とりあえずケーキと心強い二人
「ですが、今日のところはお姉様との賭け通り、大人しく帰る事に致しますわ。……そう、私のマイホームはたった今からここになったので!」
エースが「ここはユイとの愛の巣、ここはユイとの愛の巣……」とブツブツ言っているが、どっちもどっちな気がしてくる。
「まあ性格はともかく、【ギルド対抗戦】までに少しでも戦力を増やすという意味では、むしろ良いタイミングだったと思う事にしましょう」
伯爵さんが言い聞かせるように皆を鼓舞する。そんなに嫌だったなら拒否してくれればいいのに、とは思うけど私の意見を尊重してくれたのかな?
それに【ギルド対抗戦】の事も、エースがどこまで本気なのかは分からないけれど、ギルドの人数は最大100人まで在籍出来るみたいで、そんな人数を相手に戦えるとは思えない。
なのでギルドメンバーを増やすのは必ずしも悪い事じゃない。入れる人をちゃんと見ないといけないのは、ここ最近でよーく理解した。
「やっぱり参加するんだな。俺は初参加だからな、今から楽しみでならないな」
「やるのはいいが【ギルド対抗戦】はあくまでも団体戦じゃぞ? 個人での行動は出来る限り控えるんじゃぞ」
「出来る限りな」
纏まって行動する気がないようだけど、本当に大丈夫なのかなと今から心配になるのだった。
「これ美味しいですね! 周りがモチモチなのに、中にパリパリのチョコが入ってる感じで」
「だろ? 電気に味付けて食ってるみたいで美味いよな」
「え?」
カップケーキを頬張る私の感想に、謎の表現を被せてくるミツルギさん。それはまるで、本当に食べた事があるみたいな言い方である。……無いよね? ね?
とりあえずの問題も終わったという事で、そう言えばとミツルギさんからお土産を手渡された。
一体何かと箱を開けてみたら、様々なケーキセットが入っていた。小さい箱から次々と取り出されるが、明らかに容量と箱のサイズが合ってない気が……。
ミツルギさんはフレンドのところで食べてきたようで、美味しかったのでお土産に、との事だ。初めてミツルギさんがイケメンに見えた。
「確かにこのお店のケーキは美味しいな……。これをリアルでも再現出来たら……」
そういや、エースも部活で料理を作っては、よく食べさせに来てくれるけれど、今思えばデザートがめちゃくちゃ多かった。
中でもケーキ類がダントツだった訳だけど、まさかその理由って……。
「でもエースの作ってくれる料理なら、私は毎日食べても飽きないなー」
「ぐはっ……毎日……だと」
「きゃーお姉様ー! お嬢様ー! 熱々過ぎて私の萌えメーターが有頂天ですわ〜!」
エースがいつものを発動させると、同調するように化学反応していく。
伯爵さんもミツルギさんも、実年齢は知らないけど割と落ち着いていて、エースも暴走はするけど、そこまでうるさいタイプじゃない中で、ロゼさんの騒がしさはある意味新鮮だ。
案外、ちゃんと付き合ってみると楽しいのかも知れない。過程が大変そうだけど。
それにしても美味しいなぁ、このケーキ。値段を聞いたら一個七〜九万pal程度だそうだ。程度って……高いよ……。それに……
【ハイブーストケーキ】
何だかテンションがハイになれる気がするケーキ。STRとLUCがそれぞれ+50、VITが-20
【メガラッキークッキーケーキ】
キーキーうるさい鍵型ケーキ。LUC+50。INTがDEXの半分上がる。
【リベレイトティラミス】
解放竜の血をふんだんに使用した赤黒のティラミス。一時的に被ダメージ-20%
ケーキを持った時に説明文が表示されるんだけど、内容が凄い性能なんだけど……。これって普通に食べるものなの?
持ってきた本人であるミツルギさんに訊ねる。
「まあここまで値が張るのを普段食いする奴は少ないな。それでもバフアイテムとして使うかは個人の自由だろ?」
笑いながらバクバクと食べ進めるミツルギさん。
机の上には既に二十個以上のケーキが並んでいて、更にまだ箱から取り出している。
一個七万以上が二十個以上……エースもそうだけど、皆の金銭感覚ってどうなっているんだろう。これが普通……な訳無いよね、高級ケーキだって言ってたし。
私がまだ始めたばかりなので、全然知らない事だらけだけど、エースと伯爵さんが確かトップランカーだとは聞いている。
ミツルギさんとロゼさんも有名人だって言うし……あれ? もしかして私、凄い人達の輪の中に居る?
全力で『普通』とは何か、を考える私だった。
「あー食った食った」
「お土産って言ってた割には一番食べていたよね」
ケーキも食べ終わり、食後のティータイムを楽しむ私達。
この紅茶にも効果があるが、私は何かもう色々と常識が狂いそうなので、しばらく考えるのを止める事にした。
「さてと、まあなんだかんだ言ってメンバーも増えた事だし、次のイベントの話でもしよっか」
エースがお腹を擦りながら黒板を取り出す。
この黒板やらさっきの煙とかは、イベントで限定で取れたりするアイテムのようで、昔から居るプレイヤーほど変な物を持っているんだそうだ。
その証明として、ギルドの酒場には配置するとギルドメンバーの経験値+1%、という盆栽が飾られている。
酒場に盆栽……非常にミスマッチ過ぎる。しかも私の顔よりも大きい。よくお祭りで売ってるわたあめぐらいの大きさはある。
置く場所はギルド内ならどこでもいいらしいので、あとでもう少し見栄えのいい所に置き直すとして、アイテムの幅広さに感動すら覚える。
黒板には次回のイベント、【ギルド対抗戦】の主な流れと告知されている内容が書かれている。
エースに教えてもらった事だけど、イベントは必ず事前に「こういうイベントやりますよ〜」と内容を、公式のブログやツイヤッチマッターなどに投稿、告知されるようになっている。
稀にサプライズで事前の内容とは違ったりする時もあるみたいだけど。
あらかた書き終わると、エースは確認の意味も込めて内容を読んでくれる。
「【ギルド対抗戦】の内容だけど、今回はタワーディフェンスになるって話だね」
「タワーディフェンス?」
「そそ! で、どんな事するかって言うと」
「互いにタワーという建造物を保有して、それを先に壊すというものですわ」
「……。まあ先に壊すって言っても」
「相手に壊されないように守りながら、どのタイミングで攻めるのか、プレイヤーを先に倒すのかなどの駆け引きが重要になってくる、結構難しいイベントだな」
「ぶー」
言いたい事を言わせてもらえず、セリフを取られまくって拗ねるエース。可愛い。
しょうがないので頭を撫でていると「私も踏んで下さいまし」と聞こえた気がするが、幻聴に違いない。最近疲れる事ばかりだもんなぁ。
今回の【ギルド対抗戦】はタワーディフェンスというタイプだが、他にもフラッグ、バトルロイヤル、陣取りなど、数多くの種類があるみたい。
細かい説明や諸注意は実戦で鍛えてやるとミツルギさんは言っているが、出来れば先に教えてもらった方が……と思うのは初心者思考なのかなぁ。
「よくよく考えたら三人で【ギルド対抗戦】に出ようとしていた訳だけど、それってどこまで行けるものだったの?」
不意に思い出したが、当初は私とエース、伯爵さんの三人で出ようと言ってたけど、話を聞いた限りではまともにやれる気がしない。私の考えを察したようにミツルギさんも、
「そもそもそんな少人数で参加するようなイベントじゃないからな」
と呆れながら突っ込み、ロゼさんも、
「大勢の方々に痛め付けられるのは大変悦ばしい事ですが、お嬢様に魔の手が降りかかると思うと……ああっ、妄想が捗りますわっ!」
悶えながら床にのたうち回る。
つまりは普通はやらないか、やっても自殺行為なんだね。
それで出ようとしていたんだから、なかなか我が親友ながら、やる事がぶっ飛んでるなと思った。
「けど、ミツルギさんもロゼさんも加わった事だし、少しはマシになるんだよね?」
首を傾げて二人を見ると、頬を紅潮させたロゼさんと腕を組んで椅子の背にもたれ、口角を上げるミツルギさん。
「当たり前ですわ! お嬢様の為ならこのロゼリー、命を投げ出す所存! この愛が贋作で無い事を、我が身を捧げて証明してみせます!」
「ギルドで参加するイベントはぶっちゃけ初めてだが、誰が来ようと最初から負けると思って戦いはしない。それに【ギルド対抗戦】ともなれば強い奴等がわんさか居るだろうからな……武器の手入れにスキル調整が捗るな」
どちらもやる気は十分のようだ。若干やる気の『やる』の漢字が違う気がしないでもないが、三人だけの時よりも遥かに心強い。
いや別に、エースや伯爵さんが頼りないって意味じゃなくて、単純に百対三の構図になっていたと思うとね……。一人で三十三人相手かぁ……。
今の状態でも一人辺り二十人だけど、幾らギルドに最大人数居たとしても、当日イベントに参加出来ない人も当然居る。私達は全員出られるけどね。
だから実際にはそんな人数が出てくる事は無いみたいだけど、それでも百人居れば六割ぐらいは参加するらしいので、どちらにしろ気が抜けない。
ただし今回はあくまで『タワーの破壊』がメインであり、プレイヤーを倒す必要はあんまり無い。死んでも復活出来るらしいし。
勿論、妨害をさせないようにする為にはある程度減らすらしいんだけど。この辺りは始まってから説明してくれるって言うけど、そんな余裕あるんだろうか?
けど今回のイベントは、初めての団体戦であり、エースと共闘出来る機会でもある。
前回は不安でしか無かったが、今回のイベントはちょっぴり楽しみで待ち遠しい。
本当の意味で隣に立つのはまだ先になるだろうけれど、同じ舞台に立てると思うと、頬が緩んでニヤニヤが止まらなくなる私だった。




