とりあえず初戦闘
町の案内を一通りしてもらった私に、ではそろそろ本命に参ろうかと言わんばかりに目を輝かせるエースが言う。
「よし、じゃあそろそろ戦闘してみようじゃあないか!」
そう言って町の外の森を指差す。早く早くと言わんばかりに腕を振るエースに対し私は不安な表情を見せる。
「だ、大丈夫かな? 私まだ始めたばかりだし」
そう言って弱気な発言をする私。実はこの手の戦闘系は初めてで、せいぜいパーティゲームを友達の家でやったぐらいである。もちろんホラーやゾンビが出てくるものは怖くて見れないレベルであり、このゲームでもそんなのと戦えるのか不安で仕方無かった。しかし──
「大丈夫大丈夫。ゲームの中なんだから。それに最初の町でそんな敵出たら…それはそれで面白そうじゃな」
親友の破顔した笑みがあまりにも女子高生としてどうなんだ? というものだった為に、先程思っていた不安が一気に消し飛ばされた。ある意味私の親友は励ましの天才なのでは無かろうか?
「よし、じゃあ頑張ってみる」
「おお! その意気だ」
そうして私達は近くの森まで移動する。途中すれ違う人も居たが皆避けるようにして通り過ぎて行く。不思議に思いつつも森に到着すると、そこでは私と同じように始めたばかりの冒険者達が戦闘を行っている。
「うーん、ここは人が多いしもう少し奥行こうか」
「何で?」
「モンスターは一箇所に沸く数が決まってるから、あんまり人が多いと狩れなくなるんだよ」
「そうなんだ」
「じゃあこっち行こう」
冒険者達から離れたところは、少し岩場があってゴツゴツしたところだった。場所によってモンスターの種類に変化があるそうなのだけど、この辺りは三種類しか出ないようでそのうちの一体が姿を見せる。
「…スライム?」
ゲームをあまりやらない私でも知ってる。よく序盤に出てくる最弱のモンスターとして有名だ。エースも頷いた後説明してくれる。
「まあ序盤と言ったらやっぱりスライムだよね。動きは遅いし弱いから簡単に倒せるし。これなら全然ホラーじゃないでしょ」
高速に首を縦に振る私。確かにこれなら、そう思っているとエースが何やら独り言を呟き出した。
「えっ? うんうん。なぬ! それはヤバイね!」
状況がイマイチ掴めずにいるとエースがこちらに気付き言う。
「ああ、ごめんごめん。フレンドになると遠くに居ても会話出来るようになるんだよ。フレンドから『話す』を押せば出来るよ」
私が確認すると同時にエースは頭を下げながら言う。
「ユイ、ちょっとフレンドがボスでピンチらしいから私行くね!」
「えっ!? 行くってそんな…」
「大丈夫! ユイなら出来る!」
「えぇ…」
「とりあえず殴れば倒せるから──」
それだけ言い残すと目にも止まらぬ速さで消えて行く親友。その姿を見て「ああ…いつものか」と大して気にしない。しかしその姿を見送る私は、背後に居た敵の事をすっかり忘れていた。その結果──
「痛っ!」
背後から体当たりをしてくるスライム。それによってHPを1割ほど削られる。序盤であり動きも遅い為、普通ここで苦戦などしないものだがユイは違った。普段ゲームをやり慣れていない事もあるが、一番はやはり親友の安心感が無くなった事による不安のせいだろう。そこに加えての初ダメージ。
ユイはパニックになった、非常に。ダメージ自体は大したものじゃなく、座ったり寝たりすれば自然と回復するものだが、そういう知識も持ち合わせてはいない。そのせいで身体が竦み頭が回らなくなる。自分よりも何倍も小さいはずの緑のスライムが、今はとても大きく感じる。そのスライムがジリジリと近付いてくると、私は後ずさり距離を置こうとする。そうして私は背後が岩と木々に囲まれた場所まで追い詰められた。助けを求めようとしても声が出ない。例え声が出ても森の入口付近に居た冒険者達とは結構な距離がある。もう駄目か…そう思った私の頭に浮かんできたのは親友の言葉──
──とりあえず殴れば倒せるから
私は意を決してスライムを殴りつけた。ほとんど無意識だった為、スライムを倒せているのにも気付かずに。何度も、何度も。そしてパニックが収まった頃、地面に出来たヒビといつの間にか入手していた【スライムの粘液】を見て、思わず渇いた笑いが出る。
「もう…ゲームなのに何やってんだかなぁ」
その独り言は誰に聞かれる事も無い。だが確かな自信がついていた。つまり──
「なんだ。殴れば倒せるじゃん、何怖がってたんだろ」
私は謎の自信に満ち溢れていた。その後もひたすらスライムだけを狩り続ける。その頃にはすっかり平静を取り戻し、むしろ嬉々としてスライムを狩り続ける私が居た。殴れば倒せる。親友の影響なのは分かっているがそれを知らない人が見れば「何あの子怖い」と思うほどの顔をしていた事だろう。とにかく目の付く限りのスライムを延々と狩っていった。そんな事をしている内に【ダブルアタック】というスキルも得て、なお一層加速していく私。そうして何時間か倒した後、スクリーンが表示される。
『【称号:スライムキラー】を入手しました』