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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第六章 ギルド対抗戦
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とりあえず事後報告と楽しみ

 中に居たのは若作りしている風のオッサンが一人。見た目は三十代前半で、若干顎髭を生やしている。

 下に居た者達とは違い、着崩した着物を身に付けている。正直、これが上に立つ者かと言われれば、しばらく考えざるを得ない。どちらかといえば遊び人や放浪人の方がしっくりくる。そんな見た目だ。

 カーキ色な頭に左の耳にピアスを二つ付けた、どう見ても田舎のヤンキーだろと思う風貌。


 若干失礼な事を考えながらも、今日わざわざこんなところに来た用件を話す。


「終わったよ、何もかも」

「…………ああ、そう。そうか……ご苦労さま。無理を言ったね」


 短い言葉だったが、理解が早くて助かる。元々はこいつからの依頼だしな。


「全くだ。そもそもお前がここに居る方が珍しいわっ。おかげで何件回ったと思ってんだ」


 こいつがここ、【情報屋】総本部に居るのはかなり珍しい。というのも、放浪癖があって、よく支部の方に居たり、そこら辺の酒場や雑貨屋に居たりするからだ。

 この総本部とは違い、支部は大体奥まった場所か古ぼけたような建物の中にあったりする。そういうものは大体中心街から離れており、簡単に言えば【旅の回想】でワープした時に来る地点から距離があるパターンが殆どだ。

 したがってその分時間が掛かり、俺のイライラも限界突破するところだ。おかげで来る途中、【激怒】やら【怒気】などのスキルが得られたほどだ。


 初心者やこのゲームを知らない者からすると、意外に思うかもしれないが、高レベルに居るプレイヤーほどスキル枠を何個か空けておく事が多くなる。スキルを埋め尽くしておけばいいのに、なんて思うかもしれない。序盤では確かにそれは重要な事だ。

 単純に戦術が増えるものを、わざわざ減らしているのだから、頭にハテナマークが出るのも当たり前だろう。

 だが、大体そんな位置に居るプレイヤーというのは、スキルの取得条件や方法を熟知していくものだ。

 それこそスキルの取り直し、使い分けをするのが容易なシステムなのだ。イベント事にスキルを入れ替える為に空けておくのが、賢いプレイヤーの在り方だろう。

 それにプレイヤーはいつでも、新しい発見を求めている傾向にある。

 スキル枠が埋まっていたら、そんな発見を逃してしまうかも知れない。有用なスキルを覚えるかも知れないという思いもあるか。

 だが一番はやはり、ユニークスキルの取得だろう。

 ユニークスキルの取得条件に、『スキル枠が一つ以上ある場合』という文言がある。この為、最低でも一つは空けておかなければならない。ユニークスキルはスキル枠を必要としなくても、だ。


 まあそんな諸々の理由からスキル枠を二、三個、俺の場合は五個の枠を常に空けてある。おかげで道中、経験値送りの作業を要したがな。


「悪いねえ。俺も一箇所に留まれない質なもんだからね」


 そうケラケラと笑うログ。【情報屋】というのも、元々は噂大好き集団からの発足で、面白い話があったならギルドマスターという地位でありながらも、依頼をスルーして飛んでいくという、いい意味でフットワークの軽い、悪い意味で放蕩者な面を持つ変人達の集まりだ。もはや性分なのだろう、諦めよう。


「全くだよ。……依頼はこれで終わりか?」

「ああ。だが少し確認だけ取らせてほしい。そこのソファで寛いでてくれるかい?」

「言われずともそうしとくわ」


 実際、言われる前にソファに座り、目の前の机に置かれたケーキを勝手に食べる。

 ログはそんな俺を見ても何も言わず、何処かへ連絡を取っている。


「やあ、元気にしていたかい? ……ああ、うん、うん。へえ、そりゃ良かった。いや、俺は何もしちゃいないさ……分かった、伝えておこう」


 見た目は黒電話、しかしコードは無くおそらく錬金術で造られた品だろうそれを切ると、俺の対面のソファに座り、溜息を吐きながら話を切り出す。


「被害者の一人から、君に『ありがとうございました。スッキリしました』と伝言を頼まれたよ」

「へえ、良かったな」


 ケーキを未だバクバク食う俺に、ログの視線が刺さる。


「良かったなって……何かもっと、こう……やり遂げたぜひゃっほい、みたいなものは無いのかい?」

「無えな、おかわり」


 皿を突き出すと呆れた顔で手を翳し、スクリーンを操作するとケーキが出現する。それを手掴みで食べる。


「それ、結構高いんだよ?」

「らしいな、んぐっ。バフアイテムだから自分で買いはしないが、もぐっ。なかなかイける味だな、ごくん」


 無言で皿を突き返すと、これ以上食べられたくないのか、話を進める事にしたログ。モンブランっぽいやつをもう少し食べたかったが仕方ない。またあとで邪魔しに来よう。


「報酬は特に取り決めていなかったが、これでどうだろうか?」


 そう言って【譲渡】してきた額を見ると、かなりの大金が表示されている。元々フレンドの頼みなので無償でも良かったが、それでもと用意していたのだろう。

 取り決めも俺から無しにしたものだが、ちゃんとその辺はしっかりしていたか。見た目はちゃらんぽらんなのにな。

 だが俺は【譲渡】画面の『いいえ』を押し、スクリーンを消してしまう。


「足りなかったかい?」


 そう聞かれるが、俺は首を横に振る。


「別にそんなものは要らない。俺が求めるのは強敵との命の取り合いであって、金が欲しくてやった訳じゃない」

「いや、だけどね、ミツルギ」

「だけどもクソもあるか。最初にそう言って、」

「あくまで形だけでいい。俺の面目を潰さない為と思って、な?」

「…………形だけだからな」


 飛んできた【譲渡】内容を確認し、金額があまり変わってない事に内心呆れながらも、最後には『はい』を押す。


「無駄に律儀な事だな」

「ここで受け取ってくれなければ、俺が被害者達に盗っ人呼ばわりされちまうんでね」

「そりゃあ困った話だな」

「まったくその通りさ」


 元々被害者達には、こういう計画で動くが大丈夫かと事前に話をしていた。その時に、僅かながらですがと金銭的な話になっていたように思う。

 確かに要らないと言っておいたはずなんだが、どいつもこいつも頑固者が多かったらしい。


「それで?」

「ん?」

「結局あれで良かったのか? おそらくだが、JACKは戻って来ねえだろうが、それでも青薔薇が借金を返済しきってしまえば、可能性はゼロじゃない。それに第二、第三の、って場合もあるだろう?」

「ああ、肩代わりしたんだっけ、殊勝な事だねえ。いや、彼なりの罪滅ぼしってところか。

 ともかく、JACKの罪は重い。今回の出来事はかなり大々的に行ったからね、運営も即座に対応するだろうさ。バグの方も……まあ、あれは検証はしたがそれ以上は何もしていないからね。多少のペナルティはあるかもしれないが問題ないだろう。修正されてしまうのが勿体ないぐらいかな」


 バグ利用については、会社毎に対応はバラバラなパターンが多い。故意に無視するのもあれば、これは仕様だと言い切って直そうとしないパターン、こっそり修正するパターン、そして何らかのペナルティを科すパターンと多岐に渡る。

 このペナルティを科すパターンも、故意に使わなければそれほど問題ない。使ってもそんなに重いペナルティにならない事が多い。

 まあそれでも多少はされるだろうと仮定して動いていたからな。今更な話か。

 どのみち、『露店で買い物が出来ない』とか、『ギルドに参加出来ない』程度だろう。

 そういう意味でも、先に入っておいて正解だったかもな。ガバガバかよ。


「元々ただの復讐の手伝いってだけで、そんなもの鯖を歩けば幾らだって見つかる。第二、第三のなんて、気にしたってしょうがないものさ。

 それでも今回の件は本当によくやってくれたよ、ありがとう」

「おう」


 こんな事は日常茶飯事だ。が、赤鯖じゃそれも少ない方で、JACKが良くも悪くも悪質プレイヤーを一纏めにしていたのが、功を奏したのだろうな。

 元々、人を惹き付ける何かがあったのか。

 普通なら強者の影で便乗する輩が居るもんだが、他鯖に見ない謎の連帯感があった事もあり、昨日の今日にも関わらず、大幅に迷惑行為が減っているらしい。

 ログ(こいつ)が総本部に来ているのもそのせいだろう。【情報屋】としては稼ぎ時か。


「さて、じゃあそろそろ帰るわ。何か忙しそうだしな」

「はははっ。元凶が何を言っているのかねえ」

「それは俺の台詞だろ」

「くくっ、違いない。また何処か籠るのかい? 出来れば素材を卸してもらえると嬉しいところなんだがねえ」

「いや……このあと戦闘訓練してやらなきゃならないからな」

「なるほど、戦闘訓練……ん? してやる?」

「ああ。ギルドに入ったんだが、ギルマスが初心者でな」

「へえ、ギルドに……そりゃあ…………ぶふっ」


 ケーキを齧りながら聞いてたログが、いきなり噴き出してきた。

 ステータス的に攻撃力が高い訳でも無いが、それでも高レベルのプレイヤーである。

 噴き出されたケーキは、まるで鉄砲の如く速い。まあ避けたが。


「ゲホゲホッ」

「おいおい、大丈夫か?」


 そう言って、俺がよく飲んでいるヘドロ色の液体を手渡すが、流石に拒否されてしまう。


「【ヘドロヒグロの体液】なんて、よくそんなものを飲もうと思ったものだよ」

「そうか?」


【ヘドロヒグロの体液】

 ヘドロヒグロを覆う粘液の一種。

 非常に臭いがキツく、嗅げば【混乱】状態に陥ると言われている。しかしあくまで錯覚である。

 錬金術の素材としてはとても価値が高い。

 食べる事は出来ない。

 決して食べる事は出来ない。

 絶対に食べる事は出来ない。


 下の食べる事のくだりは、本来飲食を想定していないものを食べようとすると出てくる警告文だ。

 それでも食べるとデバフが掛かる。しかもかなりキツい。

 こういう、本来素材としてだけに存在するようなアイテムを食べまくる事で、【悪食】や【貪食】などのスキルが手に入る訳である。逆は【美食】で、称号だと【食通】などか。


 ちなみに【ヘドロヒグロの体液】は、飲むとSTR+2、AGI-50という、一般人からすれば恐ろしいデバフアイテムとなっている。

 俺にとっちゃスピードバフアイテムだがな。

 味は水溶き片栗粉を大量に加えて、喉越し最悪になった青汁、といえば分かってもらえるか?

 まあ、飲めないほどじゃないし、何度も使ってると案外慣れてくるもんだ。

 VRやってる奴だと、ゲーム内で美味いものに慣れて、現実で満足出来なくなるなんて話も聞くが、俺はその逆だな。

 デバフアイテムは大体毒物だからな、味も大概だ。


 そんな俺のちょっとした悪戯心をうんざりしながら遠ざけるログ。

 昔情報として売った際、ついでにと飲ました事がある。

 感想は「常用している人間の味覚を疑う」だったか、酷い言われようだな。


「君がギルドに?! なんで今更?!」

「んー、まあちょっと面白い奴を見つけてな」

「それがギルマスってわけかい?」

「さあな。どうせ調べるだろうから、言っても言わなくても一緒だろ? じゃあな。ケーキ、ごっそさん」


 後ろからは未だ理解が追い付いてないログが、質問してきている声が聞こえていたが、こうなるとめんどくさいので足早に退散する。

 行きは隠し階段を使わなきゃならないが、帰りは専用の滑り台があり、一階の誰も使わないようなボロボロの空き部屋へ直通している。

 最上階の部屋に行ける人間なんて、副ギルドマスター(副マス)達かギルマスのフレンド、あとはお得意様ぐらいだが、更に念には念を入れる辺りこいつらしい。


 来た扉から座っていたソファ側の壁沿いにある穴。ここが滑り台の入口であり、いつも通りに飛び降りる。

 照明が全く無い為、正確な構造は不明だが、螺旋状に緩やかに滑り降りていく。

 そうして出口にはちょうどベッドがあり、そこへダイブする形で着地する。

 振り返ってみてみれば、先程出口だった部分が勝手に閉じ、何の変哲もない天井へと早変わりするので、ここから登る事は出来ないだろう。


 さて。レベル上げっつっても籠ってはいないだろうし、エースとあとで一緒にやるとか言ってたから、おそらくは帰っている頃だと思われる。

 俺の方でも戦闘を見てやると伝えといたし、ログに言った事もあながち嘘じゃあ無い。


「ふむ。あのケーキ美味かったな。自分用のついでに買ってってやるか」


 そんな独り言を零しながら、俺は帰路に就くのだった。









 コンコン。扉を叩く音が、静まり返った部屋の中にやけに明瞭に響いた。


「入れ」

「失礼致します、ギルドマスター。何か御用でも?」

「少し調べたい事がある。ミツルギが所属したギルドと、その構成員。そしてギルマスの詳細を詳しく調べろ」

「ほう、あのソロ一筋が……畏まりました」

「ああそれと」

「はい?」

「”おおばぁ”も呼んでおけ」

「えっ……まさか……そのギルドに?」

「一応だ、一応。それと今回のイベント、もしかしたら出てくるかもしれん」

「! ……了解致しました。すぐに各地の支部へ連絡して参ります」

「ああ」



「ふふ、ふふふ。ミツルギが気に入った相手か……。今から楽しみだねえ」

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