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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第六章 ギルド対抗戦
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とりあえず新たな加入者 Ⅱ

 頭の後ろに力が(こも)る。ぐいっと引き寄せられるが、混乱する頭では正常な判断が出来そうに無い。

 あとほんの僅かで二人の唇が重なり合うところ。抵抗する余裕が無い私。

 けれどそれは、視界の端から何かが急速に飛来した事で解決した。


「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 凄まじい速度でロゼさんの肩に当たる細長い何か。

 その何かの威力は想像を絶するほどで、そのまま貫通したと思えば私の目の前から一瞬で姿を消し、遠く離れた場所から振動が襲う。

 吃驚してその方向を見れば、壁に穴が大きく空いている。細長い何かをよく見れば、エースのよく武器にしている針だった事が判明する。

【修練所】もそうだけどギルド内の構造物は、基本的に壊れても勝手に修復されていく。

 今はロゼさんが針ごと縫い付けられている状態だけど、ちゃんと引き抜けば元通りなので、ひとまず置いておく。


 投げたエースの方へ肩越しに見ると、鬼の形相で背後から何か召喚しそうな、得体の知れない畏怖がある。

 王子様モードを易々と通り越してのマジギレだ。超怖い。


「な、なな、何してくれちゃってるのさ! 私だってほっぺたまでしかやってないのにー!!」


 怒るところそこなの? とは思わなくもないが、まあエースとなら……いやいや。

 手にはまだ投げてない針が数本ある事からも、怒りのボルテージがMAXなのは容易に想像がつく。

 こうなると一回発散させなきゃ止まらないわけだけど、さてどうしたものか。


 伯爵さん……は、ダメっぽいな。未だにチョウチョさんと鬼ごっこに勤しんでいらっしゃる。

 前はもっと堅い人なのかなと思ってた時期もあったけれど、今は流石エースのフレンドと頷ける。


 ここはミツルギさんにどうにかしてもらおうと、視線で念じてみるが、辟易した様子のまま逡巡したあと、サムズアップしていい笑顔を見せる。どうやらこちらで何とかしろ、と言いたいらしい。


 視線を外したのはほんの数秒だったはずなのに、もうロゼさんの元へと迫っているエース。

 このままだと人間ハリネズミになってしまう未来が見える。

 多分、おそらく、きっと、何となく、放っておいても問題無いとは思うけど。


 私はエースを大声で呼び止めた。


「エーーーースゥゥーーーー!!」

「ユイ、今のはちょっと私的に許せない事だから、少しだけ遊んでくれてたら……」


 私の声に前を向いたまま返事をするエース。けれどおかげで少しの間、歩みを止める事に成功した。

 つい先程取ったばかりのスキル【エアジャンプ】と【ダッシュ】を駆使し、エースの背中へと急迫、そのまま抱きつく。

 いつもならばこれで機嫌を直し、「アッシの嫁は愛いやつじゃ」とか語り出すところなのだが、今回は本当にお怒りらしい。


 なので私の最終兵器を出さざるを得ないらしい。

 エースの耳元に口を近付け、他者に聴こえないレベルの小声で囁く。


「エース」

「ユイ、抱きつくのは嬉しいけど今はあとに」

「私の一番は一華だから。これから何年経っても誰と出会っても、私の一番は変わらないよ」

「…………」

「……エース?」

「ブワッ」


 泣いた。怒った顔が徐々に元通りに……、いや、満面の笑みへと変化していく。

 しかし、それを囁いた本人、つまりは私なのだが、顔を覆ってその場に座り込んでいる。

 このセリフは昔実際に一華に告げた言葉で、彼女のお気に入りなのである。

 これを言えば大体は機嫌を直してくれるのだが、これには大きな問題がある。

 それは、エースの心にクリティカルヒットするが、私の精神力にもクリティカルヒットするところだ。

 つまりは超恥ずかしい。子供は時に残酷で無垢なのだ。

 自分が言った言葉の意味をあまり理解してない分、天然のタラシが出来上がる訳だけど、成長して振り返るとそれはもう黒歴史の一部と化しており、もう絶対開けないぞ! とブラックボックスに投げ入れておいたものだ。

 けれど親友的にはむしろ、その恥ずかしがってる姿こそが至高! とか宣言しちゃう人なので、私がこれを言う事を先読みして稀に嘘のお怒り状態を発動して、どうにか言わせようとしてくるぐらい気に入ってらっしゃる。

 流石に今回はマジギレだと分かるぐらいピリピリしてたので、私も躊躇してられなかったが、やっぱり言った後に素に戻ると……ああああ!


 ぶんぶんと頭を振る私を、「ふふっ、ええんやで、泣きついても、ええんやで」と晴れやかな笑顔で腕を広げているエースが目に入る。

 ホクホク顔が非常にイラッとくるので、いい加減にしなさいの意味を込めて【ツッコミ】を放ったが、軽々と避けられた。くそぅ。


「ふふふ、このアッシに攻撃を当てようなんざ百億光年早いぜ!」

「光年って距離じゃ……」

「そういうネタがあるんだよ! ったくー」


 調子がいつも通りになったみたいで、落ち着きを取り戻したようだ。


 ふぅ、と溜息をつくと「ロゼ、起きてるんでしょ」とエースが言えば「はい、勿論ですわお姉様」と速攻で返ってくる返事。

 見ればブリッジの頭だけで支えるバージョンでこちらを凝視していた。怖い。


「ユイは私の可愛い可愛いお嫁さんなの」


 いや、別にそれは面倒くさいだけで突っ込むのをやめたが、公言した事は一度も無いからね?


「ロゼが入る余地なんて無いから!」

「ええ、それはもう。お姉様とご主人様の深い愛、私感涙致しましたわ」


 目元が本当に潤んでいる。が、そこはどうでもよく、何故あっちもあっちでそんな認識なのか。


「エース、実はロゼさんと仲良いよね」

良くないよ!(流石はご主人様!) どうして(貴方とはいい)そうなったのさ!(主従関係になれそう!)


 二人の声が絶妙にハモる。表情は対極的だけど。


「どちらかと言えば伯爵とかミツルギ(あいつ)寄りだよ! この子は!」

「そんな奴と一緒にするんじゃないわ!」

「そんな変態と同類にすんじゃねえ!」


 多分、伯爵さんと同じようなステータスって意味なんだろうけど、ミツルギさんと似てるところあったかな?

 まあそこはいいや。それよりもさっきから気になるところがある。


「ねえ、ご主人様っていうのは……」

「勿論、貴方様が私の所有者だからですわ!」


 なんだろう、この会話が噛み合ってない感じ。

 あんなエースでも一応会話は成立するのに。


「えっと、どうして私がご主人様か聞いてもいい?」

「それがご命令とあらば喜んで! 私は今まで幾度となくダメージをこの身に受けて参りましたわ。けれど、私を満足させるような刺激的な攻撃をして下さったのはお姉様だけでした」


 エースが半目で口をパクパク、まるで金魚の餌やり状態。死んだ魚の目とはこういうのを言うのだろうか。


「ですが! 今まさに運命の人が現れましたわ! 私を連撃とはいえ、一つのスキルで倒しきるなんて……。貴方様こそが私を縛る首輪を持つに相応しいお方、そうご主人様なのですわ!」


 よく分からない感じで力説されてるが、要は今まで倒されるような出会いが無かったけど、私の一撃に惚れたからご主人様と呼ばせてほしい、みたいなニュアンスだろう。

 なるほど、ミツルギさんみたいなとはこういう意味か。

 でもご主人様か……­非常に呼ばれたくない。

 もし知り合い、例えばモジュレさんやたくやさん達の前で「ご主人様!」­とか呼ばれたら……。ダメだ、何か違う呼び方にさせねば。


「あの、流石にご主人様はちょっと……。それに【デュエル】も終わった事だし、そろそろ帰ってくれたら嬉しいんだけど……」

「いいえ決めましたわ! 私、ご主人様のお役に立ちたいんですの! ペットからで構いません、お願い致しますわ!」


 何その、『友達からで』みたいなパワーワードは。

 でも、ここまで話してみて分かったけれど、特に悪い人とかでは無いみたいだし、ギルドもまだまだ空きがあるから入れても問題無いかな? とは思う。絶対うるさいだろうけど。


「ロゼさん」

「呼び捨てで構いませんわ。いえ、むしろ虫ケラと呼んで下さっても──」

「ロゼさん、ちょっとそこでステイ」

「はいですわ!」


 犬がお座りするような体勢で待つロゼさん。その間に皆を集めて会議する。


「あの、皆に相談があるんですけど」

「どっかに追いやる方法だよね、アッシにいい案がある」

「【部位欠損】があるスキルで四肢を落として、下水道にでも流せばいいだろ」

「しばらく動けないように、拘束スキルも使うのも吝かではない」


 何の相談か言ってないのに、皆の連帯感が極まっている。

 どれだけ嫌なんだ、とも思ったけれど、逆にこれだけ煙たがられてると少し寂しい気もするのは何故だろう。

 そんな思いを打ち明かす。


「なんていうか、ここまで皆が嫌うのには理由があるんだろうけど、悪い人には見えないし……ギルドに入れちゃダメかな?」


 首を傾げて訊ねてみると、皆が「え? 本気か?」みたいな顔をしている。


「おいおい、悪い事は言わねえ。入れるのはどうかと思うぞ。いや別に嫌ってるって訳じゃないんだが、なんて言えばいいか……なあ?」

「ここで吾輩に振るのか。ハァ……まあ、あれじゃな。吾輩等が知ってる事から解る通り、あれで結構な有名人でな。割と古くからやっとるプレイヤーでもある。

 そんな長くやっとる奴がギルドに入っとらんのは、エースの事以前にウマが合わなかったり馴染めんかったりするのがあるもんじゃ。

 ほれ、本人はあんな感じだし、なかなかのう」

「じゃあ、尚更!」

「うーん……ギルマスなんだから、最終決定権はユイにあるんだろうけど……本当に大丈夫? ちゃんと面倒見なきゃダメよ?」


 完全にペットか何か扱いだが、一応皆も納得……したのかな? ちょっと怪しい。

 でも青薔薇さんの時のように、そこまで本気で止めに入ってない事からも、ロゼさんは性格に問題があるというだけのようだ。


 私はエースの言葉に大丈夫と返し、ロゼさんの元へ向かう。


「ロゼさん」

「はい、ご主人様」

「いや、ご主人様は本当にやめてくれる?」

「では何とお呼びすれば」

「普通にユイでいいから」

「ですが、この崇高で神秘的な存在感を放つ、至高にして究極の御身前に、私の拙い語彙力で貴方様の素晴らしさを表現出来ないとなると、忸怩たる思いで胸が張り裂けそうですわ!」



 なかなか会話が前に進まない為、最終的に色々意見が出た中で『お嬢様』というところで落ち着いた。

 これならエースと共に呼ばれても、姉妹程度にしか思われないかな?


「それでね、ロゼさん。【デュエル】で負けちゃった訳だけど、私はギルドに入れてもいいかな、と思うの。どうかな?」


 そういうと涙を流し、私の両手を包むように握るロゼさん。


「私を入れて下さるのですか? 本当に?」

「うん。まあ良ければだけど」


 すると握った手に力が入り、目がギラギラ、満面の笑みを零しながら、


「お嬢様の為ならば、私、世界の半分を捧げますわ!」


 そんなよく分からない事を言いながら、ギルドに更にもう一人、新たなメンバーが加わったのだった。

 他のメンバーはその一連の流れでウンザリしていたけれど。



ストックが……

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