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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第五章 vsゲリラ豪雨
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閑話 JACKと青薔薇とモジュレと

「そっち行ったぞ! 青薔薇!」

「え? うわあああ!」


 尻もちをついて動けなくなる青薔薇を見て、ゴブリンが短剣を振り下ろす。

 そのせいでHPが半分以上削られてしまった。

 それを見て流石に不味いなと思い、俺ことJACKはゴブリンの脳天目掛けて剣を振るう。


 グシャッ。そんな嫌な音と共に、ゴブリンは淡い光となって消えていく。

 そこに、ようやく立ち上がった青薔薇が礼を言う。


「ありがとう、助かったよ」

「気にすんな。けどやっぱ、レベル的にここは早すぎたみたいだな。よしっ、あっちの方に行くぞ!」

「分かった!」



 あの頃がとても遠く懐かしい。

 いつの頃の話だっただろうか──





 俺と青薔薇は同じ学校に通う高校生。

 たまに俺達はどうして友達なの、と聞いてくる奴がいる。

 気の弱い青薔薇と少し不良っぽい見た目の俺とが友達なのが不思議なんだろうが、保育園からの付き合いというのが大きいところだ。

 青薔薇は顔立ちは中性的で、よくそれでからかわれたりしたが、そんな奴等から守るのは大体俺の役目だった。

 子供の頃はそんな程度だったが、身体が大きくなるにつれてイジメはエスカレートしたが、比例するように俺もまた、喧嘩に強いワルへと成長してしまっていた。

 守る延長線上だったが、周りからはそう見えていたのは事実だろう。

 青薔薇もそんな俺に憧れを示していたが、それが何となく悪い気がしてゲームの世界へと逃げたんだったか。


 そして見つけた『Only Origin Oblivion』という名前の、言っちゃ悪いがよくあるタイトルのゲーム。

 謳い文句も他のものと似たり寄ったりだったが、俺はそれにハマる事になる。

 今ではそれほどでも無いが、当時は『行動によってスキルが得られる』というシステムは斬新で、色々と試しているうちに出来る事がどんどんと増える。

 自分の努力が報われているような感覚がとても心地よくて、俺は現実の事も忘れ熱中するようになった。


 だが、その間、青薔薇は俺という盾が居なくなったせいで、イジメが復活していた。

 俺が気付いた頃には、青薔薇は不登校になっていた。

 毎日家に行っても、おふくろさんがごめんねと悲しそうな顔を見せる日々。

 どうすればまた、以前のように戻れるかと思っていたところ、妙案が一つ浮かぶ。

 俺は急いで青薔薇の家に乗り込み、おふくろさんや親父さんの許可もなく、ズカズカと二階へと上がる。

 そうして青薔薇の部屋まで行き、ドンドンドンと扉を叩く。


「おい、俺だ! 居るんだろ! 出てこいよー!」


 当然、返事は無いが、屍になっている訳でも無い。

 階段下であわあわしている親父さんに、「すんません、バイトして弁償しますんで」と侘びを入れつつ、扉を蹴破る。

 中にはビクゥと猫が驚いたような姿勢の青薔薇が居た。

 なんだ、思っていたより元気じゃねえか。


 そうしていつも通り、何も無かったように隣に座って雑談をし始めれば、顔がいいだけの女々しい野郎がとか、虎の威を借る狐のくせにとか、学校で言われたと思われる愚痴が出てくる出てくる。

 そうして全てを出し切った頃には、俺達は一緒にゲームをしようと約束を交わしていた。



 そして青薔薇、VR初体験の日が来た。


「うっ」

「うっ?」

「うっわあぁぁぁぁ!! 凄い、凄いよ! これがVR世界なの? 信じられないよ!」


 まるで小学生が初めて遊園地に連れていってもらった時のように、全力ではしゃぐ青薔薇。

 通行人には暖かい目を注がれている。ああ、俺も初めてはこんな感じだったのかな。

 そう思うと恥ずかしくなるな、これ。


 なのでそそくさとその場を立ち去る。

 ちなみに青薔薇の名前の由来だが、『不可能』という意味らしい。

 それは多分、俺のようにはなれない、そんな自分を表しているような顔をしていたのを覚えている。

 何もゲームの中でだけでも、と思いはするが、そこは本人の自由だしな。しゃーねーか。

 俺の名前の方は、単純に少年漫画に載ってたキャラがカッコよくて、それにあやかって付けた名前だ。捻りもクソも無い。



 そして幾らか装備が整った頃には、互いにそこそこ名の通るプレイヤーになっていた。

 俺はその頃、ブログで動き方やスキルの組み合わせをまとめたりしていて、それが一部の層に受けたらしい。

 青薔薇は青薔薇で、戦い方がまるで舞を踊っているかのような、ふわふわとした、しかし確実に敵を葬る姿が素敵だと言って、特に女性プレイヤーからモテていた。

 現実でもモテる方だったが、ゲームだと違う自分を演じられるというのもあってか、フレンドも多く、誰にでも声を掛けられる気軽さを身に付けていた。現実でもそれぐらいフレンドリーになればいいのにな。



 そんな訳でちょっとした有名人になった俺達は、たまには人目につかない場所に行きたいなと、ふらっと初心者が行くような草原に来ていた。

 湖都に近く、それでいてモンスターの湧きもそこそこいいこの場所は、初心者達の絶好の狩場となっている。

 しかし、それも少し行くと森があり、そこはデカい蛾やレベルの高いモンスターが潜む地帯になる為、なかなか人と出会わなくなる。

 低レベルのプレイヤーならば、落ち着いて話が出来るような場所では決してないが、レベルも当時カンストの35まで来ていた俺達には、そよ風レベルのものだろう。


「懐かしいねー。ここでよくレベル上げしたっけ」

「だな! お前、最初強い敵が出るとも知らずに……くくっ」

「初見殺しがあるなんて、普通は思わないじゃないか?!」

「まあな。街が近いと比較的安全、って思ってしまうのは運営の罠かね」

「全くだよ。僕じゃなきゃ死ぬところだったよ」

「はははっ! 死なないだけ凄い方だと褒めてやるよ」

「くっ……でもありがとう。どのみちJACKが居なきゃ今頃……」

「よせよせ、そんな昔話。ゲームなんだから楽しく……ん?」

「どうかした?」

「おい、あれ……」


 その時、一人の女の子が目に映る。

 動きからして、まだまだ初心者と言ったところだ。

 お世辞にもこの森に入ってレベル上げをする、というような感じには見えない。

 だとすると、間違って入ってしまったのか、それとも何かクエストでも受けているのか。

 普通、こういう場合は大体助ける事は無い。

 まあMMOなんだ、コミュニケーションが大事なのだから助けるべき、と言う者も少なくないだろうが、俺達はどちらかといえば、というやつだ。

 仮にあれが仲間達との囮作戦的なもので、俺達が介入して横取りをした、などという問題が発生しないわけでも無い。

 それにデスル〇ラの為にわざと死のうとしている、なんて場合もあるだろう。

 それにいちいちそんなのに構ってやる時間が無いってのもあるか。


 だが俺達はちょうど暇していたようなもんだし、女の子はこちらを見た瞬間、微かにだが「助けて」と口にしている。

 これはよっぽど酷い奴でも無い限り、助けてやるのが道理だろう。

 そう思って青薔薇に視線だけで合図すると、軽く頷き返してくる。

 そうして先に飛び出していった青薔薇は女の子の方に、そうして俺はモンスターの方へと駆け寄る。

 どうして俺の方がモンスター処理を優先したのかといえば、単純に俺の方が素早いからだろう。

 別に俺達ならば、あんなモンスターに遅れをとる事は無いのだが、今のステータス的には俺の方が対処が早い。そう思っての事だったが……


「いてっ……ぇなこの野郎ッ!」


 何故かダメージを一発食らってしまった。

 それは多分、青薔薇が女の子を保護した時、その子が俺の事を見向きもしなかったからだろう。

 昔からそうだ。青薔薇を守っているのは俺なのに、周りは何故か『あのやんちゃ坊主をお守りをして、君は偉い子だね』と賞賛する。

 それは中学に上がってもそうで、いじめから守っているのに何故か大人達は青薔薇が喧嘩を止めた、みたいな言い方をするのだ。

 高校生になってからはそんな事を言う奴は居なくなったが。

 けれど別にいい。青薔薇が俺の友達で居てくれる、それだけで楽しくやれたのだ。元々俺にゃ、女の子を優しく扱う術も無いからな。

 けれどそれでも、心の中では『また、俺を見てくれないのか』と思ってしまっていたのだろう。

 結果、ノーダメで倒せる敵から一発いいのを貰ってしまった訳だ。ゲームとはいえ不甲斐ないな。もう少し修行が必要だな。

 そんな事を考えていた時だった。


「ヒール」


 ポワァァと光が俺を包むと、ほんの少しだけ減ったHPが元に戻っていく。

 何事かと思って驚いていると、いつの間にかあの女の子が俺に近寄ってきていた。


「あの、大丈夫ですか?」

「どうして……」

「さっきの、私のせいで傷つけてしまったんですよね。すみませんでした! だから、そのっ、せめて回復だけでもと。ああっ! でもでもっ、私まだまだ初心者で、全然回復──」



 そこからはよく覚えていない。

 ただ、初めて俺をちゃんと見てくれる人に出会えたような、そんな気がした。

 多分、俺は彼女に惚れたのだろう。



 そこから俺は彼女と連絡を取るようになっていた。勿論、青薔薇と三人で。

 青薔薇は何故か遠慮していたが、仲間外れにするような俺ではない。ふんじばって連行した。


 そのうち俺達はトッププレイヤーの象徴であるランカーになっていた。

 流石にトップランカーでは無かったが、ランカーでも有名人の仲間入りには違いない。

 俺とモジュレはそれぞれギルドを作り、俺達の名声に引き寄せられて、互いにそれなりの人数を誇っていた。

 イベントでは良きライバルとして、そして普段は一緒に狩りに行く仲間として、俺達は交友を深めていた。



 だがそんな俺は、その頃から少しずつおかしくなっていたんだろうな。


 モジュレと一緒に居ると胸が熱くなる。

 時々自分が抑えられないんじゃないかって衝動が駆け抜ける。

 笑いかけてくれる笑顔が、俺のだけ特別に思える。

 優しく声を掛けてくれるのが自分だけのように思って。

 ハイタッチの時にこのまま抱き締めてやりたいと……。

 ずっとこのまま触れていたい……。

 モジュレは今何をしているんだろう?

 このアイテムは好きそうだ、この素材は喜んでくれるだろう。

 俺の言葉に素直に従ってくれる。

 俺の為だけに応援してくれる。

 俺以外の者が手を出すなんて許さない。

 俺様はランカーなんだ、モジュレに釣り合うのはお前らみたいな雑魚じゃない。

 俺様は強い。金もある。名声も知識も。



 モジュレは俺様の事が──



「JACK?」


 ハッとなって辺りを見回すと、青薔薇が心配そうに顔を覗き込んでいるところだった。


「あ……、ああ。悪い。なんか少し意識が飛んでたわ」

「大丈夫かい? 最近、ギルドの管理も大変そうだし、現実の方でも、その……」


 青薔薇が言い淀んでいるのは、俺の進学の事だろう。

 簡単に言えば問題を起こしすぎた。

 幾ら守る為だとはいえ、暴力は暴力だ。

 当然、学校側からは非難轟々だったって話だな。

 別に気にしちゃいないと思っていても、実際言われてみると案外、堪えるものがあったらしい。俺にもナイーブなんて言葉が辞書に載ってた訳だ。

 いやはや、俺様も弱くなってしまったもんだな。


 そんな時だった。青薔薇がユニークスキルを手に入れたのは。


 最初は感動すらしたもんだが、同時に憧れもした。

 そのスキルさえあれば、いつでもモジュレと一緒に居られると。

 ただ本人的には、その頃有名人になりすぎたせいか、元々の性分が出たのか、青薔薇は三人で行動していても、何故だか気配を消すようになっていた。

 それは俺に対する配慮なのか、はたまた遠慮なのか。


 だが、その時はまだ、俺は普通だったように思う。

 いや、傍から見ればもはや道を踏み外していたかもしれない。


 俺はいつの間にか、青薔薇を『守る』存在から『守ってやっている』という驕りを見せるようになっていた。

 俺様は努力をしてきた。

 今まで黙って俺様に着いてくるだけの、守らなければすぐに壊れてしまうような存在。

 俺はそれを、さも当たり前のような守っていた。

 だが、今目の前に映るこれはなんだ?

 青薔薇と楽しげに話すモジュレの姿。

 どうして俺様を見てくれない?

 お前は俺様だけを見ていてくれるはずじゃなかったのか?!

 モジュレが心配するのは俺だけでいい。

 モジュレは俺のものだ。





 誰にも、奪わせはしない。





 悪事に手を染めた。

 今までも暴力を振るった事はあったが、明確な事は何一つやって来なかった。

 けれど、今は違う。

 命令すれば忠実に動いてくれる幹部達。

 金欲しさに群がる配下共。

 そうだ。俺様が間違っていたのだ。

 俺様が直々に動く必要など無い。

 周りを使って、俺様の為だけに働かせればいい。


 そうすれば、俺を無視する奴は居なくなる。

 悪名でもいい。名声など要らない。地位も必要無い。



 ただ、モジュレ……お前さえ手に入れば、俺様は、俺は──

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