮る草の葉。
それを、苦にせず引き裂き真っ直ぐに的に向かい飛んでいく。
その先に居たのは、全身真っ黒の毛並みで二足歩行をするモンスター。
モンスター【デス・アマゾネス】Lv:32
死後、デイストルクスに捕らわれた存在<スレイブ・アンデッド>
生前は風の女神に仕える戦士であった
主な攻撃
噛みつき/切り裂き
有利属性
聖
性質
陰
直撃した銃弾は有効打ではないかもしれないが、それでも足止めにはなった。
素早く追いついたエアルさんがその影へと飛びかかっていく。
一瞬、彼女の剣と体が白く光り、そして、剣の軌跡に光の余韻を残しながら黒いモンスターを切り裂いていく。
僕の援護なんて、ほとんど必要無かっただろう。
あっという間に彼女は二体のデス・アマゾネスを片付けてしまった。
そして、草をかき分け現れた彼女は笑顔を浮かべながら「平気?」と僕の頭越しに声を掛ける。
振り返るとそこに、豹柄の毛皮を身にまとった小柄な女性。
いや毛皮ではない。下半身と肘から先が獣のそれなのだ。
そして、小柄なのは子供だからだろう。
『お助けイベントかな?』
エアルさんがそんな事を仮想ウインドウに表示しながらその子に近づく。
しかし、その子は前かがみになり長く伸びた両手の爪を構える。
僕は銃口を上げ、狙いを付ける。
だが、僕の視界を遮る様にファントムが現れ飛び回る。
「別に、敵じゃないよ」
エアルさんが両手を広げながら、獣人の子に声をかける。
僕も、ひとまず銃を下ろす。
そこでファントムは納得したのか、僕の横に。
しかし、獣の子は歯をむき出しにして僕らを威嚇する。
その様子にエアルさんが少し困ったような顔を僕に向ける。
<HELP!>
そんなスタンプを頭の上に浮かべ。
……そんな事を言われても。
困る僕とエアルさんに威嚇をしながら、獣の子が一歩、ニ歩と後ずさり、草むらの中へと入っていく。
このまま逃がそうか。
そう思った時だった。
急に、その子の頭の上にある猫科の耳がピンと立ち上がる。
それから、風に乗ってシャンシャンと言う鈴を鳴らすような音が流れてくる。
<何?何?>というスタンプがエアルさんの頭上に踊る。
獣の子がその場で片膝を付いて頭を下げる。
そして、僕達の間を冴え切るように、風上へまるで……そう、モーゼが海を割るように草が左右に分かれて倒れ、そこに一筋道が出来る。
その奥から、獣の子と同じ様な姿をした一団が手に武器や楽器を持って踊りながら現れる。
騒がしい楽器の音、そして、奇妙な踊り。
そんな集団が、ゆっくりととてもゆっくりと僕達の前を通っていく。
エアルさんが、僕の横で「何だよ、これ」と小さく呟く。
少し苛立ったように。
僕は、獣人達の奏でる音楽と踊りをただただ呆然と眺めていた。
やがて、僕らの目の前に獣人たちに引かれた人力車が止まる。
「戦士よ。名を名乗れ」
人力車に乗った女性が、扇子で口元を隠しながら言う。
「エアル」
「ショータです」
素直に答えたエアルさんに僕も倣う。
「我が、配下を助けてくれた事、礼を言う。
我は風の女神、アルクシナ也」
そう、ゆっくりとした口調で人力車に乗った女の人が言う。
いつの間にかファントムは僕の背中に隠れたようだ。
そう言えば、森の神の時も、波の神の時もファントムは相手から隠れるようにしていたっけ。
ひょっとしたら、彼らの敵なのかもしれない。
神と亡霊。
有り得ない話じゃ無さそう。
「しかし、人の子よ。
わざわざ空に逃げた其方等が今更地に降り立つとは何の用じゃ?」
「何って、戦いに、ですけど?」
エアルさんが口調に少し苛立ちを滲ませながら答える。
「フフフ。これは面白い。
……ほう、主等も刻印を打たれたか。
それ故、それに抗おうともがいておる訳か。
フフフフフ。
愚かよな。
追い立てられるまで動かんとは。
いや、メアルヴィルの気配はこの所為かの?」
「あのさ、悠久を生きる神様には理解できないかもしれないけど、こっちには時間がないの。
用があるなら端的に言って」
そう、女神に向かい言い放った後、頭の上にメッセージが浮かぶ。
『ゴメン、ちびっこ。そろそろ朝の支度をしなきゃいけないんだよ。
最悪、話の途中でも離脱するね』
もうそんな時間か。
僕も、工房の掃除をしないと。
「不敬な……!」
口元を隠したその顔に僅かに怒りが滲む。
しかし、直ぐに取り繕い冷笑を浮かべる。
「まあ、良い。
配下が救われたのは事実じゃ。
デイストルクスに抗うならば、それも良い」
<ポーン>
<称号【風の加護】を入手しました>
「以上?」
「あ、ああ」
「じゃ! ちびっこ、またね!」
言うなりエアルさんは仮想ウインドウを開き消えて行った。
余程、急いでいたのだろう。
エアルさんの消えた空間を見て、そして、ゆっくりと僕の方へ首を向ける風の女神。
その額に青筋が浮いて居る気がするが、目元はまだ笑って居る。
「では、僕も」
「待たれい!」
「いえ、忙しいので」
「主、兄に会うたな?」
「兄?」
誰だろう。
アルクシナ……ああ、そう言えば森の神の妹で狩猟神がそんな名だと親方が言っていた。
「森の神、ですか?」
「左様。
奴はまだあの泉で震えておるのか?」
「そうなんだと思います」
「軟弱者め……。
それに飽き足らずこんな子供までけしかけて、何をするつもりか」
「夜を、取り戻します」
僕は、何度か口にした、けれども全然実感の無いその言葉を再度口にする。
「……夜を、か」
そこで、風の女神は扇子を閉じ真っ赤な口を露わにする。
「主、我の僕にならんか?」
そう、試すような目付きでこちらを見下ろす。
「いえ」
なりません。
そう続ける前に女神が被せる様に言う。
「僕では無く、蔭間でも良いがの」
そう言って、真っ赤な口を釣り上げながら笑うと同時に周囲からどよめきが起きる。
かげまって何だろう。
横目で仮想ウインドウを操作して、その意味を調べる。
……男娼……かな?
断ろうと女神に顔を向けると同時に、背からファントムが飛び出し、そのまま女神の顔の前へと炎を出現させる。
「何をする!」
それを扇子の一薙ぎで搔き消し、ファントムを睨みつける女神。
周りの獣人がめいめい武器を構える。
眉間に皺を刻みファントムを睨みつけた女神は、しかし、その後に眉を跳ね上げ目を丸くする。
「……フ、フハハハハ。
成る程、夜を。
そう言う事か」
突然、高笑いを上げる女神とその視線の先で赤く燃えるファントム。
うーん、この人はさっきから何で一人芝居をして居るのだろう。
エアルさんが言う様に端的に話を進めて欲しいのだけれど。
「ショータと言ったな。
何か困った事があらば、助けを請え。
しかし、それは全ては夜の為。
それならば、力を貸そう」
そう言って、片手で勢い良く扇子を広げる。
それに合わせ、再び音楽を鳴り響き一団が行進を始める。
<ポーン>
<称号【風の女神の慈愛】を手に入れました>
……一体、何だったんだ?
草原に残された僕は、ファントムに声をかける。
「工房に戻って掃除をしようか」
親方が心配するかもしれない。
ファントムは小さく揺れる。
普段しないことはしない方が良いね。
何か、どっと疲れたよ。




