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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第五章 vsゲリラ豪雨
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とりあえずユイの戦い

「前衛交代! 【即興強化(トッカータ)】! 翡翠さん、ユイさんを!」

「ラジャ!」

「ひゃっ!」


 私の頬を掠めるようにして伸びる触手。チリッと音がするも、大したダメージは入っていない。間髪入れずに翡翠さんに抱き抱えられてその場から離脱するも、周囲は既に触手の壁が迫っていた。





 皆が消え、エースが消え、それが相手の罠だと理解出来た頃、既に戦闘が始まっているところだった。


「兄貴に捧げる贄となるがいい。【召喚(サモン)・ヘドロヒグロ】」


 相手は一人だと思っていたら、いきなり地面から、灰色のドロドロが✝︎フォース✝︎って人を包み込む形で現れる。それと同時に、モジュレさんのギルドメンバーの人がそれに攻撃を仕掛けたが、逆に白煙をあげて退く。どうしたのかと覗き込むと、一瞬だけ手が赤くなり、それが消えたかと思うとHPが急速に減る。


「皆、あれに触れないで。酸攻撃よ」


 いつの間にか隣まで来ていた翡翠さんが、補足で触れるとダメージが入るんだよ、と教えてくれる。

 私達がそっちに気を取られていたら、相手は更にスキルを掛ける。


「憑依せよ、ヘドロヒグロ」


 ✝︎フォース✝︎に乗り移るかのように、そのドロドロが男の姿を象っていく。やがてそれは一人の、触手を生やした何かに変わった。


 確か情報交換の時に挙がっていた【憑装】というスキル。ユニークスキルの一つで、テイムしたモンスターと融合して特性を受け継ぐ、みたいな感じだったと記憶している。

 色々聞いたはずだけど、あと何か言ってたような……? うーん、何だっけ? もっとちゃんと聞いとくんだった。


「ユイさん、しゃがんで!」


 記憶を呼び起こそうと必死に唸っていたら、モジュレさんから焦燥した声が飛んでくる。慌ててしゃがむと頭上を触手が通り過ぎる。


「危なかった……」


 注意してくれなかったら、私は今頃……。そう考えると怖くなってくる。実は今の今まで、ゲーム内での死を経験してないユイ。エースからは別にリアルじゃないんだし、気楽に構えてりゃヘーキヘーキ、なんて軽く言われたけれど、いざその場面に出くわすと怖いものは怖い。皆なんで普通に戦えるんだろう。


 ──ぎゃあああああ!

 ──ぐ……アァァァアア!


 背筋が寒くなってきたところに聞こえた絶叫。私は驚きのあまり尻餅をつく。そこへ伸びてきた触手。だけど──


「前衛、ユイさんを守って!」


 複数の人達が私を守るように、その身を盾にして攻撃が届かないようにしてくれた。

 そして前衛を引かせ、後ろで待機していた人達が前に出る。攻撃を受けた人達はアイテムで回復しつつ、私は翡翠さんに抱えられて出来る限り中心に連れて行かれる。


「【曲射】、【歪曲射】」


 そこではkuraraさんがスキルを使って弓を射っていた。

 ほぼ真上に放たれた矢は、そのまま放物線を描いて飛ぶが、数本は相手を通り越して後ろへと飛んでいく。しかし、明らかにおかしい曲がり方をして、相手の真後ろから矢が迫るように飛ぶ数本。真上から落ちてきた矢を躱そうと後ろに下がったところに、先程の矢が突き刺さる。しかし、✝︎フォース✝︎は倒れるどころか矢がゆっくりと身体から生えたかと思うと、そのまま地面にカランと音を立てて落ちる。


「やっぱり核を潰さなきゃ駄目だね」

「うん……でも、位置分からない……難敵」


 二人の会話を聞いて、ようやく頭の隅に転がっていた記憶を思い出す。


 ヘドロヒグロはスライムの一種で、核を四つ持っている。その核を全て壊さなければ倒す事が出来ないが、触手の攻撃力も弱く、レベルも低い為、初心者でも倒せるボスとなっている。

 けれど【憑装】は、融合させたモンスターの特性を得る事が出来る。つまり相手は今、核を四つ持っており、それ以外を攻撃してもダメージが通らない状態になっているって事らしい。ちゃんとメモしとくんだった……。


 でもスライムなら、私にもッ! 浅はかな考えで勇気付ける私の直ぐ傍に、ギルドメンバーの一人が飛ばされてくる。ゴロゴロと数回転がる内に、みるみるHPは減り、


「クソッ、マスターすいませ──」


 そう言って身体毎消え去るのを目で追ってしまう。気付けば人数差があったにも関わらず、一人、また一人とその差が縮まっていく。

 この人達は私よりもレベルもスキルも経験も遥かに多い。そんな人達が束になっても敵わない相手。段々と、さっきまでの自信が無くなり、身体が硬直していく。

 その間にも、kuraraさんが触手を撃ち落とし攻撃を逸らしてくれているものの、圧倒的に手数が足りない。

 私を庇うように自分の身体を突き出して、相手の攻撃を防ぐ翡翠さん達。役立たずの私なんかよりも──そう思うが言葉に出ない。


 その時、撃ち漏らした触手が翡翠さんの腕を掠めた。


「いったいなぁーもー!」


 HPが半分ほど削れるが、すかさずkuraraさんが瓶を投げつける。翡翠さんの足元に落ちて割れた瓶の液体に触れると、四分の一程度だがHPが回復する。


「さんきゅーkuraraたん! この戦いで生き残れたら朝までにゃんにゃんしよう!」

「……じゃあ次は助けない」

「でもそう言いつつ救けてくれるkuraraたんの優しさにプライスレェス」

「…………」


 相手の攻撃を捌きながらも軽口を叩き合う二人。私の隣にもエースが居てくれたら……。

 羨ましくも寂しい、そんな気持ち。不慣れな環境って事もあるけれど、やっぱりエースが一緒に居た安心感に私は甘えていたんだなぁ。

 だけどここにはエースは居ないんだ。しっかりするって決めたじゃないか。心の中で何度も復唱する。すると、頭の中で声が響いてくる。


 ──とりあえず殴れば倒せるから


 もうずっと前のようにも、さっき言われたようにも聞こえる言葉。そうだ、私がやれるのはこれしか無いんだ。


 ようやく覚悟を決めた私を他所に、ギルドメンバーの人達が半数近くにまで減っていて、kuraraさんと翡翠さんもHPが半分を切っている。全体の指揮を取っているモジュレさんも、いつの間にか前衛に混じり、戦闘しながら声を飛ばしていた。

 私にも何かやれる事は無いかと周囲を伺っていた時、私達を囲む触手の一部の挙動が変わる。それに気付いたのは私だけじゃなく、kuraraさんが直ぐに矢を飛ばす。


「【バーンショット】」


 触手に刺さった矢は炎上し、周りの数本にも延焼する。燃え尽きた触手は黒くなってぼとりと落ちるも、直ぐに新しい触手が生え変わる。やはり核を潰さないといけないみたいで、でもそれがどこなのか見た目では判断出来ない。

 そしてまた別の箇所で触手が活発に動く。


「【束縛は愛】!」


 翡翠さんが手を伸ばした先にある触手が、一つの束に纏められるように鎖が巻き付く。だが先程とは違い、触手の一本が破裂したかと思うと、鋭利な刃のようなものが勢いよく飛び出す。その刃はモジュレさん目掛けて飛んでいく。


「有象無象とは言え、よくやる。だが、指揮者さえ潰せば」


 ✝︎フォース✝︎が何か呟いているが、私の耳には届かない。スキルを撃った後の硬直で翡翠さんは反応出来ない。kuraraさんも別の方向を向いていて、他のギルドメンバー達も間を縫うようにすり抜けていく。

 私はこの時、それまで感じていた恐怖や迷いが嘘のように、身体が自然とそこへ向かっていた。ただ、助けられるのは私しかいない、よく分からないそんな感覚。


「【ダッシュ】」


 距離はそんなに離れていない。けれど私の足じゃ追いつけない。私はモジュレさんへと飛ぶ刃の射線上に飛び込み、自分自身の身体を盾にその刃を受けた。


「うぐぅぅ」


 突き刺さる刃がガリガリとHPを削る。一瞬にしてHPが尽きかけたものの、【忍耐】の効果で1だけ残る事が出来た。だけどそこへ追撃とばかりに数本の触手が襲う。アイテムを使ってる時間も逃げる暇も無い。私はほぼ直感のまま、その触手に向かって攻撃を仕掛けた。


「【トリプルアタック】!!」


 どうせ駄目元なんだ。そう思って放った三連撃は見事に命中した。同時に弾け飛ぶ触手を見て、相手が驚きを見せる。


「ッ!?」


 声にならない声をあげたと思うと、今まで苛烈に攻撃をしていた触手を自分の近くまで持っていき、それで包み込むよう守る体勢を取る。それまで攻撃行動ばかり取っていたので、一体何が起こったのかと顔を見合わせるギルドメンバー達。


 この時、✝︎フォース✝︎側ではユイに対する評価が変化しているとは、本人には全く自覚が無かった。

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