1章 バカとバカ(2)
「風子くん、見ておけ。この液体が鮮やかな緑色に変われば成功だ」
「おお……ついに完成するんですね」
「まあ待て、まだ成功するかは……3、2、1……成功だ、成功だぞぉー! はははは!」
昼休み、春香が生徒会室にやってくると。
生徒会長の瀬戸海大吾と、庶務の桜風子が実験ごっこで遊んでいた。
「……会長、こんにちは」
「あ、春香! おはよー!」
「やっほう、清々しい朝だな!」
風子と会長が挨拶を返す。元気いっぱいなこの二人に、元気が吸い取られる気がしながらも春香は気になるところをツッコんだ。
「昼なんですけど」
「細かいことは気にするな! それよりもちょうどいいところに来た。ついに完成したのだ! 我々の悲願が今、達成されたのだ!」
「はぁ……なにを作ったんです? 爆弾でも作ったんですか?」
「何を言う、あんな簡単に作れるものを作って楽しいわけがあるまい。俺はもっと崇高で社会の役に立つものをだな」
会長が趣味で作るものが社会に役立つとは到底思えなかったが、一応春香は聞き返す。
「えっと、だから何を」
「よく聞いてくれた。これはだな、筋力増強剤といい、一種のドーピング剤みたいなものと言っても……おいおい、そんな顔をするな。薬事法には反しない。はず」
「はずって。はずってどういうことですか、ちょっと」
「まあ見ておけ」
会長はフラスコの中の緑の液体を風子の口に注ぎ入れる。勝手にそういうことをする会長も会長だが、嬉しそうに口を開ける風子も風子だ。どういうわけか分からないが、風子はこの生徒会長を心から慕っている。趣味が悪いと春香は思っているのだが、会長の役に立てて心から嬉しそうな風子に対して何も言うことができなかった。
「どうだ風子くん。なにか変わった様子は」
「も、ももも、もも」
「桃?」
「燃えてきたぁ――っ!」
どうやら桃ではないらしい。
「大吾先輩! 今ならなんでもできそうな気がします!」
「そうか、では試しにあそこの本棚を持ち上げてみろ」
「はい!」
嬉しそうに元気な返事をして、風子は本棚まで赴き、手をかけた。しかしいくら筋力増強と言っても彼女の小さい体でその質量の物体を持ち上げられるはずがない。春香は風子を止めにかかる。
「あの、風子ちゃん、さすがにそれは」
「ふぬぬぬぬぬぬ」
乙女にあるまじき形相で風子は手に力を入れている。春香の静止など聞いていない。
「あの、ですから、本棚は」
「ふんが――!」
本棚が数十センチ浮き上がった。バランスが悪いようで、何冊かの本が床に落ちる。
「嘘っ!?」
「はっはっは、どうだ見たまえ、これが俺の作品だ! 風子くん、もう下ろしてもいいぞ」
「はい、先輩! ……ふぅ」
どすん! と本棚が床に降ろされ、風子は疲れたように息をつく。そのまま電池が切れたように、こてん、と倒れた。
「風子ちゃん! だ、大丈夫ですか!?」
「心配するな、冬宮くん。ただの副作用だ。しばらくすればすぐ起きるだろう」
「……ほんとですか?」
「天地神明に誓って保証しよう。大切な助手に酷いことをしようと言う考えは微塵もない」
(その割には扱いが雑じゃないでしょうか……)
そう言いたい気持ちを押さえ、春香は別の質問を投げかける。
「他に副作用はないんですね? 大丈夫ですよね?」
「ああ、俺の理論は完璧だ、間違えようもない……そういうことにしておいた方が幸せだ」
「……もうなにも言いませんからね」
顔だけはいい会長が笑顔で言い放つ。頭が痛いのを抑え、春香は近くの椅子に座った。
「大変だねー春香も。今やあの二人にツッコミ入れられる唯一の良心だし」
「そう思うなら里美も手伝ってくださいよ……」
「やーよ、そんなの。手に負えないもの」
「私の手にも負えないですよ」
向かい合わせの席に座る、同学年の友人で生徒会書記の真田里美に拒否され、今後も自分一人であの二人を止めなければならない事実に落胆し、頭を悩ませる。
どうしてこのようなことになったのだろう。この会長だって昨年度の生徒会選挙では、『俺がこの学校を変えてやろう! 将来、佐倉坂高校で良かったと言えるような学校にしようではないか! 確約しよう、それが俺の公約だ!』と見事な演説をしていたというのに。その言葉に惚れ込み、自分も副会長に立候補して会長のサポートを願い出た。それがまさか、ここまで自由――悪く言えば身勝手――な人だったとは。
(里美は一緒に仕事してくれるので、まだマシですけどね)
それは口に出さず、代わりに他の愚痴をこぼす。
「暇つぶしにここに来た私が言えたことではないですけど……会長も風子ちゃんも、遊ぶのはいいんですけどなんで放課後もあの調子なんですかね。仕事してほしいです」
「でもかいちょーは本気出したら凄いじゃん。遊んでる分を取り戻してちょっとプラスにもっていくじゃん。許してあげなよ。……風子はどーしよーもないかな」
「さり気なく酷いことを……それなら最初から本気出して欲しいですね」
「確かにその通りだけど」
ははは、と乾いた笑いを交わし、もう一度二人を横目で見る。会長が先程の緑の液体を冷蔵庫に保管しているところだった。風子はまだ床に倒れて寝ている。自称天才発明家である会長は、大体自称助手の風子とはんだごてや水溶液で発明ごっこをしている。春香としては、せめて生徒会室を実験で使わないでほしかった。
「……今更、ですかね」
里美になにが? と聞かれ、なんでもない、と返す。




