とりあえず切り札になりそう
エースとミツルギさんの喧嘩は、エースのHPが無くなった事で自然と収まった。
最初は戯れ程度だったのに、途中から【修練所】がドロドロの何かに埋め尽くされた辺りから、二人とも旗から見てもかなり本気で戦っていた。まあ残像だらけでどうなってるか分からなかったけれど。
どうにか止めようと近付いた私に気を取られた一瞬の隙を突き、ミツルギさんの攻撃を最後に勝負が決まった。
「ぐぬぬ」
本気で悔しがるエースに、向こうで大人しくしててくれと催促するミツルギさん。
言われた通りに端っこに行き、エースにしては素直だなぁと珍しがっていたら、フラスコや試験管を取り出して何かやりだした。
私の疑問を読み取ったミツルギさんが答えてくれる。
「あれは生産の【錬金術】だな。ああやって特定の道具を使って素材を組み合わせると、回復や補助が出来るアイテムを生み出せる。何作っているかまでは分かんねえけどな」
生産、というのはエースから多少聞いている。今ミツルギさんが話したように、素材同士を組み合わせる事で別の何かを作れるんだとか。
エースの使っている【仕込み針】という武器も、この生産を使って作ったものだと言っていた。
「私もやってみたいな〜」
「ハマれば楽しいが今は止めとけ? 意外に金食い虫だからな。素材も道具も要るし、元手が無いうちはやるべきじゃねえな」
生産もエンドコンテンツ(ドヤァ)の一種で、レベルも装備も集めてやる事が無いって人が始めるものらしい。
けれどエースの場合、お金を稼ぐのに効率いいからと、先に生産をして装備を集めたとドヤ顔していた。
ミツルギさんのは一般論であって、エースみたいな人も居ないでも無いはずだが、やっぱり最初からやるのは避けるべきかな。
「邪魔が入ったがもう少しやるか」
「はい!」
「いい返事だ。どこかの害悪とはえらい違いだな」
誰の事を言っているのやら。向こう側からギリギリと歯軋りする音が響くが、まあ幻聴だろう。
「アイテムも大事だが、やはり一番整えておきたいのは装備類だな。戦局の善し悪しで着替えるのは勿論、使う武器によっても立ち回りは違ってくるからな。
そういや気になってたんだが、ユイはなんで【篭手】なんだ? 初心者に勧めるなら、普通は長剣か槍辺りだと思うが」
「それは……」
「それはユイの可愛さが際立つ最高の装備を求めた結果なのさ!」
私がエースに言われて、と答えようと口を開きかけた辺りで、遠くから声が届く。どうやら言い付けは守る気らしい。微妙に最後の方が『なのさぁ……さぁ……さぁ』とエコーが掛かっている。
ミツルギさんがジト目になった。
「……あいつの趣味かよ。まあ近接武器は使い易いものが多いし、ダメージも大きいから的外れでは無いんだが……」
言い淀む姿を見て、やっぱり初心者用の武器じゃないんだと察する。加えて「しかも初心者に持たせるレベルか? それ」ともボヤいている。値段は知らないが、そもそも素材に黒竜が入ってる時点で色々予想はつく。
「まあそれは置いとこう。深く突っ込むのは面倒い。
理由は分かったがそれはユイのユニークの条件か何かなのか?」
言っている意味が分からないので首を傾げる。
「……分かんねえって事はおそらく関係ないんだろうな。つまり完全に趣味じゃねえか……いや待てよ……」
腕を組み独り言を呟く。これはこうで、いやだけど、などと考察しているみたいだけど、ぶっちゃけ聞いちゃった方が早くない? とは思う。
スキルを互いに教えないという暗黙のルールがあるのは知ってるけど、ギルドメンバーなら大丈夫なんじゃないかな?
「ともかく物は試しだな、ほれ」
「わっとと」
ミツルギさんがいきなり弓が固定された板のようなものを渡してきた。
「これは?」
「知らないか? 【クロスボウ】って種類の武器だな。初心者用のだから耐久値がクッソ低いが」
渡された瞬間、私の前に【譲渡】の表示が出ていた。
よく読んで見れば武器名も【クロスボウ】で効果は特に付いていない。
くれるつもりで送ってきただろうから、私は『はい』を押して素直に受け取る。
実は【譲渡】以外にも【貸与】というシステムも存在する。
こちらは読んで字のごとく、所有者が設定した期間、他者に貸し出す事が出来る。ただし消耗品などの無くなるアイテムは不可。
【貸与】中の物は売買不可になり、期間が過ぎれば所有者へと自動的に戻っていく。
【譲渡】だけでは詐欺が横行した為に作られたシステムだが、エースも伯爵さんもミツルギさんも、割とポンポンくれるものだから知識だけになっている。勿論、エースのあのメモの受け売りである。
効果は全く無いんだけど、名前の横に『+28』って付いているのが気になる。
「ああ、その数字は気にするな。……つっても説明も無しじゃあれか。鍛冶屋で強化すると武器の横に『+数字』がつく。簡単に言えば攻撃力、ものによっては射程なんかが上がる。これも金食い虫だがな」
すると武器を取り出し、私の腕を掴んで触れさせる。外野からブーイングも飛んでくるけど。
【正邪の大剣】+99 ATK158 DEF4
天邪鬼が所有していた魔剣。切れ味が良すぎて鞘に入れても貫通してしまう。
常時【狂乱】。【STR】+100、【AGI】・【DEX】・【LUC】-100。【毒】、【麻痺】無効。【眠り】-耐性大。
攻撃時、確率で『ヴァァァ』という声が聞こえる。特に意味は無い。
触れたところでスクリーンが出現し、武器の性能を見る事が出来た。
「フレンド、もしくはギルドメンバーなら性能を見せる事が出来る。設定で見せなくも出来るから覚えとくといい」
補足を聞きつつ効果欄を読む。
私の武器も効果欄だけは読んでいたけど、ATKとかはよく分かんなかったのでスルーしていた。
けれど自分のを確認するが……
【黒炎の篭手】 ATK104 DEF8
としか書いてない。DEFが高いけど、ATKは低い。これについてミツルギさんに訪ねると、
「いやいや、武器でDEF高いってなかなか無いからな? ATK値も無強化でそれなら一級品だな。相当腕のいい鍛冶師に創ってもらったんだな」
と驚いていた。
なんでも、【生産】にもレベルがあるそうで、高いといい物が作れるそうだ。
さっき食べたケーキも、作る人によって効果時間と効力の強弱が生まれてしまうらしい。
「まあ俺も少し齧っちゃいるが専門外でな。本気でやりたいってんなら向こうで歯噛みしている奴にでも聞いてくれ」
指を差した方向には、蛇の威嚇みたいな音で試験管を噛んでいる親友の姿が。まあいつもだからいいかな、ふいっと視線を戻すと向こうからシクシクという声が聞こえた気がする。気がするだけ。
私はスクリーンを操作すると【修練所】の地面から、植物が生えるみたいに的がニョキッと出現する。色々出来て便利。
「んじゃまずは普通に撃ってみてくれ」
私は的から五メートルも離れていない位置に立つ。
別に命中精度を高める訓練とかする訳じゃないので、こんな至近距離からになった。
扱った事の無い武器なので使い方が分からなかったが、隣にいるミツルギさんが説明してくれる。
それを聞いて、いざ!
パシン、プスッ。
非常に軽く、しかも弱い威力で的に命中する。
なんだろう、すごく物足りない。
なんかこう……もっとグシャッと言ってほしい。
こんなものかと思って隣を見ると、ニヤつかせた顔のミツルギさん。
「グシャッて……流石エースのリア友だな。やっぱり対人の素質あると思うぞ」
どうやら先程の考えが口に出ていたようだ。
くつくつと笑う姿にむくれていると、頭を軽く下げて「すまんすまん」と謝った。
「とはいえ、遠隔武器ってのは総じて威力が低い。例外はあるが、それはどんな武器でも存在するもんだからな」
一瞬エースの方を見たような気がする。気のせい?
「じゃあ次だ。ユニークを使って撃ってみてくれ」
「あの」
「なんだ? やっぱり無理なのか?」
「いえ……ユニークの事、聞いたりはしないんですか?」
キョトンとした顔を見せるがそれも束の間、次の瞬間には堪えきれずに笑い出し、私の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「なんだ、そんな事心配してたのか? いいよ。まだエースもそれに伯爵もかな、警戒が解けてないうちにそれを明かすのは止めた方がいいだろう」
「でも」
「俺のフレンドに【情報屋】が居ると分かってる以上、下手に信用すると不味い。本当に信用も信頼も出来るようになってくれた時に話してくれりゃ十分さ」
私としてはそんな事微塵も思っていなかったが、どうやら気遣っていてくれてたらしい。
伯爵さんもと言っていたけど、どちらかと言えば普通に馴染んでいるように見えるけどなぁ。水面下で駆け引きとかあるんだろうか。
「ああそうだ。ついでに俺のユニークも見せてやろう」
隣でスクリーンを操作してスキルの欄へ。
そう言えばこの操作をしている時に、他者が覗き見ても透明で見えない。見せるにはいちいち設定をして見せる相手を選んでおかなきゃいけない。
私は常にエースだけを設定してあるが、そのうち皆の名前も入れとかなきゃ。
覚えておけるか不安なのでメモっていると、急に顔を引き寄せられ、スクリーンの文字が目に映る。
【強弱反転】
世界のパワーバランスは全て反転してしまった。
昔見た景色は色褪せ、代わりに見えなかったものが浮かび上がった。
世界は不思議に溢れていた事に、ようやく気付く事が出来たんだ。
ユニークスキルの説明文って、効果の内容分からせる気あるのかな? 運営さんに是非言いたい。
「読んでも分かんねえと思うから説明するが、俺のユニークはバフとデバフが全て逆に働く。
さっき見せた大剣だと、普通ならSTRを伸ばす代償にDEX、AGI、LUCを大幅に減少させてしまうが、そのプラスマイナスが逆転する訳だな」
考えてみたら物凄い効果だと思う。
それってイベントの時みたいなものにも効果があるんだよね?
ケーキもそう言えば-効果がついていたけど、レベルが低い人がそれを作ったら……。
ただし仲間からの援助とかが受けられない辺り、なるほど、ソロプレイヤーだって言っていた理由はこれかな、なんて思ったり。
エースは私とやりたいからって話だったけど、実際はどうなんだろ。ちょっと聞いてみたくなった。
「とまあ、ユニークの話はここまでだな。細かい話はまた今度だ」
途中で切り上げたミツルギさんは、早く撃ってみてくれと急かしている。
エースの目的も新しいスキルの発見、とか言っていたし、こういう実験みたいなの好きなのかな?
とりあえず的に向かって引き金を引く。
【クロスボウ】の欠点は次の攻撃までに時間が掛かる事だが、これでも早い方らしい。
そうして発射可能になったそれを、的へ目掛けて放った。
ユニークスキル有りで、【篭手】以外でどうなるかは私にも分からない。
そして、弓矢が的に当たると──
「これほどとはな」
そこには何も無かった。
爆発でもさせない限り、的が根こそぎ消滅する事は無いと言われたそれが、跡形も無く。
呆然としていた私を両肩を、ミツルギさんはガシッと掴む。
「これはいい切り札になりそうだ」
その顔はどこかで見たような悪い顔をしていた。




