とりあえずこの手は離さない
ほんの数分の間だったけど、私はエースに会えた喜びと安堵感で思い切り泣いてしまった。エースの胸の中でわんわんと泣きじゃくる。
しばらくして、後ろから翡翠さんとkuraraさんのやり取りが聞こえてくる。
「お熱いですな、ごっつぁんです!」
「翡翠……」
「ヒィィ」
そんな話をしている二人を見て、ようやく自分の姿に気付く。恥ずかしくなって離れようとしたけど、今度はエースが抱きついて、逃がすものかとガッチリホールドしてくる。
「ふふふ、一生離さないし離れないよー。ぐふふ」
「…………」
「ん? あ、ユイさん? そのワキワキと動かしてる指はナニカナ? いや、先に抱きついてきたのは、あ、ごめんなさい。マジで今は疲労が──」
「で、これからどうしますか?」
私はモジュレさんに問う。私の足元にはピクピクと痙攣する、死んだ魚の目をしているエース。そして何故かまたダイイングメッセージを書いている翡翠さん。「腐は偉大」。
モジュレさんのスルー能力がレベルアップした。
全力で触れない事を決めたようだ。
「エースがここに居るという事は、おそらく敵は倒したのでしょうね」
予測するモジュレさんに、うつ伏せの状態から顔だけをこちらに向けて「そだよー」と生返事するエース。エースの事だから負けるはずが無いとは思っていたけど、この大量の死骸も何かのスキルなのかな?
「ともかく、エースとここで合流出来たのは幸いでした。こちらも人数が減っていたので、肉壁作戦も使えなかったので」
「肉壁って……一体どんな戦い方してたのさ」
「それはですね」
モジュレさんからザックリと話を聞いたエースは、その場で大笑いしながら額に手を当てる。
「あっはははははは! 弓矢を踏み台にして急降下って、どんな発想っ、はははは!」
「ZXと色々実験したら出来た。タイミングさえ合わせれば誰だって出来る」
自信満々に語るkuraraだが、誰でも出来るほど簡単な芸当では無い。飛距離や失速するまでの時間、滞空時間やユイの足元に的確に飛ばす正確さ。どれも一朝一夕で体得出来る技では無い。命中率や再使用可能時間に補正を掛けてはいるが、その技量は紛れもなく本物である。
「いやぁ、それにしてもユイが中心になって動くってなかなか見られないもんなんだよ? そっかぁ、見たかったなぁ」
「とても立派でしたよ。レベル差や経験にも臆せず」
「いえ、いえいえ! もうずっとドキドキしっぱなしで……」
戦闘を振り返って雑談に花を咲かせていると、遠くの方で雷が落ちる音が響く。遅れてそれは地響きに変わり、振動となって伝わる。
「ん? ……もしもし? うん、こっちは皆と合流した。そっちは?」
落雷に場が混乱する中、エースに【通話】が入る。どうやら相手は伯爵さんみたい。
エースの話では戦闘が終わって休息中に、伯爵さんから「先に向かう」と連絡があったらしい。相手も大した事が無い様子だったので、伯爵のところは物量作戦の雑魚兵じゃないかな、とはエースの談。
程なく【通話】を終えたエースは真剣な顔で話す。
「伯爵達がJACKと遭遇して戦闘になってる。落雷も奴のスキル。一応こっちに引き付けながらこっちに向かう、みたいな事は言ってたけど、多分それは難しいと思う」
「既に戦闘が始まっているのね。遊撃部隊と斥候の二人は?」
「分からない。伯爵の話だと伊達さんは生存してるみたいな事は言ってたけど、他は……」
「マスター……」
「たくや君」
伯爵さんからの【通話】内容を聞いて途端に落ち込むkuraraさんと翡翠さん。二人とも、というか【義憤ファミリア】の皆は、私の前だと気丈に振舞ってわざと明るくしている気がする。今も顔には出していないけど、握り拳をぎゅっとしているのを見ると、私も悲しくなってくる。
そんな雰囲気を振り払うように、モジュレさんが手をパンパンッと叩く。
「はいはい、考える暇が有ったら今は自分の為すべき事をするのが先よ。とにかく今は伯爵さんと合流しましょう。幹部があと何人残っているかは分からないけれど、空のゲージを見る限り敵は少ないわ」
「だね。そうと決まれば善は急げ、伯爵が直ぐにやられるとは思わないけど、それでも早く合流すべきだね」
そこからの行動は早かった。
モジュレさんが隊列を組み直し、エースが中心となってアイテムの残りや分配、他の生き残りメンバーの把握をしていった。けれどギルドリストが灰色になっている=既に倒されているみたいで、たくやさんとあやかさん、それにALLさんは……。
私も確認してみたけど、全員の名前は白く光っていた。開始直後から姿を見せない青薔薇さんも生きているみたいだけど、一体何処にいるんだろう?
そして全ての準備を整えた私達は、再び川沿いを歩いていく。先頭はkuraraさん、最後尾には翡翠さんが担当。その前にモジュレさんが居て、私とエースは真ん中に。他をギルドメンバーの皆が横と前方を守る形になった。
「ところでユイさんや」
「何?」
「手を繋ぐのは構わないけど、おいちゃんハッスルしちゃうぜい?」
「…………ばか」
小声で呟くと「ん?」と顔を覗き込んできたので、ぷいっとそっぽを向く私。だけど、繋いだ手を離す事は無い。ちょっかいもそれきりで、その後はぎゅっと握り返してくれた。
「?」
「どしたの? ユイ」
「? ……気のせいかな、何でも無い」
背中にぞわっとした感触が走る。
何かよく分からないけれど変な感じして、そっちに視線を向けた私。急に立ち止まった私にエースも止まった瞬間、変な感じが消える。多分、さっきの戦闘の余韻で、何でも無い事でも敏感になってたりする的なのかな? と自分で勝手に納得する。
だが、ユイが向いた方角、背の高い木の上に身を隠す者が居た。太い枝に片膝を立て様子を伺っている。
「危ない、これだけ離れているのに……今のは勘か?」
静かに小隊程度となった一行を見つめる。
「ようやく見つけたぞ。幹部の全員が倒れた今が好機だが、それじゃあ俺の楽しみが無いからな」
ニヤリと笑うその姿は、JACKの隣に居た時とはまるで別人とすら思うほど楽しげに。
「今度は全力で殺り合おうぜ、──」
そして彼は動く。自身の目的の為に。




