とりあえず黒竜の下へ
投稿再開します。が、不定期更新のままにさせて下さい。よろしくお願いします。
私達が【祠の杜】から【ギルドポータル】を使って帰ると、酒場には既に伯爵さんと青薔薇さんが座って待っていた。青薔薇さんの表情が更に悪くなっている気がするけど、何かあったのかな?
「おー、伯爵早いね。どだった?」
「どうもこうも無い。皆二つ返事で了承してくれたわ」
「流石。あと青薔薇も変な動きして無かった?」
「そこは問題無いわい。もし変な行動しおった時には、β版時代の」
「わーわー!」
青薔薇さんが手をぶんぶんと振り大声をあげる。
「止めましょう、その話は」
「この通りじゃから問題無い」
「流石伯爵。その調子で頼むぜ!」
サムズアップしながら伯爵さんと会話している隣で、生気を吸われたみたいに白くなっている青薔薇さん。話の流れから察するに、何か弱みを握られているようだ。何したのか少し気になるなあ。
「さて、じゃあ手始めに黒竜討伐の場所まで飛ぶとするかの」
「おっけー。久々の黒竜戦だしテンション上がるね!」
「大丈夫かな」
「ハハハ。私と伯爵が居るんだから問題無いよ」
「むしろフレンドリーファイアに気を付けるのですよ」
フレンドリーファイアとは、要は仲間に攻撃を当てる行為の事で、エースの【痺海】などの相手を選ばないスキルを言う。一応範囲攻撃は撃たないようにする、みたいな話はしていたのだけど、伯爵さんの言い方だとまだ何かある気が……。
そんな二人を他所に、青薔薇さんが呟く。
「黒竜ってまさか、【暗雲の頂き】に居るレベル60のアレの事では……」
「お、青薔薇も経験者か。ならば話は早いな。戦力として期待しとるぞ」
青薔薇さんの呟きに反応する伯爵さん。しかし本人は物凄く青ざめている。
「いやいやいやいや。何度も言いますけど、僕の能力は透明化するだけで、足音や匂いまで消せる訳でも攻撃がすり抜ける訳でも無いですからね?」
「何を言うとる。死角からの暗殺スタイルや足音を消すスキルも持っとるじゃろ? ランカーの実力を見せてやれい」
「ランカー云々じゃないんですって……」
【ギルド本部】で出会った青薔薇さんとは印象が違って、何故だか物凄く弱気になっている。え? もしかしてそんなヤバイモンスターなの?
「ほらー。ユイが怖がってるじゃない。男なら餌になる覚悟ぐらい持ちなさい!」
「餌って……痛いには痛いんですよ!?」
「そんな言うほどの敵じゃないでしょー」
「おかしいな……。何で僕はこんな目に」
「では皆さん、そろそろ行きますよ」
エースと青薔薇さんが言い合う間に、伯爵さんが準備を進めていた。黒竜はボスモンスターという、普通のモンスターとは違い特定の場所に出現する。しかしその場所では転移系のスキルやアイテムが使えない為、【長旅の回想】で近くのマップまで飛び、徒歩で向かうとの事。ボスフィールドに行くまではパーティーを組んで行くので、道中でやられる心配も無いようだ。
今回は伯爵さんがパーティーリーダーを務め、皆に申請を飛ばしている。パーティーリーダーはパーティーの代表者で、解散の権限を持ち、メンバーをキックしたりイベント時に〇〇組と呼ばれたりするものだ。
全員がパーティーに参加したのを確認すると、伯爵さんは皆の顔を見回す。
「うむ。では行きましょうか──【長旅の回想】」
景色が酒場から暗い洞窟へと姿を変える。暗い、とは言っても青っぽい壁が見える程度には明るさがある。空気は冷えており、少々肌寒い。時折洞窟内でモンスターの鳴き声が反響している。
私達は伯爵さんを先頭に青薔薇さん、私、エースの順で移動を開始した。
「ここが【暗雲の頂き】、その中腹ですね。モンスターのレベルは大体55が平均でしょうか」
「確か最大50なんですよね?」
「我々のレベルは、ですね。モンスターのレベル上限は、今は70が居ましたかね」
「だねー。【氷雪の霊峰】の精霊竜、あれもなかなか楽しいよね」
「じゃな。物理攻撃が効かないのもなかなか燃える」
凄く楽しそうに会話している二人。まるで旅行に行く前にどこ行く? みたいな計画を立ててる時のような軽快さだ。けれどその二人を呆然と見つめる一人の青年。
「いやいやいやいや。おかしい。聞き間違いじゃ無ければあの精霊竜だよね? レベル50のパーティーを壊滅させるような化物が楽しい? いや、きっと違うモンスターに違いない。黒竜でもおかしいのに、あんなのまで倒せるなんて流石にそんな……」
早口で耳を押さえながら体育座りで呟く青薔薇さん。何か帰りたいオーラが見える気がする。ずっと観察していた私の前にスクリーンが表示される。
『【スキル:幻視Ⅰ】を取得しました』
【幻視Ⅰ】
見えないものが見えるようになる。人の感情もうっすら分かる気がする。
「……うん」
「ユイ、どうしたの? 微妙な顔して」
「いや、何か変なタイミングでスキルって取れるんだなって」
「むしろまともなタイミングって何かあったっけ?」
エースの疑問に伯爵さんが答える。
「イベントの配布スキルやボスを倒した時、あとは称号によるものぐらいじゃないかの」
「かな? そう言えば伯爵。イベントでユニークってそもそも取れるもんなの?」
「分からん。ユニークなんぞ取りたいと思って取るもんでも無いしの。まあ吾輩は取りたいと思って取ったが」
伯爵さんの話を聞いた私は、前々から思っていた事を質問する。
「ユニークってON/OFF切り替え出来るんですよね?」
「ええ」
「伯爵さんってずっと猫の姿ですけど、元に戻ったりはしないんですか?」
エースもユニークをONのまま過ごしていると、全身状態異常のようなものだからと、普段はOFFにしている。私もうっかり装備を破壊したり、さっき行った所で発覚した経験値取得時の弊害があるので勿論OFFにしている。けれど、伯爵さんだけはイベントの時も会ってからここまででも、一度も猫の姿を解除した事が無かった故の質問だ。
「んー、そうですね。戻ろうと思えば戻れるんですが、何分ステータスもこのユニークに合わせて振り直しているので、戻したところで、というのが一つ。普段から猫のような行動をしているので、四足歩行が普通になっていて戻した途端、違和感で動きがおかしくなるのが一つ、というところでしょうか」
「それ現実戻ったらどうすんだよ! って思っちゃうけどね」
「現実の姿よりも猫っぽさを追求してやや太めにキャラデザしてるからの。現実とキャラの差がそもそもあるから、そこまで引っ張られる事も無い」
「流石伯爵。そんな名前の人が居そうだよ、流石伯爵」
「ゴロ・ニャーゴ伯爵じゃ! 誰が流石伯爵じゃ!」
「流石伯爵。微妙なニュアンスを受け取ってくれる、その優しさに惚れるッ。あ、でも一番はユイだから最愛の相手とかは思わないでね?」
「はぁ。モンスター討伐よりこっちの相手が疲れるわい」
なんて話をしながらも、出会うモンスターを片っ端から倒していく三人。青薔薇さんもなんだかんだ言いながら、出会う敵を的確に処理している。しかもよく見れば必ず両足、翼があるモンスターはそれを先に、そうして敵が動けなくなってから身体や頭、首を狙っている。エースは相変わらず麻痺にしているのか、敵の動きが鈍くなっており、そこを伯爵さんが巧みな爪捌きで切り刻んでいる。なるなる、ああいう風に戦うのか。
皆の戦い方を参考にしていると、洞窟内がほんのり明るくなっていく。その方へと目指して進み、そして──
「ここが……」
目の前には開けた岩山と暗雲に覆われた空。そして山頂は不自然に平らになっており、その中心には黒竜が鎮座している。大きさは数十mあり、とても勝てるような相手とは思えない。
「あんなのと本当に戦うの?」
思わず不安を口にするが、エースは「黒焦げのトカゲだと思えばいい」と言いながら準備運動をしている。伯爵さんも「黒竜はもう見たくなかったんじゃがのう」と言って、アイテムの確認と動きの打ち合わせ用に黒板を出して説明を始める。青薔薇さんは……うん。
「道中でも話した事ですが、もう一度確認と変更点があるのでそちらも交えてお話しますよ」
伯爵さんが言い終わると同じぐらいのタイミングで、その後ろから伯爵さんに向けて声を掛ける人達が居た。
「ういっす。マスター久しぶりですっ!」




