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佐倉坂最強伝説  作者: 江城 春人
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5章 決戦 健斗VS大吾(6)

「見つけたぁ!」

「げっ、北野さん!」


 健斗が廊下で顔を合わせたのは真田里美だった。出合い頭に「げっ」とはいかにもな挨拶だが、今は直接的な敵同士なのでそれも当然なのかもしれない。


 正直なところ、夏希や春香が苦労していそうな実況が聞こえてくるので助けに行きたかったが、どこで戦闘しているのか分からない。そのため仕方なく援軍を諦めて、意識を目の前の敵に回す。


「って逃げんじゃねーよ! 待てコノヤロ!」

「あたしはねー! 勝てない勝負はしないのよ!」

「勝てるかもしんねーだろーが!」

「無理よー無理無理! 北野さんの話は春香から聞いてるものー!」


 春香の前で見せた自分の力など一部のものでしかないが、それでも恐れるには十分なものだったらしい。里美は全力で走って逃げている。健斗も本気で後を追った。


『おっと、北野健斗と真田さんも接触したようだ、画面を切り替えましょう! ……これは北野健斗、足が速い! どこでこの走りを身につけたのでしょうか! 逃げる真田さんにぐんぐん近づいていってます!』


「え、嘘! やだぁ、来ないでよ!」

「行かねーわけにもいかねえだろ!」


 角を曲がり、渡り廊下を猛スピードで走りながら駄洒落でもなんでもない言葉をぶつける。そして里美との距離を約三メートルにまで縮めたときだった。


「こっのっ……これでも喰らいなさーい!」


 何か小さい物体を投げてくる。空いた手でそれを掴み、手の中を覗く。

 キャラメルの包みであった。中身はしっかり入っている。


「おま、食べ物を投げちゃいけませんって母親に言われなかったのか!」

「それより勝つ方が大事よ! 勝てばいいのよー勝てば!」

「逃げてんだろうが!」

「戦略的撤退ですー! 逃亡じゃありませんー!」


 そう言いながらさらにモノを投げる。ゼリー、チョコ、スナック菓子……食べ物を粗末にできない健斗は無視するわけにもいかず、一つ残らずキャッチしていく。そんなことをしているのだから当然、次第に距離が開いていった。


「……こんな量の菓子、どこに隠し持ってやがんだ!」


 手の内に入ってくる菓子類をポケットに収めながら、健斗は愚痴を溢すように言う。


「やだ、乙女にそういうこと聞く? 痴漢ー! 変態ー! 変質者ー!」

「てめえこの、言いがかりはよせ!」

「変態なのはホントでしょーよー! あとそれちゃんと返しなさいよねー!」

「なら最初から投げんじゃねえ!」


 廊下を走り、階段を下り、また廊下を走り、今度は階段を登る。取った菓子類を腕に抱えながら、投げられたのをまたキャッチして、腕の中に入れる。それを繰り返していると。


「……あっ、なくなった……」

「お前どんだけ持ってたんだよ! いい加減に観念しろ!」

「きゃー! 来ないで露出狂ー!」

「ちげーよ! 濡れ衣着せんな!」


 言い返して追いかける。既に幾つかのお菓子が手の内から零れそうであるが、決着が付くならあとで拾わせればいいので話は別である。スピードを上げて角を曲がったところで、奥に人影が見えた。


「……春香!」


 しめた、と思った。思わぬところで挟み撃ちである。このまま彼女が里美を撃破してくれれば言うことはない。健斗は声を張り上げた。


「冬宮ー! そいつを倒してくれー!」

「ちょっ……春香どいて! あたし逃げれない!」


 え、えっ……、と春香はちょっとの間逡巡していたが、やがてしっかりと刀を構え、里美に向き直る。どかないのならば力ずくだとでも言うように、里美も両手で柄を握った。


「里美……覚悟してください!」

「やーよ! せめて相打ちを狙うわ!」


 仕組み上相打ちがあるのか疑問だったが、それをよそに二人の距離が一気に縮まる。春香の刀が勢い良く振り下ろされ、里美はそれを力いっぱい弾き返した。


「あっ……」


 春香の手から刀がすっぽぬけ、宙に浮く。


「もらいっ!」


 里美はその隙を逃さず、刀を斜めに切り返して春香の胴を狙った。春香がそれに気付いても、既にどうしようもなかった。

 春香の胴防具に刀が当たる瞬間を健斗は見ることができなかった。宙に浮いた春香の刀が天井に当たり、落ちてきていたからだ。偶然にもまっすぐ、健斗の方に。

 普段ならばそれは簡単に避けれたものである。しかし、腕の中にお菓子を抱え、それらを零さないように心がけると、どうにも上手く体勢を変えられず、健斗は足がもつれた。


「いたあっ」

『あーっと、これは冬宮副会長、脱落かー!』


 鳴り響くブザー音と叫ぶ司会の声を耳にして、健斗は体を百八十度回転させて後ろ向きに倒れかけた。正面に倒れるとお菓子が潰れてしまうからだ。刀を持った方の手を、なんとか受け身に使おうと動かしたところで、


「きゃあっ!」


 頭が春香にぶつかった。予想していなかった障害物に健斗は驚く。走ったまま刀を避けたので、勢いを殺しきれていなかったせいだ。半分以上倒れ掛かったままで体勢を立て直せるはずもないが、このまま倒れると背中から下敷きになってしまう春香にどんな影響があるか分かったものではない。友人に比べればもうお菓子などどうでもよかった。健斗はどうにか力を振り絞って体を捻り、両手を広げて春香を抱きしめた。胴防具の硬い感触が顔に当たるが、それを気にしている場合ではない。


「き、北野さん! なにを……!」


 着地の衝撃が思いっきり背中に伝わり、勢いで目が閉じた。一度軽く跳ね、慣性に引きずられて背中が床と擦れる。体育着越しであったのが幸いし、少々痛いが健斗にとっては大したものではない。腕の力を緩め、ゆっくりと目を開ける。

 照明の光が春香の体に遮られているせいで見づらいが、春香の胴防具が見えた。彼女の肩を掴んで、自分の体から引き剥がす。


「怪我はないか、冬宮」

「あいたた……、大丈夫です、平気です……」


 胸の辺りを抑えながら、春香は自分の力で体を起こし、腹の上にへたり込む。少なからず衝撃は伝わったようだが、大きな怪我はなさそうだった。安心して胸を撫で下ろす。


『……と、北野……北野健斗、返事できますか? 大丈夫ですかー、もしもーし?』


 耳がうるさいと思ったが、司会の声だった。マイクのスイッチを入れて応答する。


「俺は平気だ。冬宮も問題ない」

『そうですか? 随分と派手な転び方でしたが……それなら分かりました、勝負も続行とさせていただきましょう!』


 多少の怪我なら無理してでも続行するところだが、春香が怪我したとなればそうはいかないだろう。春香を優先した健斗の判断は正しかったようだ。


「ところで、そろそろどいてくれると助かるんだが……」

「えっ? ……ごめんなさい! 今すぐどけます!」


 健斗が指摘すると、慌てて春香は立ち上がって健斗から離れる。尻や太ももで腹を挟まれるのも悪い感触ではないし、巨乳を下から見上げた眺めというのもよかったと言えたが、今はそうしている場合じゃなかった。残念がる気持ちを抑え、健斗もその場に立ち上がる。


「……ふぅ、私は脱落ですか……」

「そうか、あいつに打たれたんだったな。まあやられたもんはしょーがねえ」


 春香は落とした刀を拾い上げて、落ち込んだ様子を見せる。当の里美は春香を倒したことで満足したのか既にいなくなっていた。健斗は励ますように春香の肩を叩く。


『あ、それなんですけどね。こちらで映像を検証した結果、冬宮副会長はまだ脱落してないことが分かりました!』

「え? 何でだ? ビーって音は聞こえたぞ?」

『それはどんな衝撃でも強ければセンサーが反応するようにできているからです! 副会長のお腹に打ち込まれたのは刀ではなく、真田さんの手の甲であることが映像から分かりました! 全力で走っていたせいで近づきすぎたんでしょうか!』


 今の転倒で自分のヘッドギアも反応したが、これも無効な判定であるとの捕捉がなされた。あくまでも刀で斬られなければダメなようで、ルールに助けられた形となる。


「そうなんですね。よかったぁ、何もできないまま倒されるのはさすがに嫌でした……」

「結局誰もまだ倒してねえしなぁ……。そういや、何で一人なんだ? 夏希はどうした?」


 健斗が訊ねると、春香はハッとしたように顔を強張らせた。


「……そうでした、夏希ちゃんです! えっと、今は会長たちと――」


 二対一で防戦一方を強いられている、との報告を受け、健斗の表情も固いものとなった。近いのは分かっているのだから里美を探すべきだとも思わなくもないが、


「冬宮、場所はどの辺か分かるか!」

「結構時間が経っているので、今はなんとも……」

「そうか、でもなぁ……」


 ピンチだと分かっていて見捨てたくはなかった。近くの窓に駆け寄り外を見渡すが、誰の姿も確認できない。次に近くの教室に入って窓から中庭を覗く。


「……あいつは!」


 あまり期待はしていなかったが、そこに人の影を見つけて健斗は声を出す。


 中庭で誰かを探すようにキョロキョロしていたのは、間違いなく瀬戸海大吾だった。

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