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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第五章 vsゲリラ豪雨
69/87

とりあえず決着と末路 Ⅱ

長い間お待たせして申し訳ございませんでした。

今回でvsJACK編は終わりになります……多分。

「よっと」


 観客席に飛び乗ったミツルギさん。軽い口調にだらんとした佇まい。敵意も悪意も感じないが、色々な事が起きすぎていてそれが皆の警戒を解かせようとしない。


「やれやれ、嫌われたもんだな」

「当たり前でしょ。でも……一つ聞かせて」

「おう。一つと言わずいくらでも聞いてくれ。どうせ後ろのアレが終わるまで出られないんだし」


 そう言っておもむろに座り、親指で後ろを指差すミツルギさん。

 背後では砂煙が上がり、竜巻やら爆発やら炎やら水やらしっちゃかめっちゃかで、スクリーンを見ても視点移動が激しすぎて、正直よく分からない。

 だけど時折人影らしきものが宙を舞っている。


 しかしそれらが起こる前、何故か人質とか言ってたはずのたくやさん達がスクリーンに映ったのにはビックリさせられた。

 次いでモジュレさんから、自分が知る限りだけど集まった人の全てがJACKのギルドによる被害者関連だというのも聞いている。


「あれを集めたのはあんた?」

「いーや。てか俺がまるで正義の味方みたいな言い方はやめてくれ。柄じゃ無さすぎて吐くわ。俺はただフレンドの依頼に応えたまでさ」


 何でもない風に言うミツルギさんは、どこかから取り出した青色のドリンクを飲み始める。


「そのフレンドは誰?」

「ノーコメント」

「その人が黒幕?」

「その団体が、かな」


 それを聞いて何か心当たりがあるのか、得心のいった顔をする伯爵さん。

 けれどエースはよく分かってないみたいで、質問を重ねようとするところへ、モジュレさんが割り込む。


「ごめんなさい、ちょっといいかしら?」

「ん?」

「さっきJACKは『モジュレ()が惚れている』みたいな事を言ってたじゃない?」

「ああ、あれか。まあ潜入する一環でな、ちょっとした情報操作さ」

「そんな簡単に言うけれど、情報操作なんてまさか……」

「おっと、それ以上は黙っててくれよ? ここじゃ人も多いからな」


 人差し指を立てて口に当てるミツルギさんは、どこまでも無邪気に笑っていた。



 程なくして……、というか十分も経たない内に【デュエル】は終了した。

 結果はJACK陣営の大敗。JACKもスキルを使わず体術で踏ん張っていたらしい(伯爵さん曰く)けど、ユニークスキルが使えない状態な上、MPが死んでも回復しないルールだったようで、集中砲火を浴びた結果がこの有様なようだ。

 アイテムは使えたみたいだけど、JACKの元々の戦闘スタイルがユニークスキルに依存するものだった為、上手く力を発揮出来なかったのが敗因との話だ。


【デュエル】が終わり、周りの景色が真っ白に塗りつぶされ、気付いた時には元の場所に戻っていた私達。

 やっぱり周りには私達とJACK陣営達しか居なくて、さっきのはもしかしたら夢だったんじゃないかと思うほど。

 だけど膝をつくJACKの顔は、さっきよりも更に悪くなっていた。



「お疲れさん」

「先せっ、いやっ、この……てめえぇ──」


 声を荒らげる寸前で、JACKの髪の毛を掴んで持ち上げるミツルギさん。

 顔をわざと自分に寄せて睨みつけている。


「さっきも相手側にも言った事だがな、俺は共闘者ってだけで決してお前の仲間じゃない。お前がどうなろうと、俺は強い奴とやれりゃあ満足だった訳だが……ユニーク頼りで己を磨こうともしない奴と戦っても、面白味も何もありゃしねえ。

 昔のお前はそうじゃなかったとも聞いて少し期待してたのかもな。……いや、今更な話か。

 お前との縁もこれで最期だ。じゃあな」


 吐き捨てるようにミツルギさんは髪の毛を勢いよく放すと、JACKは俯いたまま何かをブツブツ呟きながらスクリーンを操作している。

 そこに青薔薇さんが近づく。


「JACK……」

「違う、これは何かの間違いだ……。俺はランカーで、欲しいものは何でも手に入る。こんな結果を望んじゃいねえ。もう一度、もう一度、……」


『──借金が存在するプレイヤーは【デュエル】を行う事が出来ません。この操作は無効になります』

 画面に表示される文字を飲み込めないJACKは、何度も何度も無効になる【デュエル】申請を送り続ける。


「おかしい、なんで機能しない?! こんな時に不具合かクソ運営がっ!!」

「JACK」


 呼び掛ける声も届いていないのか、それとも気付いていないのか。

 次第に操作する手が荒々しくなり、壊れたテレビを直すように力任せに叩きつけ始めたところで、JACKの腕を青薔薇は掴む。

 だが煩わしくそれを振り払うと、自分勝手な言い訳を放つ。


「悪いのは周りの奴等だ、俺は……俺は何かしたか? そうだ! やったのは部下共で、俺は何もしちゃいない! 奴等が勝手に俺の為とか言って動いただけだ!」

「JACK!」


 再度腕を掴んだ青薔薇の手は、誰から見ても力の籠ったもので、少し震えているのが見て取れる。

 けれど想いは通じない。JACKは先程よりも強く握られた手に怒りを露わにし、今度は振り払うのではなく、殴りつけるように青薔薇の頬へとその拳を振るう。


 メキッ。そんな音がした。


 青薔薇さんは避けること無く、遮ることも無く、ただその拳を受けた。

 よろけながらも腕をギュッと握っていたが、流石に今度は簡単に振り払われてしまう。

 それでも何かを掴もうと、何も無い場所へ手を伸ばす。


「今からでもまだ間に合う! いや……、きっと時間はだいぶ掛かるだろうけど……。また二人でゼロからやり直して──」


 少し震えた声で話す青薔薇さん。だけど終わる前に画面を操作するJACK。だがその指が途中でいきなり停止し、誰かを探すように視線を彷徨わせる。やがてその目は、ある一点を捉えた。

 呼吸が荒く、眼光も鋭い。まるで獲物を狙うハンターのような視線。


「こんな事に何熱くなってんだ! こんなっ、こんなクソゲー! やってられるか!

 俺様に合うゲームはもっと他にあるんだ! モジュレ、お前もどうだ!? こんな世界より俺様と一緒に……」


 どこか懇願にも似たような歪んだ笑みで語りかけるJACKに、モジュレが向けたのは──


「可哀想な人」


 とても冷たい、感情の抜けきった顔だった。


「っ……お前も、お前も俺様をコケにするのか! この……っ、ブス! お前だけは俺に優しく……昔のお前はもっと……ッ! 俺様と共に来なかったのを後悔しろ!!」


 捨て台詞を吐き、遂には姿を消してしまった。

 それが伝播するように、JACK陣営の面々の殆どは逃げるか消えるかして、結局残ったのは青薔薇さんだけになってしまった。


「この分だとログアウト(落ちた)じゃろうな」

「だろうな」

「いいのか? あのまま放っておいて」

「構わねえよ。それにこのゲームで借金をたんまり作らせたんだ。オンゲーじゃまず出会う事はねえよ」

「そういう計画(コト)か」


 相変わらず話に付いていけずにいる私に、伯爵さんと話すミツルギさんとふと目線が合う。

 するとこちらに真っ直ぐ向かってくるので、どうしたものかとエースの後ろにそっと隠れる。エースは何かほっこりしている気がするけど。


「よっ、さっきぶりだな」

「あ、えと」

「そんな怖がる必要はもうねえよ。騙していたようで悪かったな。本当ならお前らを巻き込む予定じゃなかったんだが、青薔薇の報告を聞いた時、ちょうどいいタイミングだったもんでな」

「何? それってつまり、私達を利用したって事?」

「まあそうなるな」


 ミツルギさんの言葉に、エースが問い掛け、それに素直に頷く。

 頷いた事でエースの顔色が暗くなったように感じる。これ、怒ってるなぁ……。


「その事も含めて真相を話そう。お前らには聞く権利がある。どのみち問い詰められるんなら自分から話した方が楽だしな」

「そのフレンドさん(依頼主)とかには言わなくていいの?」

「あー、まあ終わった後は好きにしていいっつってたし、大丈夫だろ。

 それよりどこか落ち着ける場所へ行こう。ここだと人目がアレだからな」

「……分かった」


 何か言いたそうにしていたけれど、話が聴けるからか、素直に引き下がるエース。逆に怖いよ、うぅ……。

 こうして私達は【フェイエンヤード】を後にした。





「……で、移動したのはいいけど、なんでここなのかな? んん?」


 若干眉をピクピクさせているエース。

 実は今、私達のギルドの酒場に腰を落ち着けている。



【フェイエンヤード】から離れた後、話し合いは代表だけでいいだろうという事になって、モジュレさん、伯爵さんのギルドメンバーはそれぞれ散るように街中へと消えていった。

義憤(ネメシス)ファミリア】の皆は、代表者をたくやさんにしようとしてたんだけど……


「ミツルギが話してくれるから問題無いだろ!」といい笑顔でサムズアップする高身長の男性。

 名前はZX……って、あれ?! 確かこの人、皆が怒ってた理由の人じゃ?!

 たくやさんは「せめて礼を!」と言って抵抗してたけど、片手で軽々持ち上げられ、他のメンバーと同様にサンタさんの持ってるような袋に入れられ連れて行かれてしまった。

 というより、ハンマー投げの要領で飛ばされた。袋の紐を掴んで一緒に投げた張本人であるZXさんも飛んでいく。


 遠ざかっていく袋からは「ありがとう! こんな形になったけどほんと感謝してるから!」、「ほんとよ! 感謝してもしたりないぐらい。 てかどこ連れてく気よ!」、「ハァハァ……お持ち帰りぃぃぃ」、「翡翠の吐息が首に当たって気持ち悪い」、「翡翠やめろ、抱きつくな。俺はアリアちゃん一筋なんだ。てかZX! 一人海老反りになってる奴いるから!」、「恩人に頭を下げたいのにこの体勢」などと色々な言葉が飛び交っている。


 その去り(飛び)際、「礼なら俺にいい考えがあるぜ!」とZXさんが袋の皆へ話しているのが聞こえてきた。

 何かエースが悪巧みしてる時の顔に似てたけど、大丈夫なのかな?



 など、ちょっとしたハプニングはあったけれど、最終的に私、エース、伯爵さん、モジュレさん、青薔薇さん、ミツルギさんで話をする事になった訳だけど……。


「何かお前らのギルメン多い訳だし、青薔薇から聞いた限り一番でかいギルドなんだろ? ちょっと邪魔するぜ!」


 そんな軽いノリでここに来たのだった。道中、【天空都市:アエリア】まではちょうど六人というのもあり、伯爵さんがパーティーリーダーを務め【長旅の回想】を使用した。

 そこからは徒歩だったんだけど、歩きながら喧嘩するエースとミツルギさんにすれ違う通行人がドン引きしてたっけなぁ。

 ちなみに私は途中でエースに「疲れただろうから運んであげるよ」と抱き抱えられていたりする。伯爵さんとモジュレさん、そしてミツルギさんからも生暖かい目を向けられたので、恥ずかしくなって降ろしてほしかったけど。うん、忘れる事にしよう。

 青薔薇さんは終始透明になって存在感を消していた。


 ギルドに着くと酒場へ。

 円形の机にミツルギさん、私、エース、モジュレさん、伯爵さん、青薔薇さんと座ったのだった。





「まあいいわ、それは一旦置いとく。で? 洗いざらい吐いてもらおうわよ」


 机をバンッと叩き凄むエースを前に、カエルの足のようなものを食べ始めるミツルギさん。まだ若干ピクピク動いているのが気持ち悪い。


「んー、まあ長くなるんだが……寝るなよ?」


 ゲームの中で寝るってどういう感覚なんだろうと、ちょっとした疑問を思い浮かべながらも、ミツルギさんの話に耳を傾けた。


「まずは経緯からだな。始めは些細な事だったんだが、フレンドから変な手紙が来てな」

「変な手紙?」

「ああ。タイトルは何も無く、内容が一言『お前さん、強い奴と戦うのが趣味だったよな?』ってな。

 そりゃ好きだし趣味でもあったが、わざわざそれを知ってる奴がなんで聞いてくるのか、ふと疑問に思ってな。会って直接話をした末に、あるギルドが別ギルドに対して不正行為を働いて問題になっていると相談してきた」

「フレンドに聞くまで、そんな事も分からないでいたわけ?」

「おいおい、お前に言われたかねーな。そもそもエース(お前)も俺もソロプレイヤーだぜ? ギルド同士の抗争なんて知る訳もねぇし興味も無えだろ。

 だからそんな事が起きてるのかって最初は笑ったもんだ」


 ハハハと笑い声をあげるミツルギさん。だがすぐにそれは止む。

 直後、カエルの足のようなものの骨をバキバキと噛み砕く音が響く。


「だが俺個人が下っ端と思われる傘下の人間に接触して情報を集めてみれば、どうやらJACKという男が不当な手段で、部下に【デュエル】をやらせて装備や金を巻き上げている事を掴んだ。

 しかもその被害があった奴の中には、俺が以前戦った事が者も数多く居てな。最近見ねえと思っていたら……。

 フレンドも同じ情報を掴んではいたものの、運営に通報してもトカゲの尻尾切りになるとか言ってな。まあ言動が変だったんで問い詰めてみりゃ、被害者の会ってのが復讐する機会が欲しいから、通報そのものに制限を掛けていたんだそうだ。

 運営に任せればそりゃあ問題自体は解決してくれるが、恨み辛みまで消す事は出来ない。気持ちの問題だからな。

 正当性や正義をひけらかす真似をする気は無い。けれど、仲間を侮辱されたままで終わらせたくない。

 だが機会を与えようにも、元々は負け組集団。姑息な真似をされずとも、単純な戦闘力じゃあ敵わない。接触しようにも顔も割れていて動く事が出来ない」

「なるほど。だからあなたに白羽の矢が立った訳ね」

「そういう事だな」


 いつの間にか残り一欠片になった肉片を空中に放り投げ、ごくんと飲み込む。

 話に夢中で周りを見ていなかったが、よく見るとモジュレさんの前にも美味しそうな香りの紅茶が置かれている。


「ユイさんも飲む?」

「えっ、飲みたいです!」

「ふふっ」


 視線に気づいたモジュレさんがそう提案してくれた。微笑みながらもスクリーンを操作すると突然目の前に出現するカップ。何か皆、椅子とかお茶とかお肉とか色々持っているんだなぁ。

 紅茶のいい香りを楽しみつつ一口飲んだ後、ミツルギさんが話を再開する。……待っててくれたのかな?


「最初はちょっとした噂話を流す事になった。『モジュレはミツルギの戦闘スタイルに惚れている』っていう、極々単純なやつをな」

「はぁ? ああ、なるほど。それで……」

「JACKの事はちょっと異常と思われるほど調べられてたからな。案の定、簡単に向こうから接触を試みてきた。

 元々俺がソロプレイヤーだって事も、ギルドに一切入ってなかった事も、奴にとって都合が良かったんだろう。戦闘面じゃ上から数えた方が早いってのもあって、噂は真実として受け入れられるのも案外直ぐだったな。

 以来、俺を先生と呼び慕うようにもなった。

 もちろん、『慕う』なんてのは奴に益があるからで、心の底から思ってはいなかったんだろうがな。

 そうして奴の相談役となったある日、俺はある取引を持ち掛けた」

「取引? 【デュエル】する約束とか?」

「ああ……それもまあ言ったんだが、警戒心が強くてな。また今度だとか次になとか言って、まともに取り合っちゃ……あー今それは置いとこう。

 俺は奴と戦闘、正確には今後関わる【デュエル】に関してある契約を結ぶ事にした」



『一つ、契約中、『ミツルギ』の名を使わない事。

 一つ、共闘は【デュエル】のみとする事。

 一つ、【デュエル】の際、ターゲットとなる相手又は強い相手との戦闘は、全てにおいてミツルギを優先する事。


 上記に同意する場合、【デュエル】に置ける掛け金は全てJACKへと設定するものとする』


「最初のは単に潜伏しやすくさせる為だけのものだな。別に名前バレしようとも動けない訳では無かったが、配下や雑魚が介入するのは出来るだけ避けたかったし、JACKと幹部だけに絞りたかった。まあこれは依頼主の都合だったが。

 それに名バレしていない方が、傘下のギルド内を自由に都合良く動き回れるからな。

 二つ目は詐欺や恐喝などの犯罪行為に加担はしない。俺はあくまでも【デュエル】にのみ共闘するって話だな。以前からも何度か誘いはあったんだが、流石に鬱陶しくてな。いい機会だったんでついでに、な。

 三つ目は半分俺の趣味だな。

 セコセコ動き回っちゃいるが、やはりそこはトップランカーの一人と言うべきか。元々名が売れているのもあっただろうが、【デュエル】する相手はレア(ドロップ)やらユニーク保持者(ホルダー)の強敵、難敵ばかりときた。

 だがお陰様で勘も腕も鈍る事無く、俺に意図的に強者を集中させる事が出来た」

「はぁ〜……色々突っ込みたいんだけど、それって結局JACK側に加担してるってだけじゃないの?」


 皆も同じ事を思っていたようでウンウンと頷くと、ミツルギさんは少し考えてから話を続けた。


「んー、まあそうだなぁ、そうとしか見えないか……。話は少し変わるが、JACKが着ていた装備は覚えているか?」


 突然の脈絡の無い話題に首を傾げる一同。

 けれど関わりのある事なのだろうと、特に突っ込む訳でもなくエースは答えようとするが、名前が思い出せず伯爵さんの方を見る。

 視線に気付いた伯爵さんが、代わりにそれに応えた。


「確か【清浄】シリーズだったかな? 記憶が正しければ……、【地底湖:ガナム】の巨幻竜(きょげんりゅう)が落とすレア(ドロップ)だったか」

「ああ。伊達に最古参やってねえな。あれと同じやつをZXも着ていただろ?」

「着てたけど……だから何?」

「あれはどちらも同じZXの装備なんだよ」

「……ん?」


 言われて首を傾げる私達を見て、ミツルギさんは言葉を変える。


「厳密に言えば、『ZXの装備の劣化品』なんだがな」

「どういう事? 装備なんて無限に持てるんだし、同じの持ってても不思議じゃないじゃない」

「説明が難しいんだが……そうだな、最初から言うか。実は戦う時に俺は相手に【デュエル】を仕掛けている」

「それが何?」


 それを聞いて伯爵さんが何かに気付く。モジュレさんもハッとなり気付いた素振りを見せているが、エースはよく分かってないようだ。皆のレベル的に置いてけぼり感が出ちゃうのはしょうがない事だけど、同じ心境の人が居るだけでちょっとほっとする。


「それはまさか、【デュエル】中に【デュエル】を仕掛けるって訳では無いじゃろうな?」

「ご明察」

「馬鹿言え。吾輩も過去に試した事はあるが、そんな事は出来た試しが無い」

「そうね。私もギルメンと試した事はあるけれど、『デュエル中にデュエルを行う事は出来ません』と出るだけだったわ」


 伯爵さんとモジュレさんが反論するが、ミツルギさんは涼しい顔で二人を制す。


「流石、有名ギルドのギルマスは仕事が早い。いや、伯爵の方は今は違うんだっけか?

 そうだ、普通ならこれは使えない。だが例えば、『ユニークスキル持ちのプレイヤーが他のプレイヤー達の【デュエル】に参加する』という形ならば?」

「そんなもの、吾輩もやった試しはあるが──」

「『公式イベント終了後、一週間以内』でもか?」

「むっ」


 ミツルギさんの言葉に黙り込む伯爵さん。代わるようにエースが話に加わる。


「でもさ、それが真実で出来るとしても、結局ただ【デュエル】が出来るだけなんでしょ。何の意味があるのさ」

「ただ出来るだけじゃない。その方法で【デュエル】すると、賭け金が分裂するんだよ」


 一瞬、場が凍り付いたように静かになる。遅れて反応が来たように、驚きと困惑の言葉が発せられる。


「は?」

「それはまさか……」

「分裂だと?!」


 その言葉にエース、モジュレさん、伯爵さんが三者三様の反応を見せる。

 私はよく分からないし、青薔薇さんも驚いてはいるけれどどこか得心がいった表情をしている。


「恐らくユイは……ああ、名前は呼び捨てでいいか? どうも昔からさん付けとか苦手でな」


 ブンブンと縦に首を振るだけしか出来ない私に、少しだけふっと微笑むミツルギさん。優しい笑顔だけど、私の中の印象があのイベントの時からあまり前進してないのは、きっと言動の端々に「強い奴と戦いたい」欲求が強いからな気がするのと、前までのトラウマに似たイメージのせいだろう。でも悪い感じがしないのは不思議でならない。


「ユイ以外は分かってると思うが、まあ一応聴いとけ。

 これはゲーム用語……って訳でもないんだが、『バグ』と呼ばれる現象の一つだ」


 バグ……虫の事かな? 嫌だなーと思ってたら、「虫じゃないからな?」と突っ込まれた。なんで分かったの?!


「いや間違っちゃいないがな……、その顔……ユイは割と表情に出るタイプだから、少しは感情を制御した方が今後の戦闘に──」


 言葉を続けようとしたミツルギさんの首筋に、細くて長い針が突き立てられる。


「ユイはこのままが可愛いの。どこぞの戦闘狂と同じ考えで洗脳するのは止めてくれないかな?」

「はははっ、怖い怖い」

「いいから話を進めて。それとも【猛毒】にでもなりたい?」


 両手を上げヒラヒラと動かすミツルギさん。針を仕舞い睨みつけるエースに促され話を戻す。


「バグってのは主に、製作側が意図しない動作をしてしまう現象の事だな。

 例えば右手を動かすと何故か左手が動くとか。歩いているはずなのに後ろに下がっていく、とかだな。

 本来の行動とは全く違う、作者すら予想していないものって感じだ、理解出来るか?」

「えっと、なんとか」

「よし。でだ、さっきの『【デュエル】中に【デュエル】をする』ってのは、本来は出来ない行為なんだ。絶対な。

 けれどそれをやれてしまった場合、やった時のプログラムがそもそもされていない、製作者側にも未知な動作が発生してしまうって話だ」

「な、なるほど」

「じゃあ問題はどうなるか、だ。これはさっきも言ったが分裂する。こういうのをゲーム用語で『増殖』と言う。言い方は色々あるが一般的ではな」


 あくまでも軽い口調で語りかけるミツルギさんだが、エースやモジュレさん、そして伯爵さんまでもが背中が寒くなるような視線を送っている気がする。

 だから私は申し訳なさそうにミツルギさんへと視線を送ると、「はははっ、ユイも大変だな」と一言添えた後、話を続ける。


「分裂する、と言っても全てがそうなる訳じゃない。例えば金や人の異動、言動を縛るような契約などには効果が無い。逆にそんなもの縛れるのか、って感じだがな。効果が適応されるのは『装備』、『アイテム』、『スキル』、この三つだけだ。検証された結果、これ以外じゃ増える事は無かったらしい。

 そしてこの『分裂』自体にも様々な欠点が存在する。

 簡潔に言えば、この方法で分裂した報酬は必ず劣化するという点だ」


 伯爵さんとエース、モジュレさんが「らしい」の部分でピクっと反応した気がするが、私はそれより先に疑問を口にしていた。


「劣化……ですか?」

「ああ。ユイは知ってるか分かんねえが、例えばスキルだとレベル10の物を賭けていた場合、大抵はその半分のレベルにまで落ちてしまう。アイテムなら効果に加え個数も減る。

 そして装備の場合、性能や効果が落ちるのに加えて譲渡不可、売却不可、倉庫経由によるサブ((アカウント))からの引き出しが出来ない。ハッキリ言ってしまえば、処分不可のゴミ装備が出来上がるって訳だ」

「ちょっと待って。もし貴方の言う事が真実で、それが出来たとしても元々の賭け金が無くなる訳ではないのでしょう?」

「その通りだモジュレ」

「だったら──」


 困惑するモジュレさんの前に手のひらを突き出し、「この話にはまだ続きがある」と言って落ち着かせる。


「そう、そこがキモだ。

 これはあくまでも分裂する賭け金の話。

 じゃあ例えばだが、【デュエル】の内容にAという掛け金が設定されていたとする。そこへ更に別の者が【デュエル】を割り込み、前者と全く同じAという掛け金を要求する。するとどうなる?」

「はぁ、さっきあんたが言ったじゃん。『賭け金は元々の物と分裂した劣化品が出来る』って」

「ああ。じゃあ、その二つの賭け金──」



 ──どっちが本物を手に入れると思う?



「「はぁ?」」


 エースとモジュレさんの声が重なる。伯爵さんは答えに行き着いているのか、一瞬だけ驚きの表情になったが直ぐに冷静さを取り戻す。青薔薇さんは……何か知ったような、思い出しているようなそんな顔。


「この【デュエル】中に行う【デュエル】というのは実の所、前者よりも後者が先に勝利した場合、賭け金が先に支払われる事で起きる『賭け金の消失』を利用したバグだ。

 つまり、賭け金そのものが無くなってしまった場合でしか分裂は起こらない。仮に前者が先に勝利した場合、後者の【デュエル】はどんな状態であろうとも無効になる」

「つまり、どういう……」

「分かってるんだろ、もう」

「いいから答えて!!」

「…………。俺は【デュエル】を仕掛けて本来の掛け金を横取りし、分裂した劣化品がJACK側へと渡る。そして予め【デュエル】内容に『なお、この【デュエル】で受け取った賭け金は元々の【デュエル】終了後、持ち主に自動的に返却される』という一文を載せておく。

 バグの中、この一文が正常に機能するかは疑問だったが、フレンドがその辺も調査してくれてな。上手い具合に事が運んだ。

 劣化品の【譲渡】出来ない、売却出来ない言い訳をJACK側に流すのはなかなかに難航したが、最終的にアップデートでそうなったという噂が流れたのお陰でなんとかなったよ。はははっ、フレンド様様だな」


 まるで他人事のような感じで喋るミツルギさん。けれどそれを聞いた青薔薇さんには、何か思うところがあったみたいで。

 顔色を青くさせたり、泣きそうになったり、はたまた影を落としたり。

 でも落胆した、とかでは無く、少しホッとしたような胸を撫で下ろしたような、そんな感じだ。


「じゃあ、僕らは……今まで……」


 呟くような掠れた小さな声だけど、そこに若干の喜びの感情と安堵が含まれてるような気がする。

 そこへミツルギさんはすかさず釘を打つ。


「だがこれが出来たのは装備が賭け金になった場合だけだ。誘導は出来ても、奴の傘下は多い。被害者が全く居なかった訳じゃないし、俺も途中からだったしな。

 だが、お陰で反抗勢力を集めるのにそう時間は掛からなかった。

 念には念を入れて、俺が倒した奴等には口封じと潜伏を頼んだんだが、なんか変な感じになってたみたいで悪かったな」


 謝るミツルギさん。多分、たくやさん達の事を言ってるんだと思う。

 でも話を聞いた限りだと、そうなる運命は確定的だったように思える。

 エースを見ると同じ事を思っていたようで、けれど肩を竦めて首を振っている。


「謝るのは本人達にでしょ。というか、別に悪いとも思ってないんでしょ」

「いやいや。本当に悪いとは思っている。けどな、俺はそもそもソロでやってるプレイヤーだぜ? 当然……、でも無いが人のいざこざには疎いし、元々は頼まれただけだからな。細かい事までは面倒見れねえな」

「色々酷いというか何というか……」


 エースが呆れた顔で言う。他の二人も同じような、読み取れない感情を抱えた感じだ。青薔薇さんは……うーん、難しい悩んだ感じかな?


 しかしここで少し疑問が湧いたので小さく手を挙げて聞く。


「あの、潜伏と言っても結局は居なくなった事に変わりは無いんですよね?」

「別に潜伏っつってもゲームをしない、引退した、なんて事じゃない。簡単に言えば別鯖……レッドサーバー以外のサーバーに一時避難した形になる。

 サーバーは言わば別の世界線、同じような並行世界と考えるといい。……­­難しいか」


 私が「?」と思っていたのが顔に出てたようで、気付いたミツルギさんがもう少し砕いて説明してくれる。


「あー、そうだなぁ。ゲーム知識もあんまり知らないみたいだし……鏡の世界、とは少し違うが似ているものだろう。

 全く同じように見えて、そこは反転した別の世界だ。見える景色は同じでも、細かいところで少し違う。

 それはキャラも同じで、サーバー間をキャラが移動する事は基本的には出来ない。基本的には、ってのは単に課金すればその権利が買えるから、ってのは今はいいか。

 一時避難していた奴等は、主にブルーサーバーの方でキャラ作って遊んでたな。初心者が多いサーバーな事もあったが、割と狩場荒らしに近いレベルでモンスターを狩りまくっていたな。

 技量から見ても青鯖(ブルーサーバー)では見られないような変なスキル使ってたり、初心者にしてはレベル上げ速度が異常だったりで、普通に赤鯖(レッドサーバー)の人間だとバレていたな。まあ必然だろう。

 それぐらいお気楽やってたぐらいだから、本人達的には夏休み程度の認識でいたと思うぜ?

 だが負けた悔しさや仲間への躊躇いなんかはあっただろうから、それをぶつけていたのかも知れんが。

 そんな訳で、確かに赤鯖からは『居なくなった』が本当にゲームを辞めた意味での『居なくなった』って事じゃないからな?」


 それを聞いて安心した。一応さっき見たから分かってはいたけれど、別に皆に顔を合わせづらくてとかゲームが嫌いになったとかじゃなくて、単純に力を集めていただけだったって事のようだ。


「なるほどね。動機や今までの行動についてはまあ不透明なところも無い訳じゃないけど、大体は理解した。けど、結局それがどうしたのって思うわけ。JACKに対する戦力を集めたのは分かるけど、それでアイツが諦める訳は無いし、何が変わるわけでも──」

「借金じゃよ、エース」


 問い詰めるエースに予想外の方向から答えが返ってきた事に驚き、けれど直ぐに考える素振りを見せるが首を捻る。それを見て更に続ける。


「昔まだ、VRMMOが無かった時代の話だが、その頃からこういう行為は横行していたそうじゃ。まあ犯罪が無くならんのと同じじゃな」

「? 一体何の……」

「まあ聞け。その頃から問題視されていた”ゲーム世界内に置ける犯罪”は、知っとると思うがペナルティを与える事で解決してきた」


 私にはあまり理解出来ない話だけど、同じような話はニュース特集などで聞いた事がある。

 要は昔のSNSは取り締まりが、今みたいにそれほど高度では無かった為、運営している会社などが決めた規則に基づいて、アカウントの凍結をしていた、みたいな事だと思う。

 伯爵さんの言う”ゲーム世界内の犯罪”がどういうものかは分からないにしても、多分私が知ってるものとさほど変わるものでも無いんだろう。


「が、これもゲームならではというかだが、ペナルティを食らってもアカウントなり機種そのものを変えてしまえば、容易に繰り返す事が出来てしまう」

「そりゃあね。実際、今でもブラウザゲームじゃ普通にあるぐらいだし」

「じゃな。しかしVRでは特殊なアカウントを使う。ここまで来れば分かるじゃろ?」

「そっか、”生体アカウント”!」



『生体アカウント』

 この言葉自体には聞き覚えがある。

 確かハードを買う時にそんな説明を聞いた気がする。……内容は覚えてないんだけど。

 私が頑張って思い出そうとしていると、エースが肩をポンポンと叩いてきた。

 振り向くと、言葉にしないまでもその顔には『どうせユイの記憶力じゃ思い出せないから』、みたいな諦めの表情が浮かんでいる。顔がうるさい。キャラは美人さんなのに。

 そういう訳でピンと来てない私に、エースは黒板を用いて説明を始めた。


「いい? ユイ。『生体アカウント』っていうのは、要は自分の身体そのものをアカウントの(パスワード)に使うものなの。これはVR特有で他のゲームには存在しないわ。

 普通の『アカウント』っていうのは、自分で(パスワード)を入力・設定するものだけど、『生体アカウント』ってのはログインした瞬間から自動的に設定されるの。ここまではいい?」


 素直に首を縦に振る。流石の私でもこれくらいの理解力はある……はず。


「でね、『アカウント』の欠点っていうのはさっきも言った通り、新しい機種なんかで入ってしまえば、例えペナルティでログイン禁止にされてしまっていても、簡単に入る事が出来てしまうって事なの」


 要は犯罪をして刑務所に送られても、お金を沢山払って出てきて、また犯罪を繰り返す、テレビでそこそこ見るアレみたいな感じだろう。……違うかな?

 微妙に間違っている気もしないでもないが、私の表情からざっくり理解しているだろうと判断され、続きを話し始める。


「そこでVR全般で取り入れられたのが『生体アカウント』というシステムなの。これは簡単に言ってしまえば、指紋認証だとかDNAだとか虹彩認証だとか……。

 とにかくそういう生体認証の分類に入る技術ね。

 それでユイは知らないだろうけれど、VRゲームを売り出している会社は幾つかあるわけなんだけど、その全社が協定を結んである規約を作ったの。それが」

「『ゲーム世界に置ける犯罪への現実的刑罰化』だな」


 エースが言おうとしていた台詞をミツルギさんに取られ、ムスッとしている。あとで慰めが必要そうだ。


「普通のブラウザゲームやソシャゲでは、違反したとしてもゲーム内でのペナルティしか科せられない。が、VRではゲーム内容にもよるが、その描写や感覚はリアルのものに限りなく近い。それこそ、ゲーム世界での殺人を覚えたプレイヤーが、一時現実世界でも殺人するようになった時期があったぐらい、な」


 これは歴史の授業でも聞いた事がある。

 確か、VRゲームがようやくフルダイブ型になった時期に、戦闘が楽しくて仕方がなかった中学生が、現実でも人を殺してみたかったという理由で殺人を犯し、そのニュースで連鎖的に拡大した、みたいな話だ。

 おかげで当時は発売中止に追いやられたと、先生がしょんぼりしながら語っていた。


「まあその後、色々な研究を経て依存性の解明がされつつあり、殺人をした時の高揚感の抑制や表現そのものの幻想(ファンタジー)化など、対策を講じた訳だが。

 最終的には現実世界でも刑罰を適用する事に落ち着いたって話だな。これは法律化もされてる立派なものなんだぞ?

 ああ、だけど今するのはこの先の話だ。勘違いするなよ」


 頭に「?」を浮かべる私。

 てっきりJACKが現実世界で裁かれるのかと思っていたら、何か少し違うようだった。


「確かに罰則はあるが全てが完璧って訳でもない。特にゲーム内での犯罪なんて、現実世界ほどじゃないが割とよく起こる。それにいちいち対応していたら、って事だ。

 つまりある程度の犯罪(コト)は無視されてしまう。

 それにJACKは多分それも知ってたんだろうな。ゲーム内での犯罪っつったら、モジュレのストーキングと恐喝ぐらいだろう。

 こういうのもあれだが、恐喝は形は違えどMMOじゃよく見かけるからな。聞いた事あるか? クレクレって名前なんだが」


 クレクレ、とは確か乞食って意味だったはず。

 物やアイテムを無償で下さい! くれ! くれ! から来ている、とメモにちっちゃくイラスト付きで書いてあった。画力の方に目が行きがちになりそうな、そんなハイレベルなクオリティのやつ。

 恐喝とは似て非なるものだ、と伯爵さんが補足する。でもやってる行為そのものに大した違いは無いんだって。


 それにしてもストーカーで捕まらないなんて、嫌な感じだなぁ。滅べばいいのに。

 けれど確かに、殺人とかと比べると扱いが軽くなってしまうのも、仕方ない……とは思いたくないな。同じ女性として。

 でも、こう言ってしまうのもどうかな? とは思うけれど、結局は見た目はキャラクターなわけで、JACKは何がそんなに執着するものがあったのか、とても不思議でならない。

 まあエース曰く、『ゲームってのは変人の集まりなんだよ』って事らしいし、きっとJACKもその類いだったのかなと一人納得した。


 けれどモジュレさんは確かに嫌そうで、でもどことなく悲しそうでもあった。そう言えば青薔薇さんともそんなに初対面って感じじゃないし、何処かで昔会った事あったのかな?

 でもあんまり人の過去に踏み込みすぎるのも……ううん……。


 私が全然関係ない事で悩んでいると、ミツルギさんが何か勘違いしたようで、補足説明をしてくれる。


「まあ小さな犯罪を無視するとは言うが、それは通報も何もされない場合だな。プレイヤーには『運営に違法行為をしているプレイヤーを通報出来る』システムがあって、それをすれば直ちにログや行動を調べてくれる。時間は掛かるがな」


 そういやメニューに『通報する』という項目が、隅っこの方にあったような気がする。特に気にも止めずにいたけれど、なるほど、これがそうなのかと改めて見返した。

 スクリーンを確認し終えた私を見て、再び元の話に戻ったミツルギさん。


「それでだ、さっきの集団【デュエル】の賭け金だが、一人一人に対して500万palの金を設定した」


 その金額に「それって多いんですか?」と聞く。

 私が今までエースに貰ったものの価値は、実のところ知らない。せいぜいが露店や雑貨屋、武器防具などを買ったぐらいだが、それでも10万pal行かなかったほどだ。

 あくまで買ったもの限定で、この腕の武器なんかはきっと凄く高いものなんだろうなぁ。

 しかしミツルギさんは普通に言う。


「ん? まあ普通に言って安いな」


 え……安いんだ……。

 心の中で思ったはずが顔に出ていたらしく、ミツルギさんは苦笑いを浮かべて言う。


「まあ、俺達はJACKほど横暴じゃないんでな。本人をボコボコに出来る権利分を差し引いてあるよ。だが、あの時戦ったプレイヤーの総数は三桁以上に上る。当然だが、そんな金額払えるプレイヤーは居な……いや、アイツらが多分……いやいや、あれらは例外か」


 ブツブツ言うミツルギさん。首を傾げる私に「いや、そんな奴は居ない」と若干強引な感じで言う。

 単純計算でも5億以上だよね? そんな人達が居るのかぁ……。

 しみじみ思う私は、ミツルギさんが伯爵さんやエースの方に視線が向いていたのに気付く事は無かった。



「それで、その金額が払えなかったどうなるんですか?」


 この質問に「いい質問だ」とミツルギさんは言う。


「それこそが今回の目的。払えなかった場合はそのプレイヤーの持ち物が勝手に売られていく。ギルドを持っていてそいつがギルマスの場合、ギルド内の物も勝手にな」


 少し酷い話だなと思う。

 ギルド内の物、というのは私達にはあまり馴染みの無いものだけど、家具やインテリアを設置出来る。他にもアイテムや装備を置いておける金庫があったり、モンスターをペットにしたりも出来るらしい。

 そういうものはギルドメンバー共有の物として扱われ、ギルドマスターと権限を与えられた者達が、配置や撤去が出来るというものだ。

 それを勝手に売られていくなんて、思い出の品をお母さんに処分されるぐらい悲しい事に違いない。


「そしてそれでも足りない場合、そのプレイヤーは【借金】という状態異常に掛かる。

 この状態異常は解除がまず出来ない。ギルド本部で入金出来る場所があるんだが、そこから返金し切らないと消える事は無い。

【借金】状態の特徴として、店などでの買い物が出来なくなる。売るのは出来るがな、買値が三割ぐらい減らされる。まあ利子が無いがこれがキツい。

【譲渡】も出来ないし、逆に貰う事も出来ない。

【デュエル】を挑む事も受ける事も出来なくなる。

【オークション】ってものがあるんだが、当然それも利用出来ない。

 他、金が必要になるスキルの使用が出来ないし、モンスターから金を拾う、奪う事が出来るスキルも成功率が極端に下がる。

 簡単に言えば、金に関わる全てにおいて何らかのペナルティが掛かった状態になる」


 なんだか……聞いてるだけで悲惨というか。

 まあ多分、JACKは【デュエル】を利用して散々同じような事をしてきたんだろうな、とは思っていたけれど。こんなに重いものだとは思ってもみなかった。


 けど、同時に思った事もある。


「あれ? でも、今回【デュエル】した人の中に、多分まだ【借金】している人とかって」

「当然居る」

「でもさっき、【デュエル】は挑めないし受けられないって」

「それは当人がやった場合の話だ。他の奴が参加人数を募る際、別に【借金】状態の奴が居ても問題は無い。ただ賭け金は受け取れないんだがな。それでもいいかと事前に許可を貰った奴等だけあの場に居た。よっぽど恨み辛みが溜まってたんだろうな」


 笑って話すミツルギさん。だけど、きっとその人達からすれば大きな事で、ずっと耐え忍んでいてやっとの想いで叶った事なんだろうなと涙ぐむ。

 たくやさん達だって、言葉にはあまりしなかったけれど、やっぱりZXさんと一緒に居た時に見せた笑い顔は、今まで見た笑顔よりもよほど自然なものだった。

 緊張や不安から解放されたのもあるだろうけど、一番は積年の恨みが果たせたところが大きいのだろう。

 そして更に続ける。


「JACKは今、というか奴のギルドに所属していたメンバー全員だな。そいつらは【借金】になっている訳だが、この状態異常に掛かってる奴が他のVRゲームをやったとしよう。

 すると普通なら問題無くプレイ出来るが、『生体アカウント』があるせいで他のゲームの悪事が一発でバレる。するとどうなるかと言えば、あるゲームではログイン出来なかったり、あるゲームでは行動に制限があったりと、特殊な規制が掛かる事になる。

 これは【借金】ないしは他の犯罪行為での状態異常でも同じで、それを行ったゲームで罰金やら特定行動を終えない限り、他のVRゲームもプレイ出来ない状態にされる。

 つまり、JACKは今まさに大きな負債を抱えてて、なおかつ他のゲームも制限があり、返し終えるまではまともなプレイをさせてもらえない、って状態だ」

「でも、それを返し終わったら、また悪事を働ける訳なんですよね?」

「悪事に関しちゃ別問題だが、そりゃ無理だろ。【借金】の返済に物を勝手に売られるとあったが、ありゃ相当安値で捌かれるし、バグの装備なんかは存在しなかったものとして価値無しの上、消滅する。店の割引いて買い取りも地味だが痛い。実際に返せる奴は極僅かだし、そもそもそんな奴が返そうなんて思うかどうか……。

 ギルドメンバーもそうだが、アイツらはお零れ貰って生きてるような連中だからな。大した蓄えも無いだろう。

 ギルド自体も差し押さえ状態で、部屋に入る事は出来るがギルドスキルなんかの一切は使えないしな。

 ふむ、そういう意味じゃ今回リスク回避出来たみたいで良かった(・・・・)じゃないか、なぁ、青薔薇?」


 ミツルギさんが含みのある言い方で青薔薇さんの方を見る。

 しかし青薔薇さんは目を閉じて黙り込んでいた。

 何の反応も示さない青薔薇さんを見て、ミツルギさんが脇腹を突っつこうとしたその時、急に立ち上がり言う。


「そのギルド、買い取る事は出来るんだよね?」


 急に立ち上がった事にも驚いたが、それよりも一瞬、「こいつ、バカか?」みたいな顔でキョトンとしたミツルギさん。しかし直ぐに飄々さを取り戻す。


「確かに、他人が買い取る事でその【借金】を相殺させる事は出来るらしい。実際やろうなんて思ったバカも、やったバカも見た事無いが。

 それを無理矢理文買って、自分も【借金】を負った状態になる事も出来るらしいが……おいおい正気か? 言っちゃなんだが、お前もアイツに振り回されてたクチだろ?

 俺は調べて知ったが、割と有名な話でもあるんだろ?」


 その話に頷いたのは伯爵さんとモジュレさん。


「まあ、噂でだけだがな。しかし共犯は変わらんじゃろう」

「ええ、残念ですが。ミツルギさんはどうやら犯罪行為はしていないようですが、青薔薇は指示されていたとはいえ、既に幾度と無く問題行動を起こしている事でしょう」


 青薔薇さんは何も言わなかった。何も言わない事が逆にそれを物語っていた。


「まあ俺も犯罪行為を見逃していた、って言われれば同罪なのかも知れんがな。

 しかし青薔薇、さっきはあんな口調で言ったが、お前はそもそも依頼にも名前が載って無かったからな。それほど恨まれるような事も」

「僕は、……僕も同罪だよ。JACKの言いなりになって、間違っていると分かっていたとしても、彼の言葉で動いていたとしても、結局最後は自分の意思で従っていたんだから。

 だから僕も、同じ罰は受けなくちゃならない。

 けれど僕は、ギルド再興を目指すよ。

 あの場所は、とても思い出深いものだからね」


 そう言った。その顔はとても悲しそうで、だけど、とても決意に満ちた瞳をしていた。







「行っちまいやがった……」


 ミツルギさんがボソリと言う。

 彼がそういうように、なんだかとてもヤル気に満ちてギルドを出ていった青薔薇さん。

 私達には「色々迷惑かけてごめん。今は何も出来ないけれど、必ずこの恩を返しに行くよ」とだけ言って。


 皆、特に私とモジュレさん、そしてミツルギさんは「もう少し考える必要があるんじゃないか?」と言ったが、「これが僕の進むべき道だよ」とスタスタと去って行ってしまった。


「良かったのかしら?」

「まあ本人がヤル気だし、いいんじゃない?」

「うーむ。確か【借金】はそんな簡単に返せるものじゃなかったと思うがのう」


 それぞれが口々に言うのを見ると、やっぱりもう少し引き止めた方が、と思ってしまう。

 私自身、青薔薇さんと話してみて、別にそんな悪い事をしているような人には思えなかった。

 けれど本人が自白し、自らその罪を背負うと言っているのだから、引き止めるのも……と思ってしまう。ううん、難しいなぁ。

 私の脳内容量が限界に近くなっているそんな時、しかしまだ問題が残っているぞとミツルギさんは言う。


「まあ今のは単に【借金】を課して直ぐには活動出来なくしてやろう、ってだけの話で、今まで通報に制限を掛けていたらしいが、それも今回の騒動で解禁するらしいからな。【借金】であくせくしているところ悪いが、そこに+ペナルティも追加される。

 青薔薇はBANなんてされないだろうが、JACKはどうだろうな。

 ああ、ついでに言えばBAN食らった奴が他のVRゲームをやろうとしても……言わなくても分かるだろ?」


 悪い笑みだ。凄く悪い笑みを浮かべている。この笑い方はよく知ってる。何せエースもこんな感じの笑い方をするのだ。……ランカーの人って皆こうなの?


「まあ腑に落ちないところもあったと思うが、人生そうしっくり終わる事の方が珍しい。ハッピーエンドとは程遠いが、当人達が決めた道を暖かく見守ってやろうぜ」

「あんた……どこまでもそんな感じなのね」

「元々そんなに興味無いからな、奴等の事も被害者の事もぶっちゃけ結末なんてどうでもいい」


 あっけらかんと言うミツルギさんの態度に、もはや何を言っても無駄だろうと伯爵さんは自分のギルドの様子を少し見てくると言い出て行く。

 モジュレさんは少し街の様子と情報収集を、と同じく伯爵さんと共に行ってしまった。



「はぁ。で、話はこれでお終いなんでしょ? なんでまだ居るのよ」

「んー。ちょっとお願いと言うか、な」


 少し勿体ぶった口調で私の方を見る。何か顔に付いてる? なんて考えていると、一言。


「なあ、俺もユイのギルドに入れてくんね?」







詰め込みすぎた気がする。何処かで割れば良かった。

感想返信等はまだしばらく無理そう。

活動報告の近いうち……は、何とか果たせただろうか……いや、微妙な気がする。支離滅裂だし。

青い猫型ロボットが居たら、時間が欲しいとお願いしたい。


でも次回分は書いてあるので、翌日に上がるかと思います。

本当に遅れて申し訳ございませんでした。

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