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佐倉坂最強伝説  作者: 江城 春人
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1章 バカとバカ(1)

「おっぱいにはな、おっぱいには……夢と! 希望が詰まってるんだよぉおおおおお!」


 二年B組の教室に、とても公の場で言えないような叫びが響き渡る。


「現実を見なさい! あんなのただの脂肪よ脂肪! あったところで肩がこるだけでいいとこなんてひとっつもないわ!」

「そういうのは有るやつが言うんだよ! お前は黙って牛乳飲んどけ!」

「飲んでるわよ! 毎朝ちゃんとね! 大きくならないのはどうしようもないでしょ!」


 どうして朝っぱらからこのような口喧嘩をしているのか。原因はとても単純だった。


 北野健斗きたのけんとは、登校時にちょっとした騒動に首を突っ込み、そのついでとして見知らぬ女生徒を一人、悪漢から助けていた。それ自体は特に何でもないよくある日常であり、短い時間の出来事だったので女生徒の顔もほとんど覚えていないのだが、ただひとつ健斗の記憶に焼き付いて離れないものがあった。

 彼女の大きい胸である。

 そのたわわに実る果実を思い出しながら自分の席についたところ、幼なじみの秋篠夏希あきしのなつきが話しかけてきた。その話を健斗は聞き流し、幼なじみの平坦に近い胸を見ながらこう呟いた。


『やっぱりねぇなぁ』


 これが口喧嘩の発端である。


「現実見てるからそうなるんだっつーの! もっと胸空っぽにして夢を詰め込め!」

「あたしだって夢くらい見るわよ!」

「へぇ、なんだよ言ってみろ」

「えっ、えっと……」


 それまでの勢いが急に抜けて、夏希はもじもじと口ごもった。早く言えっつーのと、健斗が急かすと、出来るだけ羞恥心を押さえようとしたのか、蚊の鳴くような声で呟く。


「……お、お嫁さん、とか」

「どんな」

「そ、そりゃあ好きな人と結婚して、お家を一緒にたてて、子どもはふたり……?」


 声は小さくとも、確かに瞳をきらきらさせて語る夏希を見て、


「はぁー……」


 健斗はため息を漏らした。


「何よ、人の夢にケチ付けないでよね!」

「お前は何も分かってない。ビッグに考えてこその夢だろ。どうせなら日本一の大富豪と結婚する! くらい言ってみろってんだ」

「はぁ? あのねぇ、別にあたしは好きな人と愛し合えればそれで」


 反論してくる夏希の声を聞き流し、健斗は余計な一言を発した。


「そんなんだから胸が小せえんだ」

「よしその喧嘩買った。表へ出ろ」

「喧嘩買うなら金くれよ。ウチ貧乏なの知ってんだろお前」

「それとコレとは話が別よ! まったく、友達少ない癖に」

「あっテメー人が地味に気にしてること言いやがって!」

「あたしのセリフよあたしの!」


 再び健斗と夏希の言い争いが始まる。周りにとってとっても迷惑な行為であったが、クラスメイトの大半が「またやってるよコイツら」というような温かい目で二人を見ていた。

 あわや殴り合いにまで発展するか、と思われたところでホームルーム開始の鐘が鳴り。

 健斗と夏希は、お互いに中指を立てる程度で矛を収めたのであった。

 つまりは、いつも通りの日常である。


        *


 当たり前のことであるが、幼なじみとは喧嘩ばかりの間柄ではない。

 昼休み。健斗は弁当を持って、くるりと椅子を百八十度回転させた。


「夏希ぃー、メシ食おうぜメシー」

「はいはい、ちょっと待ってなさい」


 夏希はごそごそと自分の鞄に手を突っ込み、弁当と水筒を探している。そんな幼なじみの横顔を眺め、健斗は物思いに耽るのであった。


(ったく、こいつは黙ってりゃー可愛いってのに)


 世間的な基準なんてものはさっぱり分からないが、さらさらとした長い髪。整った顔。艶やかな唇。細くなだらかな首筋。大きくはないがバランスのとれた胸。すらりと伸びた腕と脚。その他色々なところを見て、健斗は改めて夏希が美少女だと判断した。

 しかし夏希には少々口が悪いところがある。どうも彼女は、健斗が自分の言うことをちゃんと聞いていないと不機嫌になるらしい。健斗はそれが少し気に食わなかった。

 もっとも、黙らせてない原因も自分なのであるが。


「なに辛気臭い顔してんのよ、見るからに俺悩んでるんですーって顔しちゃって」


 対面に座っている夏希の声が届く。健斗は考え事を中断し、夏希の声に応えた。


「悩み? 俺に悩みなんてあると思ってんのかお前。あーあったわ、腹減った。飯くれ」

「あんたの目の前に置いてある箱はなんなのよ」

「今日の弁当だが、それがどうした」

「……」


 辛気臭い顔をして夏希は眉間を抑えた。健斗はわざと気付かないふりをした。ちょっとだけ勝った、と思った。


「とりあえず飯食うぞ飯」

「はいはい、ちょっと待ちなさい」


 夏希は手に持っていた小さな包みを机の上に置き、結び目をほどく。


「いっつも思うけどちっちぇー弁当だなー。午後の体育大丈夫かよ」

「あんたの体とは効率が違うのよ効率が」


 言葉を交わしながら弁当箱の蓋を開ける。漂う旨そうな匂いに、健斗の心が沸き立つ。


「相変わらずもやしばっかりねー」

「量があればいい、それで俺は生きられる」

「あんたがそれでいいならいいけど。いただきます」


 夏希はしっかりと手を合わせ、弁当に向かい一礼をする。健斗も同じように――


「いっただきま――」

『ピンポンパンポーン 生徒会より連絡です。北野健斗さん、北野健斗さん。至急、生徒会室までお越しください。繰り返します……』

「――す?」


 聞き覚えのある名前がスピーカーから飛んできたことに首を傾げる。北野健斗。紛れも無い自分のことだ。


「……健斗、なんかしたの?」

「いやーさっぱり」


 なんかしたかっけかと思い返してみるも、心当たりなんてなかった。聞き間違いかと思い込んでみるも、周りから北野ー行けよーと囃し立てられてどうやら本当に自分らしい。


「せめて先に飯食いてえんだけど」

「いいから早く行きなさい、待っててあげるから」

「いや待たなくてもいいが……しゃーねーなぁ……」


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