52 森の神
湖のちょうど真ん中に浮かぶ絨毯。
その上のテーブルと椅子。
そして、僕等。
精霊だと言う女性が淹れたお茶を飲みながら、主人である森の神、ヴォルトを待って居る。
テーブルの中心にガフさん。
その左脇に源さん、更に向こうにマリーさん。
ガフさんの右脇にリゼさん、そして僕と言う並びで座っている。
ファントムは何故か僕の服の中に隠れているみたい。
背中が僅かにひんやりとしている。
待っている間にガフさんがこの世界の『創世神話』と呼ぶべきものを語り聞かせてくれた。
「で、ここに神様が居るって知ってたの?」
「いや。名前を覚えてただけ。
そもそも神様が居るなんて思ってもないからさ」
「βの時はどうだったの?」
「うーん、そんな設定なかったと思うけど」
いい機会なのでガフさんに尋ねる。
「あの、月の女神って言うのは?」
「ああ、月の女神ルナフィーナか。さっきの神話の闇の女神の事だね。
よく知ってるね」
「親方達が言っていたので」
「ほう。何と?」
「『大地に戻り、夜を蘇らせる』。
それが本願だ、と」
それを聞き、ガフさんはニヤリとして考え込む。
「来たぞ。交渉はまかせるから」
「了解。なんかあったらメッセージトークで」
そう言って皆、姿勢を正す。
いつの間にか湖の上を森の神ヴォルトが滑るようにこちらに向かい歩いていた。
横に四人の女性を従えて。
「待たせたな。メアルヴィアの子らよ」
そう言って、テーブルの中央、ガフさんの向かいに腰を降ろす森の神ヴォルト。
四人の女性はその後ろに控え立ったまま。
それぞれ剣、槍、斧、弓の武器を手にしている。
表情は一様に険しい。
『メアルヴィアって?』
視界の端にマリーさんの台詞が流れる。
『海の女神メアルヴィア。生きとし生けるもの全ての母』
すかさずガフさんが答える。
二人共アバターは微動だにしていないのに器用だな。
「して、わざわざこんな所に何用だ?」
「破壊の竜ウィイスから二柱の女神を解き放ち、魔神デイストルクスを退け、月の女神ルナフィーナと共に夜を蘇らせます」
朗らかにガフさんは、そう宣言した。
「フッ」
しかし、それを森の神ヴォルトは鼻で笑う。
「人よ。出来もしないことを口にするな」
「人よ。己が無力を今ここで知れ」
「人よ。我らが聖域を侵した罪、その身で償え」
「人の子よ。二度と戻れると思うな」
後ろに控えていた四人の女性が口々に言って武器を構える。
森の神ヴォルトが右手を小さく上げる。
それを合図にして一斉に武器を下げる四人。
「出来るから言っているのですよ。
事実、我々はこうしてここに居る。
貴方達の聖域の中に」
「フッ。
偶々、遥か昔に人が供物を捧げる為に通った道を見つけただけであろう」
「成る程。あの道はそう言う物でしたか」
「そして、そう言う御託を並べ魔神の刻印を消したいのであろう?」
そう言って、僕とリゼさんの方を見る。
『何? 魔神の刻印って』
『さあ?』
マリーさんとガフさんの吹き出し。
リゼさんが口を開く。
「それは『冥界の刻印』の事ですか?」
「左様。
それを持つ者の魂はシャルディーニの元に辿り着く前にデイストルクスに喰われるのだよ。
恐ろしかろう?」
見下すような目で口元に笑みを浮かべる森の神。
「いえ、別に」
「僕も、特には」
そんな風に言われた所で全くピンとこない。
「人よ。虚勢を口にするな」
「人よ。己は無力と知れ」
「人よ。我らが聖域で犯した罪、その身で償え」
「人の子よ。我がお前を逃すと思うな」
先ほどと同じように武器を構え、それを森の神の合図で下ろす四人。
『ウゼェw』
『練習したのかな。コレ』
森の神が再び僕達に視線を向ける。
「ふむ。神を畏怖せぬ愚か者。或いは英雄の器か?」
「主よ。ただの痴れ者にございます」
「主よ。己が小ささを知らぬ虫にございます」
「主よ。聖域を侵した溢れ者にございます」
「主よ。小さき人の子には私が教え聞かせます」
最後の人だけ僕の方をじっと見ているのだけれど、何だろう?
『ウゼェ! マジで!』
『帰るか?』
『いや。手ぶらで帰るつもりは無い』
どうするつもりなのだろう。
「森の神よ。
言った様に我々の目的はただ一つ。
それを聞き、貴方はどうする?」
「不遜な!」
「小癪な!」
「猪口才な!」
「ショタ!!」
怒りを露わにする三人の女性と対象的に最後の人だけ僕の方を見て嬉しそうな笑顔。
皆の視線が一斉にその人に集まる。
「ん?」
キョトンとして首を傾げる最後の人。
森の神が咳払いを一つする。
「邪魔はせぬ。
ここから動く気も無いがな」
「臆して動かぬと言うことか。
それならそれで良いが、せめて力ぐらいは分けてもらおう」
「人よ。その言葉を後悔しながら死んでいけ」
「人よ。その無力を後悔しながら死んでいけ」
「人よ。その罪を後悔しながら死んでいけ」
「ショタ! もうダメ、死んじゃう! こっちおいで!!」
最後の人が笑顔を浮かべ手を広げる。
何だろう。
アマリさんみたいな人だな。
「お前、ちょっと黙りなさい」
森の神に窘められ口を尖らせる最後の人。
『一人アホの子が居るな』
『アマリみたいな奴だ』
『ショータ大人気』
再び、森の神が咳払いを一つしてガフさんの方を向く。
「まあ、良い。
無謀な人の子等に我が庭を開放しよう」
「ここを?」
「左様。
一帯を聖域として不可侵としていたが好きに使って良い。
ここにしか残っておらぬ草花も多かろう。
もっとも、長らく我の庇護下にあった獣は手強いだろうがな」
「主よ。なんと寛大な」
「主よ。なんと慈悲深い」
「人よ。主へ感謝せよ」
「ショタ。可愛いよショタ。おいで」
「お前、ホント黙れ」
流石に堪りかねたのか最後の人の横に居た人が片手でほっぺを両脇から潰す。
「だって、若作りの枯れジジジより、ショタの方がいいもん」
「そんなの私だってそうだ」
「私も」
「当たり前です!」
森の神が咳払いをする。少し悲しそうに。
「……当面は好きに使うが良い。
お主らが何をしようと勝手だが、今のままでは邪竜ウィイスの鼻息にも抗えぬ。
魔神デイストルクスの眷属にすら簡単に殺される。
それほどに脆弱なのだと心しておくのだな」
『偉そうに』
『いや、偉いんだろ。神様なんだから』
「それでもまだ、戦いに赴く覚悟はあるか?」
「ええ」
「ならば加護をやろう。僅かでも力になるであろう。
他の神も或いは力を貸すやも知れぬ」
<ポーン>
<称号【森の加護】を取得しました>
『なんか来た』
『コレをいっぱい集めろってことなのかな』
『神様って何人いるの?』
『いっぱい』
『マジか』
『しかし、こんな場所が有ると知れたら野郎共が大挙して押し寄せるな』
そんな様子は表には微塵も出さずに三人はメッセージでやり取りを続ける。
「ああ、そうそう。
邪な心持ちで彼女らに近づくと湖の底に沈められて藻屑となるだろう。
一応、忠告はしておく。
まあ、無駄だろうが」
「そんな馬鹿な輩ばかりで無いと、そう言いたいのですがそこは残念ながら……」
そう言いながら首を横にふるガフさん。
「まあ、別に良い。
愛の営みは大らかで有るべきだ」
『何言っての? このコイツ』
『さあ?』
「これで、満足か? 人の子よ」
「ええ。ひとまずは」
「ならば出口まで送ろう」
「ちょっとお待ち下さい」
それまで沈黙していたマリーさんが口を開く。
『何か有るの?』
『土産も無しで帰るつもりは無いよ』
『は?』
「神ともあろうお方が、まさか客人に手ぶらで帰れと、そんな筈はありませんよね?」
「いや、加護をやっ……」
「手ぶらで、帰そうだなんてそんな筈はありませんよね!?」
「加護……」
「神ともあろうお方が!? まさか手ぶらで?」
『カツアゲじゃねーか。罰当たりが』
『所詮NPC! 怖くもなんとも無い』
『それには同意だけど、やり方がエグい』
森の神は僅かに顔を痙攣らせ、後ろに控えていた女性を一人手招きして呼び寄せた後、何かを耳打ちする。
女性は一度下がり、すぐに何かを手に戻って来る。
「客人よ。
……遠路ご苦労だった。
これを持って行きなさい」
そう言って、小さな花の束をテーブルの上に置く。
「流石は神様!」
それをマリーさんが嬉しそうに受け取る。
「では改めて、出口まで送ろう」
「ちょっと待って下さい!」
「今度は何だ!?」
後ろから上がった声に振り返りながら叫ぶ森の神。
叫んだのは、アマリさんみたいな事を言っていた女の人。
「ショタは! 置いていって!」
「黙れ! 馬鹿者!!」
流石に声を荒げる森の神。
「お前らも、もう帰れ!」
こちらに向き直るなりそう言い放つ。
そして、手で追い払うような仕草をする。
すると、視界が暗転して……。
『ああぁぁ、困ったことがあったら助けてよお姉ちゃんって呼んでね……呼んでね……呼んでね……呼んでね……』
『呼ぶんだよ……呼ぶんだよ……呼ぶんだよ……呼ぶんだよ……呼ぶんだよ……』
『呼ぶのです……呼ぶのです……呼ぶのです……呼ぶのです……』
『呼びなさい……呼びなさい……呼びなさい……』
暗闇の中、さっきの四人の声が頭の中で木霊して……。
気付くと、樹海。
源さんが木を斬った所に全員で立っていた。
<ポーン>
<称号【森の四姉妹の寵愛】を入手しました>
「町に戻る前に、一回情報を整理しようか」
僕らを見渡しながらガフさんがそう提案した。




