とりあえず太陽の光
「伯爵!?」
エースの声がやたら明瞭に響く。辺りには遮蔽物どころか木々すら見当たらないほど、真っ黒に焼けた大地に覆われている。
必然、そこにうつ伏せに倒れている猫の背中も、シューッと肉の焦げたような臭いを放ちながら、真っ黒焦げにされている。
しかし、伯爵と思って近付いた猫の頭上に現れたのは『幻舞麦茶』の文字。近寄ってから伯爵とは装いも背丈も違う事に改めて気付く。
それでも、ここで何があったのかと話を聞こうと、エースは懐から【回復薬】を取り出し幻舞へと掛ける。
液体がドバッと掛かった瞬間、「あばばばば」という声が発せられ、一斉に全員がエースの方を見た。
「いや、私が調合するとどうしても状態異常が付与されちゃってね〜。でも大丈夫! 麻痺するだけだからそのうち治るよ!」
何故死に体にわざわざそんなものを掛けるのかとツッコミたいところだが、エースの作り出す回復アイテムは総じて効果が高いらしい。状態異常を除けば、エリクサーにも負けないと自負する。エリクサーって何?
しばらくするとHPが満タンまで回復し、そこから更に数十秒ほどで麻痺も治る。幻舞さんが微妙にお礼を言うべきなのか迷っているうちに、先にエースが問い質す。
「一体ここで何があったの!? 伯爵は? JACKは? こっちにミツルギは来なかった!?」
いっぺんに聞かれて幻舞さんも「ちょっと待って、一つずつ」とアワアワと手を振る。
エースも身を乗り出していたのに気付き、「ごめん」と一言謝ると「いやいや、気持ちは解ります」と苦笑いを浮かべる。
そうして語られたのは予想外の話だった。
落雷を受けた伯爵を見て、JACKは更に【天飛沫】で追撃を図る。雷に打たれた影響か、いつもより鈍い。そこで雷に打たれる直前にお尻の方にまで退避していた幻舞は、攻撃を弾こうと身を乗り出す。
「ニャニャニャニャニャニャニャ!」
器用に爪で切り刻むと、弾丸のような雨粒もただの水へと戻る。だがそこで悲鳴が一つ聞こえる。思わず伯爵の顔を覗き込むが、自分ではないと幻舞の方を向き首を横に振る。
見ればJACKも、自分達とは違う方向にも攻撃を放っていたようで、別の地面に穴が幾つか開いている。
「てめえがこういうタイミングで来るのは分かりきってんだよ!」
JACKの言葉と同期するように穴ぼこの地面が揺らぐ。JACKはこちらには見向きもせず、明後日の方向にスキルを飛ばし続けている。
「今がチャンスっすよ、攻めましょう! ……伯爵?」
「なるほど、雨音か」
伯爵は何かに気付いたようで、目を閉じ耳を澄ませる。幻舞にはそれが何をしているのか理解出来ないでいたが、クワッと目を開いた伯爵が猛スピードで駆け出す。
そこに狙いすましたように飛ぶ雨粒の嵐。ダメージは無くとも、そのあまりの数に幾つかは土鍋に亀裂を入れている。
「むぅ、イカンな」
「邪魔をすんじゃねえ、クソ猫野郎がぁぁ!」
飛んできたのは【天飛礫】。流石の伯爵も全ては受けきれず、尻尾への攻撃を許してしまい、宙に浮く土鍋。それを砕かんとする水塊が迫る中、フッと一瞬にして消え去る。幻舞は目を疑った。
例え倒されたのだとすれば、光が消えるエフェクトが出る。つまり、何らかのスキルを使われたのは間違いないのだが、そこでようやく先程の『雨音』の意味を理解する。
雨音に混じって猫達の声が聞こえる。それも、そこまで距離は離れていない。伯爵の【猫又】が維持出来ているのも証拠の一つだ。
更に耳を澄ませれば、土鍋に当たるコツンとした音、地面に落ちる雨とは違うぴちゃんとした音が混じっている。
そう言えば、開始からずっと姿を眩ましていた者が一人居るのを思い出す。てっきり早々にやられたものだと思っていたが。
「青薔薇、てめえの居場所は分かってる。コソコソしてないで姿を見せろ」
JACKの呼び掛けに応じて、青薔薇が伯爵の後方から姿を見せる。手には土鍋が掴まれており、先程の消えたように見えたのは、やはり彼のユニークだったのかと納得する。
「そんな人数消せるとは知らなかったぜ」
「別のスキルを併用しているだけだよ。それに……これを知れば君は僕に使えと脅してくるだろ?」
「当たり前だ。お前は俺のギルメンなんだ。ギルメンはギルマスに奉仕する存在だ、そうだろ?」
「それで部下は着いて来るとでも?」
「着いてくるさ、バカばっかりだからな。今もこうしている間に、お前らを包囲してるんじゃねーか?」
「ああ、悪いけどここに来る途中、君の陣営の雑魚は粗方片付けてきた。もう残っているのは、君と”先生”ぐらいだと思う」
「はっ! ご苦労なこったな。所詮は時間稼ぎにもならないゴミ共だった訳か」
「相変わらず、人をなんだと思っているのか問いたくなる言い分だね」
「知った事かよ。んで、だから俺は負けるだろう。だから今すぐ謝罪して下さい、とかか?」
「そうだね、本当はそんな感じの事を言いに来たんだけど、」
そこで一区切り、どこでも無い場所を見つめ溜息を吐く。少し手が震えて見えたのは気のせいだろうか。
やがて意を決した青薔薇は力強く宣言した。
「僕が君を倒す。せめてものケジメに、これからの為に」
剣を抜いた直後、すぅっと青薔薇の身体が透明になっていき、完全に見えなくなった。
「ケジメ、ケジメねぇ。今まで散々俺の後ろに引っ付いてきた奴が、随分強気に出たもんだよなぁッ! 【風花】!」
手を天に掲げるJACK。天候は雨から晴れに変わる。しかし局地的に、厳密に言うならば伯爵の場所にだけ雪が降っている。どうやら【移動速度低下】のデバフを掛けられたようだ。
そして未だJACKの掲げる手のその先には、【天飛礫】で作り出すほどの水塊が、バラバラの大きさで三つ浮かんでいる。
「てめえの理想なんてもんはな、初めから存在しないんだよ! 大人しく墓場で蘇生される瞬間を待ちわびてろ! 収束せよ、【太陽光レーザー】!」
JACKの合図と共に水塊に屈折していく光を見て、これはヤバイと直感で察した幻舞達。伯爵の影に隠れようにも、うまく足を動かせないでいるのを見て、咄嗟に猫達は自分の身を挺して盾になる事を選ぶ。
そして幻舞達は、真っ白い光に包まれた──
「だからこんなに辺り一帯焼け焦げてるのか」
納得顔のエースとは対照的にモジュレさんは困惑しているみたい。
「じゃあ伯爵さんと青薔薇は……」
「分かんねえっすね。けどギルドリストを確認すれば」
「伯爵さん、まだ白文字のままだよ!」
私は素早く確認すると、伯爵さんの文字がまだ光っているのを見てホッとなる。同時に青薔薇さんの文字も暗くなっていない事から、どうやら二人は生き延びているようだ。
「JACKもここに居ないとなると、やっぱりどこかで行き違いになったのかな」
「ですが、見つける方法は簡単ですよ」
エースの言葉にモジュレさんはスッと指を差す。それは何の変哲もない空模様。だが次の瞬間、雲間から途轍もない速度の雨が降る。私の目には何か通ったかな? ぐらいのものだが、kuraraさんとエースが正確にそれを『雨』と捉えていた。
「なるほど、確かに簡単だったね」
「距離もそれほど離れていません。皆さん、気を引き締めて」
モジュレさんの言葉に皆が頷く。JACKとの戦闘はもう間近だった。




