表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第五章 vsゲリラ豪雨
50/87

とりあえず散り散りにされる

 警戒するように距離を保ち相対する。【フェイエンヤード】内が一気にピリピリとした空気になり、周りに居たプレイヤー達も気圧されるように避けていく。殺伐とした雰囲気の中、エースは皆より一歩前へと出る。


「時間通りに来るなんて驚いたわ。てっきり尻尾巻いて逃げるのかと思ってた」

「冗談がキツイけりゃ性格もキツイな。せっかく戦力も増えてデートも出来るんだ。参加しない訳にはいかないだろ?」


 JACKの視線はモジュレさんへと注がれており、当人は鬱陶しいとばかりに睨みつけている。


「へへっ、そんな顔も綺麗だぜ」

「あなたなんかに褒められても嬉しくなんか無いわ。早く始めて頂戴」

「ケケケ。そういうなよモジュレェ、俺ぁこの日お前が参加するって聞いてずっと心待ちに──チッ」


 JACKの前にタイミングよく現れる【デュエル】開始のスクリーン。時間はまだもう少しあったが、全員が集まった為エースが『【デュエル】を今すぐに行う』というのに『はい』を押した。


「とことん邪魔する奴だな。まあいい。中でたっぷりと遊べばいいだけだもんな」


 JACKの言葉にモジュレさんが嫌そうな顔をすると、ギルドメンバーの人達が覆い隠すように後ろへと追いやる。それを気に食わなそうに見ながら、JACKも『はい』を押した。その後、全員の画面に参加するかの文字が出たので勿論『はい』を押す。


 ──そして、私達の周りの景色は一変した。





「ふむ」

「うわぁお、こりゃ酷いフィールドだね」


 私達は曇り空の草原に立っていた。しかしよく見れば足は沈み、一歩動かすだけでもかなり重い。空にはイベントの時と同じようなスクリーンが表示されており、エースとJACKと書かれた文字の下に、青と赤のゲージがある。今回はバトルロイヤル方式で、相手を全滅させた方が勝利する。なのでゲージはその総数を表している、というのはエースから聞いた事なんだけど。


「こりゃ湿地だね。全く、なんて動きにくいとこ用意するのか」


 エースが私の隣まで近付いてきてくれるも、かなり動きづらそうにしている。伯爵さんは……なんか動く度に足をふるふるさせて、まるで猫が水に入った時みたいな。あやかさんは私がコケそうになると「大丈夫?」と言って支えてくれた。


「さてと、奴らは何処に居るもんかね〜」

「大方、自分らに有利な場所を選んどるじゃろ」

「どうやら相手方はこの川の上流に居るようですね」


 エースと伯爵さんが辺りを見渡していると、モジュレさんが川の存在に気付く。遠くには岩場のような場所が見える事や、場所を設定した側が自由に開始位置を決められる点などからも間違いないとの事だ。その憶測はすぐに確信へと変わる。

 足元に伝わる僅かな振動を素早く察知した伯爵さんが、皆へと警告する。


「上流から何か来る! 全員気を付けろ!」


 どんどんと近付いてくる振動、それが何なのか分かった頃には既に逃げられない距離だった。巨大な流木を伴った濁流が、勢いよくこちらへと向かって来ていたからだ。それに気付いた時、咄嗟にエースが私を庇う。だが──


「舐められたもんだな……【閃】!」

「【即興強化(トッカータ)】」


 流木と共に濁流が、私達の居る場所を避けるように真っ二つに割れる。それをやって退けたのはたくやさんだった。手に持つ刀には淡い光が宿っており、斬る瞬間、刀身から伸びるようにその光が放出されたように見える。地面にはその威力を示すが如く、傷痕を深々と刻み込んでいた。


「モジュレさんありがとう」

「支援ならお任せを」


 刀で肩をトントンと叩き、鞘へと納める。私が驚いた顔を向けていると、たくやさんは手をヒラヒラと振る。


「ん? 何この程度で驚いてんだよ。これくらい誰にだって……」

「この程度で沈むような方々では無いとは思いましたが、まさか残飯共に止められるとは思っていませんでした」


 たくやさんが私から視線を前に戻すと、そこには指輪を幾つも嵌めた細身の男性がおり、そしてその腕の中には──


「ユイ!」


 私が捕まっていた。



「やあ、エース。あなたの弱点は調査済みです。この女が大切だと言うのなら、次の私の攻撃を避けずに居てもらいたい」


 私の首筋に短剣を突き付けながら言う。どうして? さっきまでエースの隣に居て、たくやさんも前に居て、なのにいつの間に?

 考えれば考えるほど焦り、エースの瞳も暗く淀んでいくように見えてくる。私、やっぱりお荷物にしか──


「キャー怖ーい、助けてぇー」


 一瞬、私の視界に映していた景色が変化したと思うと、気付けば私はエースの隣に居た。いや違う、先程まであやかさんが居た位置に私は立っていた。そして振り向けば男の腕に捕まっているあやかさんの姿。何がどうなって……。


「貴様ッ」

「ふふふ、これでおあいこね。たくや!」


 急に叫ぶあやかさんに、たくやさんは分かり切ったと言わんばかりに頷く。


「そんな事をしても」

「あら、どうせここでやってもスキルの打ち合いになるだけよ? ならもう少し離れた場所でやり合いましょ」


 あやかさんの視線の先にはALLさんが【投擲】を発動させながら、明後日の方向にボールを投げている。その後、あやかさんと男が一瞬のうちに消え去る。代わりにあやかさん達が居た場所にはALLさんが投げたはずのボールが転がっていた。


「皆落ち着いてくれ。敵の幹部を分断させただけだ。それよりも周り、囲われているぞ」


 たくやさんの声に置かれた状況を理解する。周りはいつの間にか六十人ほどの相手が囲んでいる。背中の方には川が激しく流れていて、引くに引けない状況の中、【軒下の集会】の皆さんに異変が起こる。


「「「ニャニャニャニャー!!」」」


 何故か伯爵さんと同じように、【軒下の集会】の面々の身体が【猫化】していた。でも伯爵さんのとは違い、一部は人間の身体なので完全に変わってはいない。そもそもユニークスキルはサーバー内に一つしか存在しないはずだから、違うスキルなのだろう。そう言えば、黒竜連戦時にも似たような姿を見ている。

 そして更に伯爵さん側にも異変は起こる。【軒下の集会】のメンバー達は、伯爵さんの背中の方に集まっていくと、普段の伯爵さんとは思えないほど、身体がみるみる巨大化していく。白い炎を纏い、身体は赤く変色して。その大きさは黒竜にも匹敵するんじゃないかと思うほど。


「ふん、この姿になるのも久しぶりじゃわい。どれ、ここは一つ派手に行こうかの。幻舞! 乗れい!」

「ニャー!」


 伯爵さんは【軒下の集会】の面々を後ろに追従させると、そのまま相手を振り払うように、威圧感たっぷりで蹴散らしていく。それを見上げるモジュレさんがポツリと呟く。


「あれは……一時期噂になっていた幻のレアモンスター。まさか伯爵さんがそうだとでも言うの?」

「伯爵がああなったらこっちにはどうしようも無いし、とりあえずここから移動しよう。どうやら敵さんはこっちが見えているみたいだし」


 エースの言う通り、このままここで留まる事は逃げ場を失っていくだけに見える。幸い、伯爵さんが相手を蹴散らして進んでいるので、私達も続くように後を追う。その間、敵の攻撃が横から飛んで来ていたが、モジュレさんのギルドメンバー達が上手く捌いている。戦闘向きじゃないって聞いてちょっと仲間意識があったのに、実際見てみると全然私より動けてる。……悲しくないもん。


「では我々はここで。情報を集めて参ります」

「斥候役はALLにお任せ!」


 伊達さんとALLさんは敵状視察の為、この混乱の隙を突いて離脱した。二人だけで大丈夫かなとは思ったが、今の私には信じる事しか出来ない。



「ぐっ、この化け猫! ビクともしねえ!」

「ゴロ・ニャーゴなんてただの骨董品だとか抜かした奴はどこのどいつだよ! 無茶苦茶強えじゃねーか!」


 伯爵さんは敵の攻撃を全面から受けているのにも関わらず、それがまるで効いていないとばかりに無視して進む。いつしか相手の人達も攻撃を止め逃げ惑っている。


「お前ら! 兄貴からは、ここで出来る限り数を減らせとのご命令だろ! 何とかしやがれ!」

「うるせえ! スキルも体術も効かない相手にどうしろってんだよ!」

「ここで武勲を立てれば幹部に上げてもらえるんだぜ? 俺はやるぞ!」

「俺もだ。幹部になりゃ金もアイテムを稼ぎ放題になる。お前らが行かねえなら俺が行く」


 多分この場の指揮官っぽい人が命令しているみたいだが、殆どが自分勝手な行動をしている。


「全く指揮系統がなってないね、やっぱり金で雇われた連中だからかな?」

「ここに居る殆どは、普段JACKの意のままに【デュエル】を行っている者達ですね。自身はゲーム外から指示を出し、実行するのは部下ばかり」

「詳しいね」

「あまりにもしつこいので伝手を辿って。不快になるような情報しか集まりませんでしたが」

「んじゃまあ、高みの見物決め込んでいる奴のところまで行きますか。何とかと煙は高いところって言うしね」


 伯爵さんは相手を出来るだけ多く蹴散らすように、左右に大きく動きながら前進している。ただダメージが少ないのか、吹っ飛ばしているにしては倒した人数が少ない。空のスクリーンでもそれが確認出来る。

 事件は私が空のスクリーンを確認した一瞬に起きた。



 私が視線を戻すと、先程まで周りや後ろに居た人達が半数ほど消えていた。隣に居たはずのエースまで。地面をよく見ると、魔法陣のようなものが描かれていて、それを見てモジュレさんやkuraraさんが顔を歪ませている。相手は口々に「ようやく罠の地点まで誘い込めたか」とか「分断した時点で俺達の勝ちは決まったも同然だな」など、笑い声と共に話している。

 だがその笑い声もピタリと止む。背後から現れた人物の制止によって。


「相手は……ふむ、予定とかなり違うようだが分断は出来たようだな。ご苦労。お前達は一度拠点まで戻るといい」

「へへ、了解しましたぜ✝︎フォース✝︎さん」


 後から来た男、✝︎フォース✝︎だけを残し、周りの人達は森の中へと消えてゆく。モジュレさんのメンバーの何人かは追撃しようとしたが、モジュレさんが片手を上げ制止させる。


「用があるのはモジュレ様、貴女一人です。兄貴もさぞお喜びになる事でしょう」


 ✝︎フォース✝︎は両腕を上げると、急に雨が降り出す。しかも霧雨のようで、かなり視界が悪くなる。


「おおっ、流石は兄貴。そして何たる幸運。嗚呼、主よ。我が力の前に聖女の身体を差し出したまえ」


 雨に打たれながら顔を赤らめる男。その姿に底知れぬ狂気を見た私は、無意識に後ずさりする。男は一頻り天に向かって独り言を呟いていた後、ギュンッと首を高速でこちらに向け、無感情に一言。


「只今より蹂躙を開始する」


 私達の戦いは、まだほんの序章にしか過ぎない。


投稿が遅れてしまい申し訳ございません。

月末は仕事が激増する為、投稿ペースが遅くなります。ちくせう、雪め……。


後、気付かないうちにユニーク10万人ありがとうございます。何か、作者が見ていない時にいつも色々達成している気がする……。そう言えば今回で50部目だし。


コメント、感想等もありがとうございます。ちょっとまだ返信遅れますが、毎回真剣に読ませていただいております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ