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佐倉坂最強伝説  作者: 江城 春人
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3章 中庭の攻防(4)

(やっぱ朝のうちに問い詰めて、撤回させりゃよかった!)


 健斗は毒づいた。手の内にぶら下げた弁当の包みを叩きつけたくなるのを抑えながら、林の中を駆け抜ける。健斗は朝からずっと、教室の中でも移動中でも、休み時間の間も奇異の視線に晒され続けていた。それだけならまだ良かったのだが、昼休みになると教室の中を覗き込んでくる輩がいたり、挙句の果てには新聞部が入ってきたりとロクに食事さえ取れない状況だった。こんなに注目されたのは人生で一回あったかどうかである。


 仕方なく健斗は弁当を持ちながら教室を出て、しつこい追っ手を振り切り、林の中に逃げ込んでいた。ここは北野道ではないが、いつもの待ち合わせ場所への方向はだいたい分かる。入学直後に一度調べたので、この辺りは健斗の庭みたいなものであった。

 何故か「まさか健斗、あの子に会いに……」などと呟きながら夏希も来ようとしていたが、野次馬に飲み込まれて離れてしまった。野次馬の中には夏希の女友達の姿もあり、新聞部のような見知らぬ人間ならともかく、友達は無下にすることができずに捕まっているのだろう。昼休みの間は夏希に会うことはなさそうであった。


(ところであの子って誰だ?)


 健斗が友達である小動物と会うのはいつものことであり、今更言うものでもないだろう。他に待ち合わせをしている予定はないので、夏希が何やら別のことと勘違いしているに違いない、という結論を出した。

 草の根をかき分け、木々が進路妨害してくるのをなるべく踏み荒らさないように進んで、健斗はいつもの待ち合わせ場所へとたどり着いた。


「あっ、北野さん! こんにちは!」

「……冬宮!」


 草葉の影から出てきた健斗を見つけて、春香は微笑みを向けてくる。健斗は驚いた。まさか昨日の今日でまたここに来ているとは思わなかった。この場所で人間に迎えられるのは健斗にとって初めての経験であり、どこか新鮮な気分だった。


「あの、来ちゃったんですけど、よかったですか?」

「構わねーよ、ってか口出しできるもんじゃねえし……」


 よかった……と春香が胸を撫で下ろす。うるさくなければ、健斗は特に気にしなかった。


「ところで、なんでそっちから現れたんですか?」

「あー……」


 健斗が出てきたのは北野道と正反対の方向だ。そっちのバカ会長のせいで、と口から出かかったものを飲み込んで、健斗は「まあ、色々と」と答える。

 春香の周りには既にリス一郎やたぬ坊などがおり、今まで遊んでいたようだった。どうやら懐かれやすい体質のようだ。相変わらず爬虫類とは距離を置いているが。


「お弁当。ここで食べるんですか?」

「ああ。いつもは教室で食べてるんだが、今日はな……冬宮は?」

「私は食堂で食べてきました」

「そうか、んじゃちょっと失礼する」


 健斗は丸太に座り、包みを解く。一緒に中に入っていたパンの耳入りの袋を脇に、弁当箱を膝の上に置く。

 もやしをいくつか口の中に運んでから、健斗は気付いた。リス一郎たちが食事はまだかと言っているかのように、近くに寄ってきている。しかし健斗も食事中で、少しばかり待ってほしいところだった。

 そこであることを思いつく。


「冬宮ー。興味があったらでいいんだが、こいつらにメシ配ってみないか?」


 健斗が袋を掲げながら聞くと、「え、いいんですか!」と好感触な言葉が返ってきた。


「むしろやってくれると助かる。俺、メシ食いてえし」

「そ、そう言うなら頑張りますっ」


 春香は健斗から袋を受け取り、パンの耳を細かくちぎって大きく撒いた。昨日の健斗のやり方を見てたのか、あげすぎないように配慮している。


「あ、小鳥ちゃん!」

「またこいつらはメシのときに……スズメの方はスズ五郎とスズ六郎、メジロは八号だ」

「……スズ五郎ちゃんととスズ六郎ちゃんの区別がつきません」

「そのうち分かるさ」


 と言いつつ、健斗も「なんとなく分かる」程度の認識だったが。

 ともあれ健斗は昼食を食べ終えた。春香もパンくずを配り終え、健斗の隣に座ってくる。


「あの、そういえばなんですけど、同じ学年だったんですね」

「ん? あー、言ってなかったか」


 健斗は「春香が生徒会副会長である」という情報から同じ二年生であることは想像がついていたが、どうやら向こうは知らなかったらしい。その話を今してきたということは、恐らく今朝の新聞で知ったのだろう。


「なんとなく先輩だと思ってました。口調とか、背の高さとか」

「へえ、そう見えるもんなのか。……もんなのか?」


 幼なじみからは子どもっぽいという評価をもらう健斗としてはあまりピンとこなかった。


「冬宮は知ってたのか? 俺を後継者に指名するとかって話」

「いえ、今朝初めて聞きました。昨日のうちに新聞部に情報を流してたというのも……」


(つまりアイツの突発的な思い付きだったってわけだ)


 健斗はそれを聞いて安心した、少なくとも全員で考えて導き出した案ではなさそうで、つまりはまだその馬鹿げた計画をひっくり返す余地がありそうであった。


「でも、北野さんは……何というか、変わってますよね」

「夏希からもよく言われるなあ」

「なつ……? あ! でも、違いますよ! 変な人って言ったわけじゃなくてですね!」


 違うのだろうか。幼なじみは大抵侮蔑を込めて言ってくるため、健斗は首を傾げる。


「佐倉坂改造計画はですね、発案は会長ですけど、私たちみんなでどうしたらこの学校が良くなるか、どうしたら楽しい学校になるのかって一生懸命考えたものなんです。頑張って資料を作ったり、教育に関する研究データを探して読んだり……中には無理があるようなのもあったんですけど、会長が諦めずに私たちを引っ張ってくれて、やっとここまでこぎつけたんですよ」


 教育委員会にまで乗り込むぞと言ったときにはどうしようかと思いましたけど……と自嘲気味に呟く。そんな春香の顔には、当時の苦労を思わせる疲れの表情もあったが、結果にどこか満足しているような、楽しんでいるような、そんなものも見られた。


「でも、さすがに私にはあの会長ように振る舞う自信はなくて……。あの! 北野さんは凄いと思うんですよ! 自分の嫌なことはちゃんとはっきり嫌って言えて、今朝だって、納得できないことをしっかり聞こうとして……だからその、すごい素敵と言いますか、そんな北野さんが入ってくれたら嬉しいなぁ、って」


 えへへと笑い、そこまで口に出したところで、


「あ! 別に負けてほしいって思ってるわけじゃなくて! ごめんなさい!」

「謝んなくていい、なんとなく言いたいことは分かった」


 思いっきり頭を下げた春香を、健斗は手で静止させた。面と向かって素敵と言われたのなんて初めてである。そこまで言われると、さすがに少し照れくさい。

 春香たちは今までしっかり努力してきたのだろう。今朝の話を聞く限り、相当な大仕事であることは健斗にも想像がつく。理念も立派だ。手伝うのもやぶさかではない。


「でもなぁ、あんなこと言われちゃあなあ……」

「そうですよね……あれはさすがに許せません。だから私は北野さんを応援します!」

「そりゃありがてえや、ついでに勝負の内容も教えてくれると助かるんだが」

「ええっ! そ、それはちょっと……」

「冗談だっつーの」

「……もう! ひどいです!」


 頬を膨らませて春香は冗談じみたように怒る。この様子を見ると順調に勝負内容は決まり、既に春香は精査を終えているようだ。そろそろ自分も二本目の内容を決めた方がいいのかもしれない。


「あの、そういえばなつ」

「ありがとな冬宮。まあ元々負ける気ねえが、ちょっと元気出たぜ」

「そうでしたか、それはよかったです!」


 健斗に感謝され、春香は顔をほころばせる。しかし何か言おうとしてたようだ。健斗は聞き返した。


「ところでなんか言おうと……」

「……いえ、別に」

「そうか?」


 言いたいことは言った方がいいと思うが、本人がそれでいいというのならいいのだろう。健斗は気にしないことにした。

 その後もいくらか雑談を交わし、「友達」と遊び、平穏に昼休みを終えた。


 あとは午後の授業が終われば、待ちに待った開戦である。

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