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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第六章 ギルド対抗戦
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とりあえずお姉様と恍惚の少女

「御機嫌よう」


 誰か来ないかなと待っていた私の背後から、女性の声が聞こえる。

 エースでも知り合いでも無い声に少し警戒しながら振り向くと、そこには黒と深い赤が特徴のヒラヒラドレスを着た、まるでお人形さんのような少女がモジモジしながら立っていた。

 挨拶されたので返したいけど、この場合ってどう返すのが正しいんだろう? と少し悩んだが、分からないのでオウム返しする。


「ご、ごきげんよう……?」

「すみません、いきなり……んっ、お邪魔して」


 なんだか頬を赤らめて身悶え? している。

 トイレかな? と一瞬思ったけど、ゲームの中なんだしそういうのは……あるのかな、わかんないや。


「こちらに、その……エース……さん、は、いらっしゃいますでしょうか?」


 身をくねらせながらそう訊ねる少女。

 エースの知り合いなのかなと思って、普通に返事する。


「はい、このギルドに所属してますけど」

「んっはぁぁぁ」


 吐息を漏らしながら額に手の甲を当て、仰け反りながらビクビクしている。……皆が口々に言う『赤鯖は変人だらけ』が今まさに目の前に居る。

 最初の印象と大分違う人だなと思ってみていると、急に体勢を戻したと思えば、物凄い勢いで顔を近付けてきた。

 私は思わず後ずさりしようとしたが、椅子が思いのほか下がらず、少女の顔がほんの数センチまで迫る。


 そして一言、


「あのっ、(わたくし)もこのギルドに参加したいのですけれど!」





「はぁあ? あんたケーキなんかでウチのユイが餌付けされると思ってんの?」

「思う訳ねえだろ。ただ土産も何も無いのは寂しいだろうと思って買ってきただけだろうが。そもそもてめえらの分もあるわ!」

「くっ……【MIKA's Kitchen】の最高級ケーキで釣ろうなんて、そうは問屋が卸さないぜ」

「エースよ……ヨダレ」

「はっ!」


 エースがようやく部員から解放されログインした。

 そのままギルドに直行しようとした時、エースアイが人混みの中の巨猫を捉えた!

 どうせなら一緒に向かおうと近づくと、隣にいるのは戦闘狂。しかも手にした小さな箱は、有名店の最高級ケーキ。

 私もあの味を再現したくて、たまに料理部で作ってはユイに味見してもらっている。

 自分ではまだまだな気がするが、部長曰く『鳶宮……お前、本気でパティシエ目指したらどうだ』なんて言われたが、私のお客様はユイただ一人なのだ。

 料理人は誰かに『美味しい』と言われたい仕事だと思っているが、私はユイ以外に言われても「あ、良かったですぅ」としかコメントしない自信がある!

 なので華麗に部長の意見はスルーした。

 その後顧問が背中をさすっていた気がしないでもないが、私は見ていない。

 あれだけ顔も良くて料理も出来る人なのに。彼女にでも慰めてもらえばいいと思ったが、そもそもそういう浮ついた話聞かないな。まさか……ウホッ。


 頭の中でどうでもいい回想をマッハで横切らせると、案の定戦闘狂が「土産にな」とか言いやがった。

 それがこの口喧嘩である。

 口喧嘩(乱闘有)だが、その都度伯爵が止めてくる。流石壁。


 喧嘩を続けていたらいつの間にかギルド前にまで到着していたようだ。

 そういや途中で勢い余って、伯爵を突き飛ばしてしまったが、戻ってきた時、やけに水が滴っていたな。

 もしかして滝修行しちゃった? メンゴメンゴ〜☆

 そんな感じでウインクしたら無言でジト目された。

 いいじゃん。水も滴るいいにゃんこだぜ?


 戦闘狂を先には行かせまいと、急いでギルドの扉を開く。


「やっほー! エース様、華麗に推参だぜ〜!」


 決めポーズと共に【光エフェクト3】、【煙エフェクト1】というアイテムで、戦隊モノみたいに後ろから光と色とりどりの煙が発生する。

 ふっ、決まったな……と思ってドヤ顔で視線を送ると、物凄い困惑した表情のユイ。

 でもおかしいな。普段はこういうのに対しては、困惑というより呆れた表情をするはずなんだけど。

 とか思ってよく見てみると、ギルドでは見慣れない後ろ姿が目に入る。

 しかし、この後ろ姿を私は知っている。どこでここを……いや、募集のあれか。

 そこまで理解が及んだところで、少女が振り返り、そして──





「お姉様ぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」


 エースがちょうどログインしてきたらしい。

 扉の向こうからミツルギさんの声と、伯爵さんのシルエットも映っている。皆仲いいなぁ。

 そしてナイスタイミングなところにエースが入ってくると、少女はそれを見るや否や、全力で抱きつきに行こうとする少女。

 しかも空中で横回転しながら。なんだろうこの子。


 エースは予期していたのか、ひょいっと軽々その場で前転すると、ちょうど少女の真上に陣取る。

 そのまま自由落下に任せて少女を踏み付けると、「あふぅ」という声と共に、少女が四つん這いに近い状態で地面に叩き付けられた。


「あぁっ、き、気持ち、いい」

「もー、なんでここに居るかなぁ」


 恍惚の表情で笑いを浮かべる少女。背中にエースが立っている状態なのに。なにこの子。

 見た目は中学生くらいだが色気が半端ない。こんな状態でこんな状況じゃなければ、雰囲気が大人っぽいな、とか思っていたかもしれない。


 遅れて入ってきた伯爵さんとミツルギさんが、この光景を見て一瞬固まる。

 そして理解が追い付いたのか、ミツルギさんが物凄くげんなりし、伯爵さんも遠い目をした。知ってる人なのかな。

 というか、お姉様?





「気持ちが昂り、暴走してしまいました。申し訳ございません」


 少女の背中から退いたエース。このままでは話を聞けそうに無いと思ったのだろう。

 少女の方は、「ああっ! せめてお尻を蹴り飛ばしてからでもっ」と意味不明な供述をしていたが、それには全員がスルーを決め込んだ。

 それから数分後、ようやくまとも? に戻った少女に、改めて事情を聞いているという訳である。事情も何も……。


「ロゼ、まあ大体目的は分かってるけど、何しに来たの?」

「勿論! お姉様のギルドに加入する為ですわ!」


 溜息を吐くエース。伯爵さんが戦慄しているのを見る限り、なんか危ない人なのかな。危ない人だけど。

 皆の反応を見る限り、知り合いであるのは間違いない。……めちゃくちゃ鬱陶しそうだけど。

 伯爵さんとミツルギさんは、それぞれ反応が少し違う。

 伯爵さんはもうどうにでもなれ、みたいな諦めと悲壮感が漂っていて、頭を抱えている。

 ミツルギさんはなんて奴と知り合いなんだ! みたいな目でエースを睨んでいる。

 二人共……いや、エースを含めて三人共あまり歓迎していないみたい。


「いや、分かってはいるんだよ……。私が前に言ったやつだよね」

「ええ! お姉様のお言葉、忘れるはずがありませんもの」


 何の事かと首を傾げていると、ロゼさんが昨日の事のように語り出す。

 ちなみに正式な名前はロゼリー=ノエル=ピュアブラッドと表示されている。長い。


「あれは、そう。戦場で出会った私とお姉様。熱い戦いの中、MPも尽き、負けそうになった時、私の中から何かが溢れ──」

「それはロゼのユニークが取れた時の話でしょ」

「流石はお姉様♡ 私との思い出を細かく覚えて下さるなんて、まさに運命共同体!」


 マト〇ックスのように背中を思い切り仰け反らせると、そのまま頭から床に打ち付ける。

 痛そうだな、と思ったのはほんの一瞬で、何故だかそのまま足をピンッと伸ばし、床に頭を突き刺しているのかと疑いたくなるような体勢のまま、ビクンッ、ビクンッと跳ねている。

 私の今まで出会ってきた中でも、この子以上が居ないと思えるほどの何かなのは間違いない。悪い意味でも間違いない。


 エースが溜息を吐きながら言う。


「昔ね、この子に言ったんだよ……『もし私がギルドを立ち上げる時が来たら、じゃあその時はロゼも誘ってあげる』って」

「流石ですわお姉様! 神の啓示は、今ここに示されたッ!」


 謎のスポットライトがロゼちゃんに当たる。

 さっきエースが入ってきた時も、煙と光の演出があったけれど、そういうスキルかアイテムでもあるのかなぁ? あとで聞いてみよっ。

 私が別の事を気にしている間にも、「ゴッネス! ゴッネス! ラヴ&エース!」と歌っているが、言葉そのものに特に意味は無いので無視していいらしい。むしろ関わると面倒くさいという。

 自由奔放が似合うエースがそんな警告するなんて……。世界は広いなぁ。


「何でそんな約束したんじゃ……」

「仕方ないじゃん。当時はどうせギルドなんて作らないだろうなーって思ってたし。あまりにもしつこかったから、つい勢いで」

「まともな人間が居ないのかよ、ここ」


 伯爵さんが呆れてる。言外に『まさかギルドに入れる気じゃ』という心の声が聞こえてきそうな顔色だ。

 ミツルギさんの辛辣に聞こえる言葉も、今は少し頷けてしまうのは何故なんだろう。


「ロゼ、悪いんだけど今はちょっとドタバタがあったせいで、まだ色々と整理がついていないっていうか」

「大丈夫ですわ! それなら私がお姉様の手となり足となって、馬車馬の如く尽力致しますわ! 鞭打ちもやぶさかではありませんわよ!」


 ミツルギさんが遠い目をしだした。隣の伯爵さんと一緒になって、壁のシミを数え始めた。

 エースもどうするべきか悩んでいたけれど、それをどう勘違いしたのか、ロゼさんが両手をぽふっと合わせて解決策を示す。


「なるほど、もしかしてギルマスからの許可が得られないから勝手は出来ない、そういう事ですのね!?」


 ぐいっとエースに顔を近付けるロゼさん。その瞳には、怪しく光が灯っている。

 息はとてもとても、とてもとてもとても荒く、過呼吸にならないのかと心配になりそうなレベルだ。

 でも流石に息がかかるのを嫌ったのか、頬を手のひらで押し返そうとするエース。

 しかし、その手に頬ずりし、「お姉様のお手が私に〜」と絶好調なロゼさん。

 なるほど、エースを持ってして扱いにくいと言うのは、出会ってたった十数分の私にも理解出来る。

 未だ答えないエースを前に、話が勝手に発展していく。


「お姉様を自由にしないなんて、そのギルマスはきっとお姉様を縛り付ける為、道具にしているに違いありませんわ!」

「ちょっとロゼ?」

「私とお姉様との愛を前に立ち塞がるなんて……。これが試練ッ! 私はたとえ傷付き倒れたとしても、お姉様のハートだけは必ずお守り致しますわ!」

「いやだから」

「大丈夫ですわお姉様、皆まで言う必要はございません。貴方様のお考えはお見通しですわ」

「いい加減にしないと怒──」

「さあ、ギルマスをお呼びなさい! お姉様の自由と愛を腐敗させる愚か者を! この私、ロゼリー=ノエル=ピュアブラッドが相手になって差し上げま──」


 あ……。

 流石に我慢の限界に到達したようで、流れるような動作でアッパーを繰り出し、空中で回し蹴り、更に追撃でお腹にかかと落とし。

 更になんか黄色い液体を振りかけたと思ったら、ロゼさんの全身が痙攣を始める。これは……?


「はっ、ああっ、んん。身体、が、痺れ、んふ。お姉、さ、ま?」


 うつ伏せでビクビクしているロゼさんの背後にエースが迫る。

 多分麻痺しているロゼさんが、それでもエースの気配を察知したのか、頑張って振り向こうとした時。


 ツン。


「あふぅ」


 ツンツン。


「いひっ、あんっ」


 エースが人差し指で背中や脇腹、靴を脱がせて足の裏や太ももをツゥーと撫でる。

 その度に色っぽい声を出すロゼさん。

 あれかな? 正座で痺れた足をつつかれる感じなのかな?

 そう思うと結構酷いなって思わなくもない。


 そんな攻撃がしばらく続いた。

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