とりあえずvs幹部Ⅱ
今回も少し長いです。
「おいおいおいおい、どうして俺の方にコイツが飛んできてんだよ!」
悪態をつくのは【ゲリラ豪雨】幹部、Umbrella。名前から分かるかも知れないが、俺はJACKに魅入られてこのゲームへとやって来た。JACKの書くブログには、たまに自身のプレイ動画なんかも上がっていて、三十過ぎたオッサンが久しぶりにワクっと来てしまった。いつかJACKのギルドに入って、肩並べて冒険するんだと息巻いていたのは随分と昔の話。今じゃ効率とアイテムを求めて狩場の占領は当たり前、相場を掻き回し”ギルド荒らし”なんて呼ばれる姿を見た俺は、絶望するどころかそれに魅せられてしまった。果ては幹部にまで上り詰め、今度はエースという超強力なプレイヤーを吸収出来ると喜ぶJACKを見て、俺も役立たねばと思っていた。いや、幹部総出で出る必要無かったんだが、何かその方がカッコイイじゃん! なんて提案したのは俺なんだけどさ?
まあ、とりあえず何が言いたいかっていうと──
「レギ兄、飛ばす相手絶対間違ったよねっ!」
巨大な猫の攻撃を避けつつ、幹部筆頭であるレギオンⅤへと文句を垂れ流すUmbrella。本来なら彼の役目は”悪食”の居たギルドの処理だった。対策も考えて来たし、ぶっちゃけ六人居ようが問題無かったんだが。まさかこっちに”ネコタンク”寄越すとかバカなの? 幾ら設置型のスキルって言っても、軌道修正出来るんじゃなかったのかよ! あー、帰りたい。こんな鉄塊殴りつけてるような気分は初めてだわ。
”ネコタンク”がここ、沼地エリアに飛ばされて来た時、内心「げっ、マジか」、反面「そのまま沼にハマれー!」だった。だが想定外にも奴の身体が大きすぎて、沼では無い場所に着地されてしまった。そこから何とか沼に嵌めようと攻撃するも、ダメージが一切通らず、こちら側は吹っ飛ばされるわ沼に片足ハマって【猫パンチ】食らいまくって視線外せないわ。とにかく散々だった。一応、他の幹部達とは違って人を数十人配置していたんだが、全員でかい手に掴まれたかと思ったら、そのまま沼に犬〇家さ。どういう事だよ。あれ完全にタンクしてないんですがそれは。
そんな脳内ツッコミをしていたUmbrellaだが、とうとう大きな沼にまで追い込まれてしまう。
「どうした。鬼ごっこはもうおしまいかの?」
「誰が。食らえ、【間欠泉】!」
【間欠泉】
第九回【全サーバー合同争奪戦】配布スキル。水場から水を吹き上げる。吹き上げる水量はランダム。
配布スキルとは、各イベント毎に運営が用意しているスキルの事で、この【間欠泉】は第九回【全サーバー合同争奪戦】内の台座からランダムで取得出来るものである。一般のスキルとは違い、スキル枠を圧迫しない上に経験値倍率もそこそこ高い。持っていて損は無いが、大抵はダメージの無い非殺傷スキルになっている。この【間欠泉】も水場が近くに無ければ使えず、効果範囲もその水場の大きさに比例する。威力は無いが、水飛沫を高い位置まで跳ね上げられる為、水を使うスキルを持つ者に取っては重宝する。そしてUmbrellaは水スキルの使い手であった。
「猫は水が嫌いだと相場が決まっているからな、【ウォーターストライク】!」
【ウォーターストライク】
【ウォーターカッター】からの派生スキル。水場から貫通効果を付与した水圧弾を放つ。近距離で撃つほど威力が高い。
相手は俺を追い込んだといつから錯覚していた? そう、これは俺の布石──
「フンッ!」
”ネコタンク”の前足による華麗な裏拳が、水圧弾を押しつぶした。水も滴るいい化け猫ってか? やかましいわ!
いやいや、マジでどうなってんだあれ。幾らタンクつっても貫通攻撃すら効いてない。幸い、向こうも攻撃力がめちゃくちゃ低いのか、攻撃されても全然ダメージが入らない。まあ吹っ飛びはするんだけど。そういや後ろに居る連中、さっきから”ネコタンク”の背中にピッタリと張り付いて動きやしないな。間合いに入らない為? いや、そうだとしても攻撃自体は可能なはず。もし出来ない理由があるとするなら……。
「【ウォーターボール】、【ウォーターボール】、ついでにもういっちょ【ウォーターボール】!」
この【ウォーターボール】は、エースの使う【麻痺玉】の元になったスキルで、これと常態異常スキルを【錬金術師】の称号を持つ者に【錬金術】、【融合】などのスキル同士を組み合わせられるスキルを用いる事で別のものに出来る。
Umbrellaは素早くそれらを宙に浮かせると、伯爵の後方目掛けて蹴り飛ばす。弾力性が強く、一度蹴った程度では割れないが、二度目の衝撃には必ず破裂するという、微妙に扱いにくい性質がある。足場に使ったり、ジャンプ台にしたりと、使っていると案外良いなとは思う訳だが。
破裂すると周囲に多量の水を撒き散らす為、水使いである俺には割と重宝している。更に俺のユニーク【それをもう一度】でスキル効果適用時、ランダムで効果倍によって巨大な津波モドキを発生させられるのだ! ふふふ、最初の川の氾濫もこの俺の仕業だー! まあ倍加するのはランダムだから、割れた時の水量が足らなくて、結局何度も使うハメになったんだけど……うっかり追加で撃ったやつが連続で増えて、結果オーライ☆
ただ効果倍の代わりにデメリットとして消費MPもマイナス効果も倍加する。しかもその消費MPに至っては、発動しようがしまいが増えるという。クソゥ! ユニーク=強いんじゃないのかよ!
水球が”ネコタンク”の後方へと着弾すると、一気に弾け中身の水が津波となって押し寄せる。どうやら【それをもう一度】の効果が発動出来たらしい。【ウォーターボール】の中身の水にはダメージ判定があり、触れればそれだけでHPを削れる。……はずなんだが。
「ハァッ! セヤッ!」
巨大な猫が見事な型を決めながら水球を叩き割っていく。アンナ生物、オレ知ラナイ。確か伯爵の弱点は水で、ダメージ補正に倍率が掛かるはずなんだが……。
ぶるりと身体を震わせ、顔をゴシゴシ手をペロペロする伯爵を見て、「あ、これ効いてないわ」と悟るUmbrella。
しかし分かった事もある。まず伯爵以外の後ろや背中に引っ付いてる猫モドキ達は攻撃する気配が無い。単に間合いの外にいるってだけかも知れないがそうじゃない。そもそも伯爵の前に出ようとしないのだ。試しに後ろの連中に向けて攻撃すれば、伯爵は寸分違わず水が掛からないように気を付けて弾いていた。つまり、この謎の無敵状態の正体は──
「【間欠泉】! からの〜、【ウォーターフォール】!」
【ウォーターフォール】
ある程度の高さから水を真下に高速落下させる。高さによって命中率と威力が変化する。
【間欠泉】によって天高く舞い上げられた水飛沫は、【ウォーターフォール】によって高速の弾丸へと変化する。ただ吹き上げる水量がランダムなせいか、弾丸の数が思っていたほどでは無かった。けどそれは関係ない。何故なら本命は別にあるのだから。
伯爵は自身の身体で味方全員を腹に潜り込ませる。自身を屋根にし、水の弾丸を防ぐ。普通なら相当なダメージを受ける広範囲スキルだが、それを一人で受けきっているのだから敵ながら感嘆の域である。
だけど褒めるのはダメだ。JACKの兄貴他、✝︎フォース✝︎の兄貴、レギ兄や虚さんに超怒られてしまう。だから心の中で称賛しよう。コンブラッチュローション! ん? 何か違うな……。
伯爵が上空から降り注ぐ弾丸に気を取られている間に、Umbrellaはスキルを発動する。魔法詠唱……では無いが、発動するのに時間が掛かるスキルの為、乱用は出来ないが当たれば必殺レベル。逆にこれ防がれたら辞世の句でも読もうかな。
「【間欠泉】、【高潮】」
【高潮】は水量を一時的に増幅させられるスキル。最初から掛けときゃいいとは思うんだが、再使用可能時間が長いので戦闘中ここぞという時に切れるとキツイ。しっかし【間欠泉】マジ便利。イベント配布スキルはクソだと言う兄貴達の評価を少し改善して欲しい。
巻き上げられた水は空中に大きな水溜りを形成している。大きさは小さい湖ほどもあり、学校の体育館をすっぽり覆えるほど。それらが自由落下を始める前に、Umbrellaは自身の持つ最大の大技を放つ。
「行け、【怒海神の渦紋】!!」
【怒海神の渦紋】
海神を倒した者が、認められた証として授かるスキル。海神の化身を召喚し、対象を飲み込み攻撃する。その際、地上の水が全て干上がる。空中に存在する水量によって効果時間、範囲、威力が変化する。
ある地下迷宮に居る海神を、あるクエスト下で討伐した時に貰えるスキル。伯爵の周りを巨大な竜巻が包み込み、上からは圧倒的な水量を持つ海神が敵を穿つ。スキルの性質上、地上の水を干上がらせてしまう為、連発する事が出来ない。竜巻は中から外は見えないが外からは見える為、海神を落とすタイミングは任意で選べる。本来は水中で使うのが望ましいが、この水量でも充分過ぎるぐらいだ。周りの竜巻には裂傷効果があり、触れ続ければ【部位欠損】する。【部位欠損】とは腕や足などが切れて、武器や防具の効果を失う常態異常だな。結構グロテスクだが、視覚設定からモザイク処理を変更出来るよ!
【部位欠損】してしまえば、服のセット効果が適用されなくなるし、腕を落とせば攻撃力が大幅ダウンする。他、頭を飛ばせば即死させられる。まあ相手は伯爵、トップランカーの一人だ。これ自体は有名なスキルだし、伯爵一人なら簡単に抜けられるだろう。だが腹に抱えた連中はどうだ。この逃げ場の無い攻撃、全てを守りきるなど到底……。
伯爵はただ上だけを見ていた。周りの竜巻には目もくれずに。
「全く……なかなか隠居させてはくれないようじゃな」
伯爵はスクリーンを弄ると、これまで素手だったところに大楯を出現させる。黒竜の時に使っていたよりも更に大きく、その盾は光を吸い込んだかのように黄色く光り輝いている。
「ニャーニャニャニャー!」
背中から腹に待避していた幻舞がなにやら合図を送っている。彼は手に肉球が無い以外は完全に【猫化】しているので、他者から見ればただ猫が鳴いているようにしか見えない。そして腹に居た猫モドキ達が一斉に鳴き声を上げると、黒い土鍋が出現する。その中に全ての猫モドキ達がおしくらまんじゅう状態で詰め込まれていく。
スキル【猫鍋】
【結界回復】、【サークルヒール】などの範囲回復スキルが【猫化】によって変質したもの。土鍋の中に入る事で継続回復+防御力バフ。土鍋の中の猫の数によって回復量と防御力が変わる。
伯爵はその【猫鍋】を器用に尻尾で掴み持ち上げると、大楯を構え足をたわめる。渇いた地面には亀裂が走り、その脚力の凄さを物語っている。海神が全てを飲み込まんと迫る中、伯爵は空中へと駆け上がる。
「【大楯に与えられし王冠】!!」
発動したスキルは伯爵の全身を金色に染めながら纏わり付く。光の帯に引き連れながら、金色に輝く大楯はなお光を強く放ちながら、海神の顎門へと食らいついた。一瞬、スキル同士のバチバチとした鬩ぎ合いが展開されたかと思うと、その均衡はすぐに伯爵側へと軍配が上がる。海神をただの水塊へと変えながら、海を割るかの如く突き進む伯爵は、遂に外へと脱出する事に成功した。海神が地に堕ちた事で竜巻も消え、着地した伯爵に見えるのは尻餅をつき、恐怖に慄く一人の男のみ。
「嘘だろ……バケモンかよ」
絞り出すように言葉を放つUmbrella。今のスキルが最強にして最大の威力だった為、これを防がれたら本当に為す術が無かった。最後に使った【大楯に与えられし王冠】は、5秒間だけどんな攻撃に対してもダメージを受けないというスキルだが、これは他者にも掛ける事が出来る。代わりに自分が受けるダメージが三倍になる為、忘れられがちな効果だが、まさかこんな使い方をして来るとは思っても見なかった。
そもそも伯爵は弱い、そう仲間内では言われていた。最古参プレイヤーではあるが、正式版になってからは後輩の育成に精を出し、自身は一歩身を引いた立場を維持していた。ユニークスキルの【猫化】も、確定で【魅力】出来るのは凄い事だが、それが無くても強いスキルは沢山あるし、正直何が有名なのかよく分からないプレイヤーだった。過去に検証班として、【呼吸法】のダメージ解明などに携わったぐらいで、取り立てて目立つ所は無い……はずだった。自身の最強をこうして防がれるまでは。
「正直アンタを見くびっていたよ。なあ、出来れば最後に教えちゃくれねぇか? アンタのそれは、一体なんなんだ?」
UmbrellaにもはやMPは無い。座った状態の為少しずつ回復はしているが、この干上がった地面では殆どのスキルを撃つ事が出来ない。完全敗北が故の質問だった。
それに対して伯爵は、土鍋から出てきた幻舞達と何やらニャアニャアと相談している。どうやら【猫化】している者同士では普通に会話が成り立っているらしい。少しして伯爵は目の前に腰を下ろした。
「それは、とは吾輩の姿の事かの?」
「ああ、それに周りの奴らもそれ【猫化】だよな? ユニークは鯖に一つが常識だろ?」
「まあ取得出来るのは一つじゃが、スキルには【譲渡】以外にも渡す方法はあるじゃろ?」
何の話だ? そう思ったが少し考えを巡らせると、ある可能性が見えてくる。いや、それはJACKの兄貴すら「無意味で無価値」と言わせた狂気の沙汰。まさか、そんな訳──
「まさか……ユニークを【複製】したとか言わない、よな?」
伯爵がニヤリと口角を上げる。キラリと光る牙よりも、ユニークを【複製】したという行為に恐怖する。
スキルを【複製】するには、相当量のアイテムが必要となる。しかも、そのスキルが取得しにくいものであるほど、要求されるアイテムのレア度は跳ね上がる。しかもユニークを【複製】した場合、オリジナルよりも遥かに劣化してしまう為、結果「無意味で無価値」という評価になっている。
だが辻褄は合う。周りの猫モドキ達は身体の部分部分が人間のそれで、完全な【猫化】では無い。だがここに居る全てが【猫化】をしているという事は、それだけのレアアイテムをかき集めなければならない。効率的にも価値的にも、やる意味が分からない。
「ふふふ、えらく難しい顔をしておるのぉ。【複製】のコストを知ってるようじゃし、吾輩らが黒竜を執拗に狩っとったのも勿論知った事じゃろう?」
「か……ガガ……」
そう言えば【軒下の集会】はいつ見ても黒竜を狩ってる変人集団、みたいな記事を読んだ事がある。連戦に篭るのはプレイヤーなら誰しもある事だが、このギルドは黒竜だけをただ黙々と狩っていた。それで一時期、黒竜の素材の物価が大幅に下がるぐらいになったのを覚えている。まさか、それはこの為に……。
「お主が聞きたい事の続きじゃが、一時期あるマップに猫型のモンスターを引き連れたレアモンスターが出現した、みたいな噂を知らんかの?」
知っている。幻のモンスターだとかで、運営に問い合わせた者も居たぐらいだ。結局、目撃者の見間違いだとか運営の管理ミスだとか言われていたが……嘘だろオイ。
「オリジンスキル【猫又】。オリジンスキルとは特定条件下でユニークスキルを使った時のみ発現する、取得不可能スキルの事じゃ。現存するオリジンが全てユニークじゃから、ユニークからのみ説が濃厚じゃが、公式回答じゃないからの。ここまで聞いて分かるかと思うが、吾輩は猫型モンスターをトレインする事でこのスキルの発現に至った。じゃがもし、猫型で有ればモンスターじゃなくとも発現するのではと思ってのう。まあ後輩育成のついでじゃったが……おや? どうした若いの。顔面蒼白じゃぞ?」
JACKの兄貴、並びに兄貴一同様。伯爵めっちゃヤバイやん。俺こんな相手と無謀にもバトったのかよ。隠居してないですってこれ、現役バリバリですってこれ。逃げてー! 超逃げてー!!
「さて、種明かしも済んだ事じゃ。そろそろ他のところも見に行ってやらんとな。バトルロイヤルじゃし、生かしておく訳にもイカンからそこは恨まんでくれよ」
Umbrellaは死に際に悟る。
嗚呼、多分これ他の幹部も乙ってんじゃね? と。
伯爵の拳撃は無情にもUmbrellaを覆い尽くしながら地面へと飲み込む。蜘蛛の巣状に広がったヒビは、彼の心が砕けるのを映しているようだった。
「ニャニャーニャーニャーニャー(意外と耐える相手っすね、プレイヤースキルもそこそこ高いし)」
「うむ、そうじゃな。案外しぶとい相手じゃったな。向こうにもいい人材は居るもんじゃな」
「ニャーニャニャニャー(んでどうします? 俺っちとしちゃあここまで分断されたなら、エースの姉御辺りと合流すべきなんじゃ)」
「吾輩としてはユイさんも心配じゃが、途中から見なくなった青薔薇の方が心配じゃな。一緒に飛んできたのは見たが、どうやら途中で姿を消したようじゃし」
「ニャッニャーニャニャーニャーニャアッ!(ユイさんはモジュレさんが付いてたし大丈夫っしょ。それよりJACKの方に牽制掛けに行きましょうぜ!)」
「そうするかの」




