75 フェンリルの過去
親方に注文があると言うアマリさんと二人、工房に戻った。
アマリさんの取り出した紙を親方が眺め、そして、顔を上げる。
「わかった。
出来たらアランの所へ届ければ良いのだな?」
「はい。ありがとうございます」
アランさんの所へと言う事は、何か服のパーツだろうか。
「それと、これ良かったら皆さんで食べて下さい」
「これは……?」
テーブルの上に山盛り置かれたのは、さっき僕等が手に入れたもの。
「バロメッツの羊肉です」
「ああ、話には聞いたことがあるがこれが。
一緒に食べて行くか?」
「それでは、お言葉に甘えて」
「それでも多いな。
共同工房の方にも差し入れに行こうか」
「皆、喜ぶと思います。
ノーラさんの差し入れは絶品ですから」
「しかし、初めての肉だからな。
どんな物が出来るやら」
そう言った親方は、でもどこか嬉しそうに見えた。
「バロメッツか。倒しのか?」
親方と入れ違いに燕三さんが現れる。
「ええ。お先」
「何人で?」
「六人と三体」
「ん? そんなんで行けるのか?
なら俺達でも余裕だな」
「そうね。
六十人集めれば余裕よ。
アンタ達なら」
「それは、余裕って言わねえよ」
燕三さんが眉間に皺を寄せる。
「そんなに強かったですか?」
僕が疑問を挟む。
「強かったわよ。
それ以上に私達が強かっただけ。
ショタ君もだけど、他の面々も」
「流石はフェンリルって訳か」
「……関係ないわよ。
彼等は、ちょっとだけ人と関わるのが苦手だっただけ。
だから、一人でもがいて、結果、それなりに力を手に入れた。ゲームの中で。
それだけの事」
「なんだそりゃ?」
その話に興味を持ったのか燕三さんが僕等の向かいに腰を下ろす。
「なんかさ、面白半分で話に尾鰭がついて一人歩きしてるんだけどフェンリルなんてさ、どこにでもあるゲーム内のクランやギルドと大差ないって事」
「そんな事無いだろ」
「もうこの話はおしまい」
そう言ってアマリさんは話を切り上げようとする。
「聞かせて下さい。
フェンリルのことを」
僕は彼女に、自分の属する組織の事を教えて欲しかった。
燕三さんは殺し屋集団などと言ったけれど、とてもそんな風には見えなかった。
例えば、ほぼ例外無く皆ヴォルクさんの事を団長と呼ぶ。
わざわざ外部の人間に役職がバレるような呼び方をするなんて害しか無いのに。
或いはマフィアの様に箔が付くなどと考えているのだろうか。
「……昔の事よ。
元々フェンリルを立ち上げのは、今の団長、ヴォルクでは無かった。
面倒見の良い人でね。
他の集団に馴染めない様な連中に声をかけて、まとめ上げた。
その後をヴォルクが引き継いで、それと時を同じくして私達を取り巻く状況にも変化が起きる。
ゲーム内でPKが歯止めが効かない。そんな環境になりつつあったわ。
それで私達はPKK集団へと生まれ変わった。
PKで荒むゲームを変える為。
自身のPKに対する復讐。
ただ後腐れなくPKをしたいが為。
目的は様々だったけれど、そうやってPKを狩り続けるうちに私達はいつの間にか最強のPKK集団だなんて言われる様になった。
羨望の眼差しで見られる様になり、人も増えた。
でもね、元々はぐれ者の集団なのよ。
自重で崩壊するのは時間の問題だと思った。
無様な最後を迎える。
私は中に居てその覚悟を決めた。
まるで傍観者の様にそれを待っていた。
でも、その前にそのゲームのサービス終了がアナウンスされた。
それで、私達はバラバラになった。
楽しかった時間を、そのままいい思い出としたままに」
そこまで一息に言って、アマリさんは大きく息を吐く。
「私達のフェンリルは、もう終わった時間なのよ。
今更、もう一度集まった所で……あの時以上の集団には……ならない」
「なら、お前は何でまた参加したんだ?」
そう燕三さんに問われ、アマリさんは僕の方を見る。
「まあ、腐れ縁。放ってはおけないでしょ。
それに、ショタ君と一緒に遊ぶ絶好のチャンスだからね!」
そう言って、笑みを浮かべる。
「妹さんも居ますしね」
「は? そうなのか?」
「いや、あれは……違うんだよ。ショタ君」
「え?」
何が違うのだろう?
「私の妹はリゼだけ。
大切な、私の妹。
だから、ちょっかい出すなよ?」
アマリさんが氷の様な目付きで燕三さんを睨みつける。
「出さねえよ」
「では、あの人は?」
「自称、妹。
真っ向から否定しても聞き入れないからね。
ショタ君、もし絡まれたら『闇と光が交わるその時に境界の外に繋いだ記憶が蘇るだろう。今はまだ……その時はでは無い』とか言っておいて」
「……どう言う意味なんですか? それ」
「意味は無い。逆に意味があったら駄目だと思う」
「……難しいですね」
アマリさんは苦笑いを浮かべ、燕三さんは肩をすくめる。
それで、一旦フェンリルの話は終わりとなる。
親方がバロメッツの羊の肉で作ったホットサンドはとても美味しくて、フェンリルのクランにも差し入れに持って行こうかと思ったのだけれど、アマリさんに止められてしまう。




