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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第六章 ギルド対抗戦
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とりあえずギルド対抗戦 本選第一試合

 扉をくぐるとそこは平地でした。


 いや、ボケとかじゃなく。本当に何も無い平地。そこに聳え立つ胡麻豆腐。

 コンクリートを固めただけのような四角く細長い建物、これが『タワー』なのだろう。

 私達がくぐって来た扉が後ろにある。つまりこの『タワー』から出てきたみたいだけど、戻っても灰色の部屋があるだけで、先程まで居たスクリーン付きの部屋に戻る事は出来ない。

 平地はかなりの広さがあるようで、ずっと先まで見渡せるが建物どころか木々も草地も見当たらない。

 地面は砂利みたいな感じで所々は砂かな。砂漠では無く、遮蔽物も無い。

 前回のイベントやJACKなどとやった時よりも遥かに何も無い。これ、どうやって戦うんだろ?


 向こう側の『タワー』にも人影が見える。ただし物凄く多い。

 目視でだけど五十人は居るんじゃないかな?


「おお、おお。またゾロゾロと大勢な事で」

「吾輩らが少ないだけじゃがな。それでもまだ何とかなるじゃろ」

「だな。とりあえず伯爵は()()を抑えてくれ」


 あの人数を見ても動じない二人。私も意気込んだはずなのに、すっかり腰が引けている。

 すると、不意にお尻を撫でられ、つい「ひゃう」と変な声を出してしまう。

 振り向くと案の定、そこにはロゼさんが居た。


「ロゼさん?」

「はっ! すみません、お嬢様。あまりにもいいお尻が目の前に差し出されたもので、つい我慢が」

「ロゼ、ちょっとこっち来ようか?」

「はっ、お姉様? あっちょっと、こんないきなり大胆、んぁっ」


 再度釘(物理)を刺されるロゼさん。これから本番って時に……。


「ふふっ。もう、二人ったら」

「ぐはっ」

「あふっ」


 思わずクスッと笑うと、何故だか二人して鼻血を出して倒れ込む。

 エースは仰向けで合掌、ロゼさんは魚のようにピチピチ跳ねている。

 もう、二人とも何がしたいのか。向こうの人達が心無しか引いてる気がする。遠いし、多分気のせいだよね?



 皆でわちゃわちゃ戯れていると、平地にアナウンスが響き渡る。


『各会場、全ギルド出揃ったようだな! くどいようだが軽くルール説明だぜベイベー! 各ギルドにはそれぞれ『タワー』という建造物が与えられている。

 相手側の『タワー』を先に破壊、つまりは耐久値を0にした方の勝利となる。

『タワー』内ではHP・MPの自動回復がある。有効に役立ててくれ! 『タワー』改造(・・)の時とかな!

【ギルド対抗戦】会場内で死んだ場合、復活には五分掛かる。リスタートは『タワー』の中からだぜベイベー!

 特別ボーナスとして、ギルドマスターを倒すと復活までの五分間、『タワー』へ与えるダメージが増加する。名前の横に王冠マークがある奴がギルドマスターだ。

 なお、今回のイベント中はFF(フレンドリーファイア)でのダメージ判定は無いが、風や水などの影響は受けるから気を付けていけよ!

 時間制限は三十分。アイテムもジャンジャン使用してくれ。

 じゃあ行くぜ精鋭達! 【ギルド対抗戦】本選、第一試合レディィィィ、ファイッ!』


 その合図を皮切りに、向こうの人達が先に動き出した。


「相手は少数だ、数で押せ押せー!」

「今回は楽勝そうだな!」

「特攻するぞてめぇらー! 俺に続けー!」

「「「おう!」」」


 武器を構えた十数人がこちらに正面から向かって来ている。

 王冠マークがある人は……『タワー』の前で腕を組んでいるあの人か。

 今回のイベントでは名前以外にレベルも常に表示されている。

 相手は大体40前後で、一番低い人でも36はある。


 あれ? でもギルマスを倒せば『タワー』に入るダメージが増えるんだよね? 私危ないよね? 危ないよね?!


「大丈夫ですわお嬢様。(わたくし)がお嬢様の盾となり足となって、全ての敵を蹴散らして参りますわ」

「ロゼさん……」


 後ろで「それ私のセリフ……」と頬を膨らませているエースはさておき、頼もしい事を言ってる風を醸し出しつつ、実はハァハァと息を荒らげていたりするロゼさん。本当に大丈夫なのだろうか。

 そんなロゼさんは悠然と、武器も何も構えないまま、ちょっと散歩に出掛けたよ的なノリで、めちゃくちゃ普通に敵陣へと歩いていった。



 駆けてくる相手に対し、ロゼリーは歩いて敵陣へと向かう。

 衝突はすぐだった。両者がぶつかるのは必然。ただ相手は数にものを言わせて『タワー』を一気に削るつもりなのでしょう。

 幾らお姉様とお嬢様が可愛くて強くても、この人数を捌く事は出来ないわね。

 ならば先陣を切るのは私の役目。

 嗚呼、敵の方々に傷物にされるのも、それはそれで悪くないわね。


「悪いなかわい子ちゃん。お兄さん達構ってやれなくて!」


 敵の一人が私の肩から脇腹にかけて、斜めに斬り下してきた。

 他の人達も斬って、斬って、突いて、抉って。

 嗚呼、この痛み、熱が広がり私を包んでいく感覚。じわじわと私の中に侵食されていく快楽、正に至高!


 けれど足りない……ええ、足りないわ。


 お姉様ならもっと、ジリジリと焼けるような熱さを下さいますわ。

 お嬢様ならもっと、受けた事の無い未知なる衝撃をお与えになってくれますわ。

 こんな中途半端な、脆弱で単調すぎる攻撃。

 あなた方は私を、満足させるに足りない。

 この戦いを終わらせたら、お姉様とお嬢様に御褒美をおねだりするのですから、まずは戦果を立てなくてはね。



「くそっ、なんだこの硬さはっ! 壁でもこんな耐久力無ぇぞ?!」

「攻撃する側からどんどん回復していってやがる!」


 ロゼリーのHPは、幾ら攻撃されてもどんどんと回復していき、プレイヤー十数人が代わる代わる攻撃を繰り返しているにも関わらず、殆どダメージが蓄積しないでいる。


「ふふっ」

「何がおかしい!?」

「あなた方は本当に脆弱なのね」

「はぁ?」

「相手との実力も測れない愚か者共に用は無いわ」


 その言葉に青筋を立てる相手は、むしろ攻撃を激化させる。


「【ハードスタンプ】!」

「【炎刺突】、【乱桜】!」


 スキルの光がキラキラと光り、それに合わせるようにロゼリーのHPの減少速度が上がる。

 それに気を良くした相手は更に攻撃を加えようと、数人が息を合わせて斬りかかった。


「────」



「「ぐあああああああああああ!」」


 突如起こった爆発に体勢を崩したがそれも一瞬の事。すぐさま事態を正確に把握した、先陣を切った中でのリーダーらしき者が周りのメンバーに注意を促す。


「一体何が?!」

「お前ら落ち着け! 今のは【エクスプロージョン】だ。恐れる事は無い。周りを囲んで中距離攻撃に切り替えろ!」

「でもザザンさん、後ろでギルマスから撤退命令が」

「この程度の相手で何を弱気になってんだ。今こそ新入りの見せ場だろうが。行くぞ! まずは一人だ!」

「「「うおおおお!」」」


 彼等はまだ知らない。彼女と所属するギルドメンバーの事を。







 俺の名は金剛ヶ岳十鉄こんごうがさきじゅってつ、【鋼鉄の誓い】でギルマスを務めている。

 鍛冶師ギルドと言えば、で名が通るほど深く浸透しているほどだ。

 それもあってか、毎月のように俺の元にはギルド参加を希望する者が後を絶たない。


 ギルドによって方針は違うところだが、俺のところでは新入りは姉妹ギルドからのスタートとなる。

 そうして実力がついてきた者には更なる高みへ目指してもらう為、一度俺のギルドで預かる事となる。

 もしそこで良い戦績を収めた者には、そのまま鍛冶師ギルドの顔である【鋼鉄の誓い】に正式採用される形だ。


 とは言っているが、別にどこに居ても有名な奴は有名で、腕のいい奴はそこら中に居る。

 彼等が欲しいのは単純に、『名前が売れていて露出度が高いから、俺ももしかしたら有名人になれるかも』みたいな思考が多い。むしろ九割方はそんな奴等ばかりだ。

 ギルドを立ち上げた頃は、「この世界でまだ見た事の無い装備を一番に発見してやるぜ」の方針だったはずなのに、全くどうしてこうなったのか。


 今一番何が言いたいのか、それは新入り達の勝手な行動まじやめろ、という事だ。


 生産をメインに置いている者は、少なからずだが対人戦の経験が浅い事が多い。

 これは単純に、生産素材はモンスターが相手だからだ。

 イベントも参加する者は居るが、生産ステではそこそこの戦績しか収める事は出来ないとされる。

 なのに、だ。

 まさか一回戦目、珍しく知らないギルドと対戦と思っていれば、相手側にあの悪名名高き害悪が二人も居るだと?


 一人は状態異常の化け物とさえ謳われる、”マッドヒーラー”エース。

 コイツは生産ステにも関わらず、トップランカーの一人と数えられる例外中の例外。

 胃が痛い。初戦でこんなのに当たるとは思ってなかった。しかも遊び装備じゃない、ガチ装備(・・・・)だと?

 新入り教育の為に参加メンバーはいつもより多いが、それでも勝てる気がしない。

 目的は達成出来そうだからいいとしよう。


 そんな事を思っていた時期が俺にも有りました。


 無謀にも無策に突っ込んだ新入り(バカ共)。対して向こうが出してきたのはもう一人の害悪、”自爆姫”ロゼリー=ノエル=ピュアブラッド。

 害悪二強と今は言われているが、一昔前までは害悪を冠するプレイヤーは四人存在した。

 その内の一人が彼女、最も近寄ってはならないプレイヤー。

 出会えば逃げる事すら恥では無い、むしろそれをしない者は愚か者だとさえ罵られる。

 最近では大人しくなったと言われていたが、こんなところで遭遇してしまうとは……。


 そんな奴に新入り(バカ共)が攻撃を仕掛ける。

 撤退命令出してんだから聞けよ……。個人戦じゃなく、これはあくまでギルドとして戦っているんだぞ、そう言ってやりたい。

 もうこれはあれだな、アイツらには悪いが一回死んで理解させる以外無い。


 案の定、爆発が巻き起こり攻撃を加えようとした者達が何人か吹っ飛ぶ。

 しかしすぐに起き上がると、その頬を全員つり上がっていた。

 バカッ! ホントバカッ! 無知ってホント怖い!

 ダメージが少なかったのを見て、あの中でも一番有名な姉妹ギルドに居たと言うザザンが指示を飛ばしている。

 恐らく、【エクスプロージョン】の効果を知ってるのだろう。むしろ知ってる方が問題なのか。ああ、帰りたい。


「ギルマス、何百面相してんの」

「もう新入りが無知過ぎて泣きたくなってきて」

「アバターオッサンなんだから、そんな顔で泣かれると超キモイ」

「酷っ」

「それより後ろのメンバー見た?」

「見ない方がおかしい。二度見どころか三度見したぐらいだ」


 胃痛の原因は”マッドヒーラー”、”自爆姫”だけじゃない。

 まさか”戦闘狂”まで居るなんて、今日は厄日じゃないだろうか?

 こんなにもソロで活躍する者達が一同に会するのも珍しい。

 これはさぞかし有名な者が率いているに違いない。

 王冠マークを探し、それがどんな者かと思って見たら、まだレベル20の女の子と来たから更に驚く。

 誰かのサブ垢か? それにしては無名過ぎる。

 隣には”ネコタンク”で知られるゴロニャーゴ伯爵まで居るのだから、あのギルマスは余程強いのだろう。


 ソロプレイヤーがソロに甘んじているのは、何もギルドと馬が合わないだけじゃない。

 ”戦闘狂”や”自爆姫”がそうだが、自分よりも強いと思った者の下にしかつかず、ギルドの方針に従わない。

 トップランカー故に、そもそもそんな奴が居て自由なギルドというのがそもそも無いのでは、と思っていたが……。

 ゴロニャーゴが隠居の為、ギルドを抜けるのは知っていたが、これだけトップランカーが集まるギルドというのも見た事が無い。

 あのギルマスは最大級の警戒が必然だ。


 ギルメンにも指示を飛ばそうとした時、両ギルドの中間辺り、つまりはロゼリーとザザン率いる新入り達との交戦中の場所で、大きな爆音と熱風が起こった。


「「「ぎゃああああああああ!!」」」


 次々に宙を舞う新入り達に、十鉄マジ胃痛。

 その中でも何とか撤退する事に成功した数人が、腰をガクガクにしながら後退してきた。


「ギ、ギルマスッ! あの女、女ッ!」


 酷く錯乱しているらしい。ランカーは見た事はあっても、トップランカーと戦闘する事は意外に稀だ。それを経験出来ただけでも、彼等は成長出来ただろう……そう思い込もう。


「【エクスプロージョン】でなんであんな威力が出せるんだ」

「おかしいおかしいおかしい」

「壁じゃないのか!?」


 いや多分これは使い物にならなそうだな。士気を上げるにしても、あれらに勝てるのかと言われれば……無理だな。

 数は何よりも勝る、と言えればどんなに良かったか。そう言った(ザザン)はさっきので乙ったか。いい薬になった事だろう。


【エクスプロージョン】

 MPの全てを犠牲に、自分を中心に大爆発を起こす。その際、HPを10%消費する。


【エクスプロージョン】は本来、杖を装備するプレイヤーが使うスキルだ。

 理由はMPを上げる事で威力を上げる事が出来る為である。

 しかし文面にもある通り、これは遠距離スキルではなく自爆スキル。勿論使い所は限られる。

 しかもMPを全消費し、更にHPまで消費してしまうこのスキルは、火力だけ見るならば杖持ちが適任だが、自殺行為に他ならない。

 逆に壁ステの者が使えば、ヘイトを稼ぐ意味では重宝するだろうが、与えられるダメージも微量な上、HPの消費も馬鹿にならない。

 MPさえ有れば連発して打てるが、打ちすぎれば結局は自殺行為になる。

 なので最終的な自衛用か、もしくはネタで……なんて扱いの不遇スキルと言われている。……”自爆姫”を除いて。


「お前達は鍛冶師を語る前に、まずは戦闘を知れ。相手のニーズに応えてやるのも我々の仕事だ」

「ギルマス……!」

「あれはロゼリー=ノエル=ピュアブラッドというトップランカーの一人だ、聞いた事は?」


 生き残った全員が首を横に振る。


「そうか……。奴は【被虐性愛(マゾヒズム)】というユニークスキルを持っている」

「【被虐性愛(マゾヒズム)】……ですか」


 新入り達が何かを察したらしい。多分、始まる前に敵陣でやっていた行動を思い出したのだろう。


「効果はダメージ、状態異常を受けているほど、与えられるダメージが増えるというものだ」


 先程、一度目の【エクスプロージョン】を受けた者達は勘違いをしてしまっている。

 それは、『相手が壁ステだから威力が出なかった』という点。

 だがそれは大きな間違いに他ならない。

 ユニークスキル【被虐性愛(マゾヒズム)】は、HPの有無でダメージが増減する特殊な効果だ。


 普通、スキルというものは与えるダメージが決まっている。

 そこに武器やスキルの補正を受ける事で、プレイヤー毎に違った威力が出せるという訳だ。

 しかし彼女のユニークスキルはそうじゃない。

 例えば、ダメージが100のスキルがあったとしよう。

 彼女のHPが満タンに近い場合、固定されているはずのダメージは30程度まで落ちる。

 逆にHPが死ぬギリギリに近い場合、ダメージは元々の数値を遥かに飛び越え500程度にまで膨れ上がる。


 リスキーにしてトリッキー。

 ダメージを受ける程にその火力は上がり、更に状態異常の個数に応じて火力は上がり続ける。

 そう、彼女はOOO内でも珍しい『壁火力』と呼ばれる存在なのだ。

 だから彼女が戦場に居たならば、戦うよりも逃げる事が賢い選択と言えるだろう。

 もしそれでも戦わなければならない状況になったのなら、出来るだけダメージを与えずに吹き飛ばすか、もしくは拘束するなどして動きを封じなければならない。

 ダメージをとにかく与えてはならない。触らぬ神に祟りなし。

 いや、彼女が神であったなら、撤退した時点で見逃してくれるかも知れないがそれは無理だろう。

 我々はもう触れてしまったのだ、あの危険人物に。

 ギルマスとして覚悟しなければならないな、全く損な役回りだ。


 ギルドマスター十鉄の苦難は続く。



すみませんが、今月も忙しいので投稿間隔が空く恐れがあります。御容赦を。

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