とりあえず初ダメージと一歩
気合いを入れ直した私はまずアイテムを確認する。どうせ一撃でやられてしまうんだろうと思っていたけど、伯爵さん曰くダメージを軽減出来なかった余剰分が当たれば、私くらいのレベルでも生き残る事が出来るらしい。まあほぼほぼ運的な話らしいんだけど。
なので伯爵さんから予備の回復薬を分けて貰った。私がいつも(って言うほど使っていないけど)使っている【リバイタルⅠ】はHPを50回復出来るものに対し、伯爵さんのくれた【回復薬IV】はHP1000も回復する。「はっきり言って猫に小判なんですけど……」と言ったら、「ユイさんもなかなかやりますね」と腕をパンパンと叩いていた。いや、ギャグとかでは無くてですね。
【リバイタル】が市販薬とするなら、【回復薬】は【合成】で造られるもののようで、作成コストの割には効果が高いので素材に余裕が出てきたらこちらに変える方がいいみたい。ただ【雑貨屋】で造る時にはお金が必要になるので、【合成】スキルを持つ人に素材を持って行って頼むのが一般的なんだとか。
エースも「私のも飲んで……いいよ」と何故か色気を出しながら渡されたが、伯爵さんが横から思い切り弾いて阻止した。なんでもエースの【合成】した回復薬は、全て何らかの状態異常が付与されてしまう。その為、市販の物よりも回復効果は高い代わりに何らかの状態異常に掛かってしまうせいか、周りには不評のようだ。
因みに伯爵さんが横から弾けたのは、【譲渡】の時に相手を指定しないで渡そうとすると、他者が触れられる状態になるとの事。
「いやぁ、伯爵が突っ込んでくれないと嫁が痺れて動けなく……待てよ、それはそれで有」
「無しじゃ」
相変わらず息ピッタリの漫才だった。あと本人は【状態異常無効】のスキルがある為、全く気にせず使える。むしろ浴びてる。回復薬は小瓶に入っているはずなのだけど、エースがたまに大樽抱えてザパァと何か浴びてる事があったけど、本人曰く「回復薬だよ〜」と言っててボケか何かかな? って思ってたけど本当だったらしい。自作すれば量も変えられるが故のもので、OOOではそれほど珍しいものじゃないんだとか。一応範囲回復といって仲間も触れれば回復出来るらしい。でも伯爵さんの話を聞く限り……いや、止めとこう。
私がアイテムを受け取っている間に、他のメンバーはパーティーを組んでいく。普通なら壁、回復、火力、補助みたいにバランスよく組むらしいが、聞くところによるとこの黒竜はレイドボスなので、前衛組と後衛組で完全に分けてしまいますかと言っている。レイドボス?
「レイドってのは二つ以上のパーティーで挑むボスの事で、この黒竜は多人数で倒すのが推奨されているって訳なのさ。モチ之論三郎、一人でも倒せない訳じゃないけど、多人数推奨なだけあってHPや攻撃範囲も大きいから、まあ相当動きが分かってないと無理ゲーだけどね!」
エースがカラカラと笑っているが、伯爵さんって実は物凄い人なんじゃ。伯爵さんの方をゆっくりと見るとニコッと笑顔を返される。その斜め後ろで引き攣った笑みを浮かべている青薔薇さんの気持ちが少し理解出来た気がする。
というか、初ボスが普通のボスじゃなかった事の方が驚きなんだけど!? 獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすどころの話じゃないよ! と訴えたかったけど、まあエースも伯爵さんも居るし大丈夫か、と思って言葉を飲み込んだ。
パーティーを組み終えた伯爵さん達は、皆を見回し準備万端か確認する。皆、スキルやアイテムを掛け終えたようで、ボスへと視線が向いている。
「さて、皆さん。準備はよろしいですね」
「あたぼうよ」
「は、はい!」
「あの時ギルドを見たいなんて言わなければこんな状況には……」
「準備完了ちゃんでーっす」
それぞれが伯爵さんに返事を送る。何か違う事を言った人が気がするが、それ以上に皆のテンションが高くて聞き取れない。
「では参りましょう」
それを合図にボスフィールドに入っていく皆。私も続こうと歩き出すが、ボスフィールドに入る直前で足を止めてしまう。立ち止まった事に気付いたエースが、私の方に駆け寄ってくる。
「ユイ、もう皆入っているよ?」
「うん、行かなきゃって分かっているんだけどね」
そう思っても足が思うように動かない。よく見れば私の足は少し震えていた。周りの状況に流されていても、なんだかんだ言って怖いものは怖い。それにまたあのイベントの時みたいに、何も出来ずに無力に打ちひしがれそうになったら……。
イベント後、エースから死ぬのが怖いって思うのはシステムの演出のもので、実際は慣れてしまえば恐怖を感じなくなるらしい。あまり慣れ過ぎると現実との区別が付かなくなる、という弊害も過去にはあったらしいが、ゲームっぽさを追求する事で解決をしている。だから死ぬ時には痛みは感じず、光を纏って復活する演出が入るだけだよ、そう言って説明されていたけれど。
確かにここはゲームだ。現実にこんな場所やモンスターが居る訳でも無いし、擬似的とはいえ負傷しても問題なく身体を動かせる。けど、恐怖だけは酷く鮮明で。あの時の記憶がこびり付いて離れてくれない。
「私、また……」
身体まで震えてきた私の手を、エースは固く握り締める。その熱が冷えて固まる私を溶かすように、次第に心まで温かくなる。
「ユイの隣には私がいる。だからユイには私の隣に居てほしい。ダメかな?」
「……ううん、ダメじゃない」
「じゃあ行こっか!」
「うん」
いつしか震えは止まっていた。大丈夫。私には親友が付いているのだから。
ボスフィールドに入る所で伯爵さん達も待っていてくれていた。伯爵さん達の前にはスクリーンが表示されていて、近付いた私達の前にも出る。
「ユイ、気楽に楽しもうね」
「うん!」
伯爵さんが無言で頷くと、私達は同時に『はい』を押す。ボスフィールドに全員が入り終えると、すぐさま伯爵さんと数名が動いた。
「まずは火球が来ます! 吾輩が全て受けるので回復を!」
飛来する火球の全てを伯爵さんは正面から全て受け、ほぼ同時ぐらいに回復スキルを後ろから掛ける人達。それを皮切りに戦況が動き出す。
「【猫パンチ】」
伯爵さんが【猫パンチ】を連続で叩き込む。黒竜は伯爵さんに誘われるように追い回す。
「ふふふ、吾輩はこちらに居りますよ。鈍重な体躯で捉えられますかな?」
伯爵さんは、黒竜が皆に背を向けるように誘導すると、二つのパーティーが動く。そのうちの一つ、エースと青薔薇さんが居るパーティーは相手の動きを遅延させる役割で、私が攻撃を入れやすいようにしてくれるようだ。
「ほら、アンタもランカー常連なら少しはいいとこ見せなさいよ!」
「僕は基本、死角からのヒットアンドアウェイが主で、こういう役割には慣れてな──」
「さっさと行け!」
青薔薇さんは言い訳して動かなかったが、業を煮やしたエースが蹴りを入れると渋々黒竜へと走り出す。
「JACK、このメンバーと衝突するのは止めとこう。なんて言えれば、なッ」
一瞬身体がブレたかと思うと、黒竜の真横まで移動している青薔薇さん。一拍遅れて黒竜の四つある足全てに十字の切り込みが入り、黒竜が声を上げ倒れる。
「おー、スキル無しであれだけ動けるにゃんて、俺っちも負けられないっすわー」
エースとは逆側から聞こえてきたのは、手をパキパキと鳴らす幻舞さん。その手には鋭く尖った爪が長く伸びている。まるで指に針でも付いているんじゃないかと思うほどの爪を折ると、空中に放り投げそして平手打ちでそれを飛ばす。
「【爪弾】!」
一見、相手に対して物凄く弱そうに見えたそれは、黒竜の身体に当たると弾ける音と共に黒竜の背中に幾つもの剣山が現れる。爪や傷はすぐに消えダメージに変わるのだが、一瞬でも結構グロい。というか、あれだけ凄い攻撃をしたのにも関わらず、黒竜のHPを見ればほんの少ししか削れていない。
エースはその間にも【麻痺玉】を撃って動きを鈍くさせている。私が今も不安に思っているのがバレているのか、黒竜に近付く事はせず、隣でスキルを放つだけにしている。
HPが一割ほど削れた時、黒竜は尻尾を振り回す広範囲攻撃を仕掛けてきた。殆どの人が飛んで回避する中、幻舞さんだけは仁王立ちで、いつの間にか元通りに生えてる爪を構えている。裏拳のような所作で身体を一回転させる。尻尾が目前へと迫った時、幻舞さんが叫ぶ。
「【断斬爪】!」
放たれたスキルは指先の爪を覆うように光を纏わせる。そのまま尻尾目掛けて這わせると、まるで輪切りに切ったかのように、相当厚みの尻尾がスッパリと切れる。宙を数秒舞っていた肉塊がべチョリと地面に音を鳴らした時、遂に私を呼ぶ声が響く。
「今ですユイさん! 黒竜が怯んでいる今なら安全に攻撃出来ます!」
遠く前方から大声で叫ぶ伯爵さんの声。それに合わせて手を繋ぎ、私を引くエース。
「行くよ! 不安や迷いは私が預かったげる!」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて」
黒竜へと走り出す私達。黒竜は依然として膝をつき倒れたままだ。途中、【軒下の集会】のメンバーの人から補助スキルが掛かる。
「【二重加速】、【五芒星の護り】!」
「【鼓舞】! あー、ソイヤソイヤソイヤハァーッ!」
視界の端で踊り出す人が少しシュールだけど、足取りは極めて軽い。踏み出す時の力の倍、速度が乗っているような。それに自身を護るように、五芒星が描かれた水色の盾が五枚、私を中心としてクルクルと回っている。メンバーの人達に軽く会釈すると、私達は速度を上げ肉薄する。足元まで迫ったその時、倒れていた黒竜が翼を羽ばたかせる。風圧で動けなくなる私を前に、黒竜は地面に炎を吐き出そうと口を開け──
「させん!」
「させるか!」
上から伯爵さんが、下からエースが同時に黒竜の上顎と下顎に攻撃を加える。吐き出されるはずの炎はそのまま黒竜の口で爆発を起こし、再度身体を地面へと叩き付けられる。
「ユイ、今!」
「うん!」
私のステータスやスキルじゃ大したダメージにはならないだろう。けど、もう立ち止まって後ろを見ているだけなんて嫌だ。我が儘かも知れない。無理なのかも知れない。それでも、今も笑顔で私の行く先に居てくれるあなたの背中を護れるように。
私は黒竜へ【トリプルアタック】を叩き込む。HPを見てもミリ単位の小さなダメージ。けれどユイに取って、そのダメージは大きな一歩となる。




