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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第六章 ギルド対抗戦
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とりあえず新たな加入者

 ──【ギルド本部】掲示板前


 一人の女性が掲示板をじっと見ている。

 他にも何人も掲示板を見る者は居るが、彼女は特にその中でも目立つ存在だった。


 普通ならば特に入りたいギルドが無い、とにかく体験でいいからと願う者が利用するのがこの場所であり、本当に入りたいギルドがある場合、赤鯖においては直接訪ねるのがマナーである。誰がやりだしたのかは、もはや不明のルールであるが。


 だからこそ、皆がボーッと眺める中で彼女だけが必死に掲示板を見比べ、凝視している姿は、周りから見れば「なぁにーあのひとー?」「こらっ! 見ちゃいけません!」レベルに違いないだろう。


 だが彼女は気にも止めない。

 周りの視線などまるで気にしないとばかりに、次から次へと募集のカードをタッチしては拡大、内容を確認し、そして見つける。彼女が慕う、ある人物の名を。


『副ギルドマスター エース』


 ああ、お姉様、やっと……やっと見つけましたわ……。

 ああ、お姉様! (わたくし)が今、参りますわ!


 風のように駆け出す彼女は、【ギルド本部】に沈黙とドン引きを残して去って行った──







「よっ、マスター」


 私がログインすると、そこには酒場の椅子に座ってコウモリの羽っぽいものを食べるミツルギさんが居た。


 そう、あの時ギルドに入りたいと言ったミツルギさん。当然エースは猛反対。


「ユイ、考えてもみなよ?! 今の今まで敵側に居て、しかも平然とプレイヤーを見殺しに出来るような奴なんだよ? ユイは騙せても私は騙されないからね!」


 と、もの凄い剣幕で迫るエースを、羽交い締めで引き剥がす。

 フシュー、フシューと女の子がそれはどうかな? と思うような息をあげて。


「あんた! 一体何が目的な訳!」

「目的、か。ふむ……」


 と黙って考え込んだのを見て、「ほら! 言い訳を考えてる時点でギルティだよ! 有罪(ギルティ)!!」と手足をシャカシャカさせて暴れるエース。

 それに対してミツルギさんは、とても冷静に自己分析を交えて答える。


「自分でもこんな気持ち初めてだから、どう言えばいいのか分からないが……ユイ、お前を育てたくなった」

「はぁ?!」

「ええっ?!」

「あーいや、変な意味じゃないぞ? 俺は自分で言うのもあれだが、かなり戦闘中毒なところがあってな」


 いや、聞く前から……それこそイベントの時からそんなの知ってるんだけど。


「ユイ、お前は戦闘のセンスがある方だと俺は思う。それこそ、鍛えればランカー程度にはなれるかも知れない、そんなぐらいだ」


 そんな事を言うミツルギさんに、私も内心驚きが隠せない。

 別に私は強くなろうとは……してはいるけれど、それはエースの隣に立ちたいからであって、ランカーと呼ばれるような人達に混ざるつもりは無い。

 だけど考えようによっては、それも有りなのかも知れない。

 ミツルギさんが何を考えて私を育てたいかは……何となく聞かなくても分かる気がするけど、ランカー程度に強くなれたなら、それはもうエースの隣に普通に立てる存在じゃないだろうか?

 いや、多分きっとそう! そうすればきっと、今は怒っていても後で許してくれるに違いない!


 腕の中では未だにガルルルと吠えてるエースを他所に、私はつい勢いで返事してしまう。


「それって強いって事ですよね?」

「ユイ!?」

「まあ俺達現役ランカーに適うかは分からんが、強いのは間違いないな」

「私でも、本当にそうなれますか?」

「ユイ! 何言ってるの、こいつは悪い奴なんだよ?!」

「でもエース。私、この人がそんなに悪い人には思えないよ。フレンドの頼みとはいえ、自分の時間を割いてまでそんな事するなんて、きっと根はいい人だよ!」

「だけど……うぅ」

「私、少しでも強くなって、エースと一緒に冒険したい!」

「ぐぬぬ」

「エースは、やっぱり私とじゃ、やだ?」

「くそう、なんて可愛い嫁なんだ!」


 四つん這いになり、右手でバンバンと床を叩きながら左手で「尊」と書くという離れ業をするエース。器用な事をするなあ。

 なんで文字が浮き上がってキラキラと光り輝いた後、花火のように打ち上がり、特大の「尊」が広がるのか分からないが。皆たまにこういう変なの使えるけど何なの?

 しばらくして葛藤を繰り返したエースは、息を切らしながらも最後には、


「もしあんたが何かしたら、私がすぐさま蹴り飛ばすからね」

「おう、勿論だ。よろしくな!」


 と了解してくれたのだった。


 こうしてミツルギさんは、私達の新たなギルドメンバーとなったのだった。……まだ完全に信用はされてないんだけどね。



「あの、だからマスターはやめて下さいって」

「いやいや。普通、ギルマスかマスターって呼ぶし、呼ばれる事に誇りを持つものなんだぞ?」


 力説するが、正直言ってなんかむず痒い。

 エースは勿論、伯爵さんも普通に名前呼びだから、なんか特別扱いされる事になれなくて違和感しか無い。

 そういう感じの事を言ったら肩を竦めて、


「分かったよ、じゃあ普通に呼ぶぞ? ユイ」

「うん! そっちの方が気が楽だよ、ミツルギさん」

「さんは要らねえ」

「えっ、でも……」

「ここはゲームでリアルじゃない。相手が歳上だとか偉い奴だとか、そんなものは向こうの話だ。ここじゃ皆対等だし、そもそもギルドマスターってのは皆よりも偉いんだ。なら、ユイもそう言うべきだろ?」

「えっと……」


 何か言いくるめられてる気がする。

 それが伝わってしまったのか、単純にさん呼びされるのがあんまり好きじゃないと話す。最初からそう言えばいいのに。


「んー、私もあんまり人を呼び捨てにしない方なんだけど……。

 でも、そうしてほしいっていうならそうしてみるよ。よろしくお願い……敬語も無い方がいいよね? えーと、よろしく、ミツルギ」

「おう! やっぱりこっちのがしっくりくるな。よろしく、ユイ。ところで、伯爵にさっき聞いたんだが……【ギルド対抗戦】に出るって、マジ?」


 苦笑がしながら問い質す仕草を見て、やっぱり無謀な事なのかなと私も苦笑する。


「うん、エース的にはやる気みたい」

「マジか……まあ何とかなるだろ」


 意外にも直ぐに納得した。伯爵さんみたいに少しは反対するかと思っていたけれど。

 しかし、よくよく聞いてみると、


「ずっとソロで居たからな。【ギルド対抗戦】自体は正直初めてだが、強い奴と沢山やれるってだけでワクワクしてくるな!」


 何となく分かってはいたが、とびきりの笑顔でそういうミツルギさんに、エースと同じ雰囲気を感じずにはいられなかった。



「で、この後なんか予定あるのか?」

「うーん。今日はエースがリアルで用事があって、ログインは遅いとか言ってたから、とりあえずレベル上げに行こうかな」

「へー、お前ら仲良いなとは思ってたけど、リア友なのな」

「まあ、そだね」


 そう言えば、リアルの話はあまりしない方がいい、とか言われてたけど、こういうのって話しても良かったのかな?

 考える事に向かない頭を回して、微妙に唸り声をあげながら悩んでいると、


「どした? エースにリアルの話は止めとけとか言われてたか?」


 なんて、まるでエスパーのように心を読んでくる。

 私が盛大にビクッとするとミツルギは笑う。


「いや、だから顔に出てんだって」

「うぅ……」

「まあ言いたくないなら俺もあんまり聞かないようにするが……そもそも赤鯖に来る奴って、リアルの知り合いがここに呼んでくるのが殆どだからな。今のは単なる当てずっぽうだ」


 そんな事を言う。それにしても……とは思ったけど、前にも誰かが同じような事を言ってた気がする。誰だっけ?

 ミツルギに詳しく聞いてみると、赤鯖は古参が多い分、新規があまり入って来ない影響で物価が高く、それが更に人を遠ざけるという悪循環を起こしているらしい。

 逆に他のサーバーは、新規が多い分古参が少ない影響で、人数だけは多い為物価は低いが、少々治安がよろしくないとの事。

 もし知り合いが居ないなら、最初は黄鯖、ワイワイやりたいなら青鯖、変人さんいらっしゃ〜い! が赤鯖という訳だ。……変人さん。


「だからと言ってどこも一長一短だがな。物価は低いっつっても、それは生産素材とかの安くて簡単に手に入る素材が多い。赤鯖は逆で、初心者には扱いにくいレア素材が多いって訳だ……って、ちゃんと話聞いてるか?」

「う、うん。なんか……ゲームの世界でも色々考える事が多いんだね」

「まあな。生産をやるってんならそこら辺に首突っ込む必要もあるが、ユイは戦闘メインなんだろ?」

「そうなるのかな?」

「なら別にのほほんとしてりゃあいい。もし分からない事や生産でも始めたいって時は、ちょうどそのプロがリア友なんだしな。そっちに聞いてくれ」


「じゃ、俺はちょっくら用事あるから後でな〜」とギルドを出て行くミツルギを見送る。

 私も何処かでレベル上げに行こうかな、と同じく出て行く。





 残った者は居らず、静寂だけが支配するギルドに、息を切らせ、露出度は少ないにも関わらず、妙に扇情的で妖艶な笑みを浮かべる一人の女性が訪ねてきた。


「はぁ〜、はぁ〜、ごくりっ。はぁあ〜、お姉様のかほりが仄かに満ち満ちたこの聖域。まさに(わたくし)の求めるゴッネス! 天から与えられし寵愛、跪く事をお許しになられた友愛、蔑む瞳で見下してくださるこの快楽を、ああお許し下さい!いざっ!」


 ──ドゴォォォン!


 即座に表示される『ギルド所有者、または権限者が居ない為、侵入する事が出来ません』の文字。

 ギルドに侵入しようとした女性は、敷地内に入ろうとした瞬間、透明な壁にぶつかり、そのままズルズルと地面に落ちる。


 わざわざクラウチングスタートを決めてギルドに飛び込もうとしたのに、まさかの不在!

 空中で三回転半を決めながら火花を散らすという、遠目華やかな素敵アイテムを使ったのに、まさかまさかの居らっしゃらない!

 更に抱き上げてもらえるよう、落下時には仰向けになり、お手に負担を掛けまいと体重が軽くなると噂の装備まで着込んできたというのに!

 何たる準備不足! 何という情報収集不足!

 お姉様、何処(いずこ)にー!


 天空都市に変人が一人。お姉様を求める声は止まない。



章を追加しました。多少分かりやすくなっただろうか(主に作者が)。


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