とりあえずvs幹部
分割してないので普段より少し長いです。
──初期位置から少し離れた雑木林
「くっ貴様」
霧雨が降る雑木林の中で対峙する二つの影。一つはナイフより更に短い、投擲用の短剣を両手に持つあやか。そして対面するもう一つの影──
「久しぶりね、虚。会うのは二回目かしら?」
JACK陣営幹部、名は虚。細身の長身で長髪が特徴的な彼は前回、”悪食”こそZXを私達から引き剥がした張本人であり、JACK、先生の次に憎むべき相手とも言える相手だった。
「久しぶり、と返したいとこではあるが、生憎とこちらの役目は違っていてね! 【ヒキヨセ】!」
【ヒキヨセ】
【座標指定】を使用した対象を、自身へと転移させる。地面などに設定した場合、使用地点から半径5mの範囲の物を全転移。
【座標指定】という設置型のスキルが前提になるが、質量や距離に関係なく持って来れる。別マップからは流石に不可能だが、最大三箇所まで設置出来る。だが前提スキルを必要としてしまう故に、スキル枠を埋めてしまう為、率先して取りたい訳でも無いそれを、自在に操る虚。周りがユニークスキル持ちが多い中、このスキルを極める事で他の幹部と同等以上の戦績を収める彼は、強敵と呼べるほどの者である。
そして彼は試合直前、JACKから一人の女の子と接触し【座標指定】の一つを付けておくよう命じられていた。彼等にとっては取るに足りない相手だが、どうやら人質に使えそうだと情報が入ってきたのだ。レベルが低い割には重要人物であるエースとも親しく、周りが優先して守っている事から、強力なバフでも使えるのだろうとの読みらしい。確かに、と虚は思った。レベルが低くともバフに特化する戦法ならばそれをカバー出来るし、バフ系はレベルやステータスによる取得制限が無く、特定行動で取得出来るものが多いからである。
会場にいち早く到着した彼は物陰に隠れ、エースらが来るのを待ち伏せていた。そして偶然ぶつかったのを装って【座標指定】したまでは良かった。開始直後、相手側に近い場所からのスタート。混乱に乗じて【ヒキヨセ】を使い、エースを無力化する算段だった。だがまさか自身の対策をする相手が居るとは……。だが支障は無い。このままもう一度人質を──
「【閃】!!」
虚が【ヒキヨセ】した相手は、自身の腕の中では無く頭上へと現れる。【ヒキヨセ】の自身へと転移させるという文言ではあるが、実際には少し上から落ちるようにして転移される。そして彼の目の前には、振り下ろされる長剣が落ちてきていた。
「ぐぁぁぁぁぁ!」
叫ぶ虚だが、追撃は許さないとばかりに後ろへ下がり距離を取る。見れば転移してきたのは、”悪食”の所属ギルドのギルマスたくやがそこに居た。
どうして?──
そう言いかけた虚だがこのスキルには心当たりがある。自分には不必要だと経験値に変えたあのスキルでは無いのか。疑問に思いつつもほぼ確信している虚は、相手を睨みつける。
「まさか……【ウワガキ】か?」
「あら、同じスキル使い同士だとすぐバレちゃうのね」
嘘吐きが、心の中でそう叫ぶ。【ウワガキ】は【座標指定】の情報を書き換えるスキルで、普通は別マップに飛ぶかログアウトでもしない限り消える事は無い。【ウワガキ】はその情報を別のものに更新出来るスキルで、【座標指定】でしか使えないという超限定的能力な為、虚も思い出すのに少し時間が掛かった。
しかもこれだけでは無い。腕の中に居たはずのユイという奴がこの女になっていた理由。虚は動き出す、確信と少しの苛立ちを抱えて。
「【ヒキヨセ】、対象2」
あやかの近くまで近寄った虚は、通り過ぎざまに事前に登録しておいたものを引き寄せる。あやかの頭上に落ちてきたのは、武器が大量に入った箱。蓋が地面側になっている為、頭上で盛大にばらまかれたそれは、凶器となってあやかへと襲いかかる。だが虚は確信している。これは必ず外れると。
あやかは頭上の武器には目もくれず、前方へ投げナイフを飛ばす。地面に刺さったそれは、瞬きすると投げナイフはそこから消え、代わりにあやかが現れる。後ろではガシャガシャンと甲高い音を鳴らしながら、地面を叩く武器の数々。これで間違いない、奴の持つスキルは──
「【イレカエ】、でしょ? 別に試さなくてもいいじゃない。私はあなたを倒す為だけにスキル構築を変えたのだから。上手く使いこなしているでしょう?」
思っていた事を読まれたかのように、口を開こうとしたその瞬間に先に言われてしまった。
【イレカエ】
【座標指定】を使用した対象を、自身と入れ替える。
自身の持つ【ヒキヨセ】と同じく、【座標指定】を前提としたスキル。要はテレポートのようなものだ。ただ【ヒキヨセ】には質量や距離の制限が緩いのに対して、【イレカエ】は制限がキツい。あまり重いものは持って来れないし、距離もせいぜい100m程度だろう。つまり、ここはスタート位置からそこまで離れた場所では無い。今だってそうだ。短距離かつ投げナイフという小さい媒体を転移させただけに過ぎない。両手に持つ投げナイフの数は、あと全部で五本。【座標指定】をすぐさま使っても、その【イレカエ】が出来るのはあと五回という訳だ。
だがこちらも相手の【ウワガキ】によって対象1がユイからたくやへ、対象2が今転がってる空箱。この二つが実質使えない事になる。
たくやを人質に使えばいいと考えそうなものだが、先程の【閃】、振り下ろす高さによって威力の変わる攻撃スキルだが、【ヒキヨセ】の転移場所が影響したのか、地面を抉るどころか周りの木々までへし折っている。【ヒキヨセ】はあくまでも物を持ってくる前提のスキルだ。人質を取るには自身のステータスでは結構難易度が高い。それでも最初上手く行ったのは、彼女が戦闘型では無かったからだろう。情報によれば初心者で判断が遅れたのもあるだろう。
しかし奴らはどうだ? ユニークこそ持って居なくとも、中堅ギルドとして名声を轟かせていた【救世主ファミリア】。抱えるメンバーの殆どが初心者や中堅といった中で突出していた七人。ウチと【対抗戦】になった時も、罠を仕掛けず、各個撃破もせず、正々堂々とした立ち振る舞いには心躍るものがあったのを記憶している。
だがそれがどうした? 俺はJACKの兄貴の下、コツコツとPSを磨き実力を付け、技術を身に付けた。けど欲しかったのはそんなものじゃない、地位だ。ユニークを持つ者がランカーになるのは当たり前だが、ランカーはむしろユニーク保持者の方が多い。それは何故か? 無論、多くは「機会が無かった」、「取り方が分からない」、そう答えるだろう。だが俺は違う。ユニークを持って居ない者がユニーク保持者に勝利した時の、あの何とも言えない高揚感。持つ者が持たざる者に負けた時のあの悔しそうな顔と来たら……。
本来ならレギオンⅤの罠で、ユニーク保持者が分配されるよう仕組める手筈だったのが──
「【イレカエ】! 対象2!」
あやかの声に思考から急速に醒める虚。放たれたナイフと入れ替わり、目の前に転移してきたあやか。咄嗟に【高速バックステップ】を使って後ろへ距離を取る。だが──
「いい加減、あやかとだけ遊ぶのはやめてくれないか? 疎外感が半端ない」
咄嗟とはいえ、逃げた先にはたくやの姿。剣先に光が収束しているのを見て、【座標指定】の対象3を【ヒキヨセ】する。
「【抉閃】!」
突きの構えから放たれたそれは、地面を抉り取るように虚へと向かう。しかしそれは、虚の【ヒキヨセ】によって持ってきた大量の砂によって阻まれる。本来は最初にやったように、相手の頭上に出現させ、生き埋めにしたところを攻撃する捕縛用のものだが、今回のように攻撃を止める為の壁にも併用出来る。だが壁を作る訳では無く単なる目眩しでしかないそれは、ただの時間稼ぎでしかない。だが虚にはそれが好機となった。
「たくや! 危ないッ」
「あやかー!!」
危険を察知したあやかが、たくやを突き飛ばす。振り落とされた砂はまだ残っていて、あやかの身体を押しつぶすように地面と同化させてしまう。たくやは勢い余って尻餅をついている。
「ハハッ、貰った!」
虚は地面に散らばる武器の一つを新たに【座標指定】し直し、それをたくやへと向ける。そして【ヒキヨセ】とは対照的なスキル【ヒキハナシ】を使う。
【ヒキハナシ】
【座標指定】を使用した対象を自身から遠ざける。遠ざける時の速度は【AGI】に、大きさは【VIT】に依存する。
【ヒキヨセ】や【イレカエ】とは違い、これはプレイヤーには直接使う事が出来ない。距離は壁に当たるかマップ移動するまでだが、空中で使えばほぼ無限に飛ばす事が出来る。勿論、【ヒキヨセ】と併用する事で擬似的に浮かせていられる事も出来る。俺はこの二つの操作を極めに極め、自在に武器を操る術を編み出した。盾を三つ展開して護衛を務めたり、剣三つを使って奇襲を仕掛けたり。距離に制限が無いからこそ、俺はただ二つを上手く使う事で、スタート位置からほぼ移動する事無く、完封する事だって出来た。だがやはり、最後は俺の手で倒したい。相手が悲鳴を上げて泣き喚くその様を、この目で。
たくやに槍が深々と刺さったのを確認すると、虚は【ヒキハナシ】を解き【ヒキヨセ】を使う。
そうだ、早く来い。ユニークこそ持っていないが、この渇きを鎮める程度には役立っ──
「【イレカエ】」
たくやが目の前から消え、周りの景色が一瞬にして暗闇になる。息をする事が出来ず、指先すら1ミリも動かす事も出来ない。一体ここは? あの女、一体何を……。
虚は勘違いをしていた。あやかが【座標指定】で指定していたものは、両手に持つ投げナイフだけだと。【イレカエ】は距離にかなりの制限がある為、あまり遠くのものは持って来れないという点、これが虚の考えを大きく欠落させていた。だから手持ちにあるものだけがその対象だと思い込んでいた。
だが最初、奴は何と入れ替えた?
そしてあの時、誰と密着していた?
「いやー、囮役とはいえせめて何か合図ぐらい寄越せよな。槍が腹から出ている映像なんて、ユイさんとかが見たらぶっ倒れるだろうが」
たくやは槍が突き刺さったまま、あやかの方へと歩み寄る。そう、あやかは対象をユイ、投げナイフ、そして虚へと指定していたのだった。【座標指定】は掛け直しが出来ると言っても、使う度にMPは減る。事前に設定しておけるスキルの為、いちいち投げナイフを一本投げては外し、新しい投げナイフに設定し直すなど、効率を重視する者には考えられない方法である。
虚は【ヒキヨセ】と【ヒキハナシ】を使って、自在に武器を空中で操る、そんな噂は掲示板などで普通に拾える情報だ。しかもこれだけを極めたが故なのか、これ以外のスキルを使おうとしない。確かに極めたそれは万能に近いが、果たしてそこまで強いものなのか?
それは彼が幹部という地位を得てしまった為に、愉悦と怠惰を覚えてしまったのが大きな原因である。
昔はZX同様、”操演者”の名で有名だった人物である。【ゲリラ豪雨】の中でも割とまともな人間で、なるべくして幹部になった人格者でもあった彼だが、地位、そしてユニーク保持者を倒す喜びを知ってしまってから変わってしまった。元々中距離を得意としていた彼は、敵を倒す快感に浸りたいが為に、近接で仕留めようとする様になっていった。
そして先程、たくやに刺さった槍を【ヒキヨセ】したその時まで、あやかは動けないものだと思い込んでいた。【イレカエ】で抜け出す事は簡単だったはずなのに。
結果、砂の中で身動きが取れないあやかが【イレカエ】によって、虚は自身が仕掛けたスキルによって身動き出来ない状況にされてしまったのだった。
槍を引き抜き、適当にぶん投げるたくや。槍は地面に突き刺さるも、すぐに消えて無くなる。その事を疑問に思いつつもまあいいかと視線を戻した。
「最初ユイちゃんにぶつかったのを見掛けていて良かったわ。そうじゃなきゃ、また分断されていたかもだもの」
「嘘つけ。最初から警戒してたじゃないか。奴らに負けた後も情報をかき集めて。それで何故か、必ず一人最初に人質を取られるって証言が浮上してきて、きっと今回もって思ったんだろ?」
「むっ。たーくんの癖に生意気」
「リアルの呼び方は止めろよあや姉。ともかく、あとはコイツを倒せば終わりだな」
「ん? もう倒したわよ?」
「ああ?」
小首をかしげるあやか。何当たり前の事言ってんのかしら? ウチの弟もついに彼女が出来ずに頭が、およよ……。みたいな仕草をするだけで、ある程度どんな風に思っているか理解したたくやの額に青筋が走る。プププ、やっぱり怒った顔が一番可愛いわねとニヤケ顔になりながら、そんな怒ったらメンバーから嫌われるぞー鈍感君と頬をつつく。
「【イレカエ】する前、砂に埋まる直前。手に持っていた投げナイフに【毒付与】を掛けておいたのよ」
「それを手放してきたってか。でもそれだけじゃ倒すまで行かないだろ」
頬をつつく指を払うと、むくれるフリをするあやかにため息を吐く。こう見えて大のショタコンなのは、メンバーの殆どが知ってる事なのに、本人は未だにバレてないと思っているのだから、どっちが鈍感なんだかと心の中で思う。
「もっちろん。だから【座標指定】の指定していた場所を、全てその投げナイフにしといたわ」
「ん?」
「だーかーらー……相手の対象はたくや、武器の入った箱、砂だった訳でしょ? 【ウワガキ】は【座標指定】で指定した対象を誰彼構わず可視化して見られるんだけど、虚は箱を外して槍に指定し直したのね」
「げっ、まさかそれ全部武器に設定し直したのか」
「うふふ」
口元を抑えるフリをするあやかに微妙な狂気を感じる。憎い相手ではあるが、生き埋めにした挙句自身のスキルで自分を剣山へと変える光景を思い浮かべて、本当に気持ち程度だが同情するたくや。しかも砂に生き埋めになっているという事は、【窒息】によるダメージが入る。【毒】と相俟って毎秒少なくないダメージになるだろう。
「でもよ、この場合砂に【ヒキハナシ】使って退かすんじゃないのか? 俺を引き寄せたところで、道連れにしか出来ない訳だし」
「【ヒキハナシ】で飛ばせるものの大きさは【VIT】依存。掲示板で既に明かされてる事だけど、虚のステータスは【INT】極振り、次点で【AGI】ね。恐らくはスキルを連発する為のスタイルだからそうしているんでしょうけど。本来は砂は【ヒキヨセ】で使う為のもので、【ヒキハナシ】する想定はしてなかったんでしょうね。だから退かそうにもステータスが足らないのよ」
「あやか……」
「何よ」
「ちゃんと色々考えてんだな」
「当たり前じゃない。このチャンスをどれだけ待ったと思っているのよ」
「だな。始まる前にもその真剣さで居てくれれば良かったんだが」
「ふんっ、力の入れどころを弁えてるだけよ」
「いってぇ」
たくやの足を踏むあやか。思わず飛び上がり、地味にダメージ入ったじゃねえーか! と怒る。念のため砂に何度か剣を突き刺すと、早く次へ行きましょうとたくやの手を取るあやか。引っ張られながらも笑うたくや。
──あの時とは違う、俺達の力は通用する。
自信と滾る想いを秘め、走りだそうとしたその時。背筋に冷たい何かが走る気がして、慌てて手を引き寄せるとあやかを抱えて横に跳ぶ。すると、今まで居た地面に巨大なクレーターが出現した。
「全く、遅いと様子を見に来ればこのザマか。所詮幹部と言っても腐敗した者ばかり。俺の求む強者とは程遠い」
声の方に目をやると、死神を思わせる真っ黒なローブに身を包んだ男。武器はローブに隠れて見えないが、先程戦った虚とは違う、まさに戦闘狂を思わせる雰囲気がそこにはあった。
「お前はまさか、先生とかいう」
「────」
「なっ、お前それは」
「こちら側に付け、そうすれば大事な仲間に会えるだろうさ」
「……嫌だと言ったら?」
「悪いが……俺達の計画にはお前達のシナリオは入っていない。邪魔をするのなら──」
殺るだけだ。
男は他の場所へと移動する。彼の通った道には、彼以外の存在を許す事無く。
投稿が大変遅くなってしまい申し訳ございません。
仕事をして帰って寝る日々が続いてしまい、書く時間が取れないでいました。
毎月末は上記のような状況になる為、また締めが迫っているので、どうしてもそちらを優先してしまいます。今後も月末に投稿が遅くなっている場合は、仕事でミイラ化しているんだなとご理解して頂けると嬉しい限りです。
だから感想とか遅くなっても怒らないでー(ノД`)




