66 夢の話
全身に風を受けていた。
潮の匂いが交じる湿気を多く含んだ風を。
周りは、海で。
その上を僕は移動していた。
大きな、金属製の何かに跨って。
それは、水しぶきを上げながら波をかき分け進んでいる。
「お待たせしました」
振り返ると、メーアが立っていた。
「えっと、夢かな」
「魔法ですよ」
微笑みながらメーアが答える。
前にもこんな夢を見たかな。
「これは何ですか」
「潜水艇です。
ただ、中に入ることは出来ませんので、甲板へのご招待となってしまいました」
彼女の後ろで、潜望鏡が動く。
「すごいですね」
左手でなびく髪を押さえながら右手で前方を指し示す。
海の上、水平線に重なるように一本の線が出来ていた。
「あれが、みなさんが作った橋です」
ああ、あれがそうなのか。
「あのほとんど全てをショータさんがインゴットから作ったんですね」
「でも、僕だけじゃないです。
鉄骨を作ったのは親方と燕三さんとエアルさん達で。
それに魔法を掛けて、それから運ぶのにも沢山の人がいて。
組み上げるのにもっと沢山の人がいて」
「でも、私達はあの存在を決して快くは思っていません。
手放しで喜ぶわけには行かないのです……」
メーアは、少し目を細めながら言う。
「どうして?」
「まだ、準備が間になっていないのです。
いえ、それはこちらの都合ですよね。
あなた方の偉業は、素直に称えるべきでした」
潜水艇は橋へと近づくにつれ、徐々に速度を下げていく。
「そう言えば、呼ばれたような気がしたのですが何の御用でしたか?」
呼んだだろうか。
思い当たるの事が……一つだけあった。
「ファントムと話をしたいのです」
「そうですか」
見上げたメーアは少し嬉しそうに微笑んで、それから続ける。
「それにはお答えできません。
…………攻略情報ですので」
「そうですか」
もともと答えは期待していなかったから、それについてはなんとも思わなかったけれど、そう言えばファントムが居ないことに今更ながらに気付く。
……夢だから別におかしくないか。
相棒を欠いた僕を乗せ潜水艇は橋へと真っ直ぐ進んでいく。
橋の上に人影があった。
その人は僕達に背を向け、鉄骨だけで作られた無骨な橋の上に腰を下ろし裸足の指先を海の中へと入れていた。
潜水艇は静かに橋の横で停止する。
メーアは僕の方を見て、右手の人差指を立てて口に当てる。
静かにしろと言うことだろうけれど、潜水艇のモーター音が響いている。
どうして橋の上のエアルさんは気づかないのだろう。
エアルさんが、天を仰ぐように仰向けに寝転がる。
その表情はわずかに暗い。
やがて、寝転んだまま顔を横に向ける。
その先、冒険者の大陸へと繋がる方向からゆっくりと歩いてくる人が一人。
アマリさんだ。
偶然だろうか。
寝転ぶエアルさんの所にやって来たアマリさんは腕を組んで仁王立ちする。
「……パンツ、見えるよ」
「見られて恥ずかしいパンツは履いてない」
「……はしたない」
そう言いながら身を起こすエアルさん。
「大泣きしながら暴れてのは誰よ?」
エアルさんの横に腰を下ろしながらアマリさんが言う。
「そっちの方がはしたないじゃん」
「……うるせ」
「何で泣いてたの?」
「……リアル辛いのよ」
「ふーん」
そのまま二人は並んで海を眺めていた。
メーアを見上げる。
やっぱり口に人差し指を当てる仕草。
「ねえ、シーサーペント倒した技、アレ何?」
「アイツが吐き出した放水をマグマコークスで一気に水蒸気にして、そこにマリー謹製の毒薬をませたらもう草一本残らない死の世界」
「マリーのお薬か。
と言うか、何であそこに居たの?
そもそも」
「始まりの町あるじゃん?」
エアルさんは上を指差す。
アマリさんが見上げる。
釣られて僕も上を見るけれど、空の上にその島は見えず。
「そこから、スカイダイビングしたのよ」
「は? 何で?」
「……リアル辛いから……」
「高所からの落下って自分にダメージ入るわよね?」
「普通はね。
でも、着地点に敵が居て、更に体当たりのスキルを使うと全部敵のダメージに転換される」
「遥か上空の島から、アイツ目掛けて飛んできたわけ?」
「いや。
落下してる最中に偶然目に入ったから。
丁度良いやと思って」
「どうしよう。
それを聞いたら礼を言うのが馬鹿らしくなってきたわ」
そう言って笑うアマリさん。
その後二人が同時に始まりの島の方へ目を向ける。
そちらの方から歩いてくる人影が一つ。
刀を担いでゆっくりと近寄ってくるのは燕三さん。
「何、あの子。剥き身で刀担いでるよ?」
「しかも、浴衣で。あの子もリアル辛いんじゃない?」
「明日から学校だろうからね……」
エアルさんとアマリさんが燕三さんを見ながらヒソヒソと言う。
「悪ぃな。呼び出して」
そんな事とは露知らず、燕三さんは珍しく笑顔を浮かべながら言う。
「何? 試し切りでもするつもり?」
「いや、これは鈍らで駄目だな。
あの海竜にまるで歯が立たなかった」
「それは、泳ぐのが遅いからよ」
「で、美女二人を呼び出して何の様?
しかも、メンテ間際に」
「源の旦那にも声かけたんだがな。
流石に今日は寝るって言いやがってよ」
そう言いながら燕三さんは二人の後ろに腰を下ろす。
「まあ、何だ。
折角だから、ここでメンテの瞬間を迎えようと思ってな」
少し恥ずかしそうに燕三さんがそう言って、そして、エアルさんとアマリさんが顔を見合わせる。
「燕三、そういう時は酒を持参で来るもんだよ」
「は?」
「その格好なら一升瓶担いで来なきゃ」
「ま、子供にはわからないだろうけど」
「チッ。ガラにも無いことするんじゃ無かった」
アマリさんが仮想ウインドウを開き、グラスを三つとワインのような瓶を取り出す。
三人でそれを持ち、軽く掲げる。
「うん。不味い」
「酒は現実の方が良いよね」
「そうかよ」
「所でアンタ、随分余裕みたいだけど、明日から学校じゃないの?」
「そうだよ。橋の完成が間に合って本当に良かった」
「いや、課題とか終わってるの?」
「は? そんなの当たり前だろ?」
「……ウチの妹に聞かせたい。
なう、やってる最中だろうに。
三人泊りで」
「何そのラブコメシチュエーション」
嬉しそうな声を上げたエアルさんを見下すような視線で見るアマリさん。
「死ね。ネカマ。
世の中にお前が妄想するような世界は存在しない」
「私は! ネカマじゃない!」
反論するエアルさんに取り合わず、アマリさんは燕三さんに顔を向ける。
「で、次は何か考えてんの?」
「どうすっかな。
線路引きたいとこだが、走らせる物が無いしな」
「スパナさんに聞いてみたら?」
「もう聞いた。
作れるが金がかかるそうだ。
莫大な」
「海上列車か。良いね」
「だろ?
幸い、金は時間が解決してくれるだろうからな」
「上手く発展すると良いわね」
「目抜き通りの土地を全部買い占めたんだ。
発展してもらわなきゃ困る。
まあ、どう転がってもここで店を開かざるを得ないだろうから心配してねーけどな」
「ゲーム開始直後に訪れる、プレイヤー向けの商店街。
形は整った。
後は、時が過ぎるのを待つだけね」
「家賃収入ガッポガッポだ」
三人は声を上げ笑う。
裏でそんな企みがあったのか。
見上げるとメーアが少し、眉間に皺を寄せていた。
その後も、三人は街作りの計画を楽しそうに話し合う。
主に、儲け話の計画を。
突然、彼らの目の前に水柱が出現する。
咄嗟にエアルさんが盾を手にアマリさんを庇うように動く。
一拍遅れ、燕三さんが刀を構えながら立ち上がる。
僕は腰に手を回し……そこにいつもの銃は無かった。
メーアが僕の肩に手を置く。
見上げると、微笑みながら頷く。
「フハハハハハハァー!」
笑い声と共に水柱の中から、白髪の老人が現れる。
真っ黒に日焼けした、上半身裸でサングラスを掛けアロハ柄のハーフパンツに、ビーチサンダル姿の老人が水の上に立つ。
「この橋を作った奴らだなぁ?」
長く伸びた真っ白な髭を揺らしながら老人が大声を張り上げる。
「そうだよ」
後ろに下がりながら、燕三さんが答える。
「忌まわしき海竜を葬ったのはお前だなぁ?」
「そうだけど?」
エアルさんが答えながら剣を抜く。
「そう身構えるな」
三人の動きが一瞬止まる。
多分、パーティートークで会話しているのだろう。
僕からは見えないけれど。
「私はアマリ。
貴方は?」
「波の神、ベレ」
「波の……神。
その神が私達に何の用でしょう?」
波の神が顎に手を当てニヤリと笑う。
「気丈だな。うむ、実に良い」
エアルさんが剣先を神に向け構える。
「用があるなら早くして。
こっちには、時間が無いのよ」
メーアを振り返る。
彼女はそっと懐中時計を僕に見せる。
時間は零時五十六分。
もう少しでメンテナンスの時間だった筈。
「ふむ。
ならば問おう。
主等、ここにこんな物を作って何をするつもりだ?」
「戦士の通る道とします」
波の神の問いかけに、一拍おいてからアマリさんが、高らかに答える。
その答えに、豪快な笑い声を上げる波の神。
「フハハハハ。気丈だな。実に良い。
気に入った。
主等全員に加護をやろう。
そして、ここを通る戦士にもだ。
フハハハハハハ……」
笑い声を残し、波の神は消えて行った。
「気に入られたみたいだな」
「嫌よ。あんなジジイ」
「ガフなら何か知ってるかな」
そんな様な事を話す三人の姿が少しずつ遠くなっていく。
潜水艇が再び動き出したのだ。
「さて、そろそろお時間ですね。
また何時でも呼んでくださいね」
後ろのメーアの声に振り返ると同時に辺りが真っ暗になった。
変な夢。
◆
次回予告!
運営によって無残にも思惑を打ち砕かれた開拓組。
再び大地へと降り立つ世界の人々。
牙を向く魔神と魔竜の手先へ立ち向かうプレイヤー。
イマイチ方向性の定まらない赤・リゼ。
すっかり影の薄くなったピンク・ひより。
序盤の解説役でお役御免の筈だった黄色・アマリ。
不遇にすら到れない青・サヤ。
デレる展開が無くひたすら刺々しいだけの黒・セレン。
喋らせるタイミングを見失いつつある霊体・ルナ。
ゆっるいプロットに翻弄される彼女たちの運命やいかに。
次章、夏までには再開予定!
◆
感想、評価ありがとうございます。
この後、掲示板を挟んで暫し書き溜めの時間をいただきます。




