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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第五章 vsゲリラ豪雨
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とりあえず先生の正体

 川に沿って歩いていた私。途中でエースを見つけたからか、少しだけルートが外れたらしく、何故か今は林の中を進んでいる。

 そこで、先頭を歩いていたkuraraさんが崖下に戦闘の痕跡があるのを見つける。


「防波堤のようなものが壊されてる」

「多分敵の張った布陣なんだろうけど、見事に大穴空けられてるね」


 崖下には川が流れており、川辺には土壁らしきものの残骸が散らばっている。壁を避けて川に入っても、足を取られて狙い撃ち。壁を壊そうにも敵が待ち構えていて狙い撃ち。エースの説明に結局何が違うのかと問いただそうとした時、林の奥から悲鳴が聞こえてきた。


「ぐぞぉぉぉ! でめぇ、どうじでッ」

「いやぁ、悪い悪い。本当なら相手に任せても良かったんだが、邪魔になりそうだったんでな」


 まだ悲鳴の主との距離はかなりあるはずだが、二人の会話を逃さず聴いているのは、翡翠の持つ【地獄耳】によるもの。本来の用途は専ら碌でもない事に使われるスキルだが。

 会話の一言一句を正確に伝えると、エースとモジュレさんが全員に対し、要警戒で接近するよう号令を出す。


 だがそれよりも先に影がこちらにゆっくりと近付いてくるのが見える。片手には何やら人影がジタバタと足をばたつかせているが、力尽き光となって消える。

 その姿を目の当たりにした私達は、より一層の警戒心を持って待ち構える。


 そして林の奥から姿を現した相手を見て、私は恐怖で固まってしまった。


「よっ、やっと会えたな」


 先程人を掴んでいたであろう右手を上げ、男はまるで友人に挨拶するかのように軽い口調で声を掛けてきた。

 フードの付いた黒い服に悪魔の口みたいな柄の赤いマスク、左手には背丈よりも大きな赤黒い鎌を持ち、装いは魂を狩りに来た死神のよう。

 その男の姿を見た者は思わず後ずさりをしているが、流石というか、全く動じていない者が居た。


「アンタ……ミツルギ?」

「それ以外誰に見えるんだ?」


 質問を質問で返すなと言わんばかりに睨むエースに、「怖い顔するなよ、楽しくやろうぜ」とどこまでも軽い口調で話す。

 だけどその会話の間、私は蘇る恐怖に押し潰されそうになっていた。無意識のうちに手を強く握っていたのか、エースが心配そうにこちらを伺っていた。


「ユイ、何か顔色良くないけどどうしたの?」

「あの、あの人……」


 震える手で目の前の男を指差すと、向こうもそれに合わせて返事をする。


「よお、イベント以来だな。会えて嬉しいぜ?」

「ひっ」


 私は思わずビクリと肩を震わせ、エースの背に隠れる。その様子にただならぬ何かを感じ取ったエースは、腕の長さほどある大きな針を取り出しミツルギへと向ける。


「ユイに何したの?」

「んー? いや別に何も」

「何も無いならユイがこんなに怯えたりはしないでしょ!」

「あーそう怒るなって。まあアレだ。イベント中にその子と戦闘になってな」

「はぁ?」

「いやいや待て待て。イベント中なんだから誰狙ったところで問題無いはずだろ?」


 口振りは焦ったような感じに聞こえるが、互いに一歩も動く気配は無く、相手の出方を探るように距離を保つだけ。痺れを切らしたのはエース。


「それはそうと、さっき何してたの?」

「さっき? ああ、あれか。JACKの部下連中をぶっ殺してたところだな」


 淡々と何でも無かったように答えるミツルギ。そのあまりの軽い口調に、逆に狂気を感じる。


「部下って……アンタJACK陣営でしょ?」

「そうだが? ああ、FF(フレンドリーファイア)の事か? それなら開始直前にこちらだけFF有りにしておいた」

「は?」


 エースの言葉を疑問と受け取ったミツルギは、特に教えても問題無いのかペラペラと喋り出す。


「いやなに、FF設定は両者有り、又はフィールドを設定する側だけハンデで付けられるだろ?」

「それは知ってる。けどそれをアンタが何故やれるの?」

「そりゃあ、俺がJACKに最も信頼されているプレイヤーだからさ。つっても幹部なんてもんじゃないがな」


 笑い飛ばすミツルギ。だがそれを聞いたkuraraさんと翡翠さんが殺気立つ。モジュレさんも何か察した様子で驚愕の表情をしている。


「まさかアンタ」

「隠すつもりは……まああるんだがな。”先生”と──」


 その言葉を聞き終わる前に、kuraraさんから音が重なったような射撃音が聞こえる。翡翠さんも放たれた弓矢に何かスキルを掛けたようで、青色の軌跡が描かれている。

 速度はかなり速く、あっという間に相手に到達する。だがミツルギはその場から逃げる事無く、身体をスッスッと動かすと全ての弓矢を躱しきってみせた。


「怖い怖い。今のは当たったら大怪我じゃ済まないぞ」


 それは言外に『その程度の攻撃なんて当たる訳無い』と言われているようで、実際そういう風に受け取った二人は更に攻撃を加える。

 その連続攻撃も完全に避けられ、血が上った二人。しかしこれ以上は続けてもMPの無駄だと判断したのか、kuraraは弓を構えたまま質問を叩きつける。


「あなた、狙いは何?」

「狙い?」

「あなたは仮にも味方を倒している。でもJACK陣営に共犯者として参加している。なら目的は何?」


 顎に手を当て、「共犯者じゃなく共闘者なんだがな」と笑う。


「そうだな、目的はある。と言っても今は教えられない。強いて言える事があるならば、俺は強い相手と戦いたい」

「それは雇われてる依頼?」

「雇われて……まあそうだな。雇われてるになるのか、広い意味では。依頼とかは関係なく、ただの俺の矜持ってやつだな。勝ち負けとかはどうでもいい、戦いこそ娯楽であり、戦いの中でこそ俺は輝く」

「そう、理解出来ないわ」

「理解されたか無いな」


 聞きたい事を聞き終わったkuraraは再び弓を引く。しかしミツルギの視線は別の方を向いている。

 それは紛れもなく私に向いた視線だった。


「色々と聞きたい事はあるだろうが、今は時間があまり無くてな。だから単刀直入に言う。ユイ、俺と【デュエル】しよう」

「えっ」


 いきなり何を言い出すんだコイツ、みたいにkuraraと翡翠は呆れた表情を見せ、エースは私の可愛い親友に手を出すなと殺気を飛ばしている。

 そして私は前の出来事を思い出し、エースの背中でブルブルと震えるだけだった。


「ありゃ」

「アンタ……覚悟は出来てるんだよね?」


 ユイの前で見せる用の王子様モードも鳴りを潜め、ただただ怒りを現すエースにミツルギは弁明する。


「その反応は予想外だったな」

「普通襲われた相手に会ったら、こういう反応になるでしょうが!」

「確かに最初は俺から行ったが、最終的にその子に倒されてるからな?」


 その言葉に私はキョトンとする。いつ倒したのか記憶に無い。エースに「本当?」と聞かれても、分からないと首を横に振るばかりだ。


「ユイはこう言ってるけど?」

「……まあ今は他にやる事もあるからな、また終わった後にでも声掛けるわ。じゃ!」

「誰がそんな簡単に……くそっ」


 少し考え上空のゲージを確認すると、また軽い挨拶だけを残しその場を去る。エースが針を数本投げたけど、それ以上の物凄いスピードで走り去っていく。林の中というのもあって、その姿は一瞬にして見えなくなった。


「あの人は結局敵なのかしら?」

「さあね。でも話し方から察するに、別にJACKに加担してるって風には見えなかったかな」

「でも、アイツはZXを」

「そうだね。でも今は置いとこう。どのみちバトルロイヤルなんだから、JACKを倒したとしてもまた必ず出会う事になる訳だし」


 怒りを宥め、何とか落ち着きを取り戻す二人。普段のおっとりした感じのkuraraさんと、ニコニコ笑顔が眩しい翡翠さんに戻ったようだ。

 無理している感が否めないけれど、エースの影に隠れるようにして見つめる私に、流石に気付いたようであたふたしながら「大丈夫だよーおいでー」と頭をわしゃわしゃと撫でる。小声で「そう、大丈夫、私は大丈夫」と聞こえたのは気のせいだったと思っておこう。



 そうして私達は、疑念と憤怒を抱えながら林を抜ける。

 そこは焼け焦げた地面と、うつ伏せで動かなくなっている猫の姿があった。

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