とりあえず参加メンバー決定
私は日が変わった今日も黒竜へとやって来ている。昨日はなんだか疲れたので、休日である明日にまたと言って別れたのである。しかし伯爵さんを除く面々は徹夜して挑んでいたらしく、朝会った時には半数ぐらいが別の人に変わっていた。
「すみませんユイさん」
「いえいえ、皆さんに結局頼り切りになっちゃってますし。あ、そう言えばエースはまだ来てないんですね」
いつもなら真っ先に来ているタイプなのだが今日は姿が見えない。
「ああ、彼奴なら今頃他のギルドに挨拶に言ってますね。何でも参加してくれるギルドが見つかったようで」
「へぇ、やっぱりエースのフレンドの方ですかね?」
「いや、前にチョロっと出てきた”悪食”の居たギルドの再構成メンバーと、もう一つは【夢想夜会】というギルドですね。どちらも奴等の被害者らしくて、噂を聞き付けて是非我々も、という話でしたね」
「やっぱり相当嫌われているんですね」
「まあ……。人数に物を言わせて狩場の占拠、アイテム流通の停滞と相場の高騰化、転売、迷惑行為など。運営も対処はしているんですがトカゲの尻尾切りのようで。今回、エースのようなランカー相手だからこそ親玉が出てきたのでしょうが、普段なら青薔薇のように密偵を送り付けて内部から【ギルド倉庫】を荒らす、などに留めていた事でしょうね」
「【ギルド倉庫】って確か、地下室のアレですよね?」
「ええ」
【ギルド倉庫】
同ギルドに所属するメンバーが共用で使えるもので、アイテム以外にもお金や装備なども預けられる。使用出来るメンバーは副ギルマス以上からが管理出来る。クエスト用アイテムなどの汎用素材や生産素材を溜める時によく用いられている。
【副ギルドマスター】
ギルドマスターがギルドに置いての最上位権限者とするならば、それを支えサポートする立場にいる権限者の事。最大10人(ギルドランク最上位時)まで選択出来る。主に【ギルド倉庫】や【ギルドポータル】の管理などの他、副ギルドマスター未満のメンバーを脱退させる事も出来る。またギルド内の家具の配置を変えたりも出来るが、撤去する事は出来ない。他にも色々出来るが、それはまた別の話。
「それに青薔薇も今日は居ませんしね」
「そう言えば見当たりませんね」
「まあきっと色々あるのでしょう。さて、本来は黒竜じゃなくてもレベリングは出来るのですが、経験値も多いですし何より大きな相手と戦う事で自信にも繋がります。まあ、適正レベルでは無いのですが時間もあまりありませんので」
「分かっています。よろしくお願いします」
そして私は黒竜との連戦に赴くのだった。
──ユイの黒竜戦と同時刻
エースはギルド【夢想夜会】のギルドホームへと訪れていた。【唯一無二】と同じく拠点を天空都市に構えている。そしてギルドの前に行くと、ギルメンの一人が気付いたようで、「今ギルマスを呼んで来ます」と言って中に入っていった。エースもだがここのギルマスもランカー常連組なので顔馴染みではある。けれど共闘する事は無く、戦場で顔を合わせる程度だったのだが、まさか向こうから参加を申し込まれるとは思ってもみなかった。
しばらくすると一人の女性が姿を現す。名前はモジュレ。キャラの外見はエースよりも少し高く細身。髪はウェーブが掛かっており栗色の長髪で、ラフでダボダボな服にヘッドフォンを付けている。
「ようこそ、我がギルドへ。さっ、立ち話も何だし中へどうぞ」
「ありがとう」
中へ入りその様相に驚く。中はまるでライブ会場かと思うレベルで、所狭しと楽器やマイクなどが並ぶ。流石、強化系音楽ギルドと呼ばれるだけはある。同じ最上位ランクでも、内装でこんなにも変わるのかと感心していると、私の様子にふふっと笑い声が漏れる。
「ごめんなさいね。話に聞いていた、というか戦場でのあなたしか知らないから。もっと常識の無い破天荒な人だと思ってたわ」
そう言えば掲示板では私は人をよく振り回し、回復薬と称した毒薬をクリスマスに配布した『メリークルシメマス事件』が有名なせいか、結構破天荒なイメージが付いている。だからまあ、否定は出来ない部分もある。よくユイにも注意されてるし。笑って誤魔化すと本題へと早速入る。
「今日は参加の件で話をしに来ました」
「ええ、我々も是非参加させて欲しいの」
「でも実は条件があって……凄くイラつくんですけど。応援に呼んだギルドにも負ければ1000万払えとか言ってきていて。私の方でも私達の掛け金で十分でしょ! とは言ったんですけど」
「聞いているわ。まさかあなたが加入する事を掛け金とするなんてね。ランカーはどこに行っても引っ張りだこだし、奴も飛び付いたでしょうね」
「なのでそれで問題無かったはずなんですけど。応援に加わるなら一蓮托生だろとか……どの口が言ってるんだか」
思い出しただけでも腹立たしい。ユイがログアウトした後の事、青薔薇がどうやら戦力などの報告をしたようで、【デュエル】相手から通知が来た、と連絡された時には思い切り睨みつけてやったものだ。内容を見れば掛け金の別途上乗せ、つまりは応援に来たギルドにも掛け金を支払えとの事。当然向こうにも同じ条件を適用させると書いてあったが、私はこれに反論する為直接ギルドに乗り込もうとした。しかし伯爵は──
「ハッ、浅知恵じゃな。何か制限を掛けるでも無く、ただ金だけを要求とは。快諾してやるといい」
「でもッ! それじゃ皆に迷惑じゃ」
「お前さんの辞書に『迷惑』なんて言葉があった方が驚きじゃ。
いいか、奴が表立って出てくる又と無い機会じゃ。【デュエル】で掛けられたものは、例え運営でさえも補償してくれん。生体アカウントが登録されとるから、例えキャラを幾ら変え、鯖を変えても絶対に実行せねばならん。今回の掛け金はそれだけ奴等に取っては重荷になるじゃろう。ログも運営に取られとるから、言い逃れは出来ん。全く……運営も自分達では腰が重い癖に……ブツブツ。
それにその程度の金額、屁でも無いわい。お前さんは自分とあの子の事だけを考えて動けばいい」
「……ありがと」
「ふんっ。礼を言うのはこっちじゃよ」
回想終わりッ!
「そんな訳で、本当は他のギルドも承諾して貰ってたんですけど、私の方から断ったんですが」
「まさか我々の方から、ですか」
「はい。めちゃくちゃびっくりしました。耳が早いですね」
「ふふっ。天空都市の一ギルドとして、噂には敏感に反応しなければね。その条件は初耳ですが問題はありません。むしろここで叩けるのは我々にも都合がいい事です。よろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
モジュレに合わせてお辞儀をすると、また笑われる。こういう改まった行動をしないので、多分おかしく映るのだろう。
「では約束の日にまたお会いしましょう」
「はい」
そうしてエースがギルドを立ち去った後、モジュレはギルドメンバーへ【全体通話】を始める。
「メンバーの皆、正式にあのストーカークソ野郎との【デュエル】加入が決定したわ。参加メンバーは元”悪食”の所属していたギルド【救世主ファミリア】、”ネコタンク”の創設した【軒下の集会】。そして今回の核となるエースの居る【唯一無二】、我々はその指揮下へと入る。負ければ多大な額を支払う事になるけれど、それは私が何とかするわ。大事なのはあの変態にケリを付ける事にあるわ。赤鯖に人が来ないのも、あれが相場やギルドを乱している事が大きい。私達の好きなこの世界は私で守ってやろうじゃない。日時と集合場所は既に通知した通りよ。一人でも多くの参加を期待しているわ」
【全体通知】を終えると、椅子に深く腰掛ける。ギルド内に居たメンバーからは「マスター、必ず勝ちましょう」と既に意気込む声がちらほらと聞こえる。
「青薔薇ももう少し利口になってくれれば……」
モジュレは立ち上がると【修練所】に行き、メンバーとの戦闘訓練の想定を始めるのだった。
「ええええええい!」
ドサッと倒れる黒竜と、HPがギリギリの私。
エースや幻舞さんが今日は不在な為、伯爵さんと【軒下の集会】の昨日とは違うメンバーで連戦していた。エースや幻舞さんが居ない上、結構激しく動く戦闘になっていたが、【軒下の集会】のメンバー達が物凄く上手く合わせてサポートしてくれるので、私も昨日以上に奮闘していた。
以前にも言われたのだが、私はステータスを【STR】に極振りするといいかも知れないというのを、現在レベルが上がる毎に実行している。本当なら【AGI】や【LUC】などに振るのがいいみたいなんだけど、私のスタイルは一人で戦うよりもエースと協力する方が動きが良くなると昨日の戦いで分かったみたいで、じゃあいっそのこと出来ない部分を補強するより、出来ない事は相手に任せて自分の特技を磨く、という事をオススメされたのだった。そのお陰で黒竜相手にも僅かながらダメージが増え、慣れからか相手の動きにも対応しつつある。
そうして戦闘していた時、伯爵さんがコソッと私に耳打ちする。
「そう言えばユイさん、ユニークの事は誰かに話したりは」
「いえ、エースや伯爵さんに口止めされてるので誰にも」
「そうですか」
それだけ聞くと伯爵さんは他のメンバーのところへ行き、何やら話をしている。メンバーからは「えっ、いや流石に無理じゃ」などと言っているが、「大丈夫じゃ、一回だけ試させて欲しい」と言っている。話が付いたのか、私の方に戻ってくると伯爵さんは「少し二人で倒してみませんか?」と聞いてきた。私も動きのパターンは分かってきたとはいえ、それでもサポート無しではキツイ。一応ボスフィールドに入る前にスキルは掛けてもらえるのだが、中ではパーティーを組んでいないと即座に掛けるのは難しい。パーティーに対してはスキル発動だけでいいのだが、組んでない人に掛ける場合は距離や効果に制限があるし、ターゲットを選択する必要もあるんだとか。そんな訳で、効果が切れると後ろに戻って待機する必要がある私と、二人でやりたいと言う伯爵さんの意図が掴めなかった。けれど何か考えがあるんだろうと、結局二人だけでボスフィールドに入る事になった。
「では行きますよ」
「は、はい」
入る前にスキルを目いっぱい掛けて貰い、メンバーの方には素早さが上がるアイテムまで譲ってもらった。それでもやっぱり不安だなぁ。伯爵さんも一人で倒せはするんだけど、一人の時と皆の時では動き方が全く違う。一人だと攻撃を受けないようにしているのに対し、皆とだと攻撃をわざと受けに行っている。確かターゲットが他の人に移らないようにする為、だったかな。今回もそういう戦い方をするんなら、回復とか出来ないけどどうするんだろう。一人でウンウンと考えていると、既にボスフィールドの中に居たようで、伯爵さんが呼んだ時には思わず「ひゃい!」と変な声が出てしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ、すみません。ちょっと考え事をしていて」
「そうですか。別に構いませんが、流石に二人では守りきれるか分かりませんので、戦闘に入ったら集中して下さいね」
「はい……。ところで、一体何を?」
注意されしょんぼりする私は、話題を変える為目的を聞く。するとニヤリと笑う。あ、この笑い方は……
「少しユイさんのユニークを使って戦ってもらいたいのです」
そして後に噂される、『ネコタンク黒竜最速討伐117』の元凶となる。
しばらく投稿時間が乱れます。




