42 機械職人スパナさん
解散になったとアマリさんからヴィヴィアンヌさんに連絡が入り、僕達は工房へと戻る。
「おかえり」
入り口で親方が待って居た。
「じゃ。今日は……ありがと」
セレンさんがそう言って立ち去ろうとする。
「ああ、ちょっと待て。
弟子の客人をそのまま返す訳にはいかん。
晩御飯、食べて行きなさい」
親方がセレンさんを呼び止める。
「でも……」
「美味しいですよ。
親方のご飯」
「飯屋に鞍替えした方がよっぽど繁盛するだろうと思うくらいにはな」
親方の後ろからスパナさんが顔を出した。
「お前も食ってくのか?」
「当然」
「じゃ、四人分だな。食材は山程ある」
山菜と魚介類だろう。
「中で待って居てくれ」
親方はセレンさんの返事も聞かずに中へ入って行った。
工房の中の機械をスパナさんが眺めて居た。
時折、軍手を嵌めた手で触ったりして。
「何してるんですか?」
「点検。随分と無茶させてるわね」
「最近忙しいですからね」
「良い事。
少し前まで開店休業だったのにね。
今や、こんな跡取りまで」
「いえ、僕は鍛冶屋にはなりません」
「なんだ、そうなの。
てっきり婿にでも収まるつもりかと思ったのに。
じゃ、やっぱり私の所に来る?」
「いえ、それも結構です」
僕の答えにスパナさんは、声を上げ笑う。
そして再び機械に目を向け点検を続ける。
僕とセレンさんは工房の隅でその真剣な横顔を眺めて居た。
スパナさんは、歯車の沢山着いた大きな機械を取り出し右手にはめる。
そして、それを溶鉱炉へと当てる。
直後、微かに蒸気を上げながら歯車が回り出し金属と金属が打ち合う甲高い音が工房に轟かせる。
幾度となく続くその音に僕とセレンさんは手で両耳を塞ぐ。
そして、機械を外して満足そうな顔で溶鉱炉を人撫でする。
「今のは?」
「打音検査。亀裂が無いかのチェック」
「凄い装置ですね」
「まあ、ハンマーを持って叩いても良いんだけど」
そう言ってスパナさんは再び機械のグローブをはめる。
「私の様な女の細腕には、持ってこいでしょ?」
そう言ったスパナさんの腕は引き締まった筋肉が盛り上がっていた。
親方と同じ様に。
「あと、手で叩くと力が一定にならないけれど。
これならそんな心配は無い。
それに、全ての歯車が噛み合って正しく動く様は……美しいでしょ?」
そう、得意げな顔をこちらに向ける。
正しく動く。
それは、当たり前の事でそこに美しいかどうかなど無いとそう思うのだけれど。
「……はい。私もそう思います」
しかし、セレンさんは僕と違う感想を抱いた様だ。
そして、まるで噛みしめる様に続ける。
「正しい。それは……尊ぶべきです」
しかし、スパナさんは笑顔のまま、わずかに首をかしげた。
下を向いていたセレンさんはそれに気付かなかったみたいだけれど。
「飯が出来たぞ」
ちょうど親方が僕達を呼びに下りて来た。
「じゃ、ご馳走になりに行きましょう」
嬉しそうな声を上げ、スパナさんはテキパキと道具を片付ける。
テーブルの上に並ぶのはやっぱりキノコ多めの山菜と魚料理。
「おお、凄い」
スパナさんとセレンさんが席に着く。
「まあ簡単な物だがな」
親方はそう言いながらワインのコルクを抜く。
そして二つのグラスにそれを注ぐ。
「旅立ちに」
スパナさんはそう言いながらそのワイングラスを掲げる。
「まだ決めて無い」
そう言いながら親方がワイングラスを合わせる。
「そうなの?」
グラスを傾けながらスパナさんが意外そうな顔をする。
「良いじゃ無い。
大地に戻る。
私達の本願だよ」
「大地に戻り、夜を蘇らせる……か」
そう言って少し宙を見つめる親方。
「何ですか? それは」
「空島から大地へと移り住み、地の底に捕らわれた月の女神を救い出す。
そして、魔王を封じ込め魔物を一掃する。
それが……空島へと逃げた我々の祖先の悲願」
「その為の一歩目よ」
「そうは言っても、こっちにだって生活がある」
「その生活だって、この前までままなってなかったじゃない。
ギルドのジジイ共に睨まれて」
グラスから口を離し、そして、その口をへの字にする親方。
「お弟子君はどう思う?」
「行くべきだと思います」
「即答だな」
「自分を敵視する者の側に留まるのは得策では無いですし、行って駄目ならまた次の所へ行けば良いだけです」
「それも極端な考え方だね」
スパナさんは笑いながらグラスを傾けたけれど、親方は探る様な視線を僕に向ける。
僕はその視線を無視して、料理を口に運ぶ。
「どうだろう? 口に合うかな?」
親方はセレンさんへ視線を変える。
「はい。とても美味しいです」
そう答え、そして、料理を運ぶ手を止める。
「あの、利用されているとか、そう言う風には考えないんですか?」
セレンさんは親方とスパナさんへ真剣な表情で問いかける。
「まあ、そうだろうな」
「うん。
でも、それで不都合が無ければそれでいいのよ。私は。
そんなの、多かれ少なかれどこにでもある事だと思うわ」
「私は相手次第だがな」
「みんな悪い人では無いですよ」
何処までも自分の欲望に素直な、そんな人達だ。
それは欲望をひた隠しにして他人を出し抜こうとする人より幾分もマシだと、そう思う。
「ほら。お弟子君もこう言ってるよ」
「私は言った通り一晩考える」
「スパナさんは、決めたんですか?」
と、セレンさん。
「私は行こうと思う。
やっぱり大地の魅力には抗い難いのよね」
「危険……ですよね?」
「そうかもね。
でも言い訳をしてたら後退するばかりだからね。
行くときは行く。
それは、自分の為に」
そう言ってワイングラスを傾け一気にワインを流し込むスパナさん。
「行くときは……」
食べる手を止め考え込むセレンさん。
そして顔を上げスパナさんを見据える。




