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佐倉坂最強伝説  作者: 江城 春人
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4章 戦士の休息(7)

 さすがに今のはバカだと思った。今すぐ殴り倒してやろうかと思った。夏希は今の自分の立場を思い出し、自重した。忍耐するだけでとても疲労したような、そんな気がした。


「悲鳴にかこつけて覗こうだなんてさいてーだ! わたしが成敗しにいってやる!」

「落ち着け風子くん、彼もわざとではない。まあアレはバカすぎるが……ある意味期待通りの男だ! はっはっは」


 隣で大吾が風子を宥めている。喫茶店で顔を合わせて以降、夏希は彼らと行動をともにしていた。今では尊敬のかけらもないこの生徒会長といるのは癪だったが、どうやらあの二人を尾行するという目的は同じであるようで、仕方なく夏希は首を縦に振った。

 ちなみに先程の悲鳴のとき、大吾が小さく「むぅ、見えんな」と言っていたのを夏希は確かに聞いた。その呟きと、この角度では試着室の中が見えないこととの関連性は恐らくないだろうと思い込むことにして、それは無視した。


「秋篠くんは冷静だな、やはり幼なじみは違うということか」

「……健斗のバカな行いは何度も見てますから。わざとじゃないなら仕方ないです」


 声も聞こえないし、と心の中で呟く。夏希たちは男性服エリアからこっそり女性服エリアを眺めており、少なくとも十メートルは離れていた。もちろん悲鳴は聞こえたが、それ以外はいくら耳を澄ませてもさっぱりだった。


「……ところで、瀬戸海さんが弄ってるそれはなんですか?」


 先程から大吾は手になにか小さい機械らしきものを持っていた。ずっと近くで弄られているのも気になるので、夏希は直接訊ねる。


「これか? これは俺が開発した、虫に似せた超小型マイクを操作するリモコンでな、なかなか操作はしづらいがマイクとしての性能は十分……む? あれ、急に聞こえなく……」


 大吾は付けていたイヤホンを指で叩きながら首を傾げる。それは駆けつけた店員と春香に謝り倒してやっと解放された健斗が、パン! と空中に向けて手を叩き、汚れでも落とすように手を払ったのと同じタイミングだった。


「……もしかして叩き潰されたんじゃないですか? 健斗に」

「まさか。これはハエに似ているが、静止中ならばともかく、飛行中は高速かつ無音で」

「健斗にそういうのは通じないですよ、とりあえず認識したら一瞬です」

「……そうか、さすが北野くんだ。次は背中にでも張り付かせれば大丈夫だろうが……しかし一瞬で潰されるとはな、軽くても機械だぞ」


 ため息をつきながらポケットをゴソゴソと探る大吾に、夏希は詰め寄る。


「というか、今マイクって言いましたよね」

「ああそうだ。君も付けるか? このイヤホンを付ければ」

「貸してください」

「……行動が早いな。聞こえるまでは少し待て、今二台目のマイクを飛ばす」


 そう言って大吾が取り出した超小型マイクを空中に放ち操作している間に、夏希は渡されたワイヤレスなイヤホンを耳につける。雑音しか流れていないが、暫く経つと少しずつ聞こえてくるようになった。


『ほー、思ったより似合うじゃねーか』

『ホントですか! じゃあ次はこっちのピンクのを着ますね』

「秋篠くん、マネキンの腕がミシミシいっているような気がするのだが俺の気のせいか」

「……嫌ですね気のせいですよ」


 夏希は無意識的に掴んでいたマネキンの腕を離す。ヒビは入っていないようだ。


「先輩、わたしもあのワンピースほしいです」

「うーん、あれは胸元がゆったりとしているからな。別のデザインにしておけ」


 その会話が耳に入り、夏希は自身のなだらかな谷を見やる。春香は夏希よりも確実に大きい。夏希がリンゴだとすると春香はメロンだ。同じ女性なのにどうしてこんなに差が現れるのか。夏希はぎゅっと拳を握る。


「気に病むことはない。好きなバストのサイズはあれど、北野くんは胸囲で女性を差別することはしないだろう」

「黙りなさいアホ会長」

「……随分と変わったものだな、俺への評価も」


 今の発言もなかなかに酷いが、あんなことを言えば当然である。あまりにも酷すぎて、教室で頭を下げて「北野くんに会わせてくれ」と頼み込まれたときの大吾とは到底同一人物に思えない。性格が悪いのにも程があるだろう、畜生だなんて言葉はわざと言おうとしなければ言えるものでは――


(……わざと?)


 意識の隅に何かが引っかかる。が、健斗たちが動き始めたのを見て意識をそちらに戻した。今はあの二人を追わなければいけない、それ以外は考えなくていい。


 そう自分に言い聞かせながら、夏希はこっそりと健斗たちについていった。

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