とりあえず自分の力を知る
ユニークを使って戦ってほしい。伯爵さんからそう言われた私は、再び黒竜の前へと来ていた。今回は二人なのでとパーティーも組んでいる。パーティーリーダーは伯爵さんで今回はパーティー専用のバフスキルを掛けてもらっている。
「いいですか。中に入った後、吾輩が全力でユイさんを黒竜の元へと運びますので、一撃思い切り入れてみて下さい」
「分かりました」
それだけ言うと、伯爵さんは自身にだけ何かスキルを掛けている。
「【猫に鰹節】」
既に猫なんじゃ……。心の中で呟いたつもりだったが、どうやら口に出ていたようで、「手厳しいですね」と苦笑する。すみません、と赤面しながら謝ると、伯爵さんは効果を教えてくれた。
「このスキルは一時的に【STR】をパーティーメンバーの数×20ほど上げるという効果です。吾輩、【STR】には全く振っていないので、ユイさんを運ぶには筋力が足らないのですよ」
「なるほど」
そう言えば私もイベント時にはお世話になったものだ。身体能力もステータスで左右されるのも、このゲームの面白いところなのかも?
「では行きましょう」
「はい!」
ボスフィールドの中に入った私を、伯爵さんは襟首を咥えて空中に放り投げる。バタバタと空中で慌てた私が、重力に従って落ちた先には伯爵さんの大きな背中が。
「しっかり掴まっていて下さいね」
「はい!──ひゃわっ」
ガシッと伯爵さんに掴まると、伯爵さんは目にも止まらぬ速さで黒竜へと近付く。伯爵さん視点だと、こんなにも景色の流れが早いんだ。
勿論の事だが、この時点ではまだユニークスキルは切ってある状態だ。伯爵さんと色々【修練所】で試した時に、プレイヤーは防具を触ると防具を、それ以外の露出した肌の部分を触るとプレイヤー自身を攻撃出来ると教わり、試しにユニークで伯爵さんの尻尾に触れたらどうなるかという実験をした。結果は、触った瞬間にHPが0になった。【修練所】の特性上、HPが1未満になっても瞬時に回復するんだけど、触っている間ずっとHPと伯爵さんが点滅した状態になっていた。伯爵さんも「分身の術!」とか言ってノリノリだったのを覚えている。
じゃあ伯爵さんが試したい事って、もしかしてボスでも通用するかって事なのかな? 八本もHPゲージあるんだけど、流石に無理じゃ……。
「ユイさん、跳びます!」
「わわっ!」
伯爵さんは高速で走っていたかと思うと、黒竜の頭上へと跳躍する。その跳躍に少し遅れてさっきまで居た場所に火球が飛んできていた。あのまま走っていれば、今頃黒焦げだっただろう。
伯爵さんは黒竜の背中付近まで来ると、何故か体勢を変えて私を両手で掴んでいる。えっ、まさか……。
「ユイさん、ご無事で!」
「えっ、ちょっ、聞いてないですよぉぉぉぉ!」
伯爵さんと私が上下逆のような体勢で掴んでいたので、いやまさかこのまま下に投げるなんて事はしないよね? とか思っていたら本当にそのままの通りに投げられた。最初の説明と違うんですけど!?
顔に物凄い風圧を感じながらも、私は腕を突き出しユニークスキルを発動させた。
「もう、何とかなれ! 【理不尽の肯定】!」
黒竜は回避する事無く、私の拳を背中で受ける。これ絶対反撃されて死んじゃうって! 伯爵さん助けて!
そう思っていたのだが、現実は違った。
黒竜にめり込んだ拳は一拍ほどの間が開いたと思うと、すぐに浮遊感に意識を持っていかれた。地面にドサッと頭から落ち、地味な痛みに頭を撫でていると、伯爵さんが近付いて来る。
「これほどとは……」
「伯爵さん?」
「あ、失礼。すみません、大丈夫でしたか?」
「大丈夫ですけど、いきなり投げるのは止めて下さいね!」
「ははは」
「それで結局どうなって……」
「おっ、ご隠居どうしたんですか?」
伯爵さん以外の声に思わずブルッと震え、声がした方を振り向くと【軒下の集会】の面々が出迎えていた。
「何か問題でもあったので?」
心配そうに聞くメンバーの方に、伯爵さんは困ったような考えるような素振りを見せている。しかし、しばらく経ってから結果を口にすると、周りは一気に騒がしくなる。
「いや、問題は無い」
「はぁ、じゃあなんでこんな早く。撤退ですか?」
「……黒竜を討伐して出てきた」
「ほほうなるほど黒竜を討伐して出て……えぇぇぇ!?」
信じられないという表情の面々が伯爵さんを問いただす。
「いやいやいやいや。ご隠居も人が悪いですよ!?」
「信じられんのも無理は無いが」
「普通のボスならまだしも、僕等全員で挑んでギリギリ三分切れるぐらいのレイドボスのをですよ!?」
「少し落ち着いて話をじゃな」
「落ち着いて話をしたらはぐらかすでしょー!」
思い切り囲まれて質問攻めにされてる伯爵さんは、私の方を少しだけチラ見すると、両手を突き出し皆を一度制止させる。
「分かった。言おう。……実はな、吾輩が今所属しているギルドのマスター、ユイさんはな、何を隠そう超攻撃力のユニーク持ちなんじゃ」
「な、何だってー!」
嘘は言っていないが真実も言っていない伯爵さんの言い方に、そう言えばユニークの効果は他言無用にする事。じゃないと面倒が増えると言われたのを思い出す。なるほど、こういう事か。
話を聞いた面々は私の周りに集まって、どんなスキルなのか見たいとか経緯はとか何処で取ったのかなど、怒濤の勢いで質問している。ユニークは同じ鯖では一つしか取れないけれど、他鯖に行けば取れる可能性はある為、別鯖にもキャラを持っている人には是非聞きたい情報なのさ! とか言ってたっけ。
「その辺りにせんか」
伯爵さんが見兼ねて私を助けてくれた。しかしメンバーの追求は終わらない。
「ご隠居、じゃあ最初からこの方法で倒せば良かったんじゃないですか?」
「吾輩もそう思ったが、ユイさんのユニークは経験値が得られなくなるデメリットもある。それに、我々が求めるモノは【部位破壊】せねば手に入れられんが、ユイさんはそれをしてしまう前に倒してしまう。それでも良かったのかの?」
「それは……何とも微妙な能力ですね」
「じゃろ? じゃがユニークはユニークじゃ。【情報屋】がいつ嗅ぎ付けて……いや、既に吾輩の討伐記録が【ギルド本部】で出回っている事じゃろう。レイドボスじゃと代表者の名前が載るからの」
「でもパーティー人数はバレますよね? その、大丈夫なんですか?」
「まあ問題は無い。どうせエースとやったものだとでも思う事じゃろう。それよりもこの事は内密に頼むぞ。後々なら構わんが今はダメじゃ」
「分かってますよ。【対抗戦】、期待してますよ!」
皆の目の輝きが違って見える。今までは可愛い後輩、みたいな空気だったのが、一気に期待の新星みたいな雰囲気になっている。一部では既に「ユイさんマジ天使」とかいいながら、長い爪で石を器用に削り、私そっくりの石像を作り出す人すら居る。そう言えばここのギルドの人って皆爪長いなあ。そういう武器でもあるのかな?
この後、ひたすら黒竜を倒し続けてレベル20にまで上がり、ステータスを全て【STR】に注ぎ込んだ辺りで、新たな称号を取得したと表示される。いい機会だと思って、私はついでに今どのぐらいの強さなのかも確認する事にした。
ユイ Lv.20
【HP 640/30(+620)】
【MP 50/30(+20)】
【STR/106】
【INT/1(5)】
【VIT/1(5)】
【AGI/1(5)】
【DEX/1(5)】
【LUC/1(5)】
称号:【スライムイレイザー】【ハウンドイレイザー】【恐怖を知る者】【黒竜の加護(小)】
スキル:
《アクティブ》
【ダブルアタック】【トリプルアタック】【ダッシュ】【ハイジャンプ】【パワーコネクト】【ダッシュインパクト】【ツッコミ】
《パッシブ》
【極稀な奇跡】【呼吸法Ⅰ】【気配感知Ⅰ】【忍耐】【根性】【幻視Ⅰ】
《ユニーク》
【理不尽の肯定】
武器
右腕 【素手】
左腕 【素手】
防具
頭 【シンプルな髪留め】
体 【シンプルなシャツ】
足 【シンプルなスカート】
靴 【シンプルな靴】
装飾品 【黒竜の涙】
装飾品 【無し】
まずHPが大幅に上がっているのは、装飾品の【黒竜の涙】というイヤリングのお陰だ。なんとHP+500という凄い効果なんだけど、伯爵さん曰くハズレ装備らしい。ボスの中には【部位破壊】する事で、本来のドロップするものとは違うモノを落とすのが居る。特にレイドボスはHPが多く、【部位破壊】出来る箇所も多い為落ちやすいんだとか。
黒竜の本来のドロップ品は、【黒竜の鱗】、【黒竜の翼】、【黒竜の牙】、【黒竜の心臓】。特に【黒竜の心臓】はとても希少なものの様で、今までに三万体ぐらい倒したらしいが、この前ようやく四十六個目が落ちたと嘆いていた。そんなに倒してる事にも驚きだけど、ドロップアイテムって何だか宝くじみたいだなぁ。
そして称号【黒竜の加護(小)】。てっきりドラゴンキラーとかだと思っていた。一応その名前の称号もあるらしいんだけど、それは雑魚から取れるもので、ボスには固有の称号が与えられているようだ。
【黒竜の加護(小)】
熱さに強くなる。火の攻撃を受けてもダメージが入らなくなる。
要は黒竜の放ってきた火球などの攻撃でダメージを負わなくなるというもの。ただ、例えば【火山弾】という燃える石を飛ばすというスキルがあって、火のダメージは受けないが石のダメージは受けるから注意して下さいね、との事。ちなみに効果は(極)まであるらしく、最終的にマグマの中に入ってもダメージを受けなくなるらしい。普通に怖い。
という感じで無事にレベルを上げる事が出来た私は、手伝ってくれたメンバーに感謝を伝える。
「皆さん、本当にありがとうございました。お陰様でレベル20になれました」
「いいって事よ」
「ユイの姉御、今度お茶でも。美味しいケーキの店知ってますぜ!」
「止めとけ。エースの姐さんに見つかったら毒沼直行だぞ」
「ユイの姉御! お茶はまたの機会に是非!」
と、何故か姉御呼びが定着していたけれど。【軒下の集会】の面々はもう少し黒竜と拳で語り合ってくるぜぇ! と、もはや絶滅させる勢いで戦闘しに行く。ぶっちゃけどんだけやるんだと言いたい。エースから聞いてた通り、赤鯖の人ってなんか変わっているなぁと思いながら、私達は一旦ギルドへと帰る事にした。
【ギルドポータル】で帰ろうとした私に伯爵さんが少し付き合ってほしいと言った。なので私は、伯爵さんの【長旅の回想】を使って【天空都市:アエリア】へ飛び、徒歩で帰っている。
「先程は失礼しました。まさかあんな結果になるとは」
「いえ。私、倒す瞬間目を瞑ってしまって……結局どうなったんですか?」
「信じられない事ですが、ユイさんのユニークは耐久力を0にするという話はしたかと思います」
「はい」
「黒竜のHPゲージは八本、一本千あるので八千。まあレイドボスの中ではこの数字は低い方なのですが」
あれで低い方なのかと突っ込みたい気持ちを抑えて、私は伯爵さんの話に耳を傾ける。
「それで?」
「ユイさんが攻撃した瞬間、一拍ほど間が空いた後、黒竜のHPゲージが全て同時に0になりました。おそらく処理が追い付いてなかったのでしょう」
「そんな事あるんですね」
「無い訳では無いです。けれど全てのゲージが同時に、というのは長年このゲームに居る吾輩でも見た事が無いです。黒竜も高い防御力があるので、大技を合わせたとしても言うほどのダメージは入れられませんからね」
いやぁ、夢のあるものが見れました。しみじみと先程の戦闘を振り返る伯爵さんの隣で、私は自分の手のひらを眺めていた。
伯爵さんでも見た事の無い光景。レイドボスすら一撃で倒してしまう攻撃。そんな凄まじいスキルが私の中にある。欠点も大きいし、誰かのサポートが無きゃ自分一人で戦う事すらままならないけれど。それでも、それでも私は。折角手にした力なんだ。エースが負ける姿なんて見たくない。それに、離れ離れになるなんて絶対嫌だ。【対抗戦】、何も役に立てないと思っていたけれど、もしかしたら……。
ユイは固く手を握りしめる。その拳が理不尽を打ち砕くと信じて。
ステータスの誤表記を直しました。




