とりあえず雷と猫 Ⅱ
「ぐぬぬ、ちと痺れるのぉ」
ブンブンと手を振る伯爵。巨大な身体が仁王立ちをして更に大きさを増している。
「伊達さん、ここは私に任せて退避を」
「しかしッ!……いや、そうさせて頂きます。力になれず申し訳ない」
手をヒラヒラとさせて笑う伯爵。しれっとJACKとの射線上に移動し、撤退の手助けをしてくれる。そんな伯爵にせめても、と相手のスキルについて話そうとする。
「奴のスキルですが」
「知っとるよ。私の事はいいから、早く」
落ち着いた声だが言葉では急ぐよう指示している。確かにここに長居するのは危険だ。
伊達はその場で踵を返すように、来た道へと向かう。
「それさせると思ってんのかよ! 【天飛礫】!」
放たれた雨粒は先程のものよりも遥かに多い。それはまるで横殴りの雨の如く、隙間無く埋め尽くされた弾丸となって伊達へと襲い来る。しかし伯爵が射線上に居るお陰で、その殆どを無効化していく。
「チッ、まあいい」
舌打ちしながらも、別に本気を出さなくても勝てるような相手だ。スキルの幾つかを見せはしたが、元々有名人な為掲示板を掘れば大体は出てくるだろう。間近で実際に見た者は極小数だが。
「どうだ伯爵。これでも俺はお前の実力は買ってるんだぜ? 今からでもこっちに寝返るってのは」
「お断りじゃな。そもそもこの戦いはお前さんに恨みを持つ者ばかりじゃ。吾輩の子猫達も随分可愛がってくれたようじゃしの」
「ハッ、猫は愛でるもんだろ?」
伯爵の言う”可愛がって”とは、勿論そのままの意味では無い。伯爵が直接見た訳では無いが、ギルドメンバーの何人かが横殴りでモンスターを取られたり、狩場の占領でクエストに必要なアイテムが取れず、高値で吹っ掛けられたりしている。
これは別に伯爵のギルドだけに限った話では無く、赤鯖全体でこういった事は大小様々だが常に発生している。その中心となっているのが目の前の男のギルドだ。
「今からでも遅くは無い。謝罪と賠償、これからの生活を改め──」
「まるでテメエが勝つ前提の話だな」
「その通りじゃが?」
「【天現】」
天使の梯子が現れたと思うと、雲間から小さな太陽が姿を見せる。それに合わせ、地面がうっすらと揺らぐ。
「【蜃気楼】か、厄介じゃな」
天候を操るとは気温をも操る事に等しい。その過程で取得されるスキル【蜃気楼】。本来なら幻影を作り出すだけの単純なものだが、称号【祈祷師】により、その幻影に手応えのようなものを生み出す事が出来る。
ALLが殴ったのも、実際にはそこに存在しない幻影と戦っていた訳である。
天候は更に変化を続け、今度は雪がちらつく。次第にそれは吹雪と化し、視界と足場を急激に悪くしていく。
「【天飛礫】」
スキルは同じでも、今度は粉末のように細かい雪が飛んでくる。ダメージは無効化しているが、元から無いように思う。空には雨雲、太陽、雪雲と竜巻までぼんやりとだが見えている。そして次第に巻き上げられた粉雪が視界を遮断し、JACKの姿も見えなくなる。
「【天時雨】」
そうして出来た死角から、轟音と共にレーザーのような高水圧の雨が土鍋目掛けて攻撃される。やはり弱点は筒抜けになっているようだ。
伯爵の顕現させたオリジンスキル【猫又】。
オリジンスキルとはスキルの起源、ざっくりと言えばそのスキルのモデルになったものを指す。現在オリジンスキルを発動させた事があるプレイヤーは、どれもトップランカーばかりであり、更にその全員がユニークスキルを有している事から、ユニークの最終形態という認識が広がっている。
そして伯爵の【猫又】の発動条件は、猫系モンスターを多量に連れ回す事。更に維持させるにはそのモンスターを倒してはいけない。
それから更に研究を重ね、ついに故意的にオリジンスキルを発動させる方法を会得する。スキルやユニークスキルのように、本当ならば取得が出来ないという欠点があるところを、自身で発動させるところまで行き着いたのは、『流石』と言わざるを得ない。
【猫又】の効果は三つある。
一つ、全ダメージの無効化。
一つ、自身が与えるダメージが0に固定。
一つ、身体能力の強化。
最初の全ダメージの無効化は文字通り、一切の傷を負わなくなるというもの。これにより事実上、伯爵は全プレイヤーの中で最硬の壁になる事を意味する。
次に自身の与えるダメージ。これはおそらく、このスキルが霊体に近い状態になる為と言える。吹き飛ばす力は強いが、そこにダメージを求めるのは期待出来ない。
そして最後の身体強化。これは身体が数倍ほど大きくなった事で、リーチや体力が向上。更に跳躍力や俊敏性も上がっている。
また、尻尾が二又に分かれた事により、片方で土鍋を、片方でムチ代わりに攻撃、なんて芸当も出来る。
メリットも大きいがデメリットも大きく、また【軒下の集会】の者達が居なければそもそも発動出来ないなど、実戦で使えるものでは無い。
ダメージソースも無いスキルだが、皆の集結を待つ前に、ある程度HPMPを削っておきたいところ。
チャンスを伺い、何か策は無いものかとレーザーのような雨を避けていると、遠くの方で落雷が落ちる。まさか……。
「そう簡単に逃がすのは、初心者かバカのする事だろ?」
こちらに集中しすぎた、いや、このJACKの攻撃範囲を見誤ったのが原因か。口振りからしても、伊達はどうやら雷に撃たれたようだ。逃がしてから数分は経ったはずだが、伊達の能力ならばかなり遠くまで逃げ延びたはず。そもそも感知も遠視も届かないような距離の敵に、どうやって当てたのか。
過去にイベントで戦った経験はあったが、いずれも豪雨状態で落雷や吹雪などは使って来なかった。トップランカーと呼ばれるようになる頃には、既に表舞台から姿を消していた為、実質戦うのは久しぶりになる。
「あの若造が、ここまで来おったか」
もしこんな状況じゃなければ、褒め言葉の一つでも贈ってやりたいところだが、奴の歩んだ道を見る限り、もはや手遅れである。
「ならばせめて、吾輩が手向けを贈ってやろう」
「出来るもんならやってみろよ、骨董品が」
両者は雨を散らしながら激突した。
また少し忙しくなります。




