とりあえず雷と猫
「雑魚は雑魚らしく、枕でも濡らしてな! オラァッ!」
「グギギ、うる、さいッ! 返せ! それはテメエなんかが着ていい装備じゃない!」
JACKに首を片手で鷲掴みで持ち上げられ、抵抗虚しくHPを削られていくALL。
「お前も災難だな、えぇ? 仲間が弱いと助けにも来られないとよ。ほら、お前の馬鹿なお仲間が捕まってるぞ〜? 助けなくていいのかぁ?」
JACKは何処に向かってでも無く、首をゆっくりと振りながら全体に伝わるように大声を出す。その様子を苦虫を噛み潰す思いで身を隠す伊達。
話はALLがJACKに向かって飛び出していった辺りまで巻き戻る。
JACKの装備を目にしたALLは、頭に血が急速に上るのを感じていた。隠密に行動しなければならない事も忘れ、小雨が降り出す中、ただがむしゃらに走り出す。
(あの装備は、アイツの……ZXのもんだろうがッ!)
そうだ、見間違うはずも無い。冒険を共にし、一番愛用し使っていたボスのレアドロップ【清浄】シリーズ。
それを【塗装屋】で、見た目を純白から銀色に変更し、ガントレット部分にギザギザの線を入れたもの。自身の代表スキルである”悪食”を模したその塗装は、【鍛冶】と【錬金術】の特殊な方法で怪しく光っている。
それはZXのこだわりであり、他のプレイヤーが真似しようとも、ギルドメンバーにだけ分かる判別方法が存在する特別な装備。
──いいか、皆。これは俺と皆との絆を表すマークだ
──この装備のギザギザのとこに【暗号解読】を使うとな……
ALLはスキルの射程範囲内にまで近づいて【暗号解読】を発動する。隠された文字や絵を読み解くスキルで、仲間内で決めた暗号でやり取りの出来るものだ。
怪しく光る部分を見れば、次第に浮かび上がるマーク。腕相撲をする時のように、ガッチリと握手を交わしている手の絵が浮かび上がっている。
同時に怒りは最高点にまで達する。相手は既に攻撃モーションに入っているが、ALLはそれすらも気にせず、相討ち上等とばかりに顔面へと拳を突き出した。
「このクソ野郎がぁぁぁぁぁ!」
スキルの発動よりもこちらの方が早かったらしく、拳は吸い込まれるように顔面に直撃した。顔が凹み変形するほどの威力に伊達が後ろから焦燥の声で叫ぶ。
「ALL、そいつは違う! よく見ろ! 右だ!」
何言ってんだ、今ぶん殴ってるだろ。そう思って今も殴りつけている拳の先を見ると、更に顔が凹むJACKの姿。もはや顔と呼べるような形を留めていない、そう思った時にはもう遅かった。
JACKの姿は最初からそこには無かったかのように、姿が水塊へと変貌していくのを驚愕しながら眺めていると、自身の真横から何か細かい粒が飛んできているのが目の端に映った。
「【天飛沫】」
その声に共鳴するように、突如雨足が強くなる。真横からの衝撃はまるで散弾でも食らったと思うほど、連続して別々の部位から痛みが走り回る。
「うあぁぁああぁぁぁ!!」
一気に連続で襲い来る痛みにのたうち回るも、転がる事で敵との距離を稼ぐALL。
「クソ、クソクソクソクソッ!」
「どうした三下。腹でも壊したのか?」
確かに殴りつけた感触はあったはずなのに、敵は別のところから攻撃を仕掛けてきた。何かの移動系スキルを使ったのか、それともあやかの【イレカエ】と同系統のスキルなのか。考える暇も無く次の攻撃が来る。
「【天飛礫】」
今度は先程よりも数は少ないものの、飛んでくる雨粒と思わしき水滴の大きさが、まるでバスケットボール並である。当然当たれば、さっきのとは比べ物にならないダメージを負う事になるだろう。そう思って必死に避けている最中、雲間から急に日の光が差し込む。
「【天斜光】」
バスケットボール並の水塊の向こうから、突如として光が差し込む。水塊の幾つかを経てALLに届いたその光は、強力な光線となって彼の目を焼いた。
「ぐあぁぁぁあぁあぁぁぁぁ!」
眩しいと思ったのはほんの一瞬。次の瞬間には目に走る痛みと【眩暈】にバランスを崩し、その場に倒れ込むALL。そこに追い打ちとばかりに、大量の水塊が集中砲火する。
たった一瞬の隙で瀕死に追い込まれたALLに、クツクツと嗤いながら近付くJACK。
そして倒れるALLに精密射撃で装備だけを攻撃しながら近づいていく。
「前もそうやって考えなしに向かってきたよな? 学習能力無いのか? あの時は結局、部下にやられたんだったか。そうだよな、俺様の教育ミスだったわ」
そう言ってALLの装備を順番に灰色に変えていく。わざわざ抵抗力を削ぐように、ゆっくりと念入りに。それでも構わないと、未だ視力が戻らぬ状態で、適当に腕を振り回す。その姿を見て、JACKは足を引っ掛け転ばせると、地面へと顔を押し付けるように後頭部を踏み付ける。
「いい加減懲りない奴だな。お前程度の奴なんざ、俺様の相手が務まるはずが無いだろう?」
「ぐぐっ、ガハッ」
話を聞くものかと無理矢理身体を起こそうとするも、再び地面に顔を擦り付けられる。
「少しはお前の相方を見習ったらどうだ? 仲間がやられているというのに自分は息を潜めてやがる。どうやら自分の役割を全うするのに必死で、お前の事なんてどうでもいいみたいだぜ?」
「ガァァ、グガッ」
そうして全ての装備を破壊し終わった後、首を掴み上げられ、残っている僅かなHPがじわじわと削られる。
ALLを撒き餌に挑発を繰り返すも、一切姿を現そうとしない伊達。興味が失せたとばかりに地面に投げ捨てると、天候は雨から雷雨へと変化する。
ALLに向けて放たれた【天飛沫】は、稲妻を伴ってまるで線香花火の光みたいに、儚げに火花を散らすように。ALLの身体は光の粒となって消えていった。
「ゴミクズはどこまで行っても直ぐに出てきやがる。幹部共も全員乙っていやがるし。最後に信用出来るのはやっぱ自分の力だな。なあ、お前もそう思うだろ?」
【同化】で息を潜める伊達に、再度言葉が投げ掛けられる。答えないと初めから分かっているのか、返事も待たずに話を続ける。
「弱い奴は何をしたって、何を頑張ったところで弱いまま。何かを変えたいと思うのは勝手だが、俺様に楯突く実力も持たないで、他人に縋って敵討。おめでたい頭でこっちとしちゃあ助かるよ。わざわざ本気なんて出さなくても、勝手に向かってきて勝手に死んでくれるんだからな。
実力が無かった、だから”悪食”は俺に喰われた。ただそれだけの事だろ? 何が不満なんだ?」
暴論を吐くJACKを他所に、伊達は少しずつ距離を取る。ALLに対して思う事は幾らでもある。だがそれは後でいい。今すべき事は少しでも多くの情報を持ち帰る事。
前回の戦いでは、ZXが倒された事で盤面が崩壊。JACKのスキルをほぼ見る事無く終わってしまった。
だが今回、こんなにも間近でそれを見る事が出来たのだ。天候を操る【天乞い】以外のスキルを観察出来たのは僥倖だ。ギルド名通り、雨による恩恵も凄まじい。
このまま一人語りしていてくれれば……。
だけど、現実は簡単に希望を閉ざしてしまう。
「って訳で、相手の話には相槌を打つもんだと先生に習わなかったのか? 【天麒麟】!」
上空でゴロゴロと雷が鳴る。雨にも関わらずまるで昼間のような明るさで、何度も何度も空が光る。何度か光った後、突如雲間に大穴が開いたと思うと、それは形を成して急速に伊達へと襲いかかる。馬の足のような、白く光る雷を纏った巨大なそれが。避ける事はおろか、防ぐ構えすら取れないほどの速度で雷が落ちる。伊達へと落ちた雷は、彼を中心に地面を焼き抉り、それでも足りないとばかりに振動を伝える。
周囲の木々は燃え滓に変わり、蹄の形をした焼け跡とその形に陥没した地面。とても生き残る事叶わぬ攻撃の中、白煙を上げながら佇む丸い影。
「どうやら間に合ったようじゃな」
へたり込む伊達に映るのは、土鍋を尻尾で持ち上げながら背中に猫を乗せる巨大な化け猫が、片手を天に掲げ落雷を受け切った姿だった。




