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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第五章 vsゲリラ豪雨
68/87

とりあえず決着と末路

毎回遅くてすみません……。

 泣き疲れ、ようやく落ち着いた私はそっとエースから離れる。

 なんか泣いてばかりだな、私。


「ごめん。なんかよくわかんなくなって」


 顔を上げ、エースと視線を合わせると、試験管を咥えカプカプさせながら、そっと私の頭を撫でる。


「いいさ、人生分かんない事の方が多いもんだよ。ちょうど回復もしたかったし。うん、落ち着いたみたいだね」

「うん!」

「へぇー。二人ってそんな関係なのねぇ」


 そういえばモジュレさんの存在をすっかり忘れていた。

 今になって泣いてる姿を恥ずかしがる私に、「いや、今恥ずかしがるポイントはそこじゃない」とエースからチョップが入る。


「あたっ」

「ふふっ、若いっていいわね」

「「そんな関係(です!)じゃないよぉ」」


 見事なハモリに更にクスリと笑うモジュレさん。


「ちょっとエース!」

「あんなに熱い抱擁を交わした仲じゃない、かっ!」

「違っ、あれはそのっ」

「ふふっ。それで……貴方はいつまでそこに居るのかしら?」

「そのやり取りが終わるまでは、だな」


 急に聴こえてきた声に、私とエースは臨戦態勢になりながら視線を向ける。すると倒れた木々に胡座をかいているミツルギさんの姿があった。



「なっ!? アンタッ」

「あー、そんな構えるなって。別に俺的には特にどうも思ってない。一応今は敵同士だが、不意討ちはあまり好きじゃないんでな。終わるまで見届けてただけだ」


 両手をヒラヒラと振り、戦闘の意思は無いと伝えるミツルギ。けれど私達の警戒心はより一層強まるばかり。


「やれやれ。もし本当に戦闘する意思があったなら、お前らの回復を待つような真似はしない。だろ?」

「……何が目的?」

「目的、か。そうだな……俺個人の目的は強い奴と戦う事だな。それが生きがいでこの世界に居ると言ってもいい」

「前会った時もそんな感じの事口走っていたよね? 『俺にはまだやる事がある』とか何とか」

「ああ、あれか。あれはさっき終わったよ、ついさっきな。とは言っても準備みたいなもんで、本命はこの後になる」

「それは結局なんなの?」

「それを言ってお前らは信じるのか?」


 質問を質問で返され、はぐらかされる事に苛立ちを覚えるエース。これ以上の問答は無意味と思ったのか、ミツルギさんは腰に下げていた短剣を引き抜く。

 それに合わせて私達も戦闘態勢を取ると、不意にミツルギさんが笑う。


「何? そんなに私達がおかしい?」

「いや。まあ、おかしいと言えばおかしくもあるか」


 ミツルギさんは笑いながら私の方を見て言う。私、なんか変な事しているのかな?


「大抵、俺が武器を構えれば飛びかかって来るか、もしくは尻尾巻いて逃げるか。トップランカーとして随分と噂に尾ひれが付くようになってからは、久しく『構える』なんて事をされなかったからな」


 そう独白する彼の顔は、何だかとても寂しそうに見えた。

 けれど俯き、顔が見えなくなって、私が表情を見ようと少し屈んだ瞬間、頭の上を何かが通る感触があった。

 その直後──


「くっ、ああああああ!」


 後ろに居たモジュレさんの胸辺りに、短剣が深々と刺さった姿があった。


「悪いがあんたを生かしておく必要性はもう無い。一応の雇い主も先に逝っちまった事だし、後は好きにさせてもらおう」

「あんた、やっぱりッ!」

「別に今はまだ【デュエル】の真っ最中なんだ。誰を倒そうと文句は無いだろ……っと。それはダメだな」


 更にもう一方の腕から短剣が放たれる。

 エースは何とか弾こうと手を伸ばしたけど、それも届かずモジュレさんの肩辺りに命中する。

 モジュレさんの手が少し発光していたのを見ると、何かのスキルを使おうとしていたように思う。それを妨害したんだ。


 光の粒になるモジュレさんを見て、私はすぐさま相手の方を向き腰を落として構えを取る。

 そこにあったのは、嘲笑でも見下すでも無い、心の底から笑ったような、そんな笑顔。


「いいね、いい目だ。低レベルだとか、経験が足りないとか、そんな理由で敵前逃亡する輩とは違う。

 本当の”強さ”を持ったいい目をしている。

 ……いつからだっただろうかな。お前みたいな、”強敵”を目の前に果敢に立ち向かう、そんな顔を見なくなったのは」


 虚空から死神が持ってるような大きな鎌を取り出したミツルギさん。私の身長よりも遥かに大きいそれを構えて、互いに一歩も動く気配は無い。

 映画でこういうシーンは見た事あるけど、実際に体験するのとは訳が違う。

 間合いや動きを読み合って、その上でどちらが先に仕掛けるのか、観察と戦略と推測。

 こっちが二人居て有利なはずなのに、まるでそんなのは簡単に覆せるぞと言わんばかりの迫力。

 私自身、どう動けば正解なのか、先がいいのか後がいいのか、何も分からない。だから私はそこに張り付いたように動けないでいたんだけど、やっぱりというか流石というのか、先に動いたのはエースだった。



「【針千本】」


 エースが投げた長く鋭い針が、分裂したように何本もの小さな針を作り出す。それは小さな壁となってミツルギさんへと押し迫る。

 だけどそれは読んでいたかのように、あっさりと数回前転し避ける。


「【針千本】」


 その着地地点に向かって再度同じスキルをぶつけるエース。


「ハッ。馬鹿の一つ覚えじゃあるまいし、こんなのが当たる訳……」

「ここだ! 【リーフストーム】!」

「なッ」


 同じスキルだけあって難なくバク転を決めながら避けるミツルギさん。しかしそこにエースの起こした竜巻が、辺りに飛散した針を巻き上げる。

 その幾つかに当たったミツルギさんだが、HPは殆ど減っていない。にも関わらず、攻撃が止んだ瞬間、膝から崩れ落ちて膝立ち状態になっている。


「ぐっ、気絶、か。なるほど、な。麻痺や毒だけじゃないって事か」

「当たり前でしょ。MPや再使用可能時間(リキャストタイム)の関係であまり使わないだけ。それよりユイ! 今よ! やっちゃってー!」

「う、うん」


 多分エースのスキルで状態異常になってるミツルギさん。いつまでかは分からないけど、動けない相手になら!


「ええーっい! 【ダッシュインパクト】!」


 思い切り踏み込んで体当たりを決めた私は、相手の防具が灰色に変わるのを確認しながら、更に追撃とばかりに攻撃を仕掛ける。


「ふっ、これでいい。ただ負けたのではあまりにも不自然だからな。中継に映ってはいても声までは聴こえまい」


 私が殴ろうとする最中、そんな言葉が耳に入る。


「【トリプルアタック】!」


 一撃目で既に防具の耐久値が無いせいか、光の粒に変わってしまっている相手に、追い打ちの如く攻撃する私。

 しかも二撃目には【黒炎招来】が発動。黒炎が物凄い近距離でヒットした為、視界を奪うように広がっていく。

 その時、耳元にミツルギさんの声が聞こえた。


 ──お前らのお陰でいい死に方が出来た。今度はガチでやろうぜ。あと、これから起こる事に口出しするんじゃねえぜ!



 黒炎が徐々に消えていくと、そこには私一人が立っていた。

 エースが後ろから抱きついてくる。


「お疲れ様、ユイ」

「お疲れ……終わったんだよね?」

「うん。上見てみなよ」


 言われた通りに空を見上げる。すると──


『WINNER』の文字と私達の名前、そして私達側のギルドの名前が空に映し出されていた。

 どこからか花火が打ち出され、空を色とりどりに染めるのを見ていると、空間が歪み始め、最後には元の場所に皆が立っていた。





「いぇーい! 私達の勝利だぁぁぁ!」


 戻った景色の中、一番に拳を突き上げて喜びを露にするエース。それに釣られて【軒下の集会】や【夢想夜会トロイメライアーベント】の皆も、互いに肩を組んだり胴上げしたり、何だかお祭りみたい。


「全く、若いもんは元気じゃのぉ」

「あら、いいじゃない。ああいう方が私は好きよ」


 そんな事を言いながら、頭を抱えながらやれやれといった感じの伯爵さんと、すごくスッキリした顔のモジュレさん。


「あの、モジュレさん」

「ん?」

「最後、そのっ……」

「もうっ、功労者がそんな暗い顔してどうするのよ!」

「痛っ」


 私がモヤモヤしていると、モジュレさんは思い切り背中を叩き、その場所に手を置く。撫でながらも少し力の入った手と、「頑張ったわね」の言葉に泣きそうになる私。


「あー、ユイ! また泣きそうになってるー!」

「なっ! まだ泣いて無いもん!」

「んんー? まだとはどういう意味でござるかな? んふんふ」

「もーっ! エースー!!」


 エースの茶化しに釣られて、私は怒りながらも何故か笑顔でその輪の中に入っていった。



「くっそがぁぁぁあああああ!!」


 ところ変わってJACK陣営では、責任と罪の擦り付けあい、八つ当たりによって空気は最悪となっていた。


「お前ら三下共が、揃いも揃って屑ばかりなせいで、俺がこんな目に……」

「兄貴……。兄貴は最後まで立派に戦って」

「うるせえ! umbrella! てめえ、結局誰も落とす事が出来なかったんだってな!

 お前は俺を高みに押し上げると、そう入団時にほざいたよな?! それが今どうだ? てめえはこの責任取れんのか? ぁあ?」

「そんな……そもそもそれは兄貴が受けた【デュエル】でしょうが! それに糾弾するなら、最初に死んだ夢現はどうなるんすか!?」

「だからありゃ事故だって言ってんだろ?」

「はっ! ユニーク持ってる=慢心糞野郎を地で体現してくれちゃった馬鹿は、言う事が違うな!」

「んだと虚!! 表出ろやゴラ!!」

「ああいいともゴミカス野郎。お前のゴミカス度を街の皆さんにもお披露目してやろうぜ!」

「二人共止めるのだ。JACK様の御前で喧嘩など」

「✝︎フォース✝︎……初心者にしてやられた分際で」

「お前が言うんじゃねえ!」

「お前達、少し落ち着いて話を……」

「黙れレギ」

「うるせえ糞レギ」

「レギ兄何とか止め……」



「なんじゃ向こうの連中は。仲間同士で責任の擦り付け合いとはの」

「見るに堪えないわね」

「元々、JACKという強者の影に隠れて悪行三昧していただけなので、仲間とかそういう感覚は無かったんですよ」


 伯爵の言葉に、青薔薇さんが何の感情もこもっていない目で、ただありありとその光景を見ている。

 それに気が付いたのかは分からないけど、思い出したようにエースが青薔薇さんの腕を捕まえて、そのままJACKの方へと歩み寄った。


「さあ、これで【デュエル】は終わり。約束通り、あなた達にこれは返すわ」


 腕を勢いづけて放すと、青薔薇さんは床に転がり落ちる。


「エース、そんな扱いは」

「いいんだ、これでいい」

「でもっ、」

「僕に情けや同情は要らない。僕も彼等と変わらないクズだからね」


 止めに入ろうとした私に笑顔を向ける青薔薇さんの後ろで、「裏切り者で人任せで、更にクズだってか。悲劇のヒロイン気取りやがって」などと零すJACK。

 仲間を仲間とも思っていないからそんな言葉が平気で出るのかと、いつになくムカついた。

 けれど次の瞬間には、JACKの顔は熱を急速に失っていくように真っ白になっていった。


 JACKとエースの前に表示されるスクリーン。そこには【デュエル】の内容と『WINNER』の文字。おそらく向こうの画面では『LOSE』と表示されているんだと思う。


「さあ、約束の時間ね」

「やめっ……そうだ! 装備はっ、装備は欲しくねぇか?! 【鍛冶師】と【付与術師】持ってる奴に造らせた逸品で……」


 エースは淡々と指を動かす。JACKの話などまるで聞こえてないかのように。


「待て! 今なら俺様の杖もやる! これがなきゃスキルを使えねえって訳でも無えが、愛用している武器の一つで」


 エースは何かを確認するようにJACKを見つめる。一方で相手は焦った様子で「金か? 金が欲しいのか?!」と媚びを売っている。

 どうして今更そんな事を言っているのか、疑問に思っていたが、エースの言葉に全てを理解した。


「えらく焦っているわね。今なら【デュエル】の結果を破棄出来るけれど、どうする?」

「どう、って」

「そうね……吹っ掛けてきた額の10倍の値段で『【デュエル】の結果の破棄』をやってあげる。どう? 安いでしょ?」

「っ?! ……っめえぇぇ!!」


 画面の右上に灰色で小さな×マークが見える。勝者側があれを押せば【デュエル】での掛け金が無くなると伯爵がこっそり耳打ちしてくれた。


「自分の行いに責任は持たず、負ければ仲間に八つ当たり。信用も信頼も築いて来なかったあんたに命乞いされたって、はいそうですねなんて取り消す訳無いじゃない」


 言いたい事は言って満足した、みたいな顔をした後、エースはゆっくりと『結果』の方へ指を走らせる。JACKの顔色はかなり良くない。

 押すと共にピコンッと鳴る軽い音とファンファーレが流れ、掛け金の清算が始まる。


「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろおおぉぉぉおぉおぉぉぉ!!」


 画面を凝視していたJACKが目を見開いた後、いきなり頭を振り回して叫びだす。後ろのギルドメンバー達も同じような反応を示している。


「私達が掛け金に選んだのは『青薔薇の除名、及び返却』。そして『今まで【デュエル】を行った者への掛け金の全返却』」

「【デュエル】の効果は絶対じゃ。それを分かって利用してきたんじゃろ? 当然の結末じゃよ」


 エースと伯爵さんはそれぞれ言葉を投げ掛けるが、JACKはただただ喚き散らすだけ。


「俺の、俺のものだ! やめろ! 消えるな! くそっクソクソクソクソクソクソ……糞がぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 その絶叫を最後に、無情にも流れる『清算が終わりました』の文字。糸が切れたように地面に膝をつくJACK。同じようにギルドメンバーの人達も、項垂れる者や泣き喚く者、地面を殴り付ける者やJACKに怒号を飛ばす者など。

 それらをただ呆然と見る青薔薇さんの背中は、どこか寂しそうで、けれどどこか吹っ切れた横顔をしていた。



「ふう。さて、ようやく終わった事だし疲れたから今日はもうログアウトしよっか! ねっ、ユイ」

「う、うん……」


 いつもの調子で話すエース。でも何かモヤモヤが消えない感じがしている。この気持ちはいったい……?



 ──見ない内に無様になったもんだな、JACK。



 その言葉がやけに明瞭に響く。後ろを振り向いた先に居たのはミツルギさん。


「……何の用だよ……先生」

「えらくみすぼらしく成り果てたなって思ってな」

「……誰のせいでこうなったと思ってんだ、あぁ?」

「そりゃお前のせいだろ。元々お前が吹っ掛けたのが──」

「誰にそんな口聞いてんだ! 俺にただ雇われているだけの奴がッ! お前がそもそも勝っていればこんな事にはッ。

 そうだ、そうだろ?! 最後の戦い、明らかにおかしいだろ?! 低レベルの初心者が、この俺様にダメージを与えられるなんて、チート、そうだチート。このチート野郎! お前それで楽しいのかよ! 運営に通報されたくなきゃ今すぐ土下座して謝れよクソ野郎!」


 もはや支離滅裂な言動と特大のブーメランを投げ続けるJACK。だがそんな彼に、ミツルギは予想外の言葉を投げ掛ける。


「そうだな、このまま終わる訳には行かないよな? 幸い装備はまだ無事のようだし、どうだJACK。今から俺と【デュエル】するってのは」

「あぁ?」

「もちろん、お前からの掛け金は要らない。代わりに俺からは『相手に奪われたもの全てを取り返す』契約をしてやるよ」


 何馬鹿言ってんのと冷ややかな視線を送るエースとは対照的に、どこまでも楽しそうな雰囲気で笑うミツルギさんに、背中がゾクッとなる。


「大丈夫さ、必ず相手は乗ってくる。今ここに居ない『【義憤(ネメシス)ファミリア】の身柄』でもチラつかせれば、な」


 そう言えば終わってから誰一人として姿を見ていない。その発言を皮切りに、皆から殺気のようなピリピリとした感覚が広がるのを感じる。


「は、はは、ははははははは、あはははははははっ!! なるほどな、流石先生だな! そこまで用意しといてくれるなんて、やっぱりあんたは最高だぜ! モジュレがあんたの生き様に惚れるのも分かるってもんだな!」

「やる気を出してもらえて何よりだ」


 吹き返したJACKは頭を抱え、狂気を感じるほどの高笑いをしている。

 一方、モジュレさんは頭に「?」を幾つも出しているみたいに、JACKの発言に首を傾げている。


「なら早速やろうか。ああ、ついでにサービスでお前のギルドメンバーも全員参加させてやろう。その方が、勝つ確率も上がるだろう?」

「最高だっ、そうこなくっちゃな!」


 まるでオモチャを与えられた子供のように、目をキラキラ光らせるJACK。

 けれどその瞳の奥に光るのは、純粋とはかけ離れた悪意しかない。


「やっぱり……あんた」

「済まないな、これで最期なんだ。大人しく見守っていてくれよ」


 エースは怨念を込めた目で、今にも呪い殺さんばかりに睨む。伯爵さんもモジュレさんも、こちら側のメンバーからは敵意しか感じられないほどの視線が、ミツルギさんとJACKに降り注いでいる。

 だけど私には、ミツルギさんが最後に言った言葉がどうしても気に掛かっていた。


『これから起こる事に口出しするんじゃない』


 多分、それが今起きている事なのだと。



「さて、じゃあまずは確認を」


 そう言ってJACKとミツルギさんの前にスクリーンが出るが、JACKは待ちきれないとばかりに画面を操作する。


「おいおい。ちゃんと確認はしないと」

「何言ってんだよ先生。俺はあんたの事を誰より信用してるんだ。いいから始めようぜ!」

「やれやれ、こうも上手く事が運ぶなら、計画も要らなかっただろうにな」

「ん? 何か言ったか?」

「いいや、始めよう」


 呆れるようにJACKを見るミツルギさん。画面を少し操作すると両者の姿が徐々に光り輝いていく。【デュエル】の始まりってあんな感じなんだ、なんて見ていたら、何故か私達の方にも光が広がっていく。


 眩しさが徐々に収まって、ようやく目を開けられるようになり、うっすらとぼやけた視界がクリアになっていく。


「ここって……」


 そこはまるで闘技場のような様相で、私達はちょうど椅子の無い観客席のような場所に居た。

 円形の広場で真ん中に行くほど凹んでいるその中央に、JACKとミツルギさんの姿があり、JACKの後ろにはギルドメンバー達が控えている。


「これは『観戦モード』か」


 伯爵さんが言うには、【デュエル】は本来観客などは居ないものだけど、設定すれば公開する事が出来るらしい。

 これは不正を防ぐ意味もあるみたいで、『干渉は出来ないが鑑賞は出来る』と、伯爵さんの微妙なギャグも炸裂する。


 だけどなんだろう。私達とは別に、反対側の方にも人影が見えるけど……。



 二人の様子がちょうど真ん中の窪みの真上、巨大なスクリーンに音声付きで流れている。


「はははっ! 悪いな先生! お膳立てしてくれたみたいでよぉ!」

「何、気にする事は無い。これで本当に最期(・・)なんだからな。そりゃあ色々準備もするさ」

「最後なんて水臭ぇ! これからもご教授お願いしたいところですぜ?」

「ふっ。そうだな……これが終わったら考えといてやろう」



「あいつ……人質なんて舐めた真似してくれちゃって」

「しかしおかしいの」

「何が?」

「人質を取っているならば、そもそもこんな勝負をせずともいいはずなんじゃが」

「それはあの戦闘中毒の悪い癖なんでしょ。JACK(あのクズ)は警戒心だけは異様に高くて、滅多に【デュエル】なんてしないって言うし」

「それだけでこんな大掛かりな事をするんじゃろうか?」

「どういう事?」

「考えてもみい。この場所はそもそも──」



 伯爵さんとエースが何か話をしているけれど、内容がよく分からなくて混ざれないでいると、ついに【デュエル】スタートの合図が鳴る。


「悪いな先生! 速攻で片をつけさせてもらうぜ! 【天乞い】!」


 腕を組んで佇むミツルギさんに対し、最速で勝負を決めるべくJACKは腕を天へと掲げる。

 後ろのギルドメンバー達はもはや何もせずとも勝てるとでも思っているのか、誰一人として動く気配は無い。

 一方的な展開になってしまうのかとハラハラとしていたが、何やらJACKの様子がおかしい事に気付く。


「どういう事だ?! このっ、このぉっ!」


 どういう訳か、天候は全くと言っていいほど変化は無く、JACK陣営に動揺と混乱が広がっていく。


「JACK」

「先生っ、てめっ、いったい何を」

「もう一度【デュエル】内容を確認したらどうだ?」

「ッ!?」


 言われて画面を確認するJACKは目を白黒させている。

 やがて顔色は真っ赤に染まり、隠しようの無い怒りを見せる。


「てめぇ……【ジオラマステージ】って、どういうつもりだよっ。しかもこの内容……」

「最初に言ったじゃないか。これで”最期”だと。よく確認するようにも言ったはずだ。俺の事を信用しているんだろう?」

「てめえ! まさか最初からそのつもりでっ」


 スクリーンに映し出される急な展開について行けないでいると、隣にいる伯爵さんとエースが説明してくれる。


「さっき言ってた【ジオラマステージ】ってのはね、まあ簡単に言えば偽物の造形物で出来た世界の事を言うの」

「偽物?」

「うん。私達がさっき戦っていたフィールドに木や石があったでしょ? あれにはちゃんと耐久値が設定されていて、当たると痛いしちゃんと硬さがあるの」


 確かに。そう言えば木とかよくぶつかってたけど、本物の木の感触がしていたっけ。


「でもこの闘技場みたいなフィールドは、存在そのものが偽物なの。簡単に言えば地面は簡単に崩せるし、障害物があれば破壊も容易だってわけ」

「なるほど……。でもじゃあなんであんなに怒って……」

「それはおそらくじゃが、このフィールドに”空”が無いからじゃな」

「空?」


 思わず空中を見上げる私の先には、真っ青な晴天が広がっている。でもこれが偽物だったとしても、空はあるんじゃ?


「ユイさんが何を思っているのか、手に取るように分かるの〜」

「ユイだからね!」

「なんか失礼な事言われてる気がするっ!」

「まあざっくり言えば──」





「お前のユニークスキルは”屋外”でしか発動出来ない。このフィールドは常に”屋内”として認識されている。故にこの【デュエル】中、お前はユニークスキルを使う事は出来ない」

「ふざけんなっ!!」

「ふざけてなどいない。そもそもユニークが使えないだけであって、スキルも体術も使えるんだ。

 RTA(最適解)の動きが出来ないだけで戦えなくなるほど、お前は無能じゃないだろ?」

「……あんたは仲間だと思っていた」

「はっ、冗談。俺は単に仕事でお前に付いていただけだ。どっちの意味でもな」


【ジオラマステージ】は特殊な演算を用いる(破壊しやすさが災いしてラグが発生しまくる)ので、事前に予約しておく必要がある。

 つまりここにおびき寄せるのは予め決まっていた事になる。

 しかも改めて確認した【デュエル】の内容。明らかにバックに誰が居やがる。


「後ろにいる奴ぁ誰だ! 俺様に何の恨みがある!」

「恨みなんてどこでもばら蒔いていたじゃねえか。まあ後ろじゃなく、隣にいるんだが」

「とぼけんじゃねえ! この【デュエル】が終わったら、洗いざらい吐かせてやる!」

「そうだな、それが目的だったわ。ちょうど()集まったみたいだし、始めようか」

「なっ……」


 JACKは言葉を失う。その光景を見て唖然と。外周に立つ人の群れに。


 ユイが観客席に居ると思っていた人影は、実際には観客席側に近いフィールドに居ただけであり、それらは包囲するように外周を埋めている。


「ここまで準備するのには……あー、まあ俺がやった訳でも無いからあれなんだが。

 なかなかお前が【デュエル】してくれないおかげで、予約代だけで依頼料吹っ飛びそうだったわ」


 カラカラと笑うミツルギ。だが周りの熱気を感じ取り、すぐに笑うのをやめる。


「さて、皆さんもお待ちかねのようだし始めようか。

 お前が潰してきた全ギルド、総数200超と俺vsお前ら。ルールは見た通り、ストック制でお前らにそれぞれ100機ずつある。俺達は5機ずつ。

 まあ人数換算すれば千数百人vs二百人程度って辺りか? まあトップランカーなんだ、細かい事はいいだろう。

 どちらかのストックが無くなればゲーム終了。

 お前らが勝てば『俺がJACKの失ったもんを取り返す約束』を、俺が勝てば『今ここに居る全ての者に慰謝料として一人100万ずつ』。

 ああ、なんて釣り合いの取れた正当性のある【デュエル】なのだろうか」


 若干棒読みで言うミツルギに怒り心頭のJACK。

 だがそのJACKの肩口を抉るような攻撃が飛んできた。

 それを難なく躱すJACKは攻撃した者を見遣る。


 そこに居たのは忘れもしない、元ランカーの一人。

 自分と全く同じ(・・・・)装備を着たその人物に、思わず声が出る。


「……悪、食」

「よーJACK! 数ヶ月ぶりかー?」


 どこまでも軽い、友達にかけるような口振りで。因縁とも呼べる相手と再会した瞬間だった。



「てめぇ、その装備は……」

「んー? これか? これは俺が頑張って手に入れたレアドロップの」

「そんな事聞いてんじゃねえ! それはお前との【デュエル】で奪ったもんだろうが! なんでお前がそれを着てる!? 俺様が着てるこれは……ぐあっ」

「ほら、よそ見してていいのか?」

「くそっ。雑魚共が寄って集って……おいお前ら! 俺が前に出る! お前らは壁に」


 ──【イレカエ】


 振り向いたJACKの後ろには、義憤(ネメシス)ファミリアの面々が勢揃いしている。


「【一閃】!」


 思わず不意をつかれたJACKだが、そこはトップランカーと言わんばかりに体勢を立て直し攻撃を放つ。


「【水飛沫】!」

「【乱曲射】」

「くそっ。ユニーク無しじゃ威力が出ねえ」


 ユニークスキルの影響が無くなった事で、元々のスキルで応戦するJACK。だが威力が落ちているのか、相手の攻撃を防ぐ事で手一杯になる。

 だが次の瞬間、急に視界が、というよりも見ていた景色の高さが低くなる。

 いったいどうしたんだと足を見れば、両足とも【部位欠損】状態になっている。

 先程の攻撃に気を取られ過ぎたかと思ったのも束の間、今度は真正面から痛烈な蹴りが顔面を襲う。


「オラァ! 今までよくもやってくれたなクソ野郎!」

「ALL。そこは『お前ボールな』を言うところですよ」


 抵抗出来ずに転がった先には、グズグズになった地面。一瞬泥かと思ったが運の尽き。触れたところから焼くような痛みが走る。

 流石にやばいと思って這いずるように移動しようとした矢先、背中を踏みつけられ潰れたカエルのような姿を晒す。


「うふふふ。本当ならミツルギ(あの人)とのカップリングも素敵だと思うのだけど、でもまずは、やりたい事をやっておかなくちゃね!」


 身体の前半分が痛い。HPはガリガリと削られる。

 そして俺様のストックが1機減ったのを感じ、まとめて反撃してやると息巻いたところで、MPが回復していない事に気付く。

 本来ならば死ぬと状態異常やバフデバフ含め、全てリセットされた状態になるはずなのだが……。


「おっ、一乙お疲れさん。ルール漏れがあったんだが、まあその顔だと理解してもらえて何よりだよ」


 その言葉に全てを悟ったJACK。

 HPが回復してもMPが無ければアクティブスキルが使えない。

 止まる、座る、寝るなど行動しなければ回復するだろうが、この人数相手にその余裕は無い。


 一応アイテムは使える。だがそれがどうしたというのか。

 先生は言ったはずだ、準備をしていた、と。

 顔色は白から赤、青と目まぐるしく変わっている。


「まーあとは若いもん達でごゆっくり、つってもおそらくすぐにまた()で顔合わすだろうけどな」

「ま、待て……いや、待って」

「はははっ。俺はいいが他の奴が待ってくれるかどうか……ほれ」


 去りゆくミツルギを引き止めようと、必死に声をかけるJACK。足を止めるミツルギだが、身体は前を向いたまま横目で見ると、なんとなしに上を指差す。

 別にどこを明確に差した訳では無い。そんな必要など無いからだ。

 空は一面スキルが飛び交い、闘技場内は戦争の如く荒れ果てている。

 適当に差した先からは、ちょうどこちらを言葉する火の玉が飛んで来ている。


「あ……ああ……」


 もはや言葉が出なくなっているJACKの姿を最後に、その場を立ち去るミツルギ。

 間髪入れずに炸裂するスキルの轟音を聞きながら、彼は観客席の方へと歩いていった。


次回更新は来年(保険)

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