63 海竜
『海中、アンノウン……いや、シーサーペント。大きい』
その声と共に、巨大な水柱が立ち上る。
そこに、青い鱗に覆われた巨大な竜が居て、水の中から首だけを出して僕達の方を見つめていた。
ゆっくりと、大きく口を開く。
整然と並んだ鋭利な牙が見えた。
直後、絶叫。
頭の芯から揺さぶられる、そんな高周波の様な声。
竜を中心に海がうねり、それが高波となる。
「ショタ君、空へ逃げて」
そうアマリさんが言う。
「アマリさんは?」
「私は泳げるから」
「ラビット!」
櫓の上で怒鳴り声を上げ僕を呼んだのは朝景さん。
見上げると同時に僕に向けセレンさんを放り投げてきた。
「え、ちょ、きゃぁ!」
空中で彼女を受け止め、そのまま更に上に。
ファントムは何も言わずとも、足場を動かしてくれた。
『総員、衝撃に備え……』
RenNaさんの声が終わる前に押し寄せた高波が、僕の足の下を過ぎ去って行く。
橋の上に急ごしらえで作られた木の櫓を全て飲み込み、そこに居た大量プレイヤー毎押し流して行く。
「何よ……これ……」
その光景を見てセレンさんが呟く。
橋の上に残った物は皆無。
僅かに難を逃れた小船が数隻浮かぶのみ。
それすら戦場から大分引き離された様に見える。
『……各員。イレギュラー発生』
無事だったのか、RenNaさんの声が静寂の中に響く。
『以後は取り決め通り各自で退避。
繰り返す。各自の判断で退避。
……あ、はい。
業務連絡。
開拓組は橋を死守。
方法は脳味噌捻って考えろ。
二撃目は持たない。
え?
はい。繰り返します。
二撃目は持たない。
以上』
水の下を竜に向かい移動する影が見える。
僕も行こう。
取り敢えず、手が塞がって居るのでそれを何とかしないと。
「セレンさん。
落として良いですか?」
「良い訳ないでしょ! 何でよ!?」
「両手が塞がって戦えないんです」
「アレと戦う気?」
「はい。
そしたらせめて背中にしがみついてもらえませんか?」
「本気?」
「はい。あ、死ぬと思います。
嫌なら離脱して下さい」
どれだけ通用するかわからないけれど、橋を守れと言われたので出来る限りはやって来よう。
「……わかった。
私も手伝う」
そう言ってセレンさんは僕の背中に周り首に手を回す。
「しっかり掴まって下さい」
「ちょ、まっ……てぇええぇぇぇ……」
そう言って僕は宙に浮いた足場を蹴る。
その先にファントムが足場を置いてくれる事を知って居るから。
真っ先に竜の元へとたどり着いたのは僕ら。
ただ、竜の周囲には無数の泡が浮遊していて近づくことは出来ず。
「シャボン玉?」
背後で呟いたセレンさんの疑問に答えるのでは無いが、僕はその泡に狙いを付け引き金を引く。
銃弾が当たった泡はパンと言う破裂音とともに消滅。
その衝撃で周囲の泡も連鎖的に破裂していく。
五十メートル程先で弾ける泡の衝撃はここまでは届かないけれど、光るエフェクトとして目に見えるそれは当たればダメージを受ける類の物だろう。
十数回の破裂音の後、ポッカリと開いた空間は直ぐに泡で埋め尽くされて行く。
「近づけないですね」
そう言いながら、竜へと銃口を向ける。
泡の隙間を縫うように放たれた銃弾は竜の胴体へ命中するが、その表皮に弾かれ消えていく。HPバーはぴくりともしていない。
海面から出ただけで十メートル近い巨体に対して、直径一センチに満たない銃弾なんて無力そのものということだろうか。
いや、撃ち抜くべきポイント、弱点は目で捕えることが出来る。
問題は泡に阻まれ銃弾が届かないということ。
動き回って打開するしかないか。
「こっち見てるわ」
「はい」
僕は竜を警戒しながら、上へと移動し距離を取る。
海面から離れたほうが良いだろう。
その程度の考えでしか無かったのだけれど。
上に逃げた僕を追い掛けるように竜の首が動く。
そして、ゆっくりとその口を大きく開く。
「ッ!」
その口内から僕に一直線に向かい来る……水。
レーザー光線の様なその放水は足場から跳躍したばかりの僕の顔を目掛け一直線に。
咄嗟にそれを避けるべく、頭を傾け……!?。
「キャっ!」
傾けたその方向にセレンさんの頭。
こめかみの後ろあたりに衝撃。
直後、避けきれなかった放水が僕の額に直撃し後方に弾かれる。
HPは一気に赤に。
オートポーションが発動。
空中を落下しながら、ファントムが引き寄せた鉄板を掴み何とか空中に留まる。
『ショータ』
「はい」
源さんからの通信に応えながら鉄板に乗り直す。
『今のが橋に当たるとヤバそうだ』
竜から橋まで僕を挟んで一直線に並んで居る。
『上に行くか反対に回るかしてくれ』
「了解」
急いで反対へ回ろう。
「……何よ、勝手な事ばかり言って!」
セレンさんが僕の背後で怒りを滲ませる。
「セレンさん」
「何?」
「乱暴な移動になります。
しっかり掴まってて下さい」
「え?」
「ファントム、最短距離で反対へ」
僕の要請に応えファントムが跳躍可能な距離ギリギリへ鉄板を飛ばす。
行く手を遮る泡を銃で弾き消しながら空中を移動する。
幸い竜の注意は海中に逸れた。
この隙に。
背後でセレンさんが絶叫する。
自然、しがみつく腕に力がこもる。
首を絞められても苦しく無いのだけれどあんまり気持ちの良いものでは無いね。
泡の空域を抜け、何とか橋を見て竜を挟む位置まで来たのだけれど。
肝心の竜は海の中。
「……ちょっとは……こっちの事も気にしなさい……よ……」
背後からセレンさんの苦情。
「すいません。
そこまで余裕無いです」
海中を警戒しながら返事を返す。
プレイヤーの皆が戦っているらしい事は分かるけれど。
少し高度を下げる。
『ヒール……ショタ君、下がって来ちゃダメだよー』
海からアマリさんが顔を出し僕に回復魔法をかけてくれる。
『多分また顔を出すと思うから』
「わかりました」
『それとセレン』
「何?」
『ショタ君におっぱい押し付けないで』
「な! 押し付けて無いわよ!」
「大丈夫です。当たってません」
「あたっ……当たってるわよ!!」
『なら良いか』
「オマエラコロス!」
また首を絞められる。
『あ、来るよ』
アマリさんの警告と共に水面が盛り上がり、そこから放水。
しまった。
顔を出さなくても撃てるのか。
しかし、狙いはさっきよりは甘い。
辛うじてそれを躱す。
それと同時に海中から鎌首をもたげる様に顔を出す海竜。
同時に僕の周りに泡が発生。
囲まれた。
それらを銃で壊しながら再び放たれた放水を避ける。
『おーい。攻撃がショタ君に行ってるぞ。
ヘイト管理しっかりしろー』
『いや、何で上に向くんだよ』
『イチャイチャしてっからじゃね?』
『あー、それなら仕方ないな』
「し……て無い!」
勝手な事を言うレイドメンバーに振り落とされない様にしがみ付きながらセレンさんが反論する。
『つーわけだから、ショータ、暫く囮役。
その間にこっちも体勢立て直すぞ』
「わかりました。
えっと、早めにお願いいたします」
どう言う訳だろうと思いながら返事を入れる。
泡に囲まれ身動きが制限される中で放水を避けるのが実は余り余裕はない。
セレンさんの重さも少し負担だ。
「良いわよ。私は降りるわ」
それを感じ取ったのかセレンさんからそんな意見が出る。
でも、ファントムが必死に横に揺れる。
駄目みたい。
『ショータ。大技行くから気を付けて。
そのタイミングで下りれそうならRenNaの所に』
灰さんの声。
何処だろう。
海面に目を落とすと、海の上に立つ灰さんの姿。
その足元に……氷?
海面を凍らせて立っているのか。
僕の視線に気付いた灰さんが海面を指差す。
その先には亀の上に乗った銀髪のメガネの人。
あれがRenNaさんか。
「やってみます」
『んじゃ、行くぞ。
これで俺は燃えカスだからお前ら後ヨロシク!
ライトニングゥ・バインドォ!』
灰さんの声と共に海竜の体を雷が走り抜ける。
直後、轟音と共に閃光で周囲が真っ白に。
何にも見えない。
「ファントム! 駆け下りる」
そう叫び、RenNaさんが居た方向へ向かって銃を撃ちながら駆け下りる。
首に手を回すセレンさんの力が一層強く。




