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とりあえず殴ればいいと言われたので  作者: 杜邪悠久
第五章 vsゲリラ豪雨
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とりあえず幕は上がる

 向かった先【フェイエンヤード】には既に大勢の見知った人達が待機していた。そのうちの一人がこちらに気付くと、皆に呼び掛け集まってくる。


「超待ってたっすよ長老」

「誰が長老じゃシバくぞ」


 幻舞さんは相変わらず軽いノリで伯爵さんにちょっかいをかけている。どうやら【軒下の集会】の参加メンバーは全員集合していたようで、けれど今から戦闘を行うのかって思うぐらいゆったりしている。少し辺りを見渡すだけで──


「私のおニャンコ様は毛並みが美しいのです」

「何をー! 僕のファラオは餌が欲しい時、膝に乗ってちょうだいちょうだいしてくるんだぞ!」

「甘いわ! ミャーちゃんは常日頃からお風呂に入ってくれるのだ!」

「昨日ショコちゃんは献上品としてネズミを二十匹も捕らえてきてくれたのですぞ」


 すっごい大勢で猫談義に花を咲かせていた。大体は自分の飼い猫の自慢話だけど。


「くっ、皆さんやりおる」

「くっ、なんて可愛い猫達なんだ」


 いやいや伯爵さんと幻舞さん、猫好きで可愛いのは分かりますけど、今から【対抗戦】するのにリラックスし過ぎでは……。

 突っ込みたい気持ちを抑えて隣を見ればエースが居ないのに気付く。一気に不安になったのも束の間、遠くで射的をやってるエースを発見する。そしていつの間にそんな大量に、と思うようなアイテムをドッサリ持って戻ってくる。


「いやー、ここの射的はいいアイテム揃えてくれてるんだよね。ん? ユイ、なんか元気無いね、大丈夫?」

「皆のメンタルが羨ましいと思って」


 むしろいつもよりはしゃぎすぎでは、と思った時、ふと伯爵さんや幻舞さんがこちらをチラリと一瞬だけ見て、また会話に戻った。何か違和感があるなあと感じてよくよく見れば、皆ふざけてはいるけれども、時折私の方を心配そうに見ている。ああそっか。多分、私がさっきみたいにならないように気を掛けてくれてるんだろう。その証拠にエースがスクリーンを操作する時、必ず伯爵さんもスクリーンを開いている。多分『手紙』で何かやり取りしているのだろう。


 二人の気持ちが温かすぎて泣きそうになっていると、入口の方からちっちゃな影が。


「今日は宜しく頼む……ってなんだよこの騒ぎは」


 入ってきたのはたくやさん率いる【義憤(ネメシス)ファミリア】の面々。意気込んで来たのが丸分かりなぐらい顔が強ばっていたのに、エースと伯爵さんのリラックスぶりに突っ込みを抑えられなかったようだ。


「おいおい、あと少しで【対抗戦】なんだぞ! イベントならまだしも。エースさんに至っては移籍掛かってんだろ? 何かこう……ほら、あるだろ?」

「たくや君」

「なんだよ」


 エースがポンとたくやさんの肩に手を置き一言。


「そんな背伸びしなくても」

「誰がちっちゃいだコラ!」

「ふっ、ククク。ぶふー!」


 耐えきれずに吹き出すあやかさん。お腹を抱えて柱を掴み、必死に笑いを抑えようとしている。


「おまっ、これから大事な戦いがあるんだぞ! もっと緊張感を持ってだな」

「まあそう張り詰めるものでもありませんよ」

「伯爵さん」

「確かに緊張感を持つのは大事です。これからの戦いに士気を高めるのもギルマスの役目でしょう。ですが……皆のやる気を引き出すのと、無意味に張り切るのは違います。本番まで力を温存しておく事も大事ですよ」

「……悪ぃ、ちょっと気が張ってたみたいだ。そうだな、ギルマスとしてどっしり構えてやらないとな」

「その意気です」


 あの二人、初対面の時から結構息が合ってるみたいで、固い握手をしている。男の友情って感じがする。


「グへへ、そこで抱き合い『今夜の戦いもどっしり構えなきゃな』『期待していますよ』と軽くキスを──」

「たくやは受けだと思うけれど」

「分かってないわねあやかさん。普段は皆に弄られてる子がベッドの上だけで見せる雄々しさこそが真の芸術であって」

「おいそこの二人、俺達で変な妄想すんじゃねえ!」

「むしろ現実であって欲しい!」

「余計な心配してる俺がバカみたいじゃないか! ちょっとお前らこっちへ来い!」


 たくやさんは二人を引き摺り、奥の方へと連れていく。翡翠さんは「キャーダイターン」、あやかさんは「もうっおマセさんね、ププッ」と首根っこ掴まれながらワーワー言っている。遠くでたくやさんが説教する声が反響したのは、その少し後ぐらいだった。





「あー、本当にうるさい奴らですまねえ」

「あはは、うちも似たようなものですから」

「こうして顔合わせするのは初めてなのに、何だか親近感が湧きますね」

「うぇーい、全くっすね。ギルマス超ダルイっすもんね!」


 説教を終えたたくやさんが戻る頃には、既に【夢想夜会トロイメライアーベント】の皆さんも到着していた。なので各ギルドマスターが、今回の共闘の挨拶をしている訳だ。正直皆のレベルは50らしいので、私だけ場違いな感じもするけれど、それは私の思い込みのようで、誰も邪険に扱う事はしなかった。

【対抗戦】の開始まではもう少し時間があったので、最終的な打ち合わせをしている。


「先陣は【軒下の集会】で受け持つぜ。ご隠居もそうだがウチは集団戦闘慣れしているしな。人数的にも多いし、ガッツリ叩いてくるから期待しちゃってー!」


 今回集まったギルドの各メンバー数は、【軒下の集会】が63名、【夢想夜会トロイメライアーベント】が72名、【義憤(ネメシス)ファミリア】が6名、【唯一無二】が4名。総勢145名。思っていたよりも大勢居ると感じていたのだが、これでも【対抗戦】では少ない方らしい。そもそもギルドの最大人数は100名まで在籍出来るようで、4ギルド集まって半数にも満たないのが何よりの証拠だとか。伯爵さん曰く、フルで参加するのは有り得ないとしても、【対抗戦】では何よりも数が物を言うので、人数が多い程勝利にグッと近づけるとの事だ。まあ、私達のとこが一番少ないしなあ……と落ち込んでいると、隣で聞いていたたくやさんから「いやちょっと待てよ」と割り込んできた。


「確かに数字が全てではあるけど、ここはOOOだぜ? 数の不利なんてスキル一つでどうとでもなる」

「ええ。それに我々には名声高い方が居るではありませんか」


 伊達さんが言うと皆の視線は自ずと3名へと収束する。”マッドヒーラー”エース、”ネコタンク”ゴロ・ニャーゴ伯爵、”ソロ・シンフォニア”モジュレ。私も皆の評判を確かめたくて、ここ最近掲示板を流し読みしてみたけれど、本当に皆の詳細が載っていた。批判や中傷も書かれたりして、長く読む事はしなかったけど、全サーバー合わせても相当な実力者だと書かれていた。私、そんな人達と知り合いなんだ。あんまり実感無いなあ。

 一応青薔薇さんもだが、まだ到着していなかった。『手紙』では開始には間に合うからと書かれていたけど。青薔薇さんも【軒下の集会】と一緒のところに参加する予定。


「俺達は遊撃部隊として、伯爵さんが撃ち漏らした相手を叩きながら、状況に合わせて動くつもりだ。少数だし小回りも効くからな」


 たくやさん率いる【義憤(ネメシス)ファミリア】は、一塊になって動くようだ。全員の役割が別な為、それぞれがそのままパーティーとして動けるのと、連携が取りやすいからだと言う。狙えるならJACKのところにも行きたいようだったが、無茶して数を減らすよりは後続の支援に回るらしい。ちなみにALLさんと伊達さんは最初は偵察役に回ると言っていたけど、二人だけで大丈夫なのかな。


「殿は我々にお任せ下さい。回復と支援なら赤鯖で我々の右に出るものは居ないと自負しておりますので」


 後衛は【夢想夜会トロイメライアーベント】の皆さん。モジュレさんだけ途中から遊撃部隊の方に加わるみたい。人数は一番多いがあまり戦闘向きのスキルが無い為、最悪篭城するみたいな話が出てたけど、建物とか無かったらどうするんだろ?



 そして私達。正確には私とエースは──



「でもいいのかな、私達が相手のギルドマスターと相対するなんて」


 私達の役割は相手のギルドマスターを倒す事。他にもっと適任者が居るんじゃ……たくやさんとかZXさんの仇は? とか色々言ってみたりもしたけれど。


「何言ってんだよ。俺達がこうして居られるのも、機会を与えてくれたのもアンタ達のお陰だ。勿論、俺だって奴を殴りたいって気持ちが無い訳じゃない。ZXが居なくなった時、どうしてもっと力になってやれなかったのかってずっと後悔してる。

 たかがゲーム、遊びにそんな本気になるなよって思うかも知れない。けど俺達は今ここで生きている。仮初めの世界であっても、俺達はここで皆と楽しく笑える日常を送りたかったはずだ。だけどそれを踏みにじるあの野郎だけは許しちゃおけねえ! 

 俺達の拳じゃ野郎を殴り飛ばす事は出来なかったけど、こんな二度と無いチャンスを与えてくれたアンタ達なら、きっと出来るんじゃないかって思ってる」


 私達に拳を突き出すたくやさん。その顔には今まで見た事も無いぐらいの覇気が宿って見えた。


「俺達の拳、アンタらに預ける。絶対勝ってくれよ」

「望むところだー!」

「……お預かりします。力不足の私を信じてくれた皆さんの為に」


 エースはどこまでも明るく、私は決意を胸に。たくやさんの拳と合わせるように、そっと拳を添えたのだった。





「うう……あの時は流れでああ言っちゃったけど大丈夫かなあ」


 思い出すと何故あんな自信たっぷりに受けちゃったのか。やっぱり今からでも、いやあんな後じゃなあ……。

 過去を振り返り、悶々としていた私は、近付いてくる人が居る事を認識出来ずにいた。頭を抱えてブンブンとああでもないこうでもないと考え事をしていた時、ドンッと誰かにぶつかった。


「あっ、ごめんなさい。考え事していて」

「……いや、大丈夫だよ。気を付けな」


 謝る私に背を見せ、足早に去っていく男の人。ああ、ちゃんと集中しないと。



 その時だった。【フェイエンヤード】の入口からゾロゾロと人が入ってきたのは。

 人数で言えば私達よりも少し多いぐらいで、その殆どがこちらを見て下卑た笑い声をあげている。間違い無い、この人達が──



「よお、対戦者諸君。今日はフェアプレイの精神で互いに悔いの残らない戦いをしようぜぇ?」


 人混みが割れると同時に姿を現す褐色の男、JACK。そしてその両隣には、頭まですっぽりと顔が見えないほど深々とフードを被った人と、目を合わせようとしない青薔薇さんの姿が。


「ほら。お仲間さんが待ってるぜ?」


 JACKは青薔薇さんに促すと、ゆっくりとこちらに歩いてくる。皆からは緊張感が伝わってくるほど、警戒の視線に晒されている。


「さぁて、ようやく全員揃ったようだな。じゃあ始めようぜ! エース、そしてモジュレェ!!」


 獣のような眼光が二人を狙い定める。まるでもう自分達が勝ちだと言わんばかりに。


 そして遂に開戦の幕が上がる。


誤用修正しました。

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