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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第六章 ギルド対抗戦
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とりあえず移動手段と悪ふざけ

 あの後、何体かミニゴブリンを倒した私は、キリのいいところでギルドへと戻る事にした。鼻歌混じりにスキップしながら。


「ふふっ、新しいスッキル♪ スッキル♪」


【エアジャンプ】

 空中で一度だけジャンプする事が出来る。


 ミニゴブリンと戦っている時に、まるで空中に足場があるような錯覚に陥ったが、あれがまさにこのスキルだったわけだ。

 効果は単純だが、その後のミニゴブリンとの戦いは、とてもスムーズに行くようになっていた。

 そもそも【ハイジャンプ】と組み合わせなくても使える【エアジャンプ】は、様々な場面で活躍してくれたのだ。


 例えば、二体目のミニゴブリンを相手した時、最初の時とは違い、気づかれて先に弓矢を撃たれたのだ。

 しかしこれを横飛びで回避。普通ならこれで終わりなんだけど、私はこの時「このまま【エアジャンプ】使ったらどうなるんだろう?」という好奇心から、真横に向かってスキルを発動してみた。

 するとどうだろう。普段の私の1.5倍ぐらいの速度で、ミニゴブリンに接近する事が出来たのだ!


 しかもここで新たな発見が一つ。

 どうやらミニゴブリンは、プレイヤーが近くにいると弓からナイフに持ち替えようとして隙が出来る。

 これは後々、同じ事をやったので確定でそういう行動をする。

 お陰様で最初の頃よりも大分、ダメージを食らわずに倒す事が出来るようになっていた。……全くダメージを食らわない訳じゃないんだけどね。そこは私の経験不足か。


 更にそこから【エアジャンプ】の機動力を楽しんでいたら──


『【称号:空間機動】を取得しました』と表示された。


【空間機動】

 空間を自由に飛び回る者に与えられる称号。空中での移動距離と速度が+10%

 称号【高速機動】を持っている場合、更に+40%


 効果は「あっ、ちょっと速くなった……気がする!」程度のものだけど、それでも地上を走るより速い。

【ダッシュ】と比べるとどうかはよく分からないけど、正直、遮蔽物さえ無ければ空中を移動する方が速い気がする。

 しかも忍者になれた気分で面白い。シュシュッ。シュシュシュッ。


 でもジャンプしてから更にジャンプするようなものだから、【ダッシュ】よりも疲れた感じがする。

 ゲームの世界だから、と言っても全く疲れないという訳では無いらしい。

 なんでも再使用可能時間(リキャストタイム)が疲れとイコールのようで、スキルを使うと疲労感に満たされるのはそのせいらしい。

 詳しくは知らないけど、厳密に言えば全てそうでは無いみたいなんだけど、ゲーム的に言えばHPが体力、MPが精神力みたいな事なんだっけ。

 だからMPが減っている状態でも疲労感は出るみたい。でも一番はスキルを使った直後らしい。

 まあ、皆の受け売りだから、私も完全には理解してないけど。

 そもそもそんな気がする、程度で動けなくなるものじゃないので、無視してひあういーごーなのだよ! とか誰かさんは叫んでいたぐらいだし。体育の時間ぐらい、あのテンションは落ちないものなのか……無理かな。


 それともう一つ不思議な事が起こった。

 もうそろそろ帰ろうかなと思い始めた頃、一瞬吹き抜けるような風が通ったなって思ったら、いつの間にか減っていたHPが回復していた。

 アイテムを使った覚えは無いはずなんだけど……。


 それに目的はレベル上げだったが、どのみち【上限解放】してないのでこれ以上上がらない事を思い出し、それからはスキルで遊んでいた。

 一応途中で無駄なのかな? と思ってミツルギさんに【通話】して確認したら、次のレベルに上がるまでの経験値は蓄積しておけるようで、確かにステータスのレベル下にあるちっちゃいゲージが少し溜まっていた。

 あと何かモグモグ食べてたみたいだけど、用事ってお食事行ってるのかな?


 とにかく、新しい移動手段を得た事で、いつもよりルンルン気分でギルドに帰った。


「ただいまー!」


 しーん。返事が無い。ミツルギさんはまだ帰っていないようで、伯爵さんも同じ感じかな。エースは……多分まだ部員に捕まっているだろう。南無南無。

 そう思って酒場の椅子に腰掛けながら、折角だしミニゴブリンの戦い方が合っていたかなとメモをちょっとだけ見る。ちょっとだけなら自分で作ったルールを破ってないはず、きっと問題ない。


 だけどスクリーンを操作している私は画面に集中していて、ゆっくりとギルドの扉が開かれ、ひっそりと忍び寄ってくる者の気配を感じる事が出来ないでいたのだった。







 ここは、ある都市の大通りに面した、ぱっと見ただけで分かるような豪奢な外観の建物の前。

 如何にもなその建物の中へ入ると、執事のようなバリッと決めた燕尾服を着た若そうな男から声が掛かる。


「いらっしゃいませ、【情報屋】総本部へようこそ。本日はどのような用件で?」

「ギルマスに会いに来た。通してくれ」

「かしこまりました。ギルドマスターは最上階に居らっしゃいます。人払いは必要で?」

「ああ、頼む」

「承りました」


 簡素な返事にも直ぐに対応してくれているのは、俺がよくここに来ているからだろう。

 まあ尤も、ギルマスに面会しに来ていると知ってる者は居ないだろうが。大体は情報を売りに、もしくは買いに来た客とでも思っている事だろう。


 俺は手馴れた様子で階段を上り、そしてある階の一番奥まった場所にある部屋に入る。

 この部屋の中には誰も居らず、また普通の寝室のような場所で、ともすれば従業員の誰かの部屋かと勘違いしてしまいかねないだろう。

 だがしかし、俺はそこでも迷う様子は無く、乱雑した足場を踏み越えて、窓際の本棚の側に立つ。


 本棚にはよく分からんタイトルの本が沢山ある。

『健康的にモンスターを楽しく殺戮出来る本』、『明日から使えるバイコーン語』、『惚れ薬で皇帝陛下を落とした結果、私が何故か妹と百合になるかもしれないです』などetc……。

 チョイスも謎だが、大体こういうよく分からんものが普通に露店に並んでおり、かつ内容もちゃんと読めるのは運営の悪ふざけによるものだろう。

 その証拠に、『惚れ薬で云々する本』の作者名が、運営のデバッグ担当の一人と同じなのは、絶対気の所為とかでは無い。確か大元の会社の社長も、何か書いてるとかブログに載ってたな。どこまでお茶目で自由な会社なんだと、ゲーマー達が呆れていたのは記憶に新しい方か。まあいい。

 本棚のタイトルは無視して、幾つの本を取り出すと、よく見ないと見落とすような位置に、僅かな出っ張りがあるのが見える。

 それを無造作にポチッと押すと、今まで何も無かった部屋に変化がッ! なんてものは無い。むしろちょっとあって欲しかった。光ったり煙が出たり。


 少し悲しい気持ちになるのはいつもの事なので、冗談は本棚に置き去りにして、ベッドの脇に立つ。

 普通の何も知らない奴から見れば、先程と変化は特に見受けられないだろう。

 しかし、だ。

 ベッドの脇の白い壁に手を出し触れようとするが、そこにあるはずの障害物に阻まれる事無く、手は奥へと吸い込まれていく。


 そう。これは見た目には何も変化が無いように見えて、一部の壁がすり抜けられるようになる、言わば隠し階段への仕掛けである。

 基本的に情報を扱う者としては、万全を期して対策するのが常であり、ここだけが特別という訳では無い。

 まあぶっちゃけて言えば、単なる見栄とも取れるのだが実用性が無い訳では無い。

 一応スキルの中には【盗聴】や【盗撮】、【強奪】などが存在したりする。

 街中では使えない、エロ目的じゃ使えないなど共通効果があったりするが、それでも【情報屋】の情報を盗めるという効果も存在する為、一概に安心出来るものでは無い。

 そういった意味でも、この隠し階段への仕掛けは一応は意味のある事なのだろう。……毎回来る身にもなってほしい。めんどいんだよ。運営もそんなスキル作るなよ、自由人どもめ。


 毎回の事なので次からは突っ込むものか、と思っていても、毎回毎回突っ込んでしまうのは何故だろう。学会に持ち込むか?


 阿呆な考え事をしながら階段を上る。

 この方法で無ければ、ここの主には会えない。

 文句を垂れながらも階段を上り切ると、一枚の頑丈そうな扉が現れる。

 この扉はスキルを通さず、またSTRが200以上無いと壊せないというトンデモ商品だ。運営の悪ふざけシリーズでも有名な代物だが、効果が効果なので【情報屋】ではよく見る。そもそも街中ではスキルを使ってもダメージが入らなかった覚えがあるが、設定が曖昧なのか、たまに普通に通る事がある。いい加減直してほしい。

 つまりこれはスキルに頼らない、素のステータスでのSTRじゃないと壊せない事になるが、誰がこんなもん壊そうと思うんだ。荒らしでもそんな極まったステータス居ないわっ。


 クソ、ここに来るとツッコミたい衝動に駆られすぎる。

 運営の悪ふざけシリーズが至るところに置かれているせいもあるが、一番の原因はこの中に居るギルマスのせいだろう。

 精神的疲労がヤバい。さっさと済まそう。そう思ってドアノブに手を掛ける。


「海と言ったら?」


 中から問われた為、俺は即座にこう答える。


「知るかてめぇの好みなんて」

「ははっ、相変わらず酷いものだ。少しぐらい遊びに付き合ってくれてもいいものだろうに」

「うっせえ! てか早く開けやがれ!」

「やれやれ」


 声が遠くから聞こえるにも関わらず、扉はガチャリと音を立てて開かれる。まあゲームだしな、細かい事はいいだろう。

 そうして中で待ち受けていたのは、机の上の書類に目を通し、判子を押す作業をする男の姿。


 これがこの【情報屋】の元締め、ギルドマスターログその人だ。

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