65 涙とメガネ
『作業員撤収!
橋作りに取り掛かる。夕方までには終わらせるぞ』
レイドのメンバー向けた源さんの声。
それに開拓組の面々からの返事が続く。
霧が晴れ、海上に立ちすくむエアルさんの姿が顕になる。
「ショータ、お疲れ」
「あ、お疲れ様です」
何時の間にか源さんが近寄って来ていた。
海面から顔だけだして。
その後ろにRenNaさんとセレンさん。
「もう引き上げて良いぞ」
「源さんは?」
わざわざそれを伝えに来たのか?
「俺はあのバカに一言言って、それから工事だ」
そう言ってエアルさんの方を見る。
後ろの二人も付いていくみたいだ。
なら僕も。
平泳ぎでエアルさんに近寄る源さんの後に付いていく。
「なんか、匂うな。この辺」
源さんの言うとおり、海上にうっすらと刺激臭の様な物を感じる。
何かの薬品だろうか。
「番頭。
乱入ありがとよ」
そう声をかけた源さんにずっと空を仰ぎ見ていたエアルさんが振り返る。
両目から、大粒の涙を流しながら。
「……もしかして、獲物取っちゃったかしら?」
手で両目を拭いながらエアルさんが答える。
「誰かに呼ばれて来たんじゃないのか?」
「いや、偶然。横取りしちゃった?」
「いや、こっちは全滅しかけてたから助かったんだが……何で泣いてんだ?」
「感情の発露。放っておいて」
「そうかい。夜に寄らせてもらうわ」
「毎度」
そう言って源さんは橋の方へと泳いでいく。
次いでRenNaさん達がエアルさんの側へ。
僕はその後ろへ。
「エアルさん。
今度、眼鏡女子のグループ作るんです。
良かったら、その、エアルさんも入って貰えませんか?」
「え、私が?」
「はい。フレンド申請しておきます」
「えっと、う、うん。女子……グループか……」
エアルさんはちらりと僕の方を見る。
釣られ、RenNaさんも振り返る。
「……彼は女子じゃないですし、ゴーグルは眼鏡の定義から外れます」
「なるほど」
エアルさんも女子じゃないはずなんだけど。
「考えておいて下さい」
「はい……」
涙顔でやや困惑の表情を浮かべるエアルさん。
「ねえ、何で泣いてるの?」
セレンさんが、エアルさんにそう尋ねる。
「辛い時は、泣いてもいいよね?」
「……大人でしょ?」
セレンさんに反論され、エアルさんは少し考えてから答える。
「そう。大人だから……現実では泣かないようにしてる。
嫌なことがあって泣きたくても逃げたくても我慢しないといけない。
だから、その分、こっちでは好きな時に好きなだけ泣くんだ」
「何それ?」
「私のルール」
涙を拭いながらエアルさんが答える。
「わかります。
そうやって、逃げ出さないために切り替えるんですよね」
RenNaさんがメガネのツルに手を当てながら言う。
「いや、どっちかって言うと逆だな。
私の場合」
「え?」
「私は、一度は歯を食いしばって頑張ってみた。
泣いて、叫んで、暴れて。
それでも、駄目ならもう、逃げていいかなって言うアリバイ作り。
まあ、わからなくて良いよ。
いや、わかんない方が良いのかな」
僅かに口元に笑みを浮かべながらエアルさんが言う。
「……逃げちゃったら、そこまで頑張った事が無駄になる。全部……」
まるで呟くようにセレンさんがそれに反論する。
「頑張ったけど失敗しちゃったな。
次は気をつけよう。
ってやり直すもの私はアリだと思うな」
そう言って、少し晴れた表情を浮かべるエアルさんと対象的に複雑な表情を浮かべるセレンさん。
そのまま、エアルさんは何処かへと転移していった。
僕たちは橋へと戻る。
「ありがとうございました」
黒蜜の背から橋へ乗り移り、セレンさんがRenNaさんの頭を下げる。
「どういたしまして。
……ねえ、何か悩んでるでしょ?」
「え、いえ、悩みと言うほどでは……」
「例えば、メガネを掛けてみたら良い。
世界が変わって見える。絶対」
「……はい」
セレンさんは、意外にも素直に頷いたけれど、その顔は作り笑顔だった。
モンスターの襲来で遅れてしまった工事を今日中に終わらせると、開拓組の人達がせわしなく動いている。
「……私達も手伝おうか」
「そうですね」
RenNaさんを見送った後に、珍しくセレンさんがそんな事を提案したので、僕はそれに賛同することにした。
その日の夕方、橋は完成した。
プレイヤーの歓声と笑顔で沸き立つ橋の上。
何故か、海へと飛び込んでいく面々。
その喧騒に呆気にとられるうちに、僕は燕三さんに担ぎ上げられ、海へと放り込まれた。
アマリさんに抱きかかえられ引き上げられて行く間、水泳と潜水のスキルを取ろうかなどと考えていた。
◆
「だたいま戻りました」
「おかえり。
その様子だと、上手く行ったみたいだな」
「はい。
橋は無事に完成しました」
「そうか」
親方が感慨深そうに頷く。
「明日、一緒に見に行こう」
「はい」
僕は頷きながら食卓につく。
テーブルの上にはいつも通りの夕食が並んでいた。
◆
「すごいなぁ……」
部屋に戻り、ベッドに腰をおろした僕はそう呟いた。
ゲームとは言え、いきなり橋を掛けようと考え、それを実行してしまう彼らが。
「次は何をするんだろうね?」
そうファントムに語りかける。
僕にはちょっと想像もつかない。
「君は何かやりたいことがあるんでしょ? どんな事?」
そう問いかけるとファントムは左右に揺れ、それから縦に。
床へと潜って行って、また現れる。
今度は天井に張り付いて、そこで大きく黒く広がる。
説明しようとしている。
でも。
「わかんないや」
ファントムは再び僕の前に戻る。
「でも、僕も手伝うよ」
そう伝えると、ファントムは少し曖昧に縦に揺れ、それから横に揺れる。
「どうして?
エアルさんみたいに強くないから?」
颯爽と現れ、ボスを圧倒して行った彼女を引き合いに出してみる。
するとファントムは横に揺れる。
「でも、君と一緒なら空も移動できるからね」
僕の走る先をファントムは違わない。
常に足場を置いてくれる。
でも、ファントムは少し黒くなって、トゲトゲした形に変わる。
あれ?
「怒ってるの?」
ファントムは、小さく縦に揺れる。
どうしてだろう。
それを説明するようにファントムが小刻みに動く。
「……大変だったから?」
ファントムは、小さく縦に揺れかけ、それを取り消すように横に大きく揺れる。
わかんないなぁ。
困った。
何時もだけれど。
困ったときは、か。
「おいで」
僕はファントムとの会話を諦める。
いつかこの先わかるようになれば良いなと思いながら。
寄ってきたファントムを撫でるような仕草をしながら「ありがとう」と声をかける。
ファントムはピンクに変わりグニャリとなる。
どうすれば、ファントムと会話できるだろうと考えながら僕はベッドに身を横たえる。
何時もは胸の上にいるファントムが珍しく僕の顔の横に来た。
何かを伝えたいのだろうか。
僕は天井を見つめながら「助けてよ。おねえちゃん」と呟き、その馬鹿らしさに一つ笑いを漏らしてからログアウトした。




