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佐倉坂最強伝説  作者: 江城 春人
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プロローグ

 桜の木が揺れ、花びらが舞う。春であるこの時期なら何度も見られるとはいえ、目撃すれば少しばかり目が奪われる光景である。

 しかし、そんなものに目をくれている余裕は、今の自分にはなかった。


「おい、この服どうしてくれんだ!? 高いんだぞオラァ!」

「アニキにどう落とし前つけるつもりだ! 言ってみぃ! ああん!?」


 どうして不良に絡まれているのか、原因は単純である。

 冬宮春香ふゆみやはるかは、寝ぼけて宿題を忘れていた。友人に見せてもらえば解決するのだが、そのことに思い悩んでため息を吐いた。その拍子に目を閉じると、偶然彼らとぶつかってしまい、リーゼントの男は持っていたコーラを自らの学生服に零したのだ。

 これが絡まれてしまった原因である。

 宥める間もなく、額に青筋を浮かべたリーゼントの男と、彼をアニキと呼び慕う男に詰め寄られ、春香は無意識に一歩下がってしまう。


「す、すすっ、すみませんでした! く、クリーニング代を……」

「カネの問題じゃねーんだよ、カネの! もっと誠意を見せんかい!」

(え、ええと……)


 これ以上どうすればいいか分からず、春香は困惑する。頭の中で素早く考えを巡らすがなかなか他の案が思いつかない。元々頭のいい方ではないのだ。想定外の事態への対処は、春香にとって苦手なことだった。

 そんな春香を見て、ふと気付いたように小太りが呟いた。


「へぇ……よく見たら可愛い顔してんじゃねぇか。おほっ、ムネもでけえ!」

「マジだ、気づかなかったな……おい、ちょっとこっちこいよ」

「きゃっ、ちょっと、やめて……」

「んだよゴルァ! アニキがこいって言ってんだからさっさと歩け!」


 小太りに怒鳴られ、無理矢理腕を掴まれる。離してくださいとの意を込めて両手で彼の手を外そうと試みるも、春香の力では敵いそうになかった。


「た、たすけ……」


 今は登校時間の真っ最中である。あまり人はいないが、それでも希望を求めて周りを見渡す。しかしほとんどの人が、春香に視線を向けてはそそくさと去っていく。こちらをじっと眺める若者もたまに居るが、春香が視線を向けると逃げるよう視線を背けた。


 仕方のないことだった。誰も揉め事に巻き込まれたくはないし、誰も自分から面倒事に突っ込みたくはない。そう頭では分かっていても、春香はどこか寂しさを覚える。

 どうしようもなく、春香が彼らの要求に応じようとした、そのとき。


「テメーら、女相手になにやってんだ!」


 春香の真後ろで怒号が響く。リーゼントたちや周囲の人の注意がそちらに向いた。

 振り向くと、鬼のような形相をした男だ。高身長で、春香と同じ佐倉坂高校の制服を着ている。彼の視線は春香ではなく、腕を掴む男たちに向けられていた。


「なんだよてめえは! コイツの知り合いか!」


 全く知らない間柄のようだ。リーゼントが彼に問う。その彼は視線をリーゼントから少しもずらさず、自身の通学カバンを投げ捨て、こちらに向かって歩いてきた。


「他人だ、文句あっか」

「それなら関係ねーだろうが。さっさと失せろ!」

「小バエにうろつかれるとこっちが迷惑なんだよ。さっさと巣に帰れ、この蛆虫野郎ども」

「う、蛆虫だと……!」


 リーゼントと小太りは分かりやすく顔を真っ赤にして怒った。しかし、現れた彼はそんなことを全く気にした様子はなく、小太りと春香の横に立ち、右手で小太りの手首を握る。


「まずは離してやれ」


 握力を強めたのだろう。彼がそう言うと、「痛ッ!」と小太りが叫び、春香の腕を掴む手を緩めた。その隙に春香が逃げ出すと、彼も小太りの手首を離す。

 小太りは左手で右手首を抑えながら「ザッケんなゴラ!」と彼に向かって吠えた。

 助かった、と春香が息をついていると、彼がこちらを向き、目が合う。爽やかな笑顔だ。


「もう大丈夫だからな。俺に任せとけ」


 そしてすぐに顔を不良たちに戻す。その時にはもう鬼の形相に戻っていた。


「天下の往来で女の子に手を出してんじゃねーよ。何考えてんだ」

「女が余所見してたせいでぶつかったのが悪いんだよ! お陰で服が汚れちまった!」

「だからって腕掴んで脅していいのか? んな訳ねーだろ。ちょっとは考えろ」

「その女の子がアニキに誠意を見せねえからだ。謝ってりゃこんな事にはなってねーよ」


 その言葉を聞いて彼は再度春香を見た。今度はさっきの笑顔より少し表情が硬い。


「い、いえ、謝りました! 謝ってないわけじゃないです!」

「そうか。じゃーテメーらが悪いな。さっさとこっから消えろクズ共」


 彼はしっ、しっと手で不良たちを追い払う仕草をする。春香としてもすぐにここから去ってほしかったが、そのまま黙っていられる不良たちではないようだ。


「だったらてめえはどうなんだよ! 正義ヅラして楽しいか!」

「害虫駆除に正義もねーだろ、その頭は空っぽなのか? あんこでも詰めてやろうか?」

「ふざけたこと言ってんじゃ……」


 いきり立ったリーゼントと小太りの目の前に、彼が指を三本突き出す。


「なんだこの指は? へし折ってくださいってか?」

「ちげーよ。三十秒待つからこっから消えろってことだ。今なら見逃してやるよ」

「見逃す……? ははっ」


 彼の言葉を聞いてリーゼントは軽く笑ったあと、すぅっと息を吸って。


「人を舐めんのもいいかげんにしろや!」


 右拳を振りかぶり、彼に飛びかかる。

 しかし、彼に動じた様子はなく。左手で跳んできた拳を打ち払い、相手の顔面に向かって右手を出す。リーゼントもいくらか喧嘩慣れしているようで、とっさに両手でガードを試みる。

 だが、彼は全く止まらずに、左足を踏み込み、全体重を乗せるようにガードの上から右拳を打ち付けて。


「おらああああああっ!」


 気付いたときに春香が見たのは、吹き飛ぶリーゼントの姿だった。

 思わず口をぽかんと開ける。小太りも通行人も、誰もが今見た光景を信じられないようで、固まって動かない。

 動いているのは彼だけだ。拳を鳴らし、ふぅっと息をつく。


「あ、そうそう、言い忘れてたけどさ」


 思いっきり爽やかな、先ほど春香に見せたのと同じ笑顔で、彼は倒れた男に言った。


「こう見えても喧嘩強いんだぜ? 俺」


 その言葉に応える者は、誰もいなかった。

 そして春香は彼に対して、思ったのだった。

 ――かっこいい、と。


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