2章 林の中の友達(6)
「まあ会長のことなので、もう既に近くにいそうですけど」
「そりゃねえだろ、この場所のことを知ってんのは俺と、お前と、」
あと一人、その幼なじみの名前を言う前に。
再び草木が重なる音がしたような気がして、健斗は北野道を見た。春香には聞こえていないようで、特に反応を見せない。
耳を凝らすと、足音が複数聞こえてくる。他にも「本当に……いるのか?」「間違いないはず……」というような声もあり、しかも、それはどっちも聞き覚えのあるものであった。
「あ、いたいた。健斗ー、お客さんよー」
「なるほど、確かにここにいるようだ。秋篠くん、ここまでの案内、感謝する」
健斗は、過去にここへ呼んだことのある女子生徒と、お呼びでない男子生徒を交互に見る。夏希は健斗の隣にいる春香を見つけ、その端正な顔をしかめた。大吾も春香を見つけたようで、「ほう、道理で来ないと思ってたらこんなところに……」と呟いていた。
「あのなあ夏希、ここは秘密だって前に言っただろうが」
「そう言われても、瀬戸海さんに、どうしても北野くんと会わせてくれーって教室で頭下げられたら断るわけにもいかないじゃない。っていうかあんたこそ女の子連れ込んで……ちょっと、聞いてる?」
健斗は聞いていなかった。抗議の目を向け、大吾を睨む。しかし大吾はそんな視線など全く気にしていないようだった。
「やあ北野くん、昨日ぶりだな。せっかくクラスを調べて教室まで迎えに行ったのに、いなかったから秋篠くんに案内させる手間が
できてしまったではないか。優しい秋篠くんに感謝するんだな」
「そもそもテメーが俺に付きまとわらなきゃ済んだ話だろ、一回断ったんだから素直に手を引けよストーカー野郎」
「たった一回で諦めてなるものか。そんなことでは欲しいものなどいつまで経っても手に入らんぞ。三顧の礼というものを勉強したまえ」
「三回だろうが百回だろうが、何回言われようと俺の気は変わんねーって言ってんだよ。それにテメーは礼どころかどこをどう見たって無礼じゃねーか、礼を尽くせ礼を」
「一時的に恭しく頭を下げたところで、普段の俺はコレなのだ。共に働く相手に偽りの自分を見せる方が無礼というもでのではないか?」
「そこで根っこを矯正しねえから俺すら従えられねえド三流なんだよテメーは。幼稚園からやり直しやがれ!」
「そんな北野くんに悲しい報せだ。俺は保育園で育ったものでな、残念ながら期待には応えられそうにない」
ああ言えばこう言う男だ。しかも言い返しながらニヤニヤと笑っている。自分は全く楽しくないが、この男は一体何を面白がっているのだろうか。健斗には分からなかった。
夏希はいきなり口論を始めた健斗と大吾を見て、え、なに、どういうこと? と事態を把握できないでいる。事情を話していないのだから無理もなかった。事情を知っている春香は夏希との面識がないようで、話しかけるのをためらっていた。
そして健斗の「友達」は、健斗が発する大吾への敵意を感じ取ったのか、草むらに逃げたり、大吾に向かって威嚇したり、それぞれ違った行動をしていた。
大吾は自らを囲む小動物に気付き、それらを見やる。
「む? なんだこれは。北野くんのペットか」
それは大吾にとってはただの疑問の延長でしかない、ちょっとした発言であったが。
健斗は彼らを飼っているわけではない。パンの耳を少々撒きはするが、彼らは自力で自然の中を生きる者であり、そこに上下の差はなく、対等で大切な友達関係である。今の大吾の発言は、その意思がなくとも彼らを下に見たものであった。
加えて、健斗は大吾をあまり心良く思っていないこともあり。
「おい。今の発言を訂正しろ。こいつらはペットじゃねえ」
先程の発言は、健斗がちょっと怒るには、十分足り得る理由があった。
大吾は一瞬、ん……? と健斗の様子を訝しむが、何かを察した様子で、少しだけ口の端を吊り上げる。それを見逃す健斗ではなかったが、その行為の意味が読み取れない。
「何をどう訂正すればいいのか分からないな、訂正すべき点をしっかり言ってもらおうか」
「こいつらは野生動物だ、二度とペットだなんて言うな」
「なるほど、では訂正しよう。そうだな、どう言おうか」
珍しく素直な大吾だったが、訂正するなら別にいいか、と健斗は怒りを収めようとして、
「それではこう言おうか。『この小動物たちは決してペットではない。この林に生息する、ただの畜生どもにすぎない』とな」
「てめえっ!」
収めるどころか倍増して、大吾の胸ぐらを掴み上げた。
「き、北野さん! それはさすがに!」
春香が止めに入るが、健斗は聞く気がなかった。自分が正義などと言うつもりはないが、大吾は今、許されないことを言った。こうでもしないと、怒りで気が狂いそうだった。
手を下ろさない健斗を見て、春香が大吾に言う。
「会長も、なんでそんなこと言うんですか!」
「畜生は畜生だ。事実を言って何が悪い。俺は言われたとおりに訂正したぞ?」
「言い方ってもんがあんだろ……!」
どこも悪びれた様子がない。大吾の制服を掴む手に、さらに力が込められる。
「何をそんなに怒っているのか俺には分からないが、そうだな。怒りたいなら怒ればいい。今の俺は無防備だ、怒りのままに痛めつ
けるなら最大のチャンスだ。もちろん一切抵抗はせんよ。手出ししない者をぶん殴って君の気が晴れるのならば、そうすればいいさ」
まるで絶対に殴られない自信があるかのような口ぶりで、大吾が健斗に言った。悔しいが、その通りであった。健斗は大吾を殴れない。このまま無抵抗の者を怒りに任せてぶん殴ってしまえば、一時的な爽快感と引き換えに家族や友人に迷惑がかかる。それに、攻撃してこない相手を力ずくでどうにかするのは、何より健斗にとって本意ではなかった。
どうにもならない悔しさを覚えながら、健斗は悪態をついて、大吾から手を放す。いつの間にか、「畜生」と呼ばれた健斗の友達はこの場からいなくなっていた。




