53 神との約束
樹海の中で展開されたセーフティーフィールドの中で車座に座る五人。
マリーさんだけ椅子に腰掛けているが、普段から持ち歩いているのだろうか。
「それで、土産物は何だい?」
「銀のヒソップ。何に使えるだろう」
森の神からお土産にもらった銀色の小さな花の束を手で観察しながらマリーさんが答える。
「あ、これ、私が預かっちゃって良い?」
「お前が強請ったんだから好きにしていいだろ」
「リゼとショータも良いかな?」
「どうぞ」
「構いません」
「どもー! 調べて試して面白い薬が出来たら分けるから!」
「それは実験台と言う物だろ?」
呆れ顔で言うガフさんには取り合わず、手の中の花束を観察するマリーさん。
「しかし、お前が勇者志望とは知らなかったな」
源さんがガフさんに言う。
「何の事?」
「初っ端に啖呵切ってたじゃないか。魔王を倒すって」
「ああ。あれは出任せ。ああ言ったらどうなるかと思って。
なんか上手く行ったけど」
そうだったのか。
服の中から出てきたファントムが小さく震える。
「やたら強気だから何か算段があるのかと思ったが?」
「いや、全然。
まず必要なのは相手を知る物差しだから。
強気に上から行って、駄目なら次は別の誰かが下手に出て交渉すれば良いだろ?」
「その前に激昂して戦いになるとか考えなかったのか?」
「もちろんその時は戦うつもりだったけど? 失うものも無いし。
と言うか、その展開を望んでたんだろう?」
「そりゃな」
ファントムが、少し小さくなる。
「結果、世界を救う約束をしちゃったみたいだけど?」
「まあ、契約書を交わしたわけじゃないから。
向こうも本気にしてないだろうしね」
「ただ、約束した以上はやるべきです」
僕はファントムを見上げながら言った。
契約は、自分を守るために予防線として交わすもの。
約束は、相手を守るために自分に言い聞かせるもの。
そんな事を僕は教えられた。
僕らが森の神とした約束はきっとファントムが望むものだ。
だから、ファントムの為にも僕はその約束を果たそうとそう思う。
邪竜と魔神。
どれだけの脅威だかわからないけれど。
エアルさんは言っていた。
所詮はゲーム。プレイヤーが勝てるようになっていると。
見上げた先でファントムは赤く、小さくなる。
手を伸ばすとそっと近寄って来て肩の上に乗るように浮く。
「私も同感だ」
隣に座るリゼさんが口元に笑みを浮かべながら、僕の頭に手を乗せる。
「モテモテね」
マリーさんが楽しそうに僕に言う。
「わ、私は別にそう言うつもりじゃない!」
何故か赤くなり弁解するリゼさん。
「まあ、変なのも呼び寄せてるみたいだけど」
ガフさんが苦笑しながら言う。
あの森の精達の事だろう。
特に最後の人。
「しかし、ここの事を公表したら野郎どもが大挙して押し寄せるだろうな」
「そしたら皆、湖の底へ引き込まれるんでしょ? 楽しそうじゃない?」
そう言ったマリーさんを源さんとガフさんが白い目で見る。
「まあ、いずれ誰かが気付くだろうから公表はしてしまうよ。
そうすれば、このよくわからない称号の効果もわかるかもしれないし。
僕らだけなのが、他の連中でも貰えるのかも含めて」
「俺らだけって事は無さそうだがな」
「そう言えば貴方達の……『冥界の刻印』? って言うのは?」
「ああ、それは……」
問われ、言い淀むリゼさん。
「偶然手に入って、今のところ特に効果も無いんで忘れかけてたけど……」
「どこで? 教えてもらっても良い? 僕も取ってみたい」
「……ピラミッド」
視線を地に落としながらリゼさんが答える。
「……マジか」
「どっかの馬鹿共がもう解体しちゃったわね」
「三分の一は既に海の中だ!」
呆れ顔のガフさんとマリーさんに、源さんが笑いながら答える。
「ごめん。黙ってて」
「いや、仕方ないよ。と言うか、解体をそそのかしたのアマリだし。悪いのはアイツだ」
「ごめん。ウチの姉が……」
「ああ、スマン」
「アホ! 言い方考えろ!」
「スマンスマン。
まあ、重要なものなら救済は有るだろうし。気にしないで。
えっと……あ、太もも触る?」
「いえ、結構」
アマリさんの真似をしたガフさんに、リゼさんが汚物を見るような視線を返す。
「そのピラミッドの犠牲に報いるためにも橋は完成させないとな!
鉄工所は明日から稼働だろ?」
「はい。そうです」
「なら忙しくなるな。お互い!」
「はい」
源さんは力いっぱい僕の背中を叩いた。
鍛冶屋の筈なのにすっかり鉄工所として認識されてる親方。
帰る頃にはスパナさん達が機材を組み上げているだろう。
◆
工房の中では機械が試運転をして居た。
金属同士がぶつかり合い甲高い音を響かせる。
その様子を三人の女性が真剣な面持ちで見つめて居た。
やがて機械は金属の塊を吐き出す。
それは、幾つもの歯車。
親方はそれを検め、満足そうに頷いた後セレンさんに手渡した。
それをまるで宝石を見るかの様な顔で眺めるセレンさん。
僕が何かを言うと多分気分を害するだろうから黙ってその様子を眺めて居た。
スパナさんは、再び工具を手にして機材へ向かう。
まだ調整があるのだろう。
そうして、親方の新しい工房は全ての準備が整った。
スパナさんとセレンさんは今日も親方が作った晩御飯を食べてから帰って行った。
明日からはこちらに新しく作るの共同の作業場の機材を組み立てるのだと言う。
それは、開拓組合が全てのプレイヤーに対して解放すると宣言している共同工房。
始まりの街の生産者ギルドより大きく、立派な物を。そう息巻いている。
それが活用される様になれば、始まりの街の機能はここに全て移るだろう、と。
その為に橋が必要なのだと言う。
始まりの街から、ゲームを始めたばかりのプレイヤーが、そして、NPCが安全にここまで移動する為の橋が。
その資材を用意する為に親方と工房は利用される。
その後はどうなるのだろうか。
親方は始まりの街へ戻るつもりは無いのだろう。
「親方、今日、森の神に会いました」
親方と向かい合ってお茶を飲みながらそれを報告。
「何だと!?
まだ神は存在して居たのか。
……失礼は無かったか?」
目を見開き驚く親方。
「もてなされました。
それから、約束を一つ」
「神と約束か。
一体何を?」
「破壊の竜と魔神を倒す事を。
夜を蘇らす事を」
僕の答えに親方は、少し悲しそうな顔をする。
「……ショータ。
そんな危険な事をする必要があるのか?」
「やろうと、決めました」
ファントムを見ながら答える。
ファントムは、薄く、小さく。
「……そうか。決めたのか」
そうして、しばらく親方は考え込む。
そして、僕の顔を見ずに呟くように続ける。
「なら私もそれまでは、武器を作ろう」
「やっぱり、親方は武器が好きで無いんですか?」
「そうだな……。
私の作る物は、たやすく人を殺すことが出来る」
「殺すのは道具を使う人であって、親方では無いです。
道具を作った人間に報復をしたなんて話、聞いた事ないですよ」
「……むしろ、報復された方が楽なのかも知れない。
だが、弟子が無茶をしようとして居るのを止める術が無い以上、それを全力で助けるのが、今、私のすべき事だな」
そう寂しそうに言った後、取り繕う様な笑顔をこちらに向ける。
「森の神はどんな方だったのだ?」
「森の精霊に囲まれて、湖の側に居ました。
何と言うか、少し弱々しい……そんな風に感じました」
「言い伝えによれば、優しく臆病なお方らしい。
だから魔神との戦いに赴かず森の中で動物達を守って居るのだと。
他の神達はそれを快く思わなかった。
特に狩猟神でもある妹のあるアルクシナは激昂しながら森から飛び出して行った。
そんな伝承がある」
優しい神、か。
ガフさんの強気の会談が上手く運んだのはそう言った要因があるのだろうか。
ひょっとしたら、ガフさんはそれを知っていたのかも知れない。
「君は手伝ってくれるかな?」
部屋に戻り、ファントムに問い掛ける。
ファントムは青く薄く。
「嫌なのかな?」
問い掛けに小さく横に揺れる。
それに、首を傾げる。
「わかんないや」
僕はベッドに身を横たえる。
そして何時ものように胸の上に乗るファントムを撫でる仕草をしてログアウト。




