とりあえず装備を整えて決戦の地へ
「やっほーモジュレ! 連れて来たよー!」
エースは私を無理矢理担いで来た場所は、天空都市の一角にある大きな樹。洞がまるで入口みたいになっていて、なだらかな下り坂になっている。そして地下には扉があり、そこを開けると栗色の髪の綺麗な女の人が居た。
「いらっしゃい……その子がギルマスの?」
「そーなんだよ! 可愛いでしょ?」
私を抱えながら突き出すと、女の人が私の様子に気が付いてくれたようで、エースに溜息混じりに注意する。
「目を回しちゃっているじゃない。大事な子ならもっと丁寧に扱いなさいな」
「にゃはは。いやーちょっと約束の時間に遅れそうで焦ってね」
「何事も余裕を持って行動するのが大切ですよ」
「ごめんごめん、ユイ、大丈夫?」
爆走の影響で若干酔い気味な私は辺りを見回す。
「う、うーん。ここは?」
「ここが見せたかったもう一つの場所、かな?」
先程の薄暗い場所とは違い(当たり前だけど)、まるで音楽スタジオと見間違えるほどの楽器に囲まれた部屋で、マイクやスピーカーなど音響機器に埋め尽くされている。その中に溶け込むように、ポップでラフな格好をしている女性が改めて挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました、【唯一無二】のギルマスさん。私はモジュレ。【夢想夜会】のギルドマスターを務めさせて頂いてます。設立してからまだ一年と少しですが、新参者として足を引っ張る事の無いよう尽力致します」
「あ、ご丁寧に。というか私も全然初心者なんで。私はユイです。ギルドマスターは成り行きでそうなったんですけど、皆を支えてあげられるようになりたいと思っています」
「あら、優しい志しをお持ちなのね」
「えへへ。えっと、今回協力してもらえるところのギルドでしたよね?」
「ええ、その様子だと何も言わずに連れて来られたみたいですね。あなたの苦労、お察しします」
「あはは、まあなんていうか慣れみたいなものです」
「でねでね! 数時間前に言ってた事なんだけど、大丈夫かな?」
実にほのぼのとした会話から一変、「もう待ちきれないぜ!」みたいな空気と共にエースが話に割り込む。モジュレさんは「まあこれが普通よね、前は何だったのかしら?」と呟いた後、私も見ると何故か納得の表情を浮かべて奥へと向かう。ん? 私に何かあるの?
奥から戻って来たモジュレさんは、真っ白いローブを手に持っていた。
「これが頼まれていた品よ。少し素材が余ったのだけど」
「ああ、それはそっちで使って。元々余るように大量に渡したんだし」
「あらいいの? 結構なレアドロばかりだけれど」
「いいのいいの。無理言って作ってもらったんだから」
「そう、なら有難く頂戴するわね」
二人のやり取りの後、モジュレさんから【譲渡】の申請が飛んでくる。
「エースさんがあなたの為に装備を作ってくれないかと言って来てね。私、こう見えても【服飾師】という称号を持っているの。素材は事前にエースさんから受け取っているから、今回は無償で作らせてもらったわ」
「えっと……」
チラリとエースの方を見るとVサインを決めている。私に見せたかったものって装備の事だったのか。きっと今回の戦いに向けてレベルの足りない私を、少しでも勇気づけようとしてくれているのかな?
「ありがとうございます」
「それはあなたのお友達に言いなさいな」
「エース、ありがとう」
「にゃはは」
エースは笑って誤魔化したけど、いつかお返し出来るようにならなきゃな。
「あなた達の関係、とても羨ましいわ」
ポツリと呟くモジュレさん。どこか遠くを見つめる姿はとても絵になるけど、何処か物悲しくも思える。ハッとなり、すぐに平静を取り戻したけど。
気を取り直して、私は受け取った装備を両方着けて感触を確かめる。ステータスも一緒に確認してみると、その凄さが身に染みる。
ユイ Lv.20
【HP 765/30(+745)】
【MP 50/30(+20)】
【STR/96】
【INT/1(5)】
【VIT/51】
【AGI/1(-15)】
【DEX/1(5)】
【LUC/1(5)】
称号:【スライムイレイザー】【ハウンドイレイザー】【恐怖を知る者】【黒竜の加護(小)】
スキル:
《アクティブ》
【ダブルアタック】【トリプルアタック】【ダッシュ】【ハイジャンプ】【パワーコネクト】【ダッシュインパクト】【ツッコミ】【くすぐり】
《パッシブ》
【極稀な奇跡】【呼吸法Ⅰ】【気配感知Ⅰ】【忍耐】【根性】【幻視Ⅰ】
《ユニーク》
【理不尽の肯定】
武器
右腕 【黒炎の篭手】
左腕 【黒炎の篭手】
防具
頭 【シンプルな髪留め】
体 【シンプルなシャツ】
足 【シンプルなスカート】
靴 【シンプルな靴】
装飾品 【黒竜の涙】
装飾品 【白炎のローブ】
【黒炎の篭手】
二対で一つの装備。黒竜の顎門から造られたせいか、攻撃時に黒竜の咆哮が聞こえると言われる。その咆哮は全ての炎を退ける。
火炎無効。【VIT】+50、【AGI】-20、ただし1未満にはならない。攻撃時、10%の確率で【黒炎招来】が発動する。
【黒炎招来】
黒竜の火球を模したスキル。発動すると自分を中心として、周りに火球を五発落とす。威力は【VIT】依存。
【白炎のローブ】
白竜に仇なす者よ、我白炎の餌食とならん。
状態異常【火傷】、【盲目】無効。常に【白炎の寵愛】を発動。
【白炎の寵愛】
名前に【黒炎の】が付いた装備を着用時のみ効果適用。戦闘中、常に白炎を纏う。確率効果+5%。状態異常【麻痺】無効。
なんか既に色々おかしい。あれ? これお返し出来るのかな? 【白炎のローブ】に付いている【パッシブスキル】を見る限り、どうやら武器と防具はセットで使うもののようだ。けど明らかに初心者が使う装備じゃないような……。
エースに詳しく聞いたところ、【黒炎招来】の威力は【VIT】10につき8ダメージで確定40ダメージ。しかもこれは防御力無視らしく、私の能力と合わせると大変危なくなりそうだった。更に【白炎の寵愛】で確率が+5%も上がる。これは発動したところを見た事が無い【極稀な奇跡】も上がっているとの事。多分全部発動したら皆確定一発じゃない? と大笑いしてたけど、流石にそんな事無いよね? ……無いよね!?
「本当ならこの後打ち合わせしたいところなのだけど、まだ連絡が行き渡っていないメンバーも居て」
「にゃはは、【全体通話】もそれがネックだよね。うんうん。また『手紙』で連絡事項はまとめとくから、明日は頼むよ?」
「ふふ、ええ。共に頑張りましょう」
最後にモジュレさんと握手をすると、また私は担がれてそのままギルドに戻るエース。去り際に見たモジュレさんの顔はとても引き攣った笑みをしていた。
そうして迎えた当日。いつもより少し早めにログインした私は、緊張した面持ちでギルドでそわそわしながら椅子に座っていた。あと一時間もしないうちに【対抗戦】が控えている状況なのだが、早く来すぎたのか誰もギルドに来ていなかった。でもギルドリストを確認すると、全員ログインはしているようで、名前の文字が明るく光っている。多分皆最後の調整とかアイテムの買い足しなどを行っているのだろう。落ち着かずに待っていると、エースと伯爵さんが話ながら入ってくる。
「ふむ、じゃあその辺りは臨機応変にじゃな」
「だね〜、あっユイ早いね!」
「エース、伯爵さんこんばんは」
「こんばんは。ユイさん緊張なさっているようですが、そう力まずに。今のうちから力んでいては、後々疲れてしまいますよ」
伯爵さんは気遣って言葉を掛けてくれる。見ると二人ともとてもリラックスした様子なんだけど、私はどうも落ち着かない。見兼ねたエースは私を抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だから」
「うん」
「ユイが不安に思ってる事も、必要以上に頑張ろうとしてくれているのも知ってるから」
「……うん、うん」
「だから今だけは何も考えず、私に全部預けてよ。それとも私じゃ役不足?」
「……ううん」
ずるいなあ、なんでこういう時だけ人の心を見透かしてくるのかなあ。昔から私が不安になったり怖がったりすると、いっつも一番に近寄ってきてくれて、よくこうして抱きしめてくれたなあ。昔の思い出に浸っていると、私の不安もすうっと消えて元の平静を取り戻していた。
「落ち着いた?」
「うん、ごめんね」
「いーよいーよ、ユイにとっちゃ色々初めてだもん、仕方ないよ」
「ですがそろそろ時間も迫っている事ですし、【城郭都市:ミル】へと移動しましょうか」
「あっ、でもまだ青薔薇さんが」
「【全体召集】を使えばワープして来れるんだから、今ここに居なくても大丈夫だよ。むしろ居ない方がいい」
ツーンとそっぽを向くエース。確かに参加は強制じゃないんだけど……。
色々な不安要素を残しつつ、私達は伯爵さんの【長旅の回想】で【城郭都市:ミル】へと飛んだ。
「ここが【城郭都市:ミル】?」
「ええ」
街並みはどことなくローマ感がある。建物が全体的に白っぽいからかな? その街中でも一際存在感を放つ、中央にそびえ立つ大きな建物。コロッセオを彷彿とさせるそれが、私達の目的地なのだろう。
「ユイ、私が付いてるからね」
「うん、もう大丈夫だから。行こう」
そして私達は【対抗戦】の地へと歩みを進める。
分割したらそうでも無かった。
次回からが本当にvsJACK編に入ります。




