2章 林の中の友達(2)
「ね、健斗」
ふと、思い出したように夏希が健斗に呼びかけた。容器の中のイチゴも殆どが食べつくされ、遠くに小さく校門が見えてきた頃である。
「ん、どうした」
「聞いた? 昨日の昼休みに、生徒会室の窓が割れた話」
「え、あー、いや、それは」
生徒会、という単語が聞こえてきた瞬間、健斗の脳裏に昨日の出来事がよぎる。それは間違いなく自分の犯行であったが、まさかそのまま言うわけにもいかない。どうにかして誤魔化せないか健斗は慌てて――
「なんでも、生徒会の誰かが滑って転んで窓に当たったって。知ってた?」
「……え?」
「その様子だと初耳みたいね。ってことは健斗が生徒会室から出たあとに起こったのか」
さほど興味なさそうな顔で夏希は顔を正面に向けた。北野健斗とその窓が割れた話は関係ないことである、と思ってくれているらしい。ありがたいことだった。
しかし自分が知ってる情報と夏希の言ってることが食い違い、健斗は首を傾げる。
(……そういうことになってんのか? なんでだろ)
「窓から人が飛び出て落ちた、って話もあるけど、救急車が来た様子もないからさすがにデマっぽいわよね。もしその人が健斗だったら落ちてもピンピンしてそうだけど。あんたそこまでバカじゃないし」
「ま、まあな! 俺だったら平気だけどなー俺だったら」
(俺なんだけど)
あはは、と笑う夏希に合わせ、健斗も笑う。さすがに事実が知れたらこの幼なじみに何を言われるか分かったものではない。ますますバレるわけにはいかなくなった。
「ところであんたはなんで生徒会に呼ばれてたの? 昨日聞く暇なかったから聞くけど」
「あー、それ? ま、大したことじゃねーよ」
窓を割った部分は隠した上で話しても良かったが、それはそれで面倒なので軽くいなす。
「それを聞きたいんだけど。まさか問題行動を起こして呼び出し食らってた、とかいうわけじゃないでしょうね」
「問題行動ねぇ……ないない、心配すんなって」
問題行動を起こしたのは呼び出しを食らったあとである。嘘はついていない。
「そう? ならいいけど。じゃあ本当は何だったのよ」
「なんかごちゃごちゃ言われたけど、つまり生徒会に入ってくれーって、誘われた」
「へー、そうなの。誰から?」
数分前までにはイチゴがたくさん入っていた空の容器を夏希に渡す。受け取った夏希はプラゴミと化したそれを、ヘタと同じビニール袋に突っ込んだ。
「瀬戸海とかいう生徒会長」
「うっそ、それホント!?」
それまで無関心そうだった夏希が、生徒会長の一言で目の色を変える。その挙動を不可解に思い、健斗は眉をひそめた。
「何をそんな驚いてんだ? あの生徒会長がどうかしたのか」
「だってあの会長から誘われたんでしょ? 凄いじゃない!」
「そんなに凄いのか、アイツ」
とてもそうは見えなかった。
「知らないの? 瀬戸海会長って生徒からの支持も厚いし、学力も学年トップって噂だし、おまけに超イケメンで性格もかっこいいっぽくてすごい人気よ?」
「……嘘、だろ? 俺そんな噂聞いたこともねーぞ?」
「あんた交友関係狭いから仕方ないわねー。女子の間では結構な噂なんだけど。ほら、やっぱりイケメンだから」
「つまりブッサイクだったら見向きすらされねーのか……」
「んー。その場合、多分悪い噂が飛び交って逆に有名になると思うわよ」
「うへー。世知辛い世の中だぜ。確かに悪くない顔はしてたが、しかし性格ねえ……」
昨日の昼休みの、大吾の言動を思い出す。
(……嘘だぁ)
まるで狐につままれたような感覚だった。
「そーいや、なんで支持が厚いんだ? なんかしたのか、アイツ」
「え、健斗は知らないの? 佐倉坂改造計画」
まるでテレビの中でしか聞かないような造語に健斗は顔をしかめる。
「なんだそりゃ。いや、どっかで聞いた気はするんだが……」
「生徒の要望を聞いて実現させたり、変にガチガチな校則を撤廃させたりすることで学校生活を豊かなものにする、っていう瀬戸海さんが掲げた公約のことよ。具体的には部の備品予算を上げたり、自販機の品を増やさせたり……。校則の方はアルバイト禁止規定とか、頭髪規定とかを撤廃させてたかしら。これ、全部昨年度に新生徒会がやったことよ」
「へえ……すげえな、知らなかった」
今夏希が言ったようなことを実際に行うのは、並大抵のことじゃなさそうだというのは健斗にも分かる。昨日会った生徒会の面々
を思い出し、素直な感想が漏れた。
「噂じゃ教育委員会にも出向いて、今年度の学校予算をぶんどってきたとか」
単なる噂だけど、と夏希が付け加える。それを素直には信じられないが、あの変な生徒会長ならやりそうだな、とも思った。
「ホントに知らないの? 休み時間のケータイ使用も許可されて話題になったじゃない」
「いや俺ケータイ持ってねえし……俺にはあんま関係ないしなぁ」
「そりゃあんたはあんま規則に引っかかることのないような生活してるけどね、女子にはオシャレとかも色々……瀬戸海さんはそういうところに気が利くから、女子票がたくさん入って会長になれたってのに、まったくあたしの幼なじみは……。まあそれはどうでもいいとしても、健斗も生徒会の人間になるのねー」
「え?」
健斗が生徒会長の誘いを受けたかのように話す夏希に、否定の意味を込めて聞き返す。
「いやどうしてそうなる。断ったぞ普通に」
「嘘! どーして?」
「いやアイツの人格が気に入らなくてな」
「きっとあんたとは正反対でしょうけど、瀬戸海さんの誘いなのにねーもったいない」
「……チッ」
夏希と出会って十数年。彼女の、自分を貶すような物言いは何百回と聞き慣れているはずなのに、何故か腹が立ってくる。その理由を考え、健斗はあることに思い至った。
(そうか、俺が貶されてんじゃなくて、アイツが持ち上げられてるような感じだからか。あの暴言生徒会長、やっぱ好かねえ)
顔を思い出したらより腹が立ち、声色もどこか冷たくなる。
「……瀬戸海さん瀬戸海さんってうるせーな、そんなにアイツのこと好きなのか?」
「は、はぁ!? 何言ってんの、違うわよ! あたしの好きな人はね……!」
そこまで言って、ハッとしたように夏希は口を噤む。予想外の反応に、健斗は思わず口の端が吊り上がった。
「え、なにお前、好きな人いんの? 誰だよ誰だよ!」
「い、言うわけ無いでしょ……!」
言葉は強いが、顔は赤い。もうひと押しだ、と健斗は言葉を重ねる。
「いいだろ教えてくれよ! 俺とお前の仲だろ? 誰にも言わねーからさぁ!」
「……い」
「い?」
よく聞き取るため、顔を近づける。
「言えるわけ無いでしょ、このバカぁ!」
「いだぁ!?」
夏希が思いっきり通学鞄をぶん投げ、健斗の横っ面にクリーンヒットする。思わずよろめき、足がふらつく。踏ん張って倒れることだけは回避した。
「お、おまえ、急に何を」
「あんたこそ急になに聞いてくるのよ! ほんっとデリカシー無いんだから! バツとしてその鞄、教室まで運びなさい! ふんっ」
それだけ言い放ち、そっぽを向いて手ぶらで校舎に向かう。おい待て! と声をかけても振り返る素振りすら見せず、仕方無く健斗は落ちている彼女の通学鞄を拾い上げた。
「はぁ……」
横を通り過ぎていく生徒に変なものを見る目で見られながら、ため息を吐き、空を仰ぐ。
健斗は思うのであった。
――これ、理不尽じゃね? と。




