とりあえずスキルを経験値に
「全く。少しは加減を覚えなきゃ駄目だよ、って何年言わせるかな? かな?」
「め、面目無い…。でも真面目にやってくれているユイを見たらつい…」
抱きつくのから解放された私は、エースを正座させ説教をしている。この流れも長年の付き合いだからこそのものだが、傍から見るとお母さんに怒られる仔猫のようだとよく言われる。私からすれば「まさか覚えの悪い親友から記憶力を問われるとはこれ如何に」と余裕をかましているこの親友を見て、何処が仔猫のようなのかと問いたい気持ちだ。
と、定番となってすらいる説教をしていると、不意にスクリーンが表示される。
『スキル【説教】を入手しました』
いきなりスクリーンが現れたのもそうだが、何よりこんな事で取得出来るのかという方に驚かされた。エースの方を見ると「あー」と言って私の現状を察しているようだ。
「これが普通なの?」
「いや、まあこのゲームのシステムっていうかなんて言うか。まあいいタイミングだし、スキルについて少し解説してしんぜよう」
「おー」
そう言ってエースは何処からとも無く黒板を出現させる。なんでもアイテムボックスの中に色々入れて持ち歩いているそうだ。…何に使うんだろ?
そう思いながらも黒板にチョークでカッカッカッと音を立てながら書いていく。
「いいかね諸君」
「一人しか居ないけど」
「いいかね諸君」
「…はい先生」
「宜しい。将来君はいいお嫁さんに──」
「いいから進めて下さい先生」
真顔で淡々と言葉を浴びせると、エースは堪らず目を逸らしつつも説明を始めた。
「このゲーム、最初に始めた時にはスキルを1つも持って無いよね」
「うん、そういうものじゃないの?」
「確かに。他のゲームでもアイテムで買ったりNPCから教えて貰ったりするんだけど、このOOOでは全く新しい取得方法が採用されている。それが──」
「それが?」
「それがこの体験式スキル取得システム、正式名称は『忘れられた能力』と書いて『オブリビオン・アビリティ・システム』。略称はOASだね。長いから皆OASで呼ぶけど、古参は『忘れられた能力』って呼ぶ方が多いかな」
「ふーん、そうなんだ」
黒板に書かれた文字の羅列を見て、ただ単純にそうなんだ…と思っていたら声に出ていたようで、私があんまり興味を示してないのを察知された。
「興味ない、か。まあ名前はいいとして! 今チミが気になっちゃってるのは何で変なスキルを入手したか、って事だよね」
「うん、エースにはスキル取得したのが見えたの?」
「あー、いや。見えたというより誰もが通ってきた道なのだよ。このゲームの趣旨は人々が戦争をする中で、どんどん技能を持った人々が消えていった為にスキルそのものが忘れられたって設定なの」
「ふんふん」
「お? ちょっとは食いついたか。良い良い。でも最初に町の方でもチョロっと言ったはずなんだけどなぁ、忘れちゃったかな」
エースが何やら小声でブツブツ言ってるが丸聞こえである。
そんな事無いもん! 初めて聞いたもん!
「んで冒険者達は戦いの痕跡や冒険の中でそのスキルを辿り、解き明かし、そして自身が体現者としてもう一度復活させる、って感じで。要はプレイヤーは一定の行動を行う事でスキルを入手出来るって事なのだよ」
「おー。つまり色々な事をやれば」
「流石親友、話が早い。つまり色々な行動や一定の戦闘等でスキルを入手していくって事なのさ。多分さっきユイが驚いてたのは【説教】のスキルを取ったからでは無いかな?」
ふふん、と鼻を鳴らしてこちらを見るエース。割とドヤ顔だがこれまでの経緯から察するに、かなりやり込んでいるのだろう。私はこのやり取りには既に慣れたけど。とりあえずこのまま流すと後々面倒なので話を合わせる事にする。
「そうなんです先生。しかもこのスキル、効果が特に書いてないんです」
【説教】
相手を怒る。怒られた相手はしゅんとする。
スクリーンからスキルをタッチする事で効果が見れるのだが、【ダブルアタック】等とは違い効果というより説明文というのに近い。しかも使ってみても効果が有りませんと表示されるのだ。
「それはね、ワトソン君。スキルには主に効果のあるものと効果の無いものがあるのだよ」
エースが言うにはスキルには戦闘、防御、補助、支援、強化など幾つかの系統が存在している。これは公式では無くファン達が勝手に分類したものらしいのだが、今では殆どのプレイヤーがこれで認識している為、公式が逆輸入したという逸話がある。
相変わらず脱線と無駄知識を喋るので手をワキワキさせていると、ビクッと身体を震わせた後続きを話し始める。
このゲームでは一定行動をするとスキルが取れるのは前途の通りだが、その中にはスカスキルと呼ばれる効果がないスキルが存在している。では何故こんなものが存在しているかと言えば、これは運営からの救済措置だと言われている。
なんでもα、β版時代では『モンスターが序盤から強い割には初期から取れるスキルが弱い』、『スキルを取る為にはレベルが必要、なのにそのレベルを上げる為の手段が無い』などの問題が浮上した時期があったそうだ。そこで前に何か話していた、『スキルを経験値に変えられる』というシステムが生まれた。このシステムは例え経験値に変えてしまっても、また同じスキルを取得出来る為、無限ループでレベル上げが出来る点があり、格段とレベリングしやすくなったそうだ。反面、あまりにもレベルを上げやすい為、今では取得経験値に調整が入ってはいるが、それでも序盤では結構貴重なテクニックである。
「──てな感じなのだよ、分かったかね? ワトソン君」
「うーん。つまり経験値用のスキルって事?」
「正解! まあ尤も、今じゃ雀の涙ほどしか無いから気持ち程度だね。あと一度忘れても再度取得出来るから、一切戦闘せずにレベリング出来たりもするよ。恐ろしく効率悪いけどね。一応一括で選択も出来るから、ある程度溜まってからでも大丈夫だよ」
「なるなる。でも忘れそうだから今やっとく」
「【投石】でも同じくだりしたんだけどなぁ」
そうして【説教】を経験値へと変換していると、エースが口に手を当て私の耳元へひっそりと──
「まさに『忘れられた能力』だね」
「上手くないからね、それ」