3章 中庭の攻防(6)
「机と、帽子と、ボタンと、白旗……?」
『一本目の勝負はズバリ! クイズです! お二人にはこの席に座って、ハテナマークの付いた帽子を被りながら回答していただきます! クイズは全部で三十問! 最後に相手より正解数の多い方が勝利となります! 問題内容は公平を期して、常識問題と高校一年生までの学力を問うものの二種類に分かれます! 回答する時はこちらのボタンを押してください! 押すと、このようにですね……』
司会が説明用にもう一セット用意してあったのであろう帽子を被ってボタンを押すと、ピコーン! という電子音とともに帽子が光る。健斗はどこか古臭い雰囲気を感じ取った。
『と、なりますので先に光った方に回答権が与えられます! 不正解によるペナルティはありませんが、回答権は一問につき一回までです! もし二人とも不正解だった場合は次の問題に移ります』
説明を聞いて、健斗はなんとなく理解した。要するに早い者勝ちということだ。単純で分かりやすく、健斗の性分にピッタリだ。
「んで、その白旗は?」
「それは降参時に上げるものだ。今上げても構わんぞ」
「テメーが上げろよ唐変木」
「敵前逃亡は趣味ではないな」
『はいはーい、勝負は口喧嘩ではなくクイズで決めましょう! お二人とも席について!』
腹立たしいが司会の言う通りだ。健斗は従って近い方の席に座る。帽子を手に取って被ると、観客の生徒からクスクスと笑いが漏れた。嫌な予感がして関係者席を見ると、夏希どころか春香まで笑いを堪えている。里美に至っては「うわー、ダッサ」と呟いていた。
「はっはっは、酷い面ではないか。明日の号外の一面に載る画像は決まりだな!」
「だから撮ってんじゃねーよ! って、てめえも相当だな……」
横を見ると大吾も同じ帽子を被っている。この帽子はハットに近い外観をしており、中央に大きなハテナマークが描かれている。そんなものを被った大吾は、簡単に言うと「お間抜け」に見えた。里美がダサいというのも頷けた。
『回答者にはメモ用紙とシャーペンも配布されます、ご自由にお使いください。また、問題文は上のモニターには映し出されますが、回答者は後ろを見ず、私の言葉だけで問題文を理解してください。聞かれたらもう一度読み上げます。観客の皆さんは答えが分かっても口にしないでください! 正解が聞こえた瞬間に次の問題に移らせていただきます!』
司会からルールの補足説明が入る。特に異論などはなかったので、健斗は新聞部員からメモ用紙とシャーペンを受け取りながら「あいよ」と肯定の意思を示した。
『司会進行は引き続き、クイズ研究会部長の小野寺正晴が行わせていただきます。……それでは始めていきましょう! 第一問! 徳川十五代目しょうぐ』
「徳川慶喜!」
『瀬戸海会長、正解!』
ボタンを押し、素早く大吾が回答する。ピンポンピンポーン、と正解の音が鳴り、まばらな拍手も聞こえてくる。ほとんどの生徒が「さすが会長だ」と褒めるような雰囲気の中、健斗は危機感を覚えていた。
問題が難しいわけではない。とても簡単なものであり、不正の疑いようもない。もちろん健斗もすぐに答えが浮かび、ボタンを押そうとした。いや、確かに押したのだ。
それでも、ほんのタッチの差とはいえ、先に大吾が答えた。つまり健斗はその差をどうにかして縮めなければいけないということだ。
(……楽勝、ってわけにはいかなそうだな)
歯を食いしばり、気を引き締める。
『それでは次行きましょう! 第二問、化学に関する問題ですね。物質の状態を三つ』
「個体、液体、気体!」
『北野健斗正解!』
よし、とガッツポーズ。とりあえずさっきの分は取り返せた。
(大丈夫だ。焦らず、集中すればどうってことはねえ)
『第三問! 高一の現代文の問題! 「分け入っても分け入っても青い山」』
「種田山頭火!」
『残念、瀬戸海会長そっちじゃないです! えー、このような五七五に囚われない』
「こっちか、自由律俳句!」
『北野健斗正解! 第四問。二の三十二乗の値を答えなさい!』
「三十二乗って……!」
健斗は素早くシャーペンを手に取り、紙にひたすら二を掛けていく。二十乗あたりまで計算したとき、大吾がボタンを押して正解を述べた。どうやら大吾は空中で手を動かし、そろばんを思い浮かべながら暗算していたようで、計算問題は大吾に分があるらしい。
いつものふざけた態度ならばここで小言の一つでも言ってきそうなものだったが、大吾は何も言ってこない。それだけ集中しているということなのだろう。
一問リードしては追いつかれ、一問正解されたら食らいつく。そんな応酬を何回か重ねた、十一問目のことだった。
『次の問題です。ここからはちょっと趣向を変えてですね……第十一問、常識問題! 大人気アイドルグループ、ABC78の現在のリーダーは誰でしょうか!』
「前田直子!」
『瀬戸海会長、残っ念! それは先週までのリーダーです! それでは回答権が北野健斗に移ります!』
「む、そうだったか……すっかり忘れていたな」
『さあ北野健斗、どうぞお答えください!』
健斗は硬直した。そんなもの、分かるわけがなかった。
北野家は昔から、貧乏家庭である。テレビは地上波が映らない古いものしかなく、新聞を取っている余裕もない。ラジオはここしばらく聞いていなかった。そんな名前のアイドルグループが存在するということは辛うじて知っていたが、メンバーの名前どころか曲名すらこれっぽっちも記憶にない。
当てずっぽうでも当たるわけがないのは明白だ。健斗は小さく「パス」と述べた。
『あら? 先週リーダー交代が大ニュースになったのですが、北野健斗はアイドルに興味がなかったんでしょうか! 正解は佐藤莉々菜です! 次、第十二問。現在の防衛大臣の本名をフルネームでお答えください!』
(クッソ、総理大臣くらいなら分かるんだが……!)
やはり健斗には分からなかった。フルネームということは、恐らくその防衛大臣のことも最近ニュースになったばかりなのだろう。しかし名字すら分からない健斗は、歯痒い思いで大吾が回答するのを待った。
だがいつまで経っても、ボタンを押した時の「ピンポーン」という音が聞こえてこない。不審に思った健斗は、大吾の方を向く。
――こちらを向いて笑っていた。声には出していないが、確かにニヤニヤとしたものを浮かべている。
恐らく大吾は先程の時点で、健斗が時事問題は得意ではないことに気付いていたのだ。それを見越して健斗が悔しがる様子を眺めるため、回答することなく観察していたのだろう。趣味の悪い楽しみ方だが、実際に健斗は焦っていた。時事問題が続く限り健斗に正解の目はなく、大きく差をつけられてしまう。健斗と大吾は現在まで一進一退の攻防を繰り返しており、それはつまり一気に差がつくと取り返せる可能性はとても低いものである、ということを表しているのだ。
それを理解して、健斗は背中から嫌な汗が吹き出るのを感じ取った。最悪の想像が頭を巡る。
(このままじゃ、俺はどうしようもなく、負ける……!)




